エピローグ 結婚式には呼んでください
あれから数ヶ月が経過した。
ハセガワが持つ因子の研究は無事に終わり、改造人間の崩壊を止める試薬の開発が始まった。
ゴールドはその試薬を、希望する怪人に無条件で提供した。『東ヒー』内部や政府からの反対を押し切った、彼の独断だった。
『人に手を差し伸べるのに、条件を付けるヒーローがいるかよ』
ゴールドの決断から、多くの怪人が救われた。そして怪人による犯罪は大きく減少した。それでも一部の怪人は、『怪人としての生き様』にこだわっていた。
秘密結社を立ち上げる者もいれば、単独で悪事を働く者もいた。
***
ゴリゴリカレー二階、リビング。相変わらずグダグダなゴリラの元に、もう一人のゴリラが訪ねてきていた。
以前はビルダーイエローと名乗っていた男。今は『二代目ビルダーレッド』と名乗り、ビルダーファイブ再結成の準備をしている。
「なあ、兄弟。最近、ヒーローの仕事してる?」
二代目レッドは呆れながらローラさんに尋ねた。
「まあ、仕事はしてるよ。たまに、近所に怪人が出た時とか」
「いや、いいんだけどさ。もうちょい真面目にやろうよ。最近は『ウォールデン』とかいう連中も出てきたしさ」
ローラさんは聞き慣れない言葉に眉をひそめた。
「ゴメン、なにそれ?」
「マジで? 『ウォールデン』だよ、知らないの? ほら、『ホワイト』って元は東京の東側を牛耳ってただろ。『ホワイト』がいなくなって、そこを狙ってる連中が結構現れてるんだけどさ、その中で一番大きい勢力が『ウォールデン』だよ。確か、千葉から遠征してきてるとか。詳しい事はまだなにも分かってないけど」
二代目レッドの話を聞いても、ローラさんはまるで気のない素振りだった。
「割とどうでもいいな」
その言葉に、二代目はガックリと肩を落とす。
「でも結構面倒な連中らしいよ。東京の野良怪人とかも合流し始めたとか聞くし」
ローラさんは頭を掻きながら、顔をしかめる。ぽっと出の新興勢力には、あまり興味を持てなかった。
「まあ、詳しい事が分かったら教えてくれよ。気が変わるかも知れねえし」
ローラさんと二代目が新興勢力の話をしていると、外出していたヨシダさんとハセガワがゴリゴリカレーに帰ってきた。二人はリビングにいるゴリラ二人に声をかける。
「ただいま……、あら!? 二代目さん、いらっしゃい。よかったらお茶入れましょうか」
「なんすか。また遊びに来てたんすか? 遊んでばっかいると、ピンクがブチ切れるっすよ」
二人は揃って朝から出かけていた。戻ってきた二人はそれぞれ違う理由で上機嫌だった。声をかけられた二代目は立ち上がりながら、お茶をいれようとしているヨシダさんに声をかける。
「いや、姐さん。いいですよ、今日はもう帰るし。ゴトウダさんとこで新しい武器を作ってもらう事になっててね、これから蒲田に行くんで」
「あら、そうなんですか。じゃあ、ピンクさんによろしく伝えてください」
「あと、できればゴトウダを始末しておいて欲しいっす」
「いっつも思うんだけど、ハセガワ君とか兄弟って仲間に対して厳しいよな……。むしろそれくらいの方が戦隊って安定すんのかな……」
ビルダーファイブの新リーダーが悩みを打ち明ける。新しく加入するメンバーに、どう接したらいいか分からないらしい。
ローラさんの回答
「恐怖政治だな。逆らったら絞め殺せ」
ハセガワの回答
「とりあえず餌やっときゃなんとかなるっす」
ヨシダさんの回答
「間違ってもウチの真似だけはしない方がいいです」
三人の回答に二代目は苦笑いを浮かべる。
「姐さんの意見を参考にするよ……。いや、参考にならないけどさ」
そのまま二代目はリビングを出ようと歩き始めたが、途中で思いだしたように振り返りハセガワに尋ねる。
「そう言えば、今日ってビリオンの面会に行ってたんだっけ。あの人、どうしてた?」
ハセガワは上機嫌で答える。
「死刑だけは回避できそうっす。ビリやんだけじゃなく、弁護士さんとも話してきたんすけど検察側は無期懲役を求刑してくる予定になってるとか。しかも、特別待遇もあるらしいんすよ」
「よく分かんねえけど、上手くいってんだ。ところで特別待遇ってなに?」
「ありがちな話っすよ。刑務所にいる元ヒーローが、減刑と引き替えに危険な任務に就くってヤツっす。それが最初から認められてるとか」
「スゲえキャラ作ってきたな……。やっぱキャラだよな……」
「お前は一体なにと戦ってんすか? 今更キャラとか言ってんなって話っすよ。ビルダーレッドの名前にドロ塗ったら、ガチでピンクに殺されるっすよ」
「でもさあ、ゴリラってだけじゃ兄弟とかぶるし、かと言って他に俺の特徴って無いじゃん?」
ローラさんが笑顔で口を挟む。
「その悩みにも答えてやろうか?」
「いや、いいよ。なんか罵倒しかされなさそうだし」
二代目は肩を落としながらローラさんの提案を切り捨てた。その態度にローラさんが舌打ちをする。
「最近、勘がよくなってきたな」
