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誕生祝いのいろは

作者: 蒼原悠


本日、誕生日を迎えられた某氏に、この短編を捧げます。









 宝田(たからだ)(みのる)は、悩んでいた。


 都心ど真ん中に立つ高校の、教室の片隅。実の目の前には今、黒髪ロングの麗しい少女がちょんと腰掛けている。

 少女──祝田(いわいだ)小波(こなみ)に、実は話し掛けた。

「そりゃ、確かに僕は辰郎(たつろう)の友達だし、好みを知らないわけじゃないけど」

「宝田くんしか当てがないのです!」

 小波の面持ちは真剣だ。

 やれやれ、とんでもない仕事を請けちゃったかな……。正面から飛んでくる小波の視線を必死に受け流しながら、実はそっと溜め息を吐いた。




 発端は、つい三分前。実を呼び止めた小波が、こんなことを言い出したことだった。ちなみに今は始業前。高校一年のこの教室に、まだ人影は少ない。

「今日はクラスメートの桜田(さくらだ)辰郎くんの誕生日ですわよね。(わたくし)、何とかお祝いをして差し上げたいのだけど……」

 ああ、と実は即座に事情を悟った。クラスメートなどと前置きしてはいるが、小波が辰郎に絶賛片想い中であることは周知の事実だったのだ。

 そんな小波は、東京都世田谷区の高級住宅街に大邸宅を持つ大企業社長の令嬢にして、この私立高校の全生徒の中でも一、二を争う美人である。おまけに成績優秀、性格良好と、まさに不の打ち所が見当たらない。辰郎も幸せ者だなぁ。部活仲間である辰郎に、実も初めのうちは羨望の念を抱いたものだった。

「僕はさっき、おめでとうって言ってプレゼント渡してきたよ。祝田さんもそうしたら?」

 そう提案すると、ダメダメ、とばかりに小波は首を振るのである。

「そんなの普通ではありませんか!」

「……うん、普通だね」

「せっかく気持ちをアピールするチャンスでもあるのですから、私の想いをうんと込めたお祝いをして差し上げたいのです!」

 嫌な予感がした。そのプランを作る手伝いをさせられそうな予感が。

 案の定、小波は鬼気迫る表情で実に頭を下げてきた。

「宝田くんは辰郎くんと親しくされているはず! どうか私と一緒に、どうすれば辰郎くんに喜んで頂けるか考えていただけませんこと!?」


 誕生日祝い、か……。

 成り行きで引き受ける羽目にはなったものの、実はそこまで本格的に誰かの誕生日を祝ったことなど一度もない。

 東京都心という立地が立地だけに、この高校にはそれなりに裕福な家庭の子供が多く通っている。庶民の実が意見して、意味はあるのだろうか。……が、引き受けて貰えると分かって以来ずっと喜色満面の小波を見ていると、今さら断るのも気が引けるのだった。とりあえず辰郎と小波は早くカップルになって爆発してほしい。

「……誕生日祝いって言ったら、まずはプレゼントだと思うんだよね」

 無言の時間を解消したくて、一先ず口を開いた。うんうんと小波が頷く。

「プレゼント、何か考えてるの?」

「もちろんです!」

 小波の鼻息が荒い。嫌な予感が加速した。

「辰郎くんはポルシェとベンツとトヨタのクラウン、いずれをお好みだと思われますか?」

 いきなり言っていることが分からない。その選択肢はまさか……本物か!?

