第八十三話 そろそろ真面目にやりましょう
上野動物園表門前。辺りには災害の後を思わせる光景が広がっている。地面に叩きつけられたガネーシャを中心に広がっている破壊の跡。
およそ十メートル、三階建てのビルの屋上ほどの高さから叩きつけられたガネーシャは、陥没したアスファルトの中心で完全に沈黙していた。
超重量級の体躯を投げ技で決めたのはいいが、辺りの被害をまったく考慮していなかったミドリ君は、ローラさんから延々と説教されていた。
陥没した穴の中で横たわるガネーシャを見つめながら、ヨシダさんは冷静に分析する。
「まだ生きてますね……。これが噂の『エンデミタス』ですか?」
ビルダーピンクは腕組みしながらヨシダさんの疑問に答える。
「正確には二世代前の『アルファ』だと推測されてます。ローラさんが手に入れたデータに、その『アルファ』と呼ばれる試作品について記載があったらしいんです」
「私が入院している間に、色々とあったんですね……」
「まあ、私も詳しくは知らないんですけどね。話戻しますね。『エンデミタス』の二世代前だと推測した根拠なんですけど、『エンデミタス』は動物には感染しないように改良してあるらしいんです。つまり、上野動物園の動物に感染しているウィルスは、改良前って事になります」
「呼んだ?」
説教にも飽きてしまったらしく、ひょっこりとヨシダさんとピンクの話に割って入るローラさん。
「ローラさん。どうしてナナフシが持っていたメモリーカードを、そのまま自分で持っていたんですか? 普段なら倒した相手の所持品なんて、財布くらいにしか興味持たないのに」
「いや、ヒーローなんだから、倒した相手から財布取ったりするのはやめましょうよ」
「最近はやってねえよ。まあ、ピンクの姉ちゃんの前じゃ言いづれえけどさ。俺もちょっと『東ヒー』は信用してなくてな。レッドが幹部になったとかで、少しはマシになったと思うけど」
「ああ、なんとなく分かりますよ。レッドさんも以前は『東ヒー』と距離取ってましたからね。私も『東ヒー』の連中は嫌いでしたし」
「なんだ、お前らもそんな感じだったんだ。まあ、アレだよ。あの時はハセガワの件でも色々とあったけど、それ以前にクジョウとも因縁があったからよ。とりあえず情報収集ってとこかな。身ぐるみ剥いで、なんかクジョウにつながるようなモンを探したんだ。結局そっちは空振りだったんだけどさ」
話題の軌道修正ができるチャンスを、ピンクは見逃さなかった。
「さて、それじゃあクジョウが隠れてる拠点を探しましょうか。ねっ、ほら、すぐ近くにいるはずなんですから」
少し考え込んでから、ローラさんは真剣な面持ちで言った。
「その前に『決めポーズ』やってもいいかな?」
『いい加減にしてよ、このバカゴリラ!』
ひきつった笑顔のまま、ピンクはなんとかツッコみを抑えた。心の中では、何発もゴリラのこめかみに裏拳を叩き込んでいたが、可能な限り平静を装って小芝居を続けた。
「き……、決めポーズですか……。まあ、それくらいならすぐに終わりますよね。サクッと終わらせて、さっさと行きましょう」
自分ではもう彼らをコントロールできない。ピンクはそう思った。今更ながら、彼らと親しくつき合っているイエローの適応力に驚いていた。
『ゴリラ同士で気が合うのかな……。ああ、こんな時、ウチのゴリラがいてくれれば……』
その頃、ビルダーイエローは病院のベッドでバナナを食べていた。もちろんピンクの苦労など知りもしない。
ただ自分が決戦に参戦できなかった事は悔しがっていた。その結果、バナナのヤケ食い。
「あれ!? ハセガワどこ行った?」
ローラさんが叫ぶ。そして辺りを見回している。ゴリラが決めポーズのためにゴリレンジャーを集めたところ、一人足りない事が発覚した。
ミドリ君の新技『緑色のドーンハンマー』のドサクサに紛れ、ハセガワは逃げ出していた。
「おいおい、マジかよ……。アイツいなかったら、決めポーズできねえじゃん。ちょっと探しに行こうか……」
『マジで勘弁して……』
