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ローラさんは今日もゴリラです  作者: 吠神やじり
終章 ローラさんは今日もゴリラです
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第九十三話 幼女、世界を救う

 上野恩賜公園は戦場だった。少なくとも最初は戦場だった。『ホワイト』、動物園の怪物、公園に集結した怪人たち。迎え撃つのは警官隊、そしてヒーローたち。

 その日の朝、上野は緊迫した空気に包まれた。そして騒乱が始まり、誰もが必死に戦った。

 正義のために、あるいは信念のために。生きるために、もしくは死ぬために。誰もがすべてを賭けて戦っていた。


 だが、そんな緊迫した空気も長くは続かなかった。主にゴリラとその仲間のせいで。


 その日の昼ごろには、緊迫した空気もすっかりグダグダになっていた。理由は単純だった。ごく一部の戦力だけが飛び抜けて強すぎたために、戦闘が続かなかった。

 ローラさんは『スタン・ハリセン』を手に暴れまくった。ビルダーゴールドは黄金の光を発しながら、動物園の怪物を片っ端から殴りつけた。ビリオン・ライダーは騒乱の中、音も無く駆け抜けて次々と怪人を葬り去っていく。

 それを見ていたヒーローたちは思った。


『俺たち、なんで呼ばれたんだろう……』


 数人のヒーローが、公園の外周部で交戦している警官隊を助けようとした。しかし、公園の外周部で彼らが見たのは、無残な姿をさらしている力尽きた怪人たちだった。

 初代は指揮所に現れた怪人を倒した後、バイクにまたがり公園の外周部を走り回った。そして警官隊と交戦していた怪人たちを、バイクでひいた。一人残らず。


 『戦いの終わり』と言えば、誰だって感動的なラストシーンを思い浮かべる。それが普通だろう。

 最後に残った敵のボスを粉砕して、仲間たちが喝采を上げて有終の美を飾る。そんな結末を誰もが連想していた。

 だが、実際には『ラスボス』なんて存在はいなかった。集まった怪人たちは寄せ集めにすぎないし、動物園の怪物だって元は動物にすぎない。そして『ホワイト』はさっさと逃げ出していた。

 要するに『敗北』を認める事ができる存在がいなかった。そもそもが烏合の衆。それだけに、逃げ出す者もいれば、投降する者もいた。だが、戦闘全体を終わらせる事ができる者はいなかった。

 だから、いつまでもダラダラと戦闘が続いた。


『なあ。あと、どのくらい残ってんだ?』


『知らねえよ。もう勝ったんじゃねえの?』


『おい、向こうにまだ怪人いるってよ!』


『まだ残ってたのかよ……。もう帰りてえ……』


 ヒーローたちがぼやく。さすがに誰も帰ろうとはしなかったが、それでもやる事がある訳じゃない。

 ほとんどの敵はローラさんとゴールド、そしてビリオンと初代によって殲滅されていた。戦おうにも相手がいない。


 その日の夕方。空が赤く染まる中で、集められたヒーローたちは公園のベンチに腰掛け、ぼんやりと黄昏れていた。


『ヒーロー辞めようかな……』


 上野恩賜公園は戦場だった。多分、戦場だった。そこでは色々なドラマが繰り広げられていたはずだった。それでも最後はグダグダだった。

 強すぎるヒーローたちは、最後の決戦すら悪ふざけしながら終わらせてしまった。


     ***


 上野恩賜公園の決戦から一週間後。


 ローラさんはゴリゴリカレーで引きこもっていた。決戦の翌日から、マスコミによる『ゴリラバッシング』が始まってしまい、拠点に引きこもってしまった。

 ローラさんがなぜマスコミから叩かれる羽目になったのか。それは決戦の目的を考えれば明白だった。

 決戦は様々な勢力が入り交じる乱戦になっていたが、そもそもの目的は『ホワイト』の壊滅。

 ローラさんはその『ホワイト』を逃がしてしまった。もちろんそれが故意である事まではバレていない。だが、マスコミはゴリレンジャーがかつてはゴリゴリ団という秘密結社であった事や、現在の無免許運転も取り上げてローラさんを激しく非難した。


