第八十四話 ライダーの魂
上野駅、東西自由通路。通称『パンダ橋』。上野駅を通る十二本の線路をまたぐ、幅二十二メートル長さ二二〇メートルという巨大な陸橋。
その広大なパンダ橋の上で、二人の男が睨み合う。
「元はクジョウやメジャーレッドと共に『グノーシス』とかいう同盟を組んでいたそうだな。今でもそうなのか?」
初代はビリオンに問いかける。その質問に意味は無い。ただビリオンが呼吸を整えるのを待っているだけ。
「お互いに利用していただけだ。まあ、俺は利用されるだけだったがな」
ビリオンが自嘲気味に笑う。苦悩の中で自分を見失っていたビリオンは、憤怒のままに初代への殺意をたぎらせていた。
だが、今となってはなぜ初代だけに怒り狂っていたのかも思い出せない。自分の視野が酷く狭くなっていた。目の前で拳を握れば、それだけで自分の思考のすべてが埋め尽くされてしまうほど。後はそれを振るえばいい。それだけしか考えられなかった。
もっとも、今もそれほど変わってはいない。今も全力を持って拳を振るう事しか考えていない。真の『ライダー』を前に、自分を試し、追い詰め、そして自分自身を掴み取ろうとしている。
再び、ビリオンが攻める。静かに身を屈め、無音のまま大きく横に跳ぶ。距離を取り、初代がビリオンを追うように身体の向きを変えた瞬間、灰色の光線が駆け抜ける。
最初の一撃と同じように顔面を狙うと見せかけて、至近距離で身を屈め懐に潜り込む。そのままの勢いで、初代の腹部を殴りつける。
初代の身体を守る緑色のプロテクターに亀裂が入り、初代が身体をくの字に折り曲げる。だが、同時に初代はビリオンの頭を掴む。
「戦いの中に迷いは無用だ。ビリオン」
そのまま顔面に膝を叩き込む。ビリオンは大きく反り返り、そのまま倒れた。仰向けで、空を仰ぐように倒れた。
『ああ……、強えな……。今、なんて言った? ああ、迷いが無用だって?』
ビリオンは跳ねるように身体を起こす。そして初代を見つめ、言ってのける。
「その迷いを絶つために、ここに来た。教えてくれよ、苦悩の中で、アンタが辿り着いた答えを」
同じように改造手術を受け、同じように人外の力を得た初代とビリオン。だが、そこから歩んだ道はまるで違う。
最初から正義のために戦っていた初代と、洗脳され悪の怪人として操られていたビリオン。
それでもビリオンは知っている。初代も苦悩に満ちた人生を送っていたという事を。
「私が苦悩の果てに、なにを得たのかって? 知りたいか、ビリオン」
そう言いながら、激しい業火のような空気をまとう。殺意とは違う、それよりもずっと恐ろしい初代の気配。
「……私はなにも得ていない……。いまだ迷い続ける人生だ」
初代が口角をつり上げる。
「私と戦う事で、自分の迷いを断ち切れると思ったのか。そうだな、私もそう思っていた事がある。より巨大な敵、あるいは組織の頂点に君臨する黒幕。そんなヤツと戦う時は、いつもたかぶりながらも期待したものだ。『コイツを倒せば、苦悩から解放される』と。だが、苦悩から解き放たれた事などなかったよ。一時的に安息を得て、それからまた悩む。それの繰り返しだ」
伝説の男。それは完全無欠のヒーローだと信じていた。その男から吐き出された本音。それを耳にして、ビリオンは笑ってしまう。
「そうか……、やはりそう甘くはないか……」
「ビリオン。お前は変身した自分の姿をどう思う?」
初代の問いに、ビリオンは簡潔に答える。
「屈辱だ」
悪の秘密結社によって改造された肉体。たとえ人智を超えた力を得ても、それは本来の自分の力とは言えない。
変身する度に、ビリオンは思う。自分は組織から逃れられないと。既に彼自身の手で壊滅させた組織が、今でも彼の肉体にその爪痕を遺している。
「私もだよ、ビリオン。私も変身する度に思う。いつまであの組織の力に頼らなければならないのかと」
正義のために戦う男。その力は悪の秘密結社によって与えられたモノ。言い訳ならいくらでも思いつく。『力に善悪はなく、力を振るう者に善悪がある』、あるいは『この力を私に与えたのは、悪ではなく運命だ』でもいい。
適当な言い訳で折り合いをつけるのは容易い。だが、自分を騙し続けるのは容易ではない。すぐに気付く、所詮自分は怪物なんだと。
初代が動いた。圧倒的な力は、燃え盛る業火のように激しく大気を振るわせる。ただ一歩踏み出すだけで大地が揺れるように、ただその一撃を繰り出すだけで暴風を生み出すように、初代の回し蹴りが激しい轟音と共にビリオンへと襲いかかる。
