ささき、ぎんじろう。
――――常に正直者であれ。
それが我が師である曾祖父からの、最期の教えであった。その言葉を最後に、我が師――――佐々木正宗は息絶えた。"心が素直で清らかであれ"、"偽りなくあれ"――――それこそが技のキレだけではなく、人生そのものの豊かさに繋がるんだと曽祖父は自らに誇りを持ってこの世を去った。
親戚連中はそんな正宗お爺ちゃんの生き方を嘲り笑っていたが、師匠としてお爺ちゃんに技を教えて貰った俺としてはそんな生き方を誇りに思った。真似したいと思った。
だから、俺はその生き方を真似して生きて来た。
女を虐めるような馬鹿者にはお灸を吸えるために我が師から教わった古武術を用いて仕置きをし、嘘偽りを語るような愚か者には制裁を与え、悪を許されずに正義を執行して来た。
実直に、素直に、自分の心に従い、恥を知らず、"正直者"として生きて来た。
――――しかし、それは間違った生き方だったのだ。
人間、誰しも正直では要られない。
みんなが正直では居たいと思っているのだろう。しかし他を省みずに、正義感という刃を振り続けて、そんなものを貫き通して我を張りまくる――――さすれば、針鼠の針を触るのを嫌うように、人々は俺から離れていくのが道理である。
恥じる生き方をしないように心掛けていた。
だが、気付いた時に後ろを振り返って見れば、そこにあったのは恥ずべき人生だった。
気付いた時には、既に遅かった。
やり直そうにも、俺の悪評は既に世間に知れ渡っていていた。友人を、恋人を、仲間を作ろうとしても、地元で再起を願うのは不可能だった。
「……どうしようかなぁ」
漠然とした、再起への渇望。
今のままではダメで、それをなんとかしようと考えている。けれどもどうするかが思いつかず、ただ漠然と時を浪費していた。もうすぐ中学校を卒業しようと言うのに、どうしたもんかとする事がなく、ぽちぽちとテレビのリモコンをただ乱雑に動かしていた。
テレビでは《核発電施設の再稼働》や《通り魔的な犯人による傷害事件》、《現社長による不祥事による株の大暴落》――――などなどと言った、どこにでも良く見掛けるような事件が丁寧な口調のアナウンサーによって語られていた。《おっぱいバレー大会》、《ド付き合いコンビ漫才ショー》などなど他の番組でもどこかで見たようなものばかりで、面白みにかけるものばかりである。
そのまま、ポチポチとリモコンを動かしていると、急にテレビが1つのチャンネルで止まっていた。
『ようこそ、迷える子羊よ! いや、それ以下のゴミ虫という塵芥共よ!
我らは夢島高等学校の者である。我らは新たなる時代を作り上げるために、この世を率いる者を求める者なりけり。新たな力を持ち、民草を率いるべき人々よ!
この島は人工島、ゴミの上に作り出されし人工の島。端から見れば、ゴミの山の上に築かれただけだと思えるこの島で、夢を語れる自信がある者はこの島へと辿り着くが良い!』
それはとある高校の宣伝のコマーシャルである。そう、そのはずである。
信じられないのはこの高圧的なコマーシャル全体から漂って来る香りではなく、このコマーシャルにはこう言った学校を紹介するCMとしてあるはずのものがないからである。
――――そう、電話番号や郵便番号などがなにもないのである。普通、こう言ったCMでは詳細情報を得るために郵便番号や電話番号などがあるはずだ、あるべきだ。しかし、これにはそれがない。
普通なら単なる広告主側のミス、あるいは製作者側のミスとして、それだけで笑い飛ばせるようなコマーシャル。
しかし、何故かその時の俺には、このコマーシャルの内容がすっと頭に入って来たのだ。
夢島高等学校。
人工島の上に作られた学園。
地元を離れたかった俺にとって、ほかに知っている奴が居なさそうなその学園は神から与えられた天啓だと思った。
今の時代、ネットで調べれば多少の情報は載っているもの。案の定、夢島高等学校のページは探してみるとサッと見つかり、そして偏差値が異常に低くて、地元の者が通わなさそうなその学園に――――俺は願書を送っていた。
1週間後、届けられたのは《合格》の二文字が刻まれた書類と、転入の手続きの道具達。
試験すら行わない学校に普通なら恐れおののくのが定石なのだろうが、俺の心の高ぶりはそんな事を物ともしなかった。そして、俺はそのまま熱の高ぶりを抑えきれずに、書類に必要な情報を書き、必要事項を全て書いた書類を、学園側へと送る。
――――それから数か月後。俺は学園のある人工島へと辿り着く。
「ここが、俺の通う学園か」
新しく作られただけあって、真っ白で美しい学園。
地元の皆と別れを告げて、今から始まる入学式と共に俺を迎えてくれる学び舎。
俺は桜並木が立ち並ぶその学園へ入るために、校門をくぐった。
しかし、俺は背後から来るそいつに気付かれずに、
――――気付いたら、身体が縮んでいた。
――――気付いたら、身体が縮んでいた。
それはコ〇ンのように高校生が小学生に縮むという若返りという形ではなく、身体全体が1/10というサイズに縮小していた。小さな雑草が胸元に来るまでに、小石が大岩、そして学園が東京タワーなどの高層ビルを思わせるまでに"巨大化"していた。
「なんだ、これは……」
――――おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい
新しい学園に入るため、校門をくぐる。そこまでは輝かしい生活の、だけれどもどこにでもあるような日常の一風景だった……はずだ。
しかし、校門をくぐった瞬間、なにかがグニャリと歪んだ感覚があった。頭がくらりと、立ちくらみのようなものを感じた後――――"世界"は一変していた。
物の縮尺スケールが全く違う世界に連れて来られて、俺の常識は覆されてばかりであった。新しく作られた島、とは言え、こんな風に風景が変わるのなんてあり得る訳がない。
どう言う訳だ、あり得ない。しかして俺の目の前にある現実としての景色は変革しており、どうすれば良いんだと迷っているとドシリ、ドシリと、大きな揺れ。
その揺れはさらに大きな物へと変わっており、俺は揺れを感じて後ろを振り返る。
「クヒヒィ! またしても哀れな獲物一匹ゲットなりぃぃ♪」
ドシン、ドシィンという大きな足音と共に現れたその彼女は木造3階建て、約13mにも及ぶ巨大な体躯。ワンピースをも思い浮かべる白い学生服を着た桃色のツインテールの幼い幼女体型の彼女は、俺の身体の3倍もあろうかという大きなぬいぐるみをぶんぶんっと振り回していた。
「良いよね良いよね良いよね! 新天地と聞くと、心が躍ったり、胸がワクワクしませんか? あなたはしないの、けれどもわたし、有栖川聖歌はそう言った場所で興奮する系の女子なのだよ!