「面倒くせえなぁ。やっぱ、有名になんかなるもんじゃねえな……」


 ゴリゴリカレー二階のリビングで、自分を批判するワイドショーを見ながらローラさんは尻を掻く。


「気に入らないなら、わざわざ見なけりゃいいじゃないっすか」


 ハセガワが呆れながらツッコむ。秋葉原テロ以来、注目を集めていたハセガワも『ゴリラバッシング』の影響で人気は急落していた。


「まあ、私たちはこんな感じでいいんじゃないですかね。少しゆるいくらいでちょうどいいんですよ」


 ヨシダさんがお茶をいれながら微笑む。拠点には三人だけ。ゴトウダは蒲田で工房を再開するために慌ただしい日々を送っている。ミドリ君は東京拘置所でバイトしながら、時々拠点に顔を出す。決戦以来、全員が揃った事は一度も無い。

 ゆるすぎる戦隊ヒーローは、世間から叩かれながらもダラダラと過ごしていた。


「そろそろゴールドさん、来る頃ですね」


「ああ、もうそんな時間か……。そう言えば、アイツなんの用で来るんだっけ?」


「知らねえっす。なんか自分に頼みたい事があるって話っすよ」


 ローラさんは興味なさそうに鼻を鳴らす。


「まっ、どうせ大した用事でも無いだろ」


 正式にビルダーファイブを辞めたゴールドが、ハセガワに頼み事があると連絡してきたのが今朝の事。

 特に用事も無かったハセガワは、特に考えもせずそれを承諾したが、肝心の頼み事の内容は聞かされていない。

 だがハセガワもローラさん同様、大した用事じゃないと高をくくっていた。


 そんなダラダラとした三人の元に、神妙な顔をしたゴールドがやってきた。


     ***


 ゴリゴリカレー一階、店舗スペース。何度かの戦闘を経て、廃墟のようだった店舗スペースも、今では来客を迎えられる程度には片付いていた。

 ボックス席にゴールドを案内して、ヨシダさんがお茶を出す。ゴールドと向かい合ってボックス席に座るハセガワ。ローラさんはカウンター席で二人の話を見物していた。


「悪いな。今日は時間を割いてもらって。実はハセガワさんに頼みたい事があって……」


「むしろゴールドさんの方が忙しいっすよね。そんで、わざわざウチまで来て頼みたい事ってなんすか?」


 ゴールドは神妙な顔をわずかに歪ませる。それから姿勢を正し、ハセガワの目を見て話を始めた。


「『エンデミタス』については知っているよな。上野動物園の動物を怪物に変えた、あのウィルスの事だ」


 その『エンデミタス』の研究中に生まれたTSウィルスによって性別が変わってしまったハセガワにとって、それはあまり触れたくない話。しかし触れたくない話だからこそ、これが深刻な話だと理解する。

 ハセガワも無言で姿勢を正し、ゴールドの目を見つめる。


「決戦前夜にローラさんから受け取ったメモリーカード、あの解析が終わったよ。『エンデミタス』と『アルファ』、それにハセガワさんを変えたTSウィルスについて、多くの事が分かった」


 ローラさんとヨシダさんも真剣な表情で、ゴールドの話に耳を傾けた。


「あのドクター・ディアマンテってヤツは、ある種の天才だったらしい。何人かの専門家に話を聞いたが、『エンデミタス』とその研究データは常軌を逸したモノだったそうだ」


「ゴールド。前振りが長え。要点を言えよ」


「研究データの中に、ハセガワさんの資料もあった。どうもメジャーレッドが『東ヒー』に保管されていたハセガワさんの資料を、ドクターに渡していたらしい。…………その資料を基にドクターはある仮説を立てていた」


