いきとし、いけるもの。
「他人の不幸を蜜のようにすすり、盛大に脚色して食い物とする忌むべき者。
――――夢島高等学校2年にして新聞同好会代表、武蔵坊弁天。それがこの島で行われている悪事を全てコントロールして、大袈裟にしている者の名です」
「武蔵坊弁天……」
新聞、そう彼女が取り出したのはニュースなどが記載されている新聞紙であった。彼女が見せたのは新聞会社が作り上げた公的新聞とは違って、学生が作り上げた学生新聞だったけれども。
新居智恵理さんが見せた学生新聞に記載されているニュースは、どれもド派手に脚色されたのが分かるような記事が並んでいた。
【夢島学園の罠!? 人工島に沈む政府の黒い陰謀!】
【学生同士・同性同士の怪しい恋愛?!】
【危なくて強い能力者達ランキング! トップ5大発表!】
そして一面、つまりは一番表のページには【狂暴な男子転校生! 幼女を襲う乱暴者を捕らえた瞬間!】というタイトルにて全面フルカラーにて大きく目立つように書かれていた。それも悪意を感じるくらいに、悪どいくらいに。
「……この新聞同好会には3人の生徒が居る。そのうちの2人、2年の阿笠戸居と1年の風間一太郎は性格こそアレではあるけれども自分の記者人生に誇りを持っている。
――――けれども、武蔵坊弁天は違う」
記者になったのも、自分が楽しむための面白おかしな物語を見るためという変わり者。その上、自分が楽しいと思える物語がないと知るや、事件を自らの手で作り出して演出しようとする事にした。
――――それが武蔵坊弁天。
「彼女ならば発行部数と自分が望む面白さ、そんな物のためだけにこのような大事件を起こしてもおかしくはありません。
……まぁ、けれどもまさかここまで大規模な事をするとは思いませんでしたが」
「とにかく犯人が分かったのならば、そいつに問い詰めれば良いって事だろう? 新聞部がどこにあるかは分からないが、校舎をしらみ潰せばそれで――――」
と、そんな事を思っていると校舎の方から悲鳴があがる。いや、これは聞いた事がある声だ。
「たっ、たすてくださいましぃぃぃぃ!」
声の主は先程戦ったエリザベス・シェイクスピア、そんな彼女が地面を少し浮かんだまま物凄い勢いでこちらへと迫って来る。
「――――エリザベス・シェイクスピア。そう、彼女は免れたようですね」
「免れた? それってどういう……」
俺は彼女に意味を尋ねようとした、しかしそれはすぐに意味のない行為であると悟る。なにせ、その答えが俺達へと迫って来ている身体。
「うぅ……」
「ぐぎぎっ……」
「きぺぺっら……」
それは映画とかで良く見るものだった。
うめき声をあげ、血走った眼と半腐りの身体をのろのろと動かし、迫りくる常識外れの怪物。
「武蔵坊弁天の能力――――『ラブストーリーは突然に』。
少量の電気を操り、時には電気信号にて動く人間の脳をも操作できるという能力。その真骨頂がこれです」
迫りくる生徒達のその姿は、
――――まるでゾンビのようだった。
「……あれは正確にはゾンビのように動くようにプログラミングされただけ、ですが」
「――――いや、俺にはゾンビにしか見えんが」
ひび割れて腐った肌。
あり得ない方向に曲がった関節。
小汚い髪と服。
――――まぁ、おっぱいは死んでいても魅力的だけれども。うん、大きいのは死んでも魅力的だ。
……どう見ても、ゾンビにしか見えないのだが。
「特殊メイクって奴ですよ」
「限度があると思うが。ほらっ、あいつなんてさっき毒吐いたぞ?」
特殊メイクだからと言って身体から毒を吐けるようになるのだろうか?
