第七十九話 ハセガワの約束
唐突な『戦力外通告』に戸惑いを隠せない初代。しかし、数秒の戸惑いの後、ローラさんに疑念を持つ。
「ゴリラ男。君は一体なにを企んでるんだ?」
相変わらずニヤニヤと笑うローラさん。少し見下したように初代を鼻で笑う。
「いや、企んでるっていうかよ、お前まで公園に突っ込んでいったら誰が集まったヒーローを仕切るんだよ。昔のお前ならともかくよ、今はヒーローの代表みたいな立場じゃねえか。前線に出て、殴り合うような立場じゃねえだろって話だよ」
すっかり勢いを削がれてしまった初代とビルダーレッド。たった今、二人は動物園の制圧に向かうところだった。だが、それをローラさんに止められた。
彼らに戦略というものは無い。単純に、『乗り込んで、叩く』というだけ。もしもそれがレッドと初代の二人だけなら問題も無かった。
だが現在、上野恩賜公園の周辺には二〇〇を超えるヒーローが集まっている。
「こないだの明治神宮と一緒だよな。なんか格好いい事言ってるけど、まとまりがねえ。そんなんだから事態が悪化していくんだよ」
その明治神宮では『悪の怪人』として事態を悪化させた張本人だったのに、平然とローラさんは言ってのける。
「お前が仕切らなきゃダメなんじゃねえの? あそこで」
ローラさんは笑いながら上野駅公園口に設営された指揮所を指差す。その姿を見て、初代は苦笑いを浮かべる。
「ここまで来て、傍観していろと? 悪を前にして、私にただ指示を出すだけでいろと?」
初代は笑っている。普段見せるほがらかな笑顔とは違う、どこか自然な笑顔。
「悪くねえな。普通に笑えんじゃねえか。いつもの『作り物』っぽい笑いより、ずっといいぜ」
ローラさんの言葉に呻き声を上げる初代。ただ反論は無い。
「いいか。お前はここ動くな。動物園は……、レッドに行かせりゃいいだろ。周りには他のヒーロー連中だっているんだしよ」
ため息をついて初代は負けを認める。確かに集まったヒーローをまとめる人間が必要だった。
巨大な敵が現れた場合、それまで関わり合う事のなかったヒーローたちが手を組む事は多い。だが、誰かがその集団のトップに立つ事はあまり無い。ほとんどの場合は、それぞれのヒーローが協力しながらも勝手に動いている。場合によっては仲間割れすら始まる。
初代に言わせれば、それがヒーローの戦い方だというのだろうが、現状では上野恩賜公園の周囲には二〇〇を超えるヒーローがいる。仲間割れが始まれば、また明治神宮のような混乱を引き起こす羽目になる。
誰かが集まったヒーローをまとめる必要がある。それは事実だった。だが、同時にそれを指摘するのがローラさんだという事も、初代にとっては解せない点ではあった。
「……正直なところ……、ゴリラ男にそんな事を言われるとは思わなかったよ。では、君も私の指示に従うと言うんだな?」
「いやだ」
「……………………なんだって?」
「お前の指示なんて聞きたくもない」
レッドは苦笑い。初代は諦めたようにため息をついた。
「分かった。君は好きにしろ。レッド。動物園には単独で乗り込む事になるが、できるか?」
「ええ、むしろ望むところです。メジャーレッドとの決着は、俺自身の手でつけたかった。アイツを逃がしてしまった責任もあるし、なによりアイツの部下にイエローまでやられてる。アイツは俺が倒さないと、けじめがつかないですよ」
レッドの目が闘志にみなぎっている。その目を見て、初代はそれ以上なにも言わなかった。ただうなずくだけでレッドを送り出す。
「では、行ってきます。ローラさんはどうする?」
「まだクジョウの拠点が動物園の中だって決まった訳じゃねえしな。とりあえず公園の中をうろついてみるよ。ところで、動物園の怪物じゃなくて普通の怪人って誰か見てねえのか?」
「ああ、確かにそこが奇妙なんだよ。動物園の動物が怪物に変化しているが、それ以外の敵は姿を見せていない。怪人の目撃情報は今のところ、一切無い」
「ったく。なにやってんだよ、クジョウのヤツ……。正直、ここまで来りゃなんか動きがあると思ってたんだけどな……」
「俺も何度か顔を合わせた程度でクジョウというヤツの事はあまり知らないが、慎重なヤツのようだな。まあ、それでも俺たちがやる事は変わらないな。俺はメジャーレッドを叩く。ローラさんはクジョウを頼むよ」
ローラさんは笑う。
「任せとけ!」
レッドとローラさんはお互いの拳をつき合わせて、覚悟を確かめ合う。その光景を見ながら初代は少しだけ疎外感を感じていた。
「では、初代さん。こっちはお願いします」
「じゃあな。バッタ野郎。そこ動くなよ」
初代は二人を見つめ、そしてもう一度深くため息をついてから、二人を送り出す。
「レッド君。そしてゴリラ男。数多くの犠牲を出したテロの実行犯は必ず裁かなければいけない。そして罪の重さを理解させた上で償いをさせなければいけない。メジャーレッドとクジョウを、必ず倒すんだ」
レッドは真剣な面持ちで初代の言葉に応える。それに対してローラさんは、微妙に口角を上げて一言だけ言った。