「本当に罵倒する気だったんすね。いや、自分もそのつもりだったっすけど」
そんな彼らのやりとりを見て、ヨシダさんはただ笑っている。そんな上機嫌のヨシダさんに、ローラさんは少し違和感を覚えた。
ハセガワは、ビリオンの未来が開かれた事を心から喜んでいる。それは分かる。だが、ヨシダさんの機嫌がいい理由は分からない。
ニコニコと微笑んでいるヨシダさんに、ローラさんはなにげなく尋ねてみた。
「ヨシダさん、なんかあった? 凄く機嫌いいみたいだけど」
ローラさんの疑問に、ヨシダさんは一枚のはがきを差し出した。
「実は今、ポストにこれが入っていたんです」
ローラさんはゴリゴリカレーに届いていたはがきを手に取る。そして目を丸くした。
それはありふれた絵はがき。はがき裏面の上半分に写真がプリントされた、扱いに困る絵はがき。
写真に写っていたのはクジョウとマダム。その周囲には怪人たち。クジョウは陰気な顔を珍しく笑顔にして、グレーのタキシードに身を包んでいる。
マダムも幸せそうに微笑んでいる。純白のウエディングドレスが彼女の美貌を際立たせていた。
その二人の写真の下には赤い文字でこう印刷されている。
『結婚しました』
思わず笑ってしまうローラさん。二代目も何事かと絵はがきをのぞき込み、そしてわずかに口角を上げる。
だが、ローラさんはすぐに眉をひそめて疑問を口にした。
「え!? 俺、呼ばれてないよ。これ、結婚式の写真だよね?」
「いや、兄弟。呼ばれても困るだろ。クジョウって一応、指名手配中だし」
「それでも結婚式くらい呼んでくれてもいいだろ。なんだよ、アイツ……」
ローラさんのしかめっ面に、ヨシダさんが笑う。
「仕方ないですよ。やっぱり敵同士ですから。ほら、下の方も見てください」
ヨシダさんにうながされて、ローラさんは絵はがきの下半分に目を向ける。そこには『結婚しました』の文字が印刷されていたが、更にその下には直筆と思われる一文が添えられていた。
『いずれまた会いましょう』
そして署名。
『ウォールデン首領 クジョウ・ナオト』
もう一度、ローラさんは笑い出した。二代目も呆れながら笑う。
「厄介だね、あの人は。やっぱ逃がしたのは失敗だよ、兄弟」
「バカだな、お前は。だから、いいんだよ。怪人はこうでないとな」
そう言いながら、絵はがきのクジョウを指差す。かつてローラさんに、ヒーローには敵が必要だと訴えた男。
逃亡後、地方の怪人をまとめ上げたクジョウは、再びローラさんの前に最大の敵として姿を現した。
ローラさんは笑顔で絵はがきを見つめる。敵であり、友人である男。クジョウの帰還を心から歓迎したい気分だった。
そしてローラさんは立ち上がる。スクーターの鍵を手に取って、ヨシダさんに声をかける。
「ちょっとパトロール行ってくるよ。東側の辺りをブラブラとね」
いても立ってもいられない。ヒーローらしくないゴリラが、少し興奮しながら出かける準備を始める。
とったばかりの免許証をポケットにしまい、ヘルメットを小脇に抱える。そして意気揚々と街へ出る。
スクーターは甲高い悲鳴を上げる。ローラさんを乗せたスクーターが、軋むような音と甲高い排気音を出して走る。
街の人々の視線が突き刺さる。だけどゴリラは動じない。時折、冷たい視線の中に、『がんばってね』の声援が混じる。そんな時だけ、ぷくっと鼻を膨らませて喜ぶゴリラ。
子供の頃、彼はヒーローではなく怪人に憧れた。そして少年は悪の秘密結社の門を叩く。戦闘員として経験を積んで、少年はニシローランドゴリラ男になった。
怪人として生きて、多くのヒーローを半殺しにしてきた。だけど密かな自慢は、勝った回数ではなく、一度も命を奪っていないという事。
いくつもの結社を渡り歩いたが、どこの結社も長続きはしなかった。潰れてしまった結社もあれば、ローラさんが潰した結社もある。あまりにもあくどい事ばかりやっていた結社を、ローラさんは一晩で潰してしまった。
ささやかな悪事で食べていくために、彼は自分の結社を立ち上げた。その結社も長続きはしない。ささやかな悪事すら、彼は避けるようになってしまった。
「俺……、悪の怪人に向いてないのかな……」
ほんの少し前まで、ローラさんはそんな事を言っていた。そんなゴリラにヨシダさんはこう言った。
「向いてませんよ。今更気付いたんですか?」
そしてゴリラはヒーローになった。彼は今になって、ようやく自覚した。
「うん。向いてなかった」
だけどヒーローになっても、ローラさんは変わらない。怪人をやっていた時と、なにひとつ変わらない。
ローラさんは今日もゴリラです。
間違いなく明日もゴリラです。もしかしたら、正義の味方は辞めているかも知れないけど。それでもローラさんは変わらない。
実は昨日もゴリラです。怪人だった事もあるけど、そんな細かい事は気にしてません。
最高の仲間がいて、最強の敵がいる。そんな幸せな日々の中で、今日もローラさんはダラダラと生きています。
きっとこれからも。