「特殊メイク……私達の学園で特殊メイクと言えば、人智を超えた能力という意味での特殊メイクですよ。
2年の病院坂・N・フローレンスの『化粧変』。彼女の、"メイクしたものに人体構造を変える"という能力さえあれば、この事態も起こせなくもないです。もっともフローレンスも彼女に、弁天なんかに操られてるんでしょうけれども」
そうこうしてる内に、ゾンビ化した生徒達から逃げて来たエリザベスは俺達の脇を抜けて、そのまま逃げ去っていた。途中、「お姉様ぁ! 助けてぇぇぇぇ!」と言っていたが、助けを願われたのは俺じゃないし……それに、あの見えないボディーガードがなんとかしてくれるだろう。
――――問題は今、この場をどうするかだ。
俺と新居智恵理の前に現れた大量のゾンビ達。
彼女達は生前(?)、能力者だった名残なのかは分からないが全員能力を用いてこちらに向かって来ていた。炎を操ったり、剣を浮かばせていたり、雷雲を生み出していたり、身体が獣になっていたり――――。
この学園に来てから、能力者として一番分かりやすいのがゾンビとは一体……。
「とりあえず、私は先に校舎の方で弁天が居る新聞部の部室に先に行きます。佐々木君は後から着いて来てください。それじゃあ!」
そう言って、彼女はゾンビ(メイク)少女軍団へとツッコんで行く。
無謀で、無策で、他の者がやっていれば危ないと一言かけるくらいの策。しかし、すぐさまそんな思いは吹っ飛ばされた。
「――――『強き者へ』!」
ピカッ、と一瞬彼女の身体が赤く光り輝いたかと思うと、ゾンビ達にその光が伝染。そしてゾンビ達は先程よりもあからさまに、目で見えるくらい鈍重になる。
のろのろとした亀やナマケモノを思わせる動き、人によってはその場で転んだまま動けなくなっている者も居る。
一方で、新居智恵理の動きは格段に良くなった。
他のゾンビの動きが鈍くなったから速くなった、という対比ではなく、まるで彼女達から力を奪ったかのように先程よりも断然速くなっていた。
「力を奪って自分のものとする能力……あれさえあれば、負けるはずがない、か」
だけれども、それだけに不思議である。
あれだけの力があれば、普通に俺なんかに声をかけずに自分1人で武蔵坊弁天なる女子を倒しに行けば良かっただろうに、どうして俺が行くんだろうか?
『天啓』とやらのお告げも、彼女自身に倒しに向かわせるようなお告げにしたらもっと話がすんなりとまとまっていたに違いない。
「……まぁ、考えても答えは出ずか」
そもそも彼女はあまり『天啓』の事が好きじゃなさそうだった。
それはつまり、それだけ信頼性にかける、不確かな能力なのだろう。きっとそうに違いない。
「――――さて、俺はこの状況をどうするかね」
俺はそう言って、周りを見渡す。
そこは先程までと状況が一変していた。
俺が居たのはごくごく一般的な青い空としっかりとした茶色い大地の、運動場だったはずだ。しかし今、俺の目の前に広がるのは"鏡の空間"。
映っているようで、映らない。なにが正しくて、なにが間違っているのかは分からない鏡だらけの世界。
左右反転に、上下逆転。大きくなってたり、小さくなっていたり……など、鏡に囲まれていた。
鏡鏡鏡鏡カガミカガミカガミカガミミかがみかがみかがみかがみラーミラーミラーミラー……。
全てが、鏡で覆われた世界。
「不思議の国に続いては、鏡の国という訳か。
――――『近いようで遠い異世界』の、有栖川聖歌」
俺をこんな世界に、鏡で包まれた世界に包まれた有栖川聖歌は、「うぅっ……」とうめき声を上げていた。
――――まるでゾンビのように。
「……ったく、お前までゾンビメイクを施されてるのかよ。
それで色々な能力者とか、大きなおっぱいとかもあるのに、どうして戦うのがお前だったりするのかよ」
……全く、因果なものだ。
そう、本当に。ほんとーーーーうに、因果なものである。
「仕方ない、仕方ないな。本当に、仕方ないな。
では、見せようか。真の――――佐々木流流狼戦闘術の真髄を」
ゾンビと聞くと、どうしてもゲ〇ムの社長さんが頭に浮かびますね。
デンジャー! デンジャー! デンジャラスゾンビ!