 ヒーローの神様が苦笑いを浮かべる。


「改造人間には残酷な運命が待ち構えている。改造手術を受けた者は、その精神と肉体を維持できず、最後は狂うか衰弱するかしてしまう」


 彼らに救いの手を差し伸べる。


「その宿命とも言える結末を、退けられる者がいる。ハセガワさん。貴方だ」


 真摯な目でハセガワを見つめるゴールド。だが、見つめられたハセガワにはゴールドの言葉の意味が分からない。


「ハセガワさんはTSウィルスに感染しているが、そのウィルスが起こすはずだった肉体の崩壊がまるで起きていない。適応しているんだ、貴方は。

 ドクターはその因子に目を付けた。その因子があれば、ローラさん同様の『完成された改造人間』を作れると」


 ローラさんは堪らず声を上げる。


「お前な、改造人間をこれ以上増やしてどうしようってんだ?」


「違う。そうじゃない。ドクターは『エンデミタス』の完成にしか興味を持っていなかったが、それとは別に従来の改造人間に手を加える仮説も持っていたんだ」


 ローラさんとハセガワはゴールドの次の言葉を待った。ゴールドは一度言葉を切って、慎重に言葉を選んで告げる。


「『エンデミタス』の技術とハセガワさんの因子を組み合わせる事で、改造人間を救う事ができる」


 ウィルスによる人体改造に適応しているハセガワ。その因子を利用する事で、従来の改造手術を受けた者たちの肉体と精神の崩壊を止める事ができる。


「あくまで仮説にすぎない。ドクターもハセガワさんを手に入れる事ができなかったから、研究は進んでいなかった。…………反対する者は多いが、俺は『東ヒー』でその研究を引き継ぐべきだと考えている」


 クジョウはローラさんを利用しようと考えた。それが始まり。


「その研究が上手くいけば、すべての怪人を救う事ができる」


 クジョウはローラさんにハセガワを預けた。もちろんそれは自分のため。クジョウ自身がドクターへの復讐のために、ハセガワも利用しようと考えた。ドクターをおびき出す餌として、ハセガワをローラさんに預けた。


「なんで怪人を救おうなんて考えたんすか?」


 ハセガワは自分が特別だとは知らなかった。だから他の犠牲者同様に、自分が衰弱して死ぬ事を恐れていた。その恐怖は、いずれハセガワに自ら死ぬ事を選ばせていたかも知れない。


