こわいもの、しらず。
宮本円明。俺の同室となったその男は、俺の目の前で女となった。
……男が女になる? 可笑しな事だとは思うんだけれども、どうやらこの学園では普通のことらしい。
何故そう言えるかと言うと、来訪者がこれを可笑しいと思わなかったからである。
「――――で、俺の部屋になんの用だ? 新居智恵理」
円明の性別が変わったことに驚いていた俺達の前に現れたのは、ガードマンに誤認逮捕(今でもあの屈辱は夢に見る)された時に助けてくれた新居智恵理と名乗る巨乳女子だった。今日は前回着ていたのは白いワンピース姿であるが、今日の格好は全身黒いセーター姿。
まだ少し肌寒いとは言え、セーターを着るような寒さではないが、セーターを押し上げる神秘の力がはっきりと確認出来たので指摘しないでおこう。
「どうも、佐々木銀次郎さん。ご機嫌いかがですか? ちょっと話したい事があるんですが」
「あ、あぁ。構わないぞ」
おっぱいを凝視していたことを誤魔化すために堂々とした様子で答える。しかし、どうやらバレバレだったらしく、「もっと気をつけて注視した方が良いですよ」と言われてしまう。むぅ……次からは10秒以下で我慢するとしよう。
「……ぎ、銀次郎殿? もしや新居智恵理殿と知り合いなんですか?」
おい、宮本よ。Cクラスの雄っぱいを押し付けてるんじゃないよ。何故だか服の布地にもう1枚何かが挟まれている感触があるのだが、これはもしやブラか? その格好なら問題ないかも知れないが、さっきまでそれで居たとなるとちょっとばかし問題が出て来るぞ。
「あぁ、危ない所を助けて貰った。(社会的な)命の恩人だ」
「そうね、彼が困ってたから助けました。別に恩着せようという訳ではありませんが、彼を助けたのは事実なので忘れて貰えないと嬉しいですが」
「忘れる訳ないっての」
俺と新居さんがそんな事を軽く話し合う。まぁ、ごくごく当たり前のお喋りだった。しかし、それすらも宮本は信じられないと言った様子だった。
「……おい、宮本。どうした、俺が女子と仲良く話しているのが信じられないってのか?」
――――だったら殴るぞ。そんな事で驚いているなら、悲しくて殴っちゃうぞ。
しかし、宮本はそういう所を驚いていた訳ではなく、ただ単に新居さんの存在に驚いているようだった。
「しっ、しらないんですか! 銀次郎殿! 新居智恵理殿と言えばこの夢島学園の2年生にして、最強の能力者ですよ!」
「最強の……能力者?」
宮本の話を聞き返すようにして、新居さんの方へと顔を向けると「一応、ですけどね」とやや謙遜こそしたものの、その言葉を否定することはしなかった。
「私の能力は簡単に言えば、相手の身体能力を下げる能力。ですので、どれだけ相手が強かろうがいくらでも弱められる。面白くはありませんが、確実に敵を倒すという意味においては私以上の能力はありませんので、一応現時点では最強と言う事になりましょうか」
「それは便利、だな」
戦いにおいて、最後に勝敗を決めるのはお互いの強さの差。
握力、脚力、体力、技術力、能力の破壊力……色々とあるだろうが、この差が最終的には勝負の決着を分ける。それを自分が望むだけ、いくらでも下げられるというのは確かに便利だろう。正直、羨ましい限りである。
「……とまぁ、そういう能力もありますね」
「「も……?」」
新居智恵理の言葉に返すように聞くと、新居さんは普通に何事もないようにこう答えた。
「相手の能力を弱体化する『強き者へ』は確かに私が最強と呼ばれるようになった所以の能力ではありますが、誰か能力は1人につき1つなんて言いました?