「いや、いずれって言うか、僕らまだ免許も」

「でしたら、紀尾井町近辺の高級マンションの一室では喜んで下さるでしょうか?」

 石油王のようなスケールのプレゼント案である。そんなの僕が住みたいわ! ──という本音は押し隠して、実はいやいやと指を立てた。

「もっとこう……値段は押さえ気味にできない? そんな数千万もするようなもの、辰郎もさすがに困ると思う」

 小波は残念そうである。

「しかし、そうなると食品か宝石か高級衣服くらいしか選択肢が残されていないのですが……」

 それだけ選択肢が残っていたら十分だ。そして恐らく、宝石と高級衣服は辰郎を余計に困らせるだけだろう。

「ぼ、僕は食べ物にしたよ。祝田さんも食べ物が無難じゃない?」

 プレゼントがあれでよかったかどうか、という自分への確認も込めてそう提案すると、小波は上目遣いに実を見る。

「……私、食べ物の贈り物はあまり好みませんの」

「どうして?」

「ひとたび口にしてしまえば、贈った物はなくなってしまうではないですか。せっかくの贈り物なんですもの、心に残るものを贈って差し上げたい……」

 言われてみれば、それも間違っていない。だからと言って車や家を贈ろうとするこのお嬢様が正常なわけではないが。

 でも、と実は思う。プレゼントは物のみならず、行為でもある。辰郎のために何かを用意するということそのものが、きっと気持ちを伝える効果を持っているはずだ。

「プレゼントってさ、受け取ったその瞬間が一番嬉しいものだと思うんだ。だってその時だけは、プレゼントをくれた人の顔を見ていられるじゃない?」

「ですわね」

 小波は顔を赤らめながら頷く。彼女の恋心は、本物である。

「だから、食べ物だって全然問題ないと思うよ。辰郎は好き嫌いなかったと思うから、祝田さんの好きなように選べばいいんじゃないかな」

 そうですね、と小波は笑った。

 ちょっといいこと言えたかな、僕。実も少し誇らしい気持ちになった。自分が贈ったのがコンビニのアイス(七十円)だなんて、よもや口にできるはずもなかった。

「私、思いましたの。食べ物は口にすればなくなってしまいますけど、美味しさの記憶は舌に残りますわ」

「そう……かな?」

「ですわよね! 後で銀座まで執事を走らせて、最高級の和菓子を買って来させます! そうね、値段は三万円くらいかしら」

 さらっと三万円……。いちいち額面の大きい小波の話を聞いていると、だんだん金銭感覚も狂ってきそうだ。これでは小並どころか大並である。彼女の両親の名付けセンスを疑いたい。

 しかし三万円のお菓子をプレゼントする方向で、ひとまず話は一段落したようだった。

「プレゼントが決まったら、次はそれを渡す方法ですわね」

 またも真剣な面持ちに戻った小波が、そう呟いた。実も頷いた。

「みんなの前で堂々と渡すか、二人きりの場所でこっそり渡すか、だね」

「そんなのは決まりきっていますわ! 二人の場所で堂々と!」

「あ、そうなんだ……?」

 決まっているなら苦労はないじゃないか。(いぶか)る実の前に、小波はどこからかタブレット端末を取り出してきて置く。

「待って、これ、持ち込み校則違反じゃ」

「生活指導なんて買収してやりましたわ」

 金が回りすぎて犯罪の臭いまで漂い始めた。

「問題は二人きりの場所ですの。今から確保できそうな候補はピックアップしてみたのですけど……」

 言いながら小波は、名前や写真が一覧になったページを細い指でスライドする。

 帝国ホテル、という名前が目に飛び込んできた。写真のほとんどが、きらびやかな超高層ビルや巨大な商業施設、どう見てもパーティー用途にしか見えない豪華絢爛なレストランのオンパレードである。

「……何をするつもりなの」

「愚問ですわね、誕生日パーティーに決まっていまして! 本当は迎賓館や日本武道館を借りきりたいところでしたけれど、あいにくどちらも予約済とのことで」

 国賓レベルの扱いを受ける羽目になりそうだよ、辰郎……。実は心の中で、辰郎に哀れみの言葉を投げ掛けた。ついでに常識的な感性の抜け落ちすぎている小波にも投げ掛けたい。

