2たい、255?
「で、では自己紹介をお願い出来ますか?」
どこか唇の端をひきつらせた黒髪女史(どこか年齢と同じくらい色々とこじられてそうというBカップ)の、どこか納得出来ていないような紹介を受けて、俺は彼女達の前に立つ。
彼女達が俺を見る表情は様々だ。
好奇、嫌悪、無関心、憎悪……顔に浮かべるのは様々ではるが、そこから受ける印象はどれも同じである。
――――物珍しい物を見ているということ。
(俺は客寄せパンダかなにかかよ……)
はぁ~と溜め息を吐きながら、俺は黒髪女史の誘導に従って窓際一番後ろの席へと座る。きっとあの黒髪眼鏡女史は女子高育ちで、男なんて初めて見たに違いない。なにせ年齢の割に俺を見る視線がどこか下の方なのだ。そう、下の方をチラチラチラ……これはアレだな。男が女のおっぱいを見るのと同じだな。
(2:255の学園、ね)
新居智恵理の話によると、この比率と言うのはあくまでも学生のみを限定して、だそうだ。この学園の教員を含めるとするとこの比率はさらに低くなる。
――――要するに、だ。この学校に居る男子と言うのは俺ともう1人の男子の、たった2人だけという事みたいである。
「では、みんな。自己紹介を始めてくれるかなぁ~? …え、えっと佐々木くんは最後で他の皆は名前順でお願いしますねぇ~」
黒髪女史の、俺だけ最後にするという男女区別(差別というと語弊があるので)にはすこしばかり文句を言いたかったがこれも彼女なりの判断だと信じて置こう。
(しっかし、あまりおっぱいが大きい奴は居ないな)
言うて有栖川のような貧相すぎて、見ているこちが可哀想になるくらいのは居ない。ほとんどがBか、C……大きくてDくらいか。流石に新居智恵理のEカップを越えるような猛者は居ないようである。
なんだ、特殊な異能力を持つ選ばれた者達というから、てっきりおっぱいもそれだけ期待できる思っていたのに……とんだ期待外れである。
(……まっ、いっか。一時は浪人をも覚悟したんだ、行けるだけでもありがたい限りだと思わなければ――――むっ?!)
がっかりしてふて寝しようかとした矢先、俺は見てしまった。
「――――まくっ!?」
「ひ、ひぃ! ど、どうかしましたか! 佐々木君!」
おっと、見惚れてしまうほどありがたいものを見たせいで思わず声が出てしまった。失敗、である。
とりあえず平謝りすると黒髪女史はそれ以上は追求せずに次の生徒に自己紹介するよう促していた。授業中に声を出した事を叱られたというよりかは、どちらかと言うとあまり俺に対して関わりたくないと言った感じである。どれだけ男が苦手なんだか。
(しっかし、見事だな)
俺の左隣ですやすやと眠っている女生徒。少し茶色みがかった髪をお団子状に纏め、残りの後ろ髪を全部垂らした形状――――いわゆる、ツーサイドアップの、どこか気の強そうな印象を受ける160cmちょっとくらいの少女。その他の特徴として、何故か野暮ったそうな印象を与える白衣を羽織った彼女は、机に横になったまますやすやといびきをかいている。
しかし、そんな些事など彼女の一番の特徴からして見れば単なるおまけ、付属品にしか過ぎない。
彼女の一番大事な特徴、それは机の上に載せられて彼女の全体重を支えている自前のおっぱい。その大きさたるや、目測ではあるが98cm……カップで例えるとするならば"Hカップ"はあるだろう。
(流石は能力者なんて特殊な力を持つ者達、だな。
――――すげぇ、力を秘めてやがるぜ)
結局は、俺が得たのはこのHカップ女子がこのクラス一の爆乳の病院坂久世という名前であり、我らが担任が小中高揃って女子高育ちの完全培養な箱入り娘という事くらいである。その他の情報に関しては、特に有益な情報を得られなかった。
昼が過ぎて、どうやら俺はあまり友好的に見られていないようだという事が分かった。原因はそう、昨日の有栖川聖歌との対決の件である。
