第九十二話 五人揃って、ゴリレンジャー!
上野恩賜公園は戦場になった。公園の外周部では警官隊と少数の怪人が衝突している。
怪人の群れが現れた時、包囲を背後から破られた警官隊は、その後の怪人たちの行動に少しだけ安堵していた。
公園の外側で暴れるのではなく公園内へと殺到していく姿を見て、民間人の被害が出ない事を喜んだ。だが、事はそれだけでは終わらない。少数の怪人が退路を確保するためか、警官隊を襲い始めた。
怪人の群れ。それは誰に統率されている訳でもない集団。どこにも属さない野良怪人や一度は政府に忠誠を誓った白怪人。そんな怪人たちが、『ホワイト』の奮闘を知り、加勢するために駆けつけた。
戦う場所を失っていた怪人たちは、その奮闘に恋い焦がれるような想いを抱く。
怪人たちが叫ぶ。人よりも限られている寿命を燃やすために。わずかな命を、意義あるものにするために。
警官隊は奮い立つ。だが勝ち目のない戦いである事は明白だった。上野恩賜公園の包囲には、対怪人を専門とする特殊部隊も参加している。だが、集められた警官隊は二四〇〇名。その内、特殊部隊隊員は一割にも満たない。
怪人に対抗出来る戦力は、あまりにも少ない。それでも彼らは逃げださない。
『ヒーローと怪人の戦いなんて、警察が関与する案件ではない』
ほんの少し前まで、そんな理屈がまかり通っていた。だが、今は違う。民間人にまで被害を出したテロ行為は、許されざる暴挙だった。
警官の多くは怒りに燃えていた。たとえ勝ち目が無いとしても、ヒーローにすべて任せて逃げ出す訳にはいかなかった。
警官隊は意を決して怪人に挑む。無法な集団の無秩序な叫びを前に、隊列を組み統率のとれた動きで迎え撃つ。
上野恩賜公園は戦場になった。
だが、その戦場の中心では、覚悟もクソも無いバカ騒ぎが始まっていた。
「ゴトウダは色、決めてあんの?」
ローラさんが脳天気に尋ねる。周囲では既にヒーローたちが怪人と交戦している。
「決めてないわよ。散々言ったでしょ、私はゴリレンジャーには入らないって」
言葉だけ聞けば拒絶しているようなゴトウダの発言。だが、ゴトウダも観念したように言葉を続ける。
「やっぱり白かしら……。『ゴリホワイト』なんていいんじゃない?」
「どうでもいいっす。それより火薬の量はちゃんと減らしてあるんすよね?」
「あら、信用無いのね。私は武器職人よ。そこら辺はキッチリやってあるわよ」
ヒーローが名乗りを上げる時、背後で起こる謎の爆発。そのための爆薬を用意したゴトウダは胸を張って答える。
「いや、武器職人って所を強調されると、マジで困るっす。一応確認しておくっすけど、アレは煙が勢いよく上がればいいんすよ。破壊力とか必要無いっすからね」
「でも、ほら。いざという時には、敵に投げつけるとか、そんな使い方ができてもいいんじゃない?」
「敵に投げつけるようなモンを、背後で爆発させる方の身にもなれっす」
遊んでいるゴリレンジャーに向かって怒号が飛ぶ。
「なにやってんだよ、お前ら!」
「そこのゴリラ! マジでなんとかしろよ!」
「状況、分かってんのか、コラ!」
寄せ集めのヒーローたちがローラさんを怒鳴りつける。それでもローラさんはガン無視。
「ほんじゃ、一人ずつ行こうか。まず俺、それからヨシダさんで……」
動物園からも『アルファ』によって変異した怪物が飛び出してきた。それを迎撃するビルダーゴールド。
ゴールドと共に戦うビルダーピンクは本気でゴリレンジャーに呆れている。
「アイツら、本当になに考えてんですかね。この状況で、なんであんな悪ふざけしてられるんだか……」
ゴールドが笑う。動物園からはいまだに変異した怪物が現れる。『アルファ』は完全に殲滅できているが、変異した怪物が元に戻る訳ではない。動物園の怪物たちは、自分の身に起きた事を理解できないまま暴れている。
そして公園の外からは怪人が群れで現れ、動物園前の大穴の下には『ホワイト』がいる。そんな状況でも悪ふざけを続けるローラさんに、ゴールドはただ笑うしかなかった。
「じゃあ、行くぞ! お前ら、気合い入れろよ!」
ローラさんが拳を振り上げ、仲間たちに叫ぶ。ゴトウダは軽トラックから持ってきた爆薬を地面にセットしている。
黒い箱にはそれぞれ赤、青、緑、ピンクの四色のテープが貼られている。満面の笑みを浮かべたローラさんが、赤いテープが貼られた黒い箱の前に立つ。