 ともかく、ここは一般レベルにまで話を戻すべきである。

「うーん、もっとこう……普通に渡すことはできないの?」

「普通に、と言いますと?」

「学校にいる間に渡す、とか。一方的にパーティーを計画したって、辰郎の側にも都合があるかもしれないよ?」

 それはそうですけど、と小波は肩を小さくした。不満げである。

「ただパーティーを開こうなんて思っていませんわ。辰郎くんをお慕いしている、その想いを純粋にお伝えしたいからこそ、盛大にお祝いをして差し上げたいのに」

 分かってるよ、と実も思う。小波に悪気がないことくらい、誰にだって分かる。

「それならさ、改めて辰郎に予定を聞いて、それから開くことを考えなよ。プレゼントを渡したあとの話題にもなるし、一石二鳥だよ?」

「なるほど……。確かにそれなら、辰郎くんのご家族にご迷惑をお掛けしないで済みますわ」

「迷惑を掛けるのは前提だったの……?」

「それに、今日でないのでしたら迎賓館や日本武道館も確保できる希望がありますわね!──そうよ、それがいいわ! どんなパーティーを開くか辰郎くんと話し合いましょう!」

 トントン拍子で話が進み始めた。嬉々として妄想を膨らませる小波を前にして、実には最早、辰郎の今後の無事を祈ることしかできない。

「それで、プレゼントはどうやって渡すの?」

 一応、尋ねてみた。言うに及ばずとばかりに小波は胸を張った。

「あと一時間で我が家のリムジンがプレゼントを届けてくれる手筈ですの。そうしたら後は、辰郎くんを捕まえて祝福の言葉をお伝えした上で、お渡しするだけですわ!」

「うん。僕もそれがいいと思うよ」

 こういうことに関しては実行を畏れない小波のこと、しっかりやり遂げるだろう。さらっと聞こえてきた“リムジン”の語に違和感を覚えなくなってきたことに軽い恐怖を感じつつ、これで僕の役目は終わったかなと思いながら、実は席を立とうとした。

 その裾を、小波がむんずと掴んだ。

「……あの、祝田さん?」

「まだ話は終わってませんわ! お誕生日祝い、本当にこれだけでいいんですの!?」

「い、いいと思うけど」

「そうだわ、サプライズ的なイベントなんてどうかしら! 私がプレゼントをお渡しするタイミングに合わせて、日比谷公園から花火を打ち上げさせたりしたら……!」

 小波が楽しむ目的じゃないのか、それは……。さすがの実も、そう問い詰めたくなってきた。




 誰かの誕生日を、お祝いしてあげること。

 それは、その人の人生の節目にそっと寄り添うこと。

 この一年を無事に生きたことを称え、次の一年への第一歩を促すこと。

 きっとそれが、誕生日祝いなのだ。


 目を爛々と輝かせながら辰郎への自分の想いの伝え方を夢想する小波に、実はまだ当分、振り回されそうである。








お読みいただき、ありがとうございました!

冒頭にも注釈した通り、本作は作者の知り合いユーザー様の誕生日を記念して公開したものです。せっかくなのでコメディ仕立てにしてみました。出来上がってみたらこれ、コメディっていうか漫才やな……。

想定している舞台は東京都千代田区。東京ステーションホテルとか日生劇場とか皇宮警察も登場させたかった……。キャラクターの名前は千代田区出身の作家の名前をいじっているので、もしも機会があればWikipedia等で答え合わせをしてみてください←

ちなみにタイトルの「いろは」という言葉ですが、この場合の意味は「物事の初歩」。(猛烈に)不器用ながらも誕生日を祝ってあげようとするヒロイン祝田小波のイメージを重ねたつもりです。


改めまして、お誕生日おめでとうございます。今後もよろしくお願いしますね!


2016/10/08

蒼旗悠



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― 新着の感想 ―
[一言] タイトルに引かれて拝読させていただきました。 不器用ながらにして辰郎を祝おうとしている二人の姿が目に浮かんできました。 あれから小波と辰郎がどうなったのか気になるところですね……。
[良い点] お誕生日プレゼントですか…これはまた面白いシチュエーションですね( *´艸`)わたしならダイレクトに、福沢諭吉が描かれている素敵な日本銀行券を登山用バッグいっぱいに頂きたいところですが、小…
[良い点]  4000文字ぴったりで物語を完結させたのはお見事です。  また、2人のやり取りは正しく「いろは」でしたね。 [気になる点]  序盤にて、「不の打ち所」という表現がありますけれど、「非の打…
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