昨日、俺は有栖川聖歌に襲われて、それに対処する為に自らの古武術を用いて戦った。しかし彼女の能力はあくまでも対象の意識を操作して別世界に移動するように見せかけると言う洗脳能力の一種。傍目から見ると俺がただ可笑しくなって、幼女を押し倒したようにしか見えないのだろう。
その光景を学校の誰かが見ていたらしく、それが噂として広がったらしい。
ただでさえこの学園においては希少な男。
その上、か弱そうな幼女を押し倒すほどの狂暴な性格。
……『人の噂も七十五日』とは言うが、こんな能力者の女だらけの場所ならばその期間はさらに長くなっているだろう。全くもって非常に、本当に厄介である。
「さて、どうしたものか……」
まず第一に、説得は無意味だった。話しかけようとすると逃げられ、話をしてある程度納得して貰ったとしても友人達に説得させられてしまって説き伏せられてしまう。それに、どうやら『彼女達の間に俺の視線がイヤらしい』という話が伝わっているらしい。
おかしな話である。俺は芸術品は愛でるようにして接しているのに、どうして見ているだけの俺が非難されるのだか。全く持って変な話である。
とりあえず初日という事で早めに授業は終わったのだが、俺の気持ちは晴れなかった。
夢島学園は俺ともう1人の男を除けば全員が女子という変わった学園、そしてここは人工島。勿論、この学園に通う生徒は全員が学生寮に配属される事になっていた。この辺りの話は新居智恵理さんから聞いた事なのだが。
「……まぁ、唯一の救いと言えばそのもう1人の男子生徒と相部屋だという事か」
もしも、女子だったら俺はどうなっていただろう。
大きなおっぱいならば部屋に居てもそわそわして落ち着かないだろう、逆にちっぱいだとすると溜め息しか出ないだろう。どちらにしても女だと色々な意味で落ち着かないので、男の方が良い。
女は良い、だが付き合っても居ないのに同室というのは筋が通らない。
――――つまりは、男らしくはない。常に正直である事を第一とすべき時、そんなのは正しくないのだから。
色々あって夕方になってようやく、学生寮へと辿り着く。侮蔑めいた表情と舌打ちをされてはいたが、それ以外は概ね好意的な管理のおばさんに部屋番号を教えて貰えた。《109》という部屋プレートが貼られた部屋の前まで辿り着いて、トントンッと扉をノックすると中から声が聞こえてくる。
「はいはい、扉は開いているので入って貰って構わないでして」
入っても良いという内容を受け取った俺は、扉を開ける。扉を開けるとそこに居たのは刃渡り90cmにも及ぶとてつもない存在感を持つ大太刀を背中に背負った、緑色の短髪の優男であった。身長は170cmくらいでちょっぴり平均よりも高いくらいの彼は、何故かは分からないが縞模様のぴったりとした少し小さ目の長袖ジャージを着ていた。
「……随分とぴちぴちだな、痛くはないのか?」
人の服装であるから俺が言う事ではないのかも知れないが、少なくとも肌に食い込むくらいのぴっちぴちな服を着てるのはどうかと思うのだ。
「――――いえ、大丈夫です。私にはこれがぴったり、なのでして」
「ぴっちりの間違いじゃないのか? まぁ、本人がそう言うのなら良いんだが」
一度ゴホンッと深呼吸して息を整えると、俺は左手を差し出していた。ベットに座っていた彼は左手を差し出されるのを見て、ベットから立ち上がって俺の手を掴み返していた。
「改めまして、俺の名前は佐々木銀次郎。今日からこの学生寮にて同じ部屋でお世話になります、以下よろしくお願い致す」
「これはこれはご丁寧に、ではこちらも名乗らせていただくのでして。
自分の名前は宮本円明、能力としましては……これ、でしょうか」
円明と名乗った彼は、懐から1本の棒を取り出す。なんの変哲もない、ただの木で出来た棒を空中へポイッと放り投げると、棒はその場でパリッと2つに割れていた。
「ほぅ……」
「――――『風流』。そよ風程度の風を操る程度の能力なのですが、上手く使えばこのくらいの木の棒なら真っ二つに出来るのでして。後は暑い時にそよ風で涼む程度ですか」
――――なんというか、対応に困るな。これは。