ビリオンは消えた。音も無く、初代の射程から離れる。初代の蹴りが彼の鼻先をかすめ、その直後に蹴りが生み出した暴風がビリオンを揺さぶる。
回し蹴りを打ち終わり、その勢いで身体を反転させビリオンに背を向ける初代。その背に向けて、ビリオンは豪腕を振るう。だが、回し蹴りを打ち終わった脚が、もう一度跳ね上がり真っ直ぐビリオンの胸に直撃した。
弾き飛ばされたビリオンは、倒れる事なく体勢を立て直し、また襲いかかる。
豪腕を振りかざしながら、ビリオンは自分自身に呆れていた。初代に挑めばなにかが変わると思っていた。なにかを掴めると思っていた。
だが、目の前にいるのは自分と同じように苦悩の中にいる男。ビリオンの拳が初代の胸のプロテクターを砕く。
その直後、ビリオンの胸部にまた初代の蹴りがめり込む。身体中に胸骨が砕ける音が響く。激痛が指先まで痺れさせる。
『だが……、それでも……、なにも得られない訳じゃなさそうだ……』
圧倒的な初代に対して、ビリオンは弱かった。そして、いまだに迷いを引きずっていた。自分自身を掴み取るように、拳を振るう。
それでも少しずつ、拳を振るう理由が変わっていく。
「教えてくれよ、老いぼれ! 真の『ライダー』ってモノをっ!」
自分を取り戻す事は諦めた。ただ知っておきたい、『ライダー』の頂点を。いまだ迷いの中にいる、最高の戦士の力を。
「教えてやろう、若造! 苦悩の中にあっても、決して折れない『ライダー』の魂を!」
拳が初代の顔面にめり込む。その威力に一瞬初代の顔の形が歪む。拳から迷いが消えつつある。それを初代は心から喜んだ。
蹴りがビリオンの頭蓋をなぎ払う。首から上が刈り取られたような衝撃。まだ生きている自分にビリオンは安堵する。
「ビリオン。人は悩み、そして間違える」
初代はビリオンの拳を受け止めて、そのまま大地に叩きつけた。跳ね起きたビリオンは、瞬時に体勢を立て直し、下から豪腕を突き上げる。
「私もどれだけの過ちを積み重ねてきたか……」
ビリオンの拳を受けながらも、初代は話す事をやめない。
「かつて地球を守るために人類を絶滅させようとした組織が存在した」
初代はビリオンの胸部に更なる追撃を加える。再び胸骨が砕ける音が響く。そして口と鼻から血を吹き出した。
「私はその組織を潰した。特に印象も残っていないよ。ただ一つだけ心に残っているのは、その組織の戦闘員の言葉だった」
『ライダー。お前こそ悪だ。地球を破壊する人間どもと同じように、お前も地球をそしてそこで暮らす人々を傷つける悪だ』
当時の初代は、その言葉をくだらない捨て台詞だと切り捨てた。
「だが、今になって思うよ。彼らは『手段』で間違えていたが、『思想』は決して間違っていない。むしろ私とは違った形で、彼らは世界を救おうとしていたのかも知れない」
殴り合いで解決する問題など無い。様々な秘密結社が台頭し、その中には手段こそ間違っているが崇高な理想を掲げていた組織も存在した。そして初代はそのすべてを潰してきた。
「ほとんどの場合、悪の秘密結社は潰されるべき存在でしかなかった。その行動や思想には、まるで賛同する余地のないクズばかりだった。
だが、中にはいたんだよ。ただ『手段』を間違えただけの哀れな者たちが」
そんな者たちを叩き潰しても、初代の苦悩は深まる一方だった。時には善悪の境界が見えなくなった時もあった。
ビリオンは初代の顔面に拳を叩き込み、そして尋ねた。
「だが、確かに『手段』は間違えていたんだろう?」
初代はビリオンの脇腹に膝をめり込ませる。
「そうだ。罪の無い人々を何人も傷つけた。だから、叩き潰した。だが、時々思うんだ。彼らを正しい道に戻す事は、本当に無理だったのだろうかと。彼らが過ちを犯す前に止められなかったのかと」
初代にとって『悪』とは、罪のない人々を自分のエゴのために傷つける者。そこに法や道徳という概念は無い。
手段が合法か違法かは問わず、そして主張が正論か暴論かも気にしない。
「本当に世界をより良くしたいのならば、戦争や貧困の撲滅が先だろう。だが、私はそんな社会問題に対して、なにひとつ知識も解決策も持っていない。
私にできる事は、戦う事だけ。だから、私は戦うのさ。悪に踏みにじられている人々を守るために」
ビリオンの豪腕が唸る。そして初代の顔面を何度も殴りつける。
「老いぼれ、一体なにが言いたい?」
