第1章 その1 きっかけは赤信号と黒いワゴン車
「イリス・アイリス」のスピンオフです。そして「黒の魔法使いカルナック」の第5章(まだぜんぶ書いてないですが……)の4年後からの話です。
むちゃくちゃハッピーなほのぼのラブコメが書きたくなったからです。いまいちハッピーばかりじゃなくて陰謀が暗躍したりしますが。
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おれ、沢口充は、運の悪い男だ。
悪運は強いのかな?
何度も死にかけるようなできごとがあったりした。たとえば、二階のロフトから落ちてテーブルの角で頭を打ちそうになったり、尻を打っただけで危うく助かったり。
「気をつけてね、充くん」
付き合っている彼女に、何度も忠告された。
「きみは人が良いの。でも危険の縁を歩いているのよ。世間は安全じゃ無いわ。気をつけて。わたしより先に、死なないで」
わかってるよ。
絶対に、○○○さんより先に死んだりしないよ。
そしたら心残りで、いてもたってもいられないからさ。
「ふさけないで」
悲しげな、彼女の顔。きれいな繭を潜めて。
「あなたは、わたしのものなんだから」
「じゃあ、○○○さんは、おれのもの?」
「そうよ。わたしは、きみのもの。どちらかが先に死んだりしたらダメなのよ」
初めてキスした。
後にも先にも、そのとき、一度だけの。
※
きっかけは、歩行者用の信号。
「ちくしょう、いつまで待たせるんだよ」
思わずグチが出るほど、長い赤信号。
おれはそのとき、彼女と待ち合わせをしていて、時間を気にしていた。
街角にクリスマスソングが流れるようになった12月の始めだった。
クリスマスがやってくる。誰も彼もが浮き足立って。
彼女と同じ大学に入れるかどうか、おれの成績は疑わしくて、おかげで彼女に勉強を教えてもらえるのは、幸運だったけど。
「クリスマスプレゼント。喜んでくれるかな……」
ほんとは知ってた。彼女は、心をこめて選べば、何でも喜んでくれるって。
そのとき。
急に、あたりの音が、消えた。
ふと周囲を見回す。
足先だけ靴下をはいたように白い、黒猫を抱いた、中学生くらいの女の子が、おれと並んで、歩行者信号が青になるのを待っていた。
「まだだめ」
ショートカットの少女は、急に、おれを見上げて言った。
「気をつけて、おにいさん。あなた……」
色の薄い目が、おれを射貫いた。
「魅入られている。……偶然という名の、死に神に」
次に聞いたのは、急ブレーキの音。
黒いワゴン車が、信号が変わり始めた交差点に強引に進入して、ハンドル操作を誤ったのか、歩道に乗り上げてきたのだ。
そのとき、おれは何を思っていたのか。
何も考えてはいなかった。
ただ、隣にいた少女と、そのまた隣にいたおばさんを押しのけていた。
かわりにおれは、ワゴン車が迫ってくるのを、ゆっくりと見ていた。
衝撃が、きた。
正面から、おれは車と激突した。
彼女に渡すはずだったプレゼント。
彼女と過ごすはずだったクリスマス。
心残りがないと言えば、嘘だ。
でも、どこかでおれは、納得していた。
おれは、運が悪かっただけ。
……本音は、諦められるはずは、なかったけれど。