だってこの程度ならば普通に武術でも出来るからだ。もっとも腕を動かずに風を操作し、的確に木を真っ二つに出来るのは凄いが。
「ところで、佐々木……いや、銀次郎殿と呼ばせて貰いましょうか。銀次郎殿はなにが出来るのでして?」
そう問われ、俺はお返しにとばかりに真っ二つにされた木片の1つを手に取って、ササッと――――
「ぬっ……?!」
「……まっ、こんな所だろうか?」
と、俺は右腕でサッと四等分した木片を床に置くと、宮本円明はその木片の1つを手に取る。そして木片の切断面を自分の手で触る。
「ザラザラとしていない、しっかりとした切断面……。――――このように物を切断するような能力、ですか?」
「能力……と言うよりかは、単なる戦闘技術かな。目にも止まらない速度で手刀にて、すぐさま四等分にしただけの話です。こんなのは訓練次第では誰だって出来るようになる」
そう、手刀で物を切る事は大して難しくはない。
俺が祖父から学んだ佐々木流流狼戦闘術のみだけではなく、一般人に目が留まらない速度で物を手刀で斬ることは、他の流派でも似たような数は多々ある。それくらい容易い事、である。
「せんとう……ぎじゅつ……? 銀次郎殿は凄い技を使うのですね。実に興味深いなのでして」
「いや……こんなのはただの、青春への対価のようなものだ」
――――小学校、中学校。
友達と遊ぶ事よりも、祖父に古武術を教わるという事を課された少年時代。そうやって得たのはおっぱいを持つ女ではなく、この程度の手品レベルの技術しか身につかなかったのだ。俺としてはこんなのよりかは、女の子とイチャイチャしたいのだが。
「自分はそっちの方が良いと思うのでして……そよ風を操るよ地下は、よっぽど便利そうなのでして」
はぁ~、と溜め息を吐くと、急に宮本は「うっ……」と苦悶の声をあげる。
「ううっ……」
「だ、だいじょうぶか?! タオルでも持ってこようか?」
生憎と、俺に看病の知識はない。
家族や親せきは病気とは無縁の一族であり、あったとしても風邪をひいてタオルを頭に載せられるくらいの話である。第一、急に苦しみ出されたら俺はどうすれば良いか困ってしまう。あわわ、と困っていると宮本は「だ、だいじょうぶです」と答えていた。
「い、いつものこと……でして……。うっ……!」
と、何度も大丈夫だと宮本は言っているが、それでも苦しげにベットの上でのた打ち回る宮本を俺は見ていられなかった。すると、急に部屋の気温が一瞬ぶわっと上がった気がした。
(なんだ……?)
一瞬だった、でもその時だけは部屋が猛暑のような暑さに変わった気がしたのだ。気のせいかと勘違いしてしまいそうなくらい短い時間ではあったが。
「う、ううっ……」
「だ、だいじょ……ッ!?」
とりあえず濡れタオルを頭の上に載せようとすると、宮本の身体の変化に気付いた。濃い緑色の髪が薄緑色へと脱色して肩まで伸びて行き、対比するように彼の身体が縮み始めていた。
服はぴっちりとしていたはずの長袖ジャージが徐々に腕と脚が細く、しなやかになっていく。腕とぴっちりと張り付いていたジャージとの間に隙間が生まれると同時に、顔も中性的な容貌から完全に女性的な顔つきに変わっていた。
――――女、だ。
さっきは中性な男ではあったが、今は完全な女だ。服の上からでも分かるCカップくらいのそこそこの胸は、やはりどこからどう見ても作り物なんかではなくて本物だった。
「ごめんなのでして、同室であるあなたには最初に言っておきましょう。実は自分の『風流』という能力には副作用があるのでして――――夜になると自分の身体は女になる。まぁ、『風流』を持つ性というべきなのでして」
「……いや、どっちかと言うとそっちの方が能力っぽい気がするが」
新居智恵理の話によるとこの学園には男子2人と女子255人と聞いていたが、どうやら男子のうちの1人は若干男子かどうか怪しい物である。
……と言うか、この場合はどうなるんだ?
男子と同室なのは良い、しかし女子と同衾はまずいだろう。けれどもこの宮本円明の場合は同室と同衾、どちらになるのだろうか?
大きいことも、女になるのも、
良い事だ。