「正義のためだよ。ただ殴るだけじゃ、なにも救えない」


 ローラさんは死の恐怖に怯えるハセガワを救った。そしてハセガワはヒーローになった。


「協力して欲しいんだ。怪人を倒すだけのヒーローじゃ、世界は救えない。少しでもマシな世界にするためには、戦うだけじゃ足りないんだ」


 ハセガワは思い出す。秋葉原のテロで、自分の目の前で自爆した怪人を。その最後の言葉が耳に残っている。


『ありがとう』


 その言葉を思い出しながら、ハセガワはゴールドの頼み事を快諾した。


「先に礼を言われちゃ、断れねえっすよ。やるっす。自分にできる事はなんでも」


 ゴールドは真摯な表情を笑顔に変えた。だが、ローラさんの表情は変わらない。硬い表情のまま、ハセガワを見つめる。

 ハセガワは真剣な眼差しで自分を見つめるローラさんと向き合い、そして深く頭を下げた。


「ローラさん。今までありがとうございます。自分、ちょっくら怪人救ってくるっす」


 その言葉にローラさんは目を伏せる。大きな身体には似合わない、ボソボソとした声でハセガワに問いかける。


「……いや、お前。…………ちょっくらとか軽く言ってんなよ……なんだよ、それ」


 それでもローラさんは分かっている。ハセガワを送り出すべきだと。自分にはできない事を、目の前の幼女はやってのけるはずだと、ローラさんも分かっている。


「自分もローラさんと一緒にいたいっすよ。だけど、無理っすよ。自分、ヒーローっすから」


 ハセガワは目に涙を浮かべたまま、ローラさんを見つめる。そのハセガワからローラさんは一度目をそらす。その後、思い直してハセガワを見つめ返す。

 そのやりとりを見たゴールドが狼狽する。


「いや、ちょっと待ってくれ。なんか誤解して……」


 ゴールドの言葉はガン無視された。ローラさんはカウンター席から立ち上がり、ハセガワに近付いていく。少しだけ、ローラさんも涙ぐんでいた。


「……分かった。行ってこい。でも、約束しろよ。必ず怪人救って、そんで戻ってこい。お前はゴリレンジャーの仲間なんだから」


「もちろんっすよ。ローラさんも、自分がいない間に代わりのメンバーとか入れちゃダメっすよ」


 ローラさんは無理に笑ってみせる。目の前にいる、自分よりもずっと大きな事をやってのけるヒーローに、情けない姿を見せたくなかった。


「当たり前だよ。お前以上の仲間なんて、そうそう見つからねえよ」


 二人は見つめ合い、感極まったように涙を流す。そしてハセガワも席を立ち、ローラさんに近付いていく。ローラさんも更に前に出る。二人の距離は縮まって、最後はゼロになった。

 泣きながらゴリラは幼女を抱きしめる。自分よりもずっと凄いヒーローの小さな身体を抱きしめて叫んだ。


「だから、すぐに帰ってこい! 怪人ども全部救って、必ず戻ってこいよ!」


 ハセガワも叫ぶ。泣きながら、ゴリラの腕の中で叫ぶ。


「見ててくださいっす! 必ず自分、ローラさんが自慢したくなるようなヒーローになって帰ってくるっすよ!」


「ああ、分かってる。お前ならできるよ!」


 ローラさんとハセガワのやりとりに、ゴールドはただ狼狽した。そして助けを求めるようにヨシダさんに視線を送る。

 呆れたように深くため息をついてから、ヨシダさんは二人に声をかけた。


「あの、ゴールドさんのお話がまだ終わってませんから。もう少しお話を聞きましょう」


 ヨシダさんの助け船に安堵するゴールド。ただ、その先を話しづらい雰囲気に、頬が軽くひきつる。

 ローラさんとハセガワは手をつないだまま、ゴールドの言葉を待った。

 そしてゴールドは申し訳なさそうに、頼み事の詳細を説明した。


「……いっ、一週間ほどでいいんだが……」


 全員が沈黙した。ハセガワは涙を流しながらも目を丸くする。ローラさんはゴールドの言葉の意味を悟って目をそらす。ヨシダさんは最初から分かっていたようで、二人に生暖かい視線を送る。


「だから……、『東ヒー』に協力してくれる研究機関に、一週間ほど行ってくれればいいんだ……」


 ゴリラが幼女とゴールドから目をそらしながら言った。


「……お前、そういう事は先に言えよ……」


 幼女は耳まで真っ赤にしながら、自分の服を見つめる。


「きったねえ……。服にゴリラの毛がついたっす。これ、もう着れないっすね……」


 当たり前の話だが、ハセガワの因子を研究するのはハセガワ自身ではない。むしろハセガワのやる事と言えば、血液や唾液といった生体サンプルを提供するだけ。


「まあ、他にもハセガワさんの因子が身体に与える影響を研究させて欲しいが……、それもここから研究機関に通ってくれればいいんだ……。なんか、すまん」


 ローラさんが咳払いを一つ。照れ隠しにハセガワも咳払い。いたたまれなくなったゴールドも咳払いを連発。特に理由は無いが、ヨシダさんもそれに乗っかった。

 ゴリゴリカレーの店舗スペースは、なぜか四人が延々と咳払いをする微妙な空気に包まれた。


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