第1章 その10 見つけた、おれの嫁!
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背中に片手を回して抱きしめる。
少女に顔を近づける。
覚えている。
心ならずも別れてから、四年間ずっと忘れたことがない、この子の匂い。きめの細かい肌。柔らかい小さな唇に、やっと、届く。
もう少しで。触れられる……。
その瞬間。
パーン!
おれの左の頬が、激しい音を立てた。
ひっぱたかれた!
細い手首を掴んで引き寄せたとき、この子の右腕を押さえておかなかったのが敗因だ!
自由なほうの右手で、おれを叩いて激しく拒絶するとは。
やっと手に入れた、と思った油断もあった。
黒い髪の可愛い少女。《ムーンチャイルド》は、素早く身を翻して、距離を取った。
「なにするんだ! バカ!」
ぷるぷる震えて、拳を握りしめている。
「違ってた! おまえは、おれが待ってた人じゃない! あいつは、こんなことしなかった!」
「待て待て待て! 過去を美化するな! おれは初めて出会った日に、おまえに一目惚れして。キスして求婚しただろ! 忘れたとは言わさないからな!」
「う! ……う、うそだもん」
ムーンチャイルドの顔が、真っ赤になった。
「あいつは、おれを守るって誓ったんだから! 大人みたいな変なこと、しないって」
「変なことなんかじゃない!」
おれは彼女のそばに駆け寄った。
震えている、細っこい身体を、再び強引に抱き寄せて。
耳元で、ささやいた。
「わかってくれよ。おれだよ。ちょっと時間がかかったけど、おまえを迎えにきたんだ。おれだけの《……》。おまえは、おれの嫁だろ? 思い出してくれよ」
彼女は、四年前にとある事情で心ならずも別れ別れになっていた、おれの嫁なのだ。
この都に入るとき門番のおじさんに伝えた身の上話では、おれは田舎から出てきて、いい結婚相手がいないかなと思っていると、思われただろう。
おれもあえて誤解は解かなかったが。
正しくは、こうだ。
別居状態にある嫁が、首都にいると知り合いの銀竜様に聞いたので、捜し出すために、首都にやってきたのだ。
「なあ。おれの《……》。おれだけの」
二人だけの秘密の呼び名を、耳元で囁いた。
「やっ……だめ、やめ、て……」
今はムーンチャイルドと呼ばれている、おれの嫁は。
力が抜け、その場にくずおれた。
「もう逃げるなよ」
抱きすくめて、自由を奪う。
二度と、逃がさない。
ムーンチャイルドは、じたばたもがいているけど、無理。
真っ赤になって、憤慨する。
「バカ! なんでこんなことで銀竜様に授かった『加護』の力なんか使ってるんだ。離れていた間に、他の、女の子とも……こんなこと、したんだろ!」
「してねーよ!」
「うそだっ! 浮気者!」
叫んだ、とたんに。
ムーンチャイルドの足下から、ぶわっと風が吹き上がり。
同時に、二頭の巨大な獣が飛び出してきたかと思うと、おれにとびかかってきた。
「うわぁあ!」
抵抗する間もなく倒された。
一頭は全身、白い毛皮に包まれた『大牙』(タイガ)という獣。もう一頭は、漆黒の毛の『夜王』(ビッチェ)だ。
二頭ともおれの身長より倍も大きくて強い。太い前足で一撫ですれば、大人の男も吹っ飛ぶ。
しかし、おれの敵ではない。
というのは。
「スアール(牙)! ノーチェ(夜)!元気だったか~?」
二頭の魔獣を、がっしりと抱いて、わしわしと毛皮をかき混ぜるようになでた。
ゴロゴロと喉を鳴らす、二匹。
おれとの再会を喜んでいるのだった。