手招きしてハセガワを青いテープの前に呼ぶ。ハセガワは深くため息とついて、しかめっ面のまま青いテープの箱の前に立った。
怯えながら黒い箱を見つめるハセガワに、ローラさんが一言。
「ハセガワ。ゴトウダを信じろ!」
なぜかキメ顔のローラさん。いい事言った感じを出しているが、ハセガワの不安は拭えない。
だが、そんなハセガワの不安をよそに、妙なテンションのゴリラが騒いでいる。普段はやらない『ドラミング』を始めるローラさん。周囲を威嚇するように、手のひらで自分の胸を叩く。
その『ドラミング』を終えた後、ローラさんが叫んだ。
「ゴリラの力で悪を討つ! ハリセン番長、ゴリレッド!」
騒乱の中、ゴリレンジャーの仲間たちは、怪訝そうな顔で自分たちのリーダーを見つめる。軽く咳払いをしたローラさんが妙に冷静な態度で言った。
「……うん。じゃあ、もう一回やるから」
そしてまた『ドラミング』、それを眺めるハセガワがつぶやく。
「これ……、マジでやるんだ…………」
隣にいたゴトウダが苦笑いをしながら言った。
「ローラさんが納得するまで、終わらないわよ」
ローラさんが叫ぶ。一回目より少し逆ギレ気味に叫ぶ。
「ゴリラの力で悪を討つ! ハリセン番長、ゴリレッド!」
ドヤ顔で決めポーズ。どこかの陸上選手のように斜め上を指差す。続いてヨシダさんが決めポーズ。なぜかそのポーズはバッタ野郎のパクリだった。
「転職しました、悪から正義! 一般人です、ゴリピンク!」
「やりますよ、やればいいんすよね! はいっ! なんの因果か、起きたら幼女! それでもやります、正義の味方! 世界最強、最軽量! 無敵艦隊、ゴリターコイズブルー!」
結局はノリノリで荒ぶる鷹のポーズを決めるハセガワ。それを笑顔で見つめるゴトウダは、ボディービルダーのように筋肉を見せつけるようなポーズを決める。
「武器の事ならゴトウダ工房! ただいま新装開店準備中! 暴走特急、ゴリホワイト!」
ガネーシャを慰めていたミドリ君が慌ててやってきた。そして全裸で決めポーズ。
「夢はでっかく、ビッグなヒーロー! ゴリミドリ、参上!」
とりあえず服を着ろ。そんなツッコみを完全に黙殺するミドリ君。笑顔のローラさんが四人の仲間を前に、全力で叫ぶ。
「行くぞ! 五人揃ってぇ!」
「魂焦がす、炎は黄金! 拳で刻む、正義の力! ビルダーゴールド、参上!」
硬直するローラさん。なぜか入ってきたゴールドに目を丸くする。
「え!? なんで?」
「……いや、ついな。俺も混ぜてもらおうかと……」
「お前、関係ねえだろ!」
ゴールドまで悪ふざけを始めてしまい、ピンクが戦闘しながら悲鳴を上げた。
「ゴールドさん、マジで勘弁して! こっち戻って! 早くっ!」
「ほら、お姉ちゃん呼んでるから、お前は戻れって」
ローラさんは『しっ、しっ』と手で弾くような動作でゴールドを追い払う。
「もう最後のとこだけでいいか……。じゃあ、行くぞっ! 五人揃ってぇ!」
そこに灰色の光線が駆け抜ける。背後からローラさんを襲おうとしていた怪人を叩きのめし、灰色のライダーが静かにつぶやく。
「………………ビリオン・ライダー……参上」
「よそでやれっ! なんでこっち来たんだよ、お前!」
ローラさんの絶叫を無視してハセガワが友人に声をかける。
「おっ、ビリやん。どうしたんすか?」
「いや、老いぼれのヤツがな、公園の中を掃除してこいってよ。まったく人使いが荒い……」
「だから、どっか行けやぁっ! もう邪魔すんなよ! マジでお前から始末すんぞ!」
ハリセンを振り回し叫ぶゴリラ。どうしても決めポーズをやりたいようだが、絶妙のタイミングで邪魔が入る。
「よしっ! 次で最後な! 今度邪魔したヤツは殺す! じゃあ、行くぞっ! 五人揃ってぇっ!」
「パオーン!」
ガネーシャが咆哮を上げ、ローラさんが襲いかかる。止めに入ったミドリ君が必死に懇願する。
「やめてあげてください。ホント、悪気は無いんです。やめてあげて……」
止めに入ったミドリ君をスタン・ハリセンでしばく。
「やめたげてよぉ、やめたげてよぉ……」
しばかれながらもガネーシャをかばうミドリ君。しばき続けるローラさん。それを見つめていたヨシダさんが、微笑みながら悪魔のような行動に出る。
「じゃあ、私がやりますね。行きますよ」