私には能力が2つある。その2つ目の、私が嫌う『天啓』という能力でお告げが来たんですよ。
――――"佐々木銀次郎と名乗る少年を手助けせよ"って」
新居智恵理、彼女はこの学園の中でも最強と名高い能力者の1人である。新居智恵理の能力は《強き者へ》という、相手の能力を削いで下げる能力である。
最強の武人と名乗る者も、アスリート以上に体力がある化け物も、世界を歪ませるほどの能力者も、人間が作り上げた脚力と技術力を兼ね備えた兵器も。全ての人物に対して、私の能力は的確に利いた。
そして沢山の人間に勝ち続け、勝ち続け、勝ち続けて……そうやって勝つということが日常となって来た最中、ある日突然という形にて新居智恵理は新たに能力を得た。
「《天啓》……全く持って嫌な呪いなんですよ、これ。誰かは分からないけれども頭の中にああしろこうしろという命令書が頭の中に送り込まれて、従わなくても良い。けれどもただただ増え続ける。それがこの《天啓》という力なんですよ。
……私がこの学園に居るのも、あなたを助けたのも、この《天啓》の力。まぁ、あなたを助けないと大変な事になるらしいんでね」
――――"ここ"の情報だと。
そう言って、頭を指でこんこんっと叩く新居智恵理。
「……そ、それに逆らうとどうなるのでして?」
宮本が控えめながら聞くと、新居智恵理は「どうもしませんよ」と答えた。
「――――けれども、"ただし"という形にてどうなるかが頭に響いて来るのですが。
"石を蹴れ"という天啓を無視すると"人が死ぬ"という忠告が来て、"蛇口を回せ"という天啓を無視すると"髪の毛がちりちりと燃え焦げてしまう"……。そのように天啓を無視した結果が、私の頭に響く。
これは私のための能力ではありません。世界なんかを救うと言う、そのためだけに人に迷惑な言葉を垂れ流して来るという、最悪な能力ですよ」
心底この能力で苦しんでいるという感じで、新居智恵理は苦悩の顔を見せていた。
「――――まぁ、でも仕方がないですよ。
君を助けないと、世界が壊れると知ったら私は助けないといけませんよ」
世界が壊れる。
俺達の世界という短い意味での世界なのか、この島が壊れるのか、あるいはこの日本という意味なのか、地球と言う巨大な世界という意味なのか。
結局、彼女が言った"世界"がどのくらいの範囲の話なのか、新居智恵理さんは詳しくは教えてくれなかった。
けれどもこのままだと世界が壊れると言うのは事実みたいであり、この学園での行動は出来る限り気をつけるようにと言われてしまった。
【私は天啓という能力のせいもありますが、出来る限りこの世界がまともであるように調整しています。自分の頭が痛くならないようにという不純な動機ではありますが、それでも世界がまともである事を願っています。
――――しかし、世の中には居るんですよ。どうしようもなく絶望的な破滅を望んでいて、そこに自分を含めてでも一瞬の刺激のために人々に破滅をもたらそうとするような、どうしようもない破滅主義者が。この学園の中に、破滅の牙を持ってあなたを起点としてこの世を破滅させようとしているのですこの能力者の学園を】
"破滅主義者"、その正体について新居智恵理は心当たりはないそうだ。だけれども天啓の能力によってその存在は居る事は確からしい。
そしてその存在は男である俺を、果ては学園を破滅させようとしているのだとか。
(……傍迷惑な奴も居た物だ)
――――戦闘狂、新居智恵理から"破滅主義者"の話を聞いた時、俺はそんな事を思った。
戦闘さえできればそれで良いと思い、条理や道理を無視してただ戦おうとする存在。
"今日はとても良い天気だ、だから戦う"。"昼ごはんがおいしかった、だから戦う"。
"昨日の夜はいい夢を見た、だから戦う"。"楽しみにしていた映画の封切りが近い、だから戦う"。
"携帯電話の電池が切れそうだ、だから戦う"。"特に何もない、だから戦う"。
全てが全て、どんな理由かは別としてどんな時どんな場所であろうとも理由をこじ付けて人に戦いを挑もうとする者。今回聞いた破滅主義者に近いと思った。
あぁ言う戦闘狂は理解もし辛い上に、理解出来ない者ばかりだ。
放って置く、あるいは出来る限り関わり合いにならないよう祈るしかないだろう。
次の日、俺は普通に学校に登校した。
鞄に勉強道具とかを詰めて、横ですやすやと自分の胸を枕にして眠ると言うスーパー芸術品的な光景を見せてくれている病院坂に心の中で感謝の気持ちを込めて合掌してふて寝するフリをしてそっと覗く。
どこにでもあるような、ありふれた一場面だ。
平和だった、平穏だった、日常だった。
このまま何事もなく、一日が過ぎてさえしてくれれば良い。多くは望まない、ただこの98のHカップ美少女の胸を1分1秒でも長く見させて欲しい……どの学校にでも居るような平穏な男子高校生の一場面。
違ったのは、教室の扉をバンッと乱暴に開ける1人の勝ち気そうな美少女の来訪である。その美少女は全身からザ・勝ち気という言葉が相応しそうな金髪縦ロールの、ほんのりと膨らんでいるささやかなBカップ美少女。
腰にまで届くようなぐるぐると幾重にも螺旋している金色の縦ロールを2本。着ている制服には豪華な宝石を服にムリヤリ豪華そうに見えるように縫い付けられており、大きな黒目部分が特徴的なツリ目。上向きの眉が額の辺りに寄っているのを見ると、相当怒っているみたいだが。
(さて、こいつは誰だ……?)
正直な所、というか正直すぎる所で言えば、こんなBカップ少女を見ても面白くもなんともない。出来れば見ていて微笑ましくなるような、こんなHカップ美少女の寝姿を見る方がよっぽど溜めになる。
美しい物は人の心を豊かにする。そして大きなおっぱいも人の心を豊かにする。だからこんなBカップに用はないのだが、相手さんはそうじゃないらしい。
「佐々木銀次郎……で、間違いないわね?」
ちょっぴりと、でも隠す気もない苛立ちを交えながら、金髪縦ロールはそう言った。
「そうだが……あんたは?」
俺がそう聞くと、彼女はさらにキリッと眼つきを鋭く尖らせる。
「佐々木銀次郎! あなたにドゥエーロを申し込みますわ!」
……え? なに、なんとかエッロ? こいつ何言ってんの?