第九十一話 最後の乱戦
台東区上野。上野恩賜公園、動物園前。上野動物園表門の前には巨大な大穴が空き、そこからガネーシャの咆哮と破壊音が響く。
巨大な管楽器を思わせる咆哮を上げながら、めったやたらに鼻を振り回し大穴を広げている。
「で、なにがあったの? アイツ、一回倒してるよな?」
ローラさんがミドリ君に尋ねる。ローラさんよりもずっと巨大になっているミドリ君は、アスファルトの上で正座してローラさんの質問に答える。
「僕もよく分かんないんですけど、なんか動物園の方から、ぶわぁって来て、それがビリってなったから、僕もなにかなって思ってたんですけど……」
「ゴメン。なに言ってんのか分かんねえ。ゴトウダ、なにがあったの?」
「これは想像だけどね。多分レッドちゃんが覚醒したっぽいのよ。それで周囲に……」
「アイツ、寝てたの?」
「最後まで聞いて。とにかくレッドちゃんがなにかしたみたい。直接本人に聞かないと分からないけど、広範囲に電撃みたいなのを飛ばしてたわ。私には影響ないみたいだけど、ミドリ君とあの象さんはまともに食らったみたい」
「その影響であの象が起きちまったって訳か……。迷惑なヤツだな……」
小脇に抱えていたヨシダさんを下ろして、ローラさんは穴の中のガネーシャを見下ろす。そのガネーシャが暴れ回る大穴からは、『ホワイト』の怪人たちの咆哮も聞こえる。
「ところでローラさん、下の方はどうなったの? クジョウは倒せたの?」
ゴトウダの質問にローラさんはドヤ顔で答える。
「当たり前だよ。俺を誰だと思ってんだ?」
ローラさんのドヤ顔に、ゴトウダは顔をしかめる。
「じゃあ、私の負けね。後でハセガワちゃんに三〇〇〇円払わないと……」
「賭けてんじゃねえよ! しかもお前は俺が負けると思ってたのかよ!?」
「当たり前じゃない。『ゴリラ・マキシマム』は私の最高傑作よ! まだ調整が終わってなかったとは言え、まともに使えるようになれば誰にも負けないわよ!」
逆ギレ気味にゴトウダが叫ぶ。そのゴトウダの剣幕に圧倒されるローラさん。とりあえずゴトウダの最高傑作を、完全に破壊してしまった事は黙っておいた。
ゴリレンジャーがノンビリと立ち話をしている間にも、事態は混迷の度合いを深めていく。
動物園表門前に空いた大穴の中では、ガネーシャが『ホワイト』の怪人を相手に暴れていた。
しかし、ガネーシャは本来ただの象。高い知能がある訳でもなく、現状を理解している訳でもない。
事実、ガネーシャと『ホワイト』の戦いは、ごくアッサリと終結した。ガネーシャも『ホワイト』の怪人も、お互いについてなにも知らない。そして戦う理由も無い。
そのため、『ホワイト』の怪人たちがガネーシャから距離をとった途端、ガネーシャの敵意は地上にいるローラさんたちに向いた。
ガネーシャは咆哮を上げながら、崩れた大穴を上ってくる。前足には本来象にはないはずの指とかぎ爪が生まれていた。筋肉の塊でもある鼻もわずかに太くなっているように見える。
「上がってきたな。しょうがねえ、全力でぶっ叩くか」
ローラさんは『スタン・ハリセン』をヨシダさんから受け取り、そしてそれを威嚇するように振り回す。
穴から最初に出てきたのは、長く太い鼻だった。ガネーシャは鼻を穴から突き出して、そのまま穴のふちに手をかけるように鼻を引っかける。ガネーシャはその自重を鼻で支えるように力を込める。
鼻が身体を支え、そして太い四本の足を使って穴をよじ登る。ガネーシャが穴から這い出して、周囲のヒーローたちを威嚇する。
「あ!? なんだ、あれ……」
ローラさんは眼前のガネーシャを無視して、その背後からやって来る光に目を向けた。それは真っ直ぐガネーシャへと突き進んでくる、黄金の閃光。
管楽器のような鳴き声。咆哮とは呼べない、どこか拍子抜けするような鳴き声を上げながら、ガネーシャも背後からやって来る光に目を向けた。
「真! ビルダーアタック!」
黄金の閃光が、ガネーシャを強襲する。なにか技の名前のようなものを叫んでいるが、実際にはただ思いっきり殴りつけただけ。だが、その破壊力は絶大だった。
