いち、たす、いち。
新居智恵理は、神が嫌いである。神様、ゴッド、全知全能、神的存在、神秘……そう言った神に関係する類のものを毛嫌いしている。今までの人生経験から新居智恵理は"神"というものに対して、嫌な思い出ばかりであった。悲しい過去ばかりであった。
まず最初にあった嫌な神は、実の姉である。新居長姫という名前の、《岩長姫》という名前の神から名付けられた、わがままばっかりの女であった。
妹が親から構われていたら自分も構ってと駄々をこねられ、服を買って貰ったら自分も欲しいと駄々をこね、おもちゃを貰っていたら自分が奪って駄々を……とまぁ、新居智恵理の姉は自分が一番でないとすまない人間だった。おかげで新居智恵理は家族なんかが嫌いになってしまっていた。思い出したくない程度には、新居智恵理は長姫の事が、家族が嫌いである。
次に会った嫌な神は、小学校の担任であった。櫛名田明という名前の、《櫛名田姫》という名前の神から名付けられた、自分の我を通そうとする男であった。
『1+1=2』ということを理屈とかではなく実際の理論であると教えて、『ごんぎつね』の狐が撃ち殺したシーンを悲惨であると教える。《何故》、《どうして》などといった疑問の声を全部無視して、正しいと自分が教わっていることを絶対であると教えるだけしか能がない男であった。
そのせいで、新居智恵理は教師と言う人間が嫌いになった。
《布袋様》を思わせる名前の政治家、布袋みゆ。
《不動明王》を思わせる名前の研究者、佐々木明王。
《観音菩薩》を思わせる名前の芸術家、四観音。
他にも多種多様、本当に多種多様な《神》の名前を持った人間と出会って、新居智恵理は世間が嫌いになった。家族、教師、政治家、研究者、芸術家……そういった者だけだが異常なまでに嫌いになっただけなのだが、まぁ新居智恵理にとってはそれが世間の全てなのだから仕方がない。
――――そしてこの夢島学園の中にて現れた、新居智恵理が大嫌いな神の名前を持つ者。それが新聞同好会代表の武蔵坊"弁天"である。性格的な見事なまでの不一致、彼女の性格が苦手であった。もっとも、それは彼女の他の苦手な人物達も同じなのだが。
だがそれでもここまでの事態を引き起こすほどの馬鹿だとは思っていなかったのだ。新聞屋、報道記者として最低限の礼節はわきまえていると思っていた。そのはずだったのだが……。
「いや、それも今は違いますか」
とにかくとして、新居智恵理は武蔵坊弁天の下へと急ぐ。その最中、道を塞ぐ能力者達に出逢うが、操られてなかろうが彼女には関係なかった。『強き者へ』の効果によって力を奪う事によって自身の強化、そして相手の弱体化を両方兼ね備えている新居智恵理に敵は居なかった。
そうして、何人もの配下を倒してバンッと、大きな音と共に新聞同好会の部室の扉を開ける。
「――――武蔵坊弁天っ!」
「おやおや、もう来るんですか。案外と速かったですね」
と、部室に辿り着くとそこには思った通り、武蔵坊弁天の姿があった。頭に椿の華の髪飾りを着け、少し赤めの長髪を持つ彼女は机すら用意されていない部屋の真ん中にてダンボールで作っただろう即席椅子に腰かけてポチポチとメールを打っていた。
「……いやー、もう少しくらいかかると思っていたんだよね実際。やっぱりゾンビメイクじゃ駄目だったかぁ。けどさぁ、ゾンビメイクって結構メディア側としては嬉しいんだよねぇ。なにせ見た目からしてすぐに、なにか大事件が起きたんだろうなぁということが容易に想像出来る風景ってのは案外貴重だよぉ?
それにゾンビものだとボスは2種類考えられるからその点でも良いよね、ほらゾンビと異常者の2つにさ。ゾンビ以外がボスなら今度のボスは異常者だと思って貰えるし。本当に、ゾンビって意外と便利だよ。でもまぁ、異常に強い新居さんにしてみればこの程度軽かったかぁ」
仕方ないかぁ、と何度も頷く武蔵坊弁天。
一方、新居智恵理にしてみれば彼女の行為は許せない、看過できない。こんな大惨事を起こしといて許すなどと誰が思うものか……。
「……1つ聞きたいんですが、武蔵坊弁天」
「んっ? そんな他人行儀な呼び方しなくて大丈夫ですよ。普通に弁天って呼んでくれりゃあ良いでしょう?
去年は君相手に色々としたじゃない。まぁ、主に校内勝手に美人ランキングとか、七不思議解明とか、そういう読者が飛びつかないようなじみぃ~な企画ばかりだったけどさぁ」
「武蔵坊、あんたはこの事件をこれからどうするつもり? どう収束して、どう記事にするの? この様子だと学校新聞だと、あんたの悪事は知れ渡ってるわよ」
武蔵坊弁天の名はある意味、この学園では有名だ。――――今まで"なんで忘れてたのか不思議になるくらい"。
人を洗脳すると言う能力を持つ彼女が、ここまでの事件を起こせば迫害されるのは目に見えている。人の噂は七十五日とは言うけれども、ここまでの悪事の場合は七十五日程度では済まず、停学……あるいは退学と言う名の政府による監禁だってあるだろう。
「ふふっ……どう記事にするかって? そりゃあ、もう読者が望むように悪意とごまかしを持って、この異能者の危険性とやらを"島外"に報道するよ!」
「島外っ?! まさか、異能者じゃない人にこの現状を?! 異能者のことを島外に?
分かっていますか、ここは夢島学園という隔離施設。異能者のことを世間に隠すために作って――――」
「もうそう言うのは、良いから。本当にどうでも良いから。
異能者は世間から隠さなければならない、そんなのはどうでも良いんだよね。世間が求めているならそれに応えて、異能者のことを世間に暴露する! それが報道記者って奴だよぉ!」
……もう何を言っても無駄だった。
そもそも弁天を説得することなんて出来ないのだと、新居智恵理は思い返す。身を持って思い返す。
「――――だったら、後はあんたを倒してこの騒動を止める! 『強き者へ』!」
新居智恵理の身体が赤く光り輝いて、弁天の身体に伝染して彼女の動きがあからさまに遅く、鈍くなる。それに対して弁天はよろめきながらも、終始笑顔であった。
「いやぁ~、やっぱり思うけれども新居さんの『強き者へ』はチートだよねぇ? だって、相手の力を奪って自分のものにするだなんて、チート以外のなにものでもないよねぇ。いやぁ、こりゃ参った。参った」
「笑ってる場合? このまま、あなたを捕まえて、政府に送りますので大人しく――――」
―――だから、こうしましょう。
そう言って、弁天はポイッと、懐から丸い小型の物体を取り出す。その物体は弁天と新居の間に放り投げられて、チチッという独特の音が鳴り響く。
「――――それは、爆弾っ!?」
「えぇ、力を奪われて打つ手なしなら
――――後は自爆するまででしょ?」
そして、部屋そのものを崩壊させるほどの爆発は2人を包み込み――――
こういう頭がおかしい悪人が、
最近のトレンドです。