――――なにせ、ここには人を殺しても罰せられることのなきにしもあらず、法なき世界だから♪」
クヒヒ、と有栖川と名乗った桃色のツインテールの少女は笑っていた。
「この学園はとーっても面白い、わたし達の楽園。けどそこはまだ、法が整えきれていない無法地帯。
それなら、それなら、わたしはこの無法地帯が法治国家になる前に、自分のしたいことが出来るうちにやるしかないじゃないですか? まさしく、久しく、その通りだと思いませんか? 大きくない、縮小されし少年よ」
有栖川はそう笑いながら、足を蹴り上げると共に、ぼくの身体ほどの大きさの岩がぽんっと足によって蹴り飛ばされていた。
ひぃっ、と思いながら岩にびくりと怯えると、彼女は面白さに顔を歪ませた、幼女にしては歪んだ笑顔だった。
「――――見た所、"ごくごく一般的な少年高校生"という所でしょうか? 残念でしたね、選ばれていない側というのは至極残念な世界。いやはや、至極残念な少年だ。
けれどもわたしは残酷心を持たない。これがいけない事だとは思わない、だから実行する。人間の身体って案外と脆いのよ? そんなに小さきゃ――――イチコロね♪」
「はい、ど~ん♪」と、有栖川はそう言ってその場で大きく左足を振り上げて、ドンッと振り下ろす。大きく足を振り下ろすと同時に、地面が揺れて俺はおっとっと、その場でよろめいてしまう。それを見て有栖川がくすくすと笑うだけで、空気が揺れる。
「あなたはここで
死 ん じ ゃ え」
有栖川はまるで蟻かなにかを楽しげに踏みつぶすかのように、そのまま足をゆっくりこちらへと振り下ろし――――
その足の小指めがけて、俺は掌底付きを放っていた。
「――――ッ! いったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!」
それは腹の底から叫んだ、魂の叫びであった。有栖川は小さな、蟻にも等しいサイズまで縮んでいるはずの俺を見つめる。その瞳はさっきまでの楽しい、小悪魔的な瞳なんかではなく、敵を見る時の仇でも見るかのような瞳であった。
「――――あなた! 私のこの身体に傷を負わせるだなんて、どう言うつもりなの!
小さいなら小さいなりに、惨めなら惨めなりに、弱いなら弱いなりに、小さくて惨めで弱いあなたは、そのまま倒されちゃいなさいよ! それに女の子に対して、拳を振るうだなんて、男らしくないわよ!」
「むきーっ!」と文句を垂れる有栖川に対して、俺は「うるせぇ」と叩きつけるようにして言い放つ。そして腰をどっしりと落として構え、俺は拳を強く握りしめていた。
「身体の大きさの差からしてみれば、男や女だなんだ言っているのはおかしいだろうがぁ! それに筋肉などの体格差からして見れば、こっちが不利に決まってるだろう、がっ!
それにさっきの地団太じだんだで、地面が揺れてびっくりしただろうがぁ!」
俺は拳を強く握りしめて、有栖川の小指を殴っていた。またしても有栖川は小指を強く殴られた事で、痛みで絶叫していた。
「小指を箪笥にぶつけると、痛みで頭が真っ白になるだろう? その理由としては末端神経――――血管や神経は身体中を蜘蛛の巣のように広がっているが、その末端となるとその線は細かく、そして線が集まって行く。それを強く殴る事で神経同士がぶつかって、身体全体に広がる。巨大だったり、硬かったりする相手に対して行う技の1つ。
これぞ、佐々木流流狼戦闘術――――末端掌底打ちなり」
だいたい、なんなんだ。
相手は人の身体をこんなに縮めて置いて、その上で自分の心を満足させるという自尊心のためだけに俺を殺そうとしている。
そんな相手に対して、たとえ相手が幼い女児であろうとも、反逆する事は間違っていない。
それに――――第一、もっとも重要な事がある。これ以上ないくらい、俺がこの有栖川に対して拳を振るう事になんら問題なく振るう理由。
それは――――
「お前のそのぺったんこな体型で、俺の本能が止められると思うなよぉ!」
俺はそう言ってさっきよりも強く、彼女の小指を殴りつけていた。
――――佐々木銀次郎、ここまで理性ある主人公としてクールなハードボイルドを気取ろうとしたが、結局はただのおっぱい好きのダメ人間である。
なんとなくですが、この作品を作るきっかけとなった小説と導入は同じです。
地元には居られないので、テレビで見た怪しい学園に行くと言う。
――――ただ、こんな感じではなかったはず。何故だろう。