黄金の閃光が放つ、『真ビルダーアタック』というただのパンチは、六トンのガネーシャを吹っ飛ばした。
その光景に、周囲のヒーローたちが呆然とする。ミドリ君とガネーシャの戦いすら次元が違うと感じていたヒーローたちは、そのガネーシャを一蹴した黄金の男に戦慄した。
そしてガネーシャは、ただ一撃で戦意を失う。怯えたようにか細く鳴くガネーシャに、黄金の男は追撃を止めた。
「え!? お前、レッドか? なにそれ!? ちょっと格好いいじゃん」
黄金の光を放つ男。それがビルダーレッドだと分かった途端、ローラさんは大はしゃぎでレッドに近付いた。
「なに? ゴトウダの武器でそんな感じになったの? おい、ゴトウダ! 俺の武器はどうなってんだよ! このハリセンで、俺も覚醒したりすんのか?」
「する訳ないでしょ。ハリセンでゴリラが覚醒とか、シュールすぎて理解不能よ」
「でも、お前。レッドはグローブで覚醒したんだろ? それだって訳分かんねえぜ」
「まあ、確かに俺も訳が分からん。と言うか、ゴトウダさん。後できちんと礼はさせてもらうが、その前にこれはどうやって止めるんだ?」
黄金の光を垂れ流しにしたゴールドが、困惑した様子でゴトウダに尋ねる。
「え? そのままでいいんじゃない? うそうそ、冗談よ。グローブを外せばいいのよ」
「なあ、ゴトウダ。俺にも覚醒するような武器作ってくれよ」
「無理よ。『レッド・ゾーン・グローブ』は熱い男にしか使えないの。ハッキリ言うと、ローラさんってどこか冷めてるでしょ。戦ってる最中も平気で悪ふざけ始めちゃうし」
その言葉にヨシダさんが苦笑いを浮かべる。
「お前な。いい機会だから言っとくけどな、俺は悪ふざけが大嫌いなんだよ。いや、マジで。俺は悪ふざけが大嫌い。これは、マジ!」
既に悪ふざけが始まっていた。なぜかドヤ顔のローラさん。恐らくツッコみ待ちなのだろうが、この場にゴリレンジャーのツッコみ担当はいなかった。
「あれ? そう言えば、ハセガワは? まだ戻ってきてねえの?」
噂をすれば影がさす。遠くからハセガワの悲鳴が聞こえた。揃って悲鳴が聞こえた方向を見ると、ハセガワが数人の怪人に追われている所だった。
「うきゃああああああっ! あっ、ローラさん、マジ助けてくれっす!」
青く光る強化スーツを着た幼女が、必死に逃げていた。昨晩できたばかりの真新しい強化スーツ。それを装着したハセガワが、なぜか怪人に追われている。
「あら。どうしたのかしら……。ねえ、ローラさん、『ホワイト』の怪人って……」
ゴトウダがローラさんになにかを尋ねようとした時、既にローラさんはハセガワに向かって駆け出していた。
逃げるハセガワとすれ違い、そのままハセガワを追う怪人に襲いかかるローラさん。真っ赤な『スタン・ハリセン』をフルスイング。巨大な風船が破裂したような轟音が公園中に響き、ハセガワを追っていた怪人たちはそれぞれが一撃で叩きのめされる。
「お前、なにやってんだよ。どっか行ったと思ったら……、そういやビリオンはどうなった?」
「負けたっすよ。さすがに初代さんは強いっす」
よく見れば、ハセガワの目は泣きはらしたように充血している。その事には触れず、追われていた事だけを尋ねた。
「いやあ、ビックリしたっすよ。ちょっとそこで缶コーヒー飲んでたんすよ。落ち着いてからローラさんたちと合流しようと思って。そうしたらいきなり怪人が現れて……」
「妙だな……。怪人がどこから来たって?」
困惑するローラさんとハセガワ。その二人が結論を出す前に、ヨシダさんが動物園前から二人に声をかける。
「すいません。二人ともすぐに戻ってください。緊急事態です」
動物園前にはゴールドの他に、ビルダーピンクもやってきていた。周囲を不安そうなヒーローたちが囲み、その中心でゴールドが状況を説明する。
「ついさっき、ピンクに連絡が入った。公園を包囲する警官隊が、背後から奇襲を受けたそうだ。敵集団の素性や構成は不明。明確な事は一つ。包囲は破られた」
ヒーローたちがざわめく。ローラさんは少し眉をひそめていたが、黙って話を聞いた。