ピンクは白目をむきそうになった。黙っていれば魅力的な女性だったが、今の彼女は苛立ちを隠しきれず、笑顔のまま歯を食いしばるような珍妙な表情を浮かべていた。
ピンクは助けを求めるようにヨシダさんを見つめる。そのヨシダさんは腕時計を見つめながら言った。
「そろそろビリオンさんも到着する頃ですから、そっちに行っちゃったみたいですね」
「あー。もうそっち行ったか。まあ、見届けたいんだろうな……。じゃあ、しょうがねえかな。でも、決めポーズはなあ……」
「いやいやいやいや、ちょっと待って。アンタら今なんて言った!?」
さすがに抑えきれずツッコみを入れるピンク。
「ビリオンって、あのビリオン!? アンタら、一体なに企んでんの!?」
***
その頃、ハセガワは一人、上野恩賜公園の中を歩いていた。向かう先は上野駅公園口の指揮所。
「それにしても、あのヘタレ。スゲえ技覚えやがったっすね……。自分もちょっと負けてらんないっす。さすがにあのヘタレに負けるのはちょっと気に入らないっすよ」
ブツブツと独り言をつぶやきながら、公園内に生い茂る木々を縫うように歩く。
ミドリ君が『緑色のドーンハンマー』を繰り出す直前、ハセガワはローラさんによって安全な場所まで抱えられて運ばれた。
その後、ローラさんは周囲を破壊し尽くしたミドリ君にツッコみを入れるために駆けだしていった。ハセガワはその瞬間を逃さなかった。
「正直、決めポーズはヤバいっす。そりゃ、決戦直前ともなれば全員揃って決めポーズの一つもかましてやりたいっすけど、なんか嫌な予感しかしねえっす」
以前、ゴリゴリカレー近くの公園で決めポーズの練習をした時は、ハセガワは爆風で吹き飛ばされ顔面を打った。あんな真似は二度としたくない。ハセガワは心からそう思った。
ハセガワのスマホが鳴る。画面を確認すると、発信者の名前は『クソゴリラ』と表示されている。
ハセガワはそっと画面の『拒否』ボタンをタップ。そしてポケットの中にスマホをしまった。
ハセガワは公園内の植え込みを抜け、公園の外周部へと辿り着いた。そこは警官が巡回して公園全体を封鎖しているはずの地点。だが、警官の動きが妙に慌ただしい。
「ちょうどいいタイミングだったみたいっすね」
警官たちは、突如現れたビリオンに混乱していた。彼らは既に知っている。ビリオンがグノーシスという同盟の一員で秋葉原テロに関与した事を。そしてその現場で特殊部隊の指揮官を殺害した事を。
そのビリオンがやってきた。上野恩賜公園封鎖の要となる指揮所へ。
警官たちが口々にわめく。。
「ビリオンがパンダ橋に近付いています! こちらに向かってきます!」
「いい度胸だ。俺たちの手でヤツを止めるぞ!」
「……バカかよ。あのビリオンだぞ……」
「じゃあ、どうする!? このまま犯罪者を眺めてるだけか!?」
ビリオンは上野の喫茶店で時間を潰してながらハセガワからの連絡を待っていた。そしてその連絡が来てから、一度上野駅の周囲を確認してから動き出した。
今は、上野駅の公園口とは反対側にいた。そして上野駅を横断するパンダ橋を通って、公園口へと向かおうとしていた。
身長一八〇センチ。体重一〇五キロ。一見やせ形の体型だが、筋肉の密度や、骨を構成する成分が常人とはまるで違っている。
ヒーローとしての実績はほとんど無いにもかかわらず、ビルダーレッドとも渡り合う実力者と噂される男。
精かんな顔立ち。その眼光には以前のような狂気はない。ただ覚悟だけが宿る双眸。
「撤収しろ! 全員、パンダ橋から離れろ!」
パンダ橋のたもとにいた警官が一斉に橋から離れていく。本来なら怪人相手にも戦える特殊部隊すら、パンダ橋から撤収した。
パンダ橋にはビリオンが一人、橋の中央を悠然と歩いていた。
ハセガワは困惑していた。ローラさんから、初代の周囲に『ヒーロー』はいないと聞かされていた。それは間違いじゃない。だが、予想以上に指揮所周辺は『警官』が多すぎた。
その警官の動きも気がかりだった。警官は誰一人ビリオンに近寄らない。今も、ビリオンはパンダ橋の上に一人きりだった。
『包囲してからフルボッコかな……、それとも別に罠でも仕掛けてあるのか……』