その言葉を聞いたローラさんが、驚愕に目を見開く。ヨシダさんは空を指差すように、人差し指を立てた右手を高く掲げる。そして叫んだ。
「五人揃って! ゴリレンジャー!」
アッサリと決めゼリフを言ってしまい、そしてゴトウダは爆薬の起爆スイッチを押す。ローラさんの叫びは爆発音にかき消され、爆風でハセガワが吹き飛んだ。
赤、青、緑、ピンクの四色の爆煙が舞い上がり、ヒーローと怪人の注目が集中する。
ヨシダさんはにこやかに笑って言った。
「じゃあ、ローラさん。後はよろしくお願いします」
「…………えぇぇ……」
決めゼリフをとられたローラさんが、小さく呻き声を上げた。
爆発と四色の煙は、乱戦の中で一際目をひいた。そして戦いを求めた怪人たちは、それを目標に突き進む。
ゴトウダは吹き飛んだハセガワを拾いに行った。ヨシダさんもそれについていく。空高く舞い上がる四色の煙の下で、ローラさんが呆然とそれを見送った。
そのローラさんの元に殺到する怪人たち。咆哮を上げて襲いかかる怪人の群れに、怒りの矛先を探していたローラさんが吠えた。
「お前ら、生きて帰れると思うなよっ!」
遠くからそれを眺めていたピンクがつぶやいた。
「アイツら、絶対頭おかしい……」
スタン・ハリセンがうなる。直撃するたびに青白い電撃を発生させる真っ赤なハリセン。紺色の作業着を着たゴリラが、ハリセンを手に暴れ回る。
「どっからでも、かかってこいやぁ!」
黄金の閃光が走る。次々と怪物を粉砕していくビルダーゴールド。その身体に黄金の光をまとう戦士が、肉体の限界を超えた力で怪物を打ちのめす。
「ははっ、やるな。さすがだよ、ローラさん。悪ふざけのフリをして、敵を引き付けたか」
勘違いしたゴールドにピンクがツッコむ。
「いや、アレは絶対違う!」
灰色の光線が怪人を貫く。彼の強靱な肉体は、容易く敵を粉砕する。だが、その行為に意義を感じた事など一度もない。少なくとも今までは。
ビリオン・ライダーは拳を握る。初代との戦いで負傷した事など、問題にもならないほど気力が満ちている。
「正義の味方か……。悪くない。もう少し早く気付けばよかったな……」
ハセガワがゴトウダに蹴りを入れる。
「だから、火薬の量が多いって言ったんすよ! どこがキッチリやってんだ、オイ!」
「だってローラさんができるだけ派手にしろって」
「誰か、あのゴリラを殺してくれっす」
ヨシダさんは『ホワイト』の拠点に通じる大穴を見つめる。その穴の奥には、ローラさんの敵であり友人でもあるクジョウがいる。
ローラさんとクジョウが初めて出会った時、クジョウはローラさんにこう言った。
『私たちには強い敵が必要なのです』
ヒーロー側に立っていた男が、怪人に向けて言った言葉。それが今は立場が逆になってしまった。
それでもその言葉が正しい事に変わりは無い。ヒーローにも、そして怪人にも、お互いに敵が必要だった。
ヨシダさんは祈る。どうか無事に逃げてくださいと。また彼がローラさんの前に立ちはだかる事を期待して、彼の無事を祈る。
***
この戦いに意味はあったのか。ローラさんは暴れ回り、クジョウは傷つき倒れた。そして最後は無関係な者まで巻き込んだ乱戦。
結局、なにも解決していない。クジョウはきっとまた悩むだろう。自分か、あるいは仲間の元に、改造人間の宿命である肉体と精神の崩壊が訪れた時、きっと彼は自分の無力さと世界の仕組みを恨むだろう。
彼は気付いていない。戦いそのものに意味は無かった。だが、それまでの過程で、彼らは世界をほんの少しだけ変えていた。
神様はいるのか? それは唯一のモノなのか、それともそうではないのか。
神様はたくさんいるのだろうか? それならヒーローの神様はいるだろうか?
戦隊ヒーローの神様はいるのか? ライダーの神様はいるのか?
もしかしたら悪の秘密結社の神様だっているかも知れない。
その神様はローラさんに微笑まなかった。苦労しても、努力しても、ローラさんを救ったりはしなかった。
では、ヒーローの神様はどうだろう。ローラさんを救ってくれるだろうか。クジョウを救ってくれるだろうか。
悪ふざけをしながら戦うゴリラに、神様は微笑んでくれるだろうか。
まだ彼らは気付いていない。彼らの戦いを通じて、世界がほんの少しだけ変わった事を。
彼らは気付かない。ヒーローの神様が、ちょっと呆れながら苦笑いしてくれている事を。




