第1章 その14 クールビューティーな呪術師も、笑うときは、笑う。
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いきなり襲われて、押し倒されて、あげくに大爆笑された。
あの、クールな呪術師に。
納得いかない!
「そんなに笑うことないだろ!」
「悪い。おまえがいけない。あんまり可愛いから」
まだくすくす笑ってる。
「それ、よくおれが言ってることだけど。自分が言われると、恥ずかしいもんだなぁ」
「そうだろ?」
ひとしきり笑い転げた後で、カルナックはおれの横に腰を下ろした。
「久しぶりだな、クイブロ。私の小さい鷹。レギオンとエルレーンの言葉に翻訳したら、リトルホークか。なるほど」
「うん。おれ、おまえがいなくなった後、リサス兄ちゃんがいるガルガンドで働いててさ。そこを辞めて国を出るときに身分証明書を書いてもらったら、なんか、そんな名前になってて、おれも驚いたよ」
「レギオン王国の言葉が大陸の公用語だからな。勝手に翻訳されたか」
「それはともかく。なんで、さっきは他人のふりなんかしたんだよ」
「私もいろいろあるんだよ。事件に関係する証言者が私の伴侶だったというのは避けたかった。しばらくここで待っていてくれ。おまえは重要な証人だ。狙われるかもしれない。人と接触しない方が安全だ」
「つまり、おれは、裁判が行われて証言するときまで、ここに監視付きで監禁されるということか?」
ちょっぴり不安になったおれの質問に、
「そういうことになるな」
真顔でカルナックは答えた。
「だが安心しろ。誰もここへは近づかせない。おまえも、本当は食べ物も飲み物もいらないのだからな。ああ、おまえの荷物は、持ってきてやったぞ」
カルナックは、どこからか取り出した、さして膨らんでもいない、丈夫な布製のバッグをクイブロに投げて寄越した。
「お、さんきゅ」
「おまえ、やっぱり」
うっかり吐いた言葉を、カルナックは聞き流しはしなかった。
「前世の記憶が、よみがえったな。その言葉、私の、いや、カオリの記憶にある。おまえは、日本人だったのか」
「あ」
やばい。
バレた……!
「あ、ああ」
おれの言葉を待っているカルナックに、答えた。
「今のおれには確かに前世の記憶がある。だけど、おまえが嫁だということに違いはないはずだ。おれは、おまえのことも全部覚えている! みんな愛してるんだ。カルナック、ルナ、カオリ。おまえが男でも、女でも」
「……恥ずかしいことを」
おれを見た、カルナックの頬が、赤い。
「もう、そろそろ出て行かなくてはいけないのだが」
立ち上がった、カルナックは。
再び、おれのかたわらに、膝をついた。
「時々は、様子を見にくる。……来ても、いいか?」
さっきは急に襲ってきたくせに。
まるでおれが赦さなければ来ることもできない、というかのように。
「来たらいいよ。好きなときにさ。……レニ」
「わかっていたのか」
ふっと、花の蕾がほころぶように、笑った。
また、おれをじっと見つめて。
「幼かった私をおまえが助けてくれたことは、よく覚えているよ、クイブロ。過去の記憶に捕らわれていたときに。記憶に刻まれていたガルデルの残滓を、倒して、消してくれた……私は、それで救われたのだから」
目を伏せて。
「でなければ、私は今頃こうして、ここにはいない。本当は、おまえのことを忘れたことなど、片時もなかった」
「待て、落ち着け。カルナック、銀竜の加護で、おれを魅了で縛っているだろ。解放してくれないか。身体が動かせたら、抱きしめてキスしたいのに」
「ずっとおまえを縛っていたい」
小さくため息をついて、カルナックは、おれを縛めていた力を緩めた。とはいえ完全に自由にはしてくれない。
「解いたぞ。だがキスするのは私からだ」
押さえつけられて、むちゃくちゃキスされた!
身長は大きいけど、筋肉もおれよりありそうなんだけど、でもカルナックは、いまだにすごく体重は軽い。なんとか跳ね返せるかと思ったのだが、できなかった。
いったい、どうやってるんだよ。
「うわー! キス魔がここに!」
「うるさい! おまえなんか、なんでシ・イル・リリヤに来るのに四年もかかってるんだ、バカ。すぐに来ないなんて。待ちくたびれた。魔導師協会を立ち上げるのも大変だったんだからな」
カルナックは、怒った。
最後のは八つ当たりっぽい。
「ルナも、そのうち落ち着いたら、また、ここに。おまえに会いに来るさ」
最後にこう言い残して、カルナックは、姿を消した。
立っていた床の上、円形に、光の残滓が散った。