ハセガワは前髪をとめているヘアゴムを掴む。ゴトウダが一晩で作ってくれた新しい強化スーツ。場合によっては、ビリオンのために警官の気をひかないといけない。ハセガワはそう覚悟した。
そのハセガワの動きが止まる。そして口角がつり上がる。
『そうっすね。この状況で、隠れてる訳がないっすよね』
子供の頃、憧れていた男。変身ポーズを何度も真似した記憶がある。その男が、ビリオンと同じように悠然と歩いている。パンダ橋へと向かって、初代が動き出した。
ハセガワもビリオンも思い違いをしていた。初代と差しで戦う事は難しいと思い込んでいた。
だが、パンダ橋へと歩く初代を見て、ハセガワは自分が『ライダー』というモノをいまだに理解していなかった事を悟る。
ビリオンが立ち止まる。パンダ橋の中央で。
初代は歩き続ける。パンダ橋の中央に向かって。
二人の男以外、誰もいないパンダ橋。ビリオンは大きく息を吸い込む。そして初代へと問いかける。
「まさか、一人で俺の相手をするつもりか? 調子に乗るなよ、老いぼれ」
虚勢に過ぎない言葉。むしろ一対一を望んでいるのは、ビリオンの方だった。そのビリオンを穏やかな眼差しで見つめる初代。歩みは止めない。ただ押し黙り、ビリオンへと歩み寄っていく。
一歩一歩進んでいく。その一歩が酷く恐ろしい。大地を揺るがす訳でもなく、ただ歩くだけ。にもかかわらず、その一歩がビリオンの『領土』を侵していく。
警官たちは沈黙していた。誰一人、口を開かない。ただパンダ橋の二人を見つめている。それは戦略的には完全に悪手。突如現れた敵に対して、指揮官が単独で迎え撃とうとしている。指揮所には幾らでも警官がいるにもかかわらず。
だが、それが『ライダー』の戦いだった。
戦略も戦術も無い。悪手も妙手も無い。ただ迎え撃つ。
初代は笑う。ローラさんに『作り物』と揶揄された笑顔ではなく、無邪気に楽しむような笑顔。
「待っていたよ、若造」
ビリオンの身体が熱くなる。明治神宮での戦いから、それほど日が経った訳でもない。それでもこの再戦を待ち望んでいた。もう一度、憤怒のままに拳を振るうのではなく、自分のすべてを賭けて戦いたかった。
静かに、ビリオンは変身ベルトに手をかける。かつての戦いでは、初代はその動きを思いとどまるように叫んだ。
だが今は、無言で左手の拳を握り、腰の位置へ。そして右手を指先まで真っ直ぐ伸ばし、身体の左側へ。
その場の全員が息を呑む。伝説の男の戦いを、その目で見た者は決して多くない。ハセガワはもう涙ぐんでいた。戦いの結末がどうあれ、ビリオンの願いは果たされた。
ビリオンは心から感謝していた。ハセガワに、そして初代に。
二人は変身する。かたや激しく鮮烈に、そしてもう一人は音も無く。
黒いスーツに緑色のヘルメットとプロテクター、そして赤いマフラーの初代。対するは全身灰色のビリオン。ヘルメットは口元だけが露出している。
「さあ、かかってこいっ! ビリオン・ライダー!」
「俺がライダーだって? 老いぼれ、アンタ『人聞きが悪いな』」
音も無くビリオンが大地を蹴る。灰色の光線が真っ直ぐ初代を射貫くように。避けられても構わない。投げられてもいい。ただ最初の一撃は、全力で振るうと決めていた。
そしてその覚悟を、初代は全力で受け止めた。
ビリオンの拳が初代の顔面を撃ち抜く。これまで、クリーンヒットした相手を倒せなかった事はない。その拳を、初代は無防備のまま受ける。初代のヘルメットが砕け、弾け飛んだ。だが、初代は微動だにしない。
「まだ迷ってるな」
その言葉と共に、初代はビリオンの顔面を蹴り上げた。初代と同じようにビリオンのヘルメットが弾け飛ぶ。そしてビリオン自身も、大きくのけぞった。
初代の追撃はなく、ビリオンは体勢を整える。だが、既に視界が歪んでいる。
『これほどか……。これがライダーか……』
ビリオンは震える足に力を込める。圧倒的な力を前に、ビリオンは笑う。誰かが言った言葉、『最大の敵は自分自身』。そんな言葉を鼻で笑いたくなる。そんなバカげた言葉を好む人間は、きっとこの男を知らない。
伝説の男、初代とビリオンの戦いが始まった。