「現状を確認しよう。まず、この足下の大穴に『ホワイト』の連中。それから動物園に怪物。そして包囲の外側からやってきた怪人たち。俺たちはこれを撃破しなければいけない。一人も逃がさずにだ」
ローラさんはコッソリとヨシダさんに耳打ちする。
「ヨシダさん。クジョウだけでも逃がせないかな?」
「もう逃げたみたいです。穴から一人も怪人が出てきませんから。多分、線路を通って逃げたんじゃないですかね」
その答えに満足そうなローラさん。どう考えてもヒーロー失格だった。
「あとは、なるべくみんなの目を『ホワイト』からそらすように、公園内で暴れた方がいいですね」
ローラさんがニヤリと笑う。
「俺、そういうのメチャクチャ得意」
「知ってます。今から徹底的に悪ふざけしてください。ローラさんの大っ嫌いな悪ふざけを」
ゴリラと一般人女性が、完全に悪の秘密結社の頃のテンションで会話している。それを横目に見ている幼女と武器職人がため息をついた。
「まあ、真面目にヒーローやるガラじゃないっすよ」
「そうね……。じゃあ、ローラさん。景気づけにいっとく?」
ローラさんが笑う。満面の笑みでゴトウダにうなずいてみせる。
「あれ? なんだろう……。嫌な予感しかしねえっす……」
ミドリ君はゴールドにボコられて怯えているガネーシャを慰めていた。ガネーシャはミドリ君にとって、戦友と呼べる存在になったらしい。
***
上野恩賜公園の周囲は混乱を極めていた。包囲していた警官隊を襲撃した怪人たち。その目的は依然不明だった。だが、それも当然だった。彼らには目的がなかった。ただ『ホワイト』の戦いに、いても立ってもいられず飛び出してきただけ。
怪人たちの多くは、警官隊の包囲を突破して公園内へと飛び込んでいった。その内の数名がハセガワを見つけ、最後はローラさん倒された。
すべての怪人が公園内に突き進んだのではなく、周囲の警官隊を壊滅させようと動く怪人もいた。
その少数の怪人にすら警官隊は押されていた。元より生身の人間である警官と、改造手術を受けた怪人とでは、最初から勝負にならない。
だが、公園の外にもヒーローはいた。その男は場違いなほどあからさまに、ほがらかな笑顔で周囲の警官に声をかける。
「いいか、すぐに残っている戦力を確認するんだ。バイクで公園の外周を回って、目視で確かめてこい。それから無線は封鎖しろ! すぐにでもEMPグレネードを使えるようにしておけ!」
初代は奮闘する。指揮官として、戦力では圧倒的に劣る警官隊を鼓舞する。
「大丈夫だ。私がついてる。そして君たちが一丸となれば……」
その言葉の途中、指揮所に怪人たちが乱入してきた。
「いたぞ! 初代だ!」
「俺が殺る。殺ってやる!」
「バカ言うな! 初代は俺の獲物だ!」
十人ほどの怪人が指揮所を荒らす。警官を殴り倒し、指揮所の備品を蹴り飛ばす。そして彼らは最高のヒーローである初代に挑もうとしていた。
そこから少し離れた場所にある、怪人用に補強された護送車の扉が開く。
「まったく……。人使いが荒いな。こっちは肋骨が折れてんだぜ……」
護送車から灰色のライダーが姿を現す。護送車の扉を開けた警官は苦渋に満ちた表情で告白する。
「だが、私たちではどうしようもないんだ。頼む、ビリオン」
ビリオンは小さくうなずいて、即座にその場から消えた。音も無く、灰色の光線が駆け抜けていく。
初代を取り囲むように広がる怪人の群れ。その包囲を外側から食い破る灰色の光線。豪腕を一閃、それだけで怪人を葬る。
だが、援護は不要とばかりに荒ぶる台風が怪人たちをなぎ払う。囲まれていた初代は、襲い来る怪人を投げ飛ばしては大地に叩きつけていた。まるで人形遊びでもしているかのように、初代は怪人たちをこともなげになぎ払う。
「おい、老いぼれ。まだ逮捕されてから三〇分も経ってねえぞ」
二人のライダーを前に戸惑う怪人たち。最強クラスのライダーが二人。一呼吸するごとに、仲間の数が減っていく。それほど圧倒的な実力差。
「まあ、そう言うな。どうせ暇だろ?」
荒ぶる台風と灰色の光線が交差する。常人では太刀打ちできない怪人たちを、二人は次々に葬り去る。
「まったく……、ライダーってのは因果なモンだな……」
ビリオンは呆れたようにつぶやいた。