ビリオンの顔面に初代の蹴りが突き刺さる。
「戦う理由だよ、ビリオン。お前はライダーなら『世界』だとか『人類』のために戦う者だと思い込んでいるだろう。だが、そんな面倒な事を私は考えていない」
初代はゆっくりとビリオンの顔に向けて手のひらをかざす。
「守るべきモノとは、法でも道徳でも無い。私はただ弱い者を守りたい」
手のひらを握り、拳を作る。その拳は燃え盛る業火のように熱い。
「それが私の『魂』だよ、ビリオン」
ビリオンは真の『ライダー』に触れた。自分と同じ改造人間の、ある意味で最高の到達点へと辿り着いた男。
いまだに苦悩の中にあると言いながら、拳を握りしめる様には迷いを感じない。
「そんな風に、生きてみたかったよ……」
全身の力が抜けていくビリオンの頭上を、初代が高く舞い上がる。ビリオンは力なく見上げる。そして見つめた。自分に向かって放たれる、最高のライダーの、渾身の蹴りを。
ビリオンの身体に衝撃が走る。蹴りの衝撃が身体を矢のように貫通する。そのままビリオンは崩れ落ちる。そして倒れた姿勢のまま、ビリオンは一人空を見上げた。
『ああ、これがライダーか……。俺はなにも知らずにライダーと名乗っていたのか……』
倒れたビリオンに初代が問いかける。
「立てるか?」
「……鬼か、お前……。ああ、まだやれる……」
「もういい。さあ、立つんだ」
「なんだって?」
「戦いはこれで終わりだ」
「なにを言ってる!? 俺は、まだ……」
初代はビリオンの腕を掴み、彼を引っ張り上げる。そして立たせたビリオンの背中を思いっきり平手で叩く。
豪快に笑い、そしてビリオンのささやかな願いを叩き潰す一言を告げた。
「生きろ」
ビリオンは死を覚悟してやってきた。秋葉原や拘置所で自爆という道を選んだ怪人のように。
彼は死ぬためにやってきた。彼自身すら気付かない内に、死ぬ事が彼の目的の一つになっていた。
自分を取り戻すために、真の『ライダー』を知るために、そして死をもって自分の罪を償うために。
初代はビリオンを立たせた後、そのまま歩き去っていく。それをふらつく脚で追う。初代は彼らを取り囲んでいた警官に声をかけた。
「ビリオンはたった今、投降してきた。いいか? 彼は自分の意志でここに来たんだ。きっと彼はテロ事件の真相究明にも協力してくれるだろう」
初代はほがらかに笑う。『作り物』の笑いを浮かべる。警官がビリオンに駆け寄った。怯えながらも手錠を手にしている。
ビリオンは『投降』した。初代はそう言った。それは、ほんのわずかな救いの手。ビリオンを死刑から無期懲役に減刑するための、つまらない小芝居。
殺し合いにも似た戦いの後で、平然とビリオンに救いの手を差し伸べる初代。
「生きろ、か……。鬼だな、あの男は……」
ビリオンは警官に両手を突き出した。手錠をかけさせようと、ゆっくり両手を前に出し、警官を見つめた。
その警官はビリオンが殺害した特殊部隊の指揮官をよく知っていた。彼の葬儀にも顔を出し、そして仲間たちと共に、指揮官との別れに涙した。
その仇が目の前にいる。満身創痍の暗殺者が、自分の前で手錠をかけさせようと力なく両手を突き出している。
その手に触れ、そして静かにビリオンの両手を下げさせた。
「手錠の必要は無いな。さあ、行こうか」
その場の警官全員にとって、間違いなくビリオンは仲間の仇だった。だが、初代との戦いを経た、もう一人の『ライダー』に対して、最低限の敬意を払うべきだと誰もが思った。
警官に紛れてビリオンの戦いを見守っていたハセガワは、静かにその場を後にした。目に涙を浮かべながら、満面の笑みで独り言をつぶやいた。
「ライダーってのも楽じゃないっすね。……でも、応援するっすよ、これからもずっと」
初代は指揮所に戻り、そして戦闘の間に状況が変わっていないか確認した。その指揮所の前をビリオンが警官に先導されて歩いている。指示所の側に用意された、怪人用の護送車へと向かうために。
そのビリオンが立ち止まり、そして初代に言った。
「そう言えば……、まだ『ホワイト』のアジトに踏み込んでいないようだが……。場所を知らないのか?」
ビリオンの言葉に、その場の全員が総毛立つ。
「アイツらは地下にいる。この公園の地下に、今は使われていない駅がある。そこが『ホワイト』のアジトだ」
初代は無線機を手に取った。
「ピンク君。ゴリラ男に伝えてくれ。『ホワイト』の拠点が判明した」