「まあ、お前も頑張れよ。なにが起きるのか、俺も知らねえけど」
ローラさんの言葉にレッドと初代は揃って眉をひそめる。だが、当のローラさんは細かい説明はせず、そのままドスドスと公園内へと歩いて行ってしまった。
「気をつけろよ、レッド君。ヤツはなにか企んでる」
初代の言葉に顔をしかめるレッド。
「正直、俺はローラさんを信じたいんですが……」
初代はほがらかな笑顔をレッドに向けて、そして送り出す。
「分かった。君は君のやるべき事を片付けてこい」
無言でうなずくレッド。全身が赤い光に包まれる。光は深紅の強化スーツへと変わっていく。全身を覆った人工筋肉の強化スーツがうなりを上げる。人間の限界を大幅に超える力を、荒ぶる深紅の戦士に与える。
レッドは赤い閃光となって、公園内を疾走した。先に歩き出していたローラさんを追い抜いて、彼はメジャーレッドのいる上野動物園を目指した。
レッドが離れていくのを見守ってから、ローラさんは作業着のポケットからスマホをとりだした。そしてまたハセガワに電話。
『ローラさんっすか。こっちはようやく落ち着きましたよ。上野の近くまで来たんすけど、大渋滞っす。お陰でヨシダさんもスピード出せなくてちょっとイラついてるっすけど』
上野恩賜公園付近の道路を一部封鎖している影響で、上野全域の交通網がマヒしていた。スクーターでやってきたローラさんには関係なかったが、軽トラックで向かっているヨシダさんたちには大問題と言えた。
イラだっているヨシダさんの声が聞こえる。
『もう、どうなってるんですか、これ。このままじゃ終わっちゃいますよ。せっかくの決戦ですよ。ゴリレンジャーにとって最大の戦いですよ。それが、ローラさん一人きりで戦わないといけないなんて……。せめて私たちも側にいたいじゃないですか』
電話口から聞こえてくるヨシダさんの声に少しだけローラさんは胸が熱くなった。仲間として、共に戦いたいというヨシダさんの気持ちが嬉しかった。
もっとも、ヨシダさんは側にいたところで戦えないが。もう一つ付け加えると、ヨシダさんは既に上野に来ているミドリ君の存在を完全に忘れているようだった。
『今日は特別に、ちゅどん禁止も解除する事にしたのに……』
ヨシダさんのつぶやきを聞いて、ハセガワは顔面蒼白になった。
「え!? 爆薬、持ってきたの? いいね! 今度こそ上手くやろうよ。あれ? そう言えばゴトウダは?」
ゴトウダは軽トラックの荷台で寝ていた。クジョウの襲撃と、その後の徹夜の作業から彼の体力は限界に達していた。
それを聞いたローラさんは普通にツッコんだ。
「いや、もう病院連れてってやれよ」
『そうっすね。それがいいっす。と言う訳で、ヨシダさん。目的地変更っす。病院行きましょう、病院』
その言葉にブチ切れたヨシダさんが、舌打ちしながら大きくハンドルを切った。
『これから歩道を突っ切ります。どこかに掴まっていてください』
『ローラさん、助け……、うきゃぁっ! ヨシダさん、ひいちゃう、ひいちゃう!』
そして再びハセガワの悲鳴が繰り返される。その悲鳴を聞きながら、ローラさんはハセガワから頼まれていた事の結果を教える。
「ああ、そう言えばお前から頼まれてた件な、なんとかなったよ。レッドも初代から離れたよ。今は上野駅の公園口ってとこにいる。警官には囲まれてるけど、ヒーローはいねえよ」
『うぅっきゃぁ! うぇ……、え!? あ、ホントっすか!? ありが……うひぃ!』
それ以降、電話口からはハセガワの悲鳴しか聞こえなかった。とりあえずローラさんは電話を切って、ドスドスと上野恩賜公園の中を歩き始めた。
***
上野恩賜公園近くの喫茶店。そこでビリオンはコーヒーを飲んでいた。昨日の夜中、ハセガワからの電話で初代がこの公園にやって来るとは聞かされていたが、その後の連絡がなかった。
もちろんビリオンから電話をする事も考えてはいたが、ハセガワの状況が分からない以上、下手な動きをしてハセガワに迷惑をかけるような事も避けたかった。
そして現在もビリオンはハセガワからの連絡を待っていた。彼のスマホが騒々しい着信音を響かせた時、思わずビリオンは口角を上げた。スマホの画面に表示された発信者の名前を見て、喜びと感謝で胸がいっぱいになりそうだった。
『アイツならきっとやってくれるはず。初代と戦うチャンスを作ってくれるはず』
そう期待して、ビリオンは電話をとった。
『うきゃぁぁぁぁっ! ひぃぃぃぃ! ヨ、ヨシダさん、スピード落としてぇぇ』
聞こえてきたハセガワの悲鳴に目が点になる。とっさに聞こえてくる音に神経を集中させてみたが、どうも先日一緒にいた女性が運転している車に乗っているようだった。
何度もクラクションの音が聞こえ、時折車をぶつけてしまったような衝突音すら聞こえた。そして繰り返されるハセガワの悲鳴。
「おいっ! ハセガワ! なにがあった!?」
『あっ! ビリやん! 初代さ……、あひぃっ! 上野駅のぉ! くぉうぇん……うひぃ!』
それで電話は切れた。
ビリオンは席を立ち、会計を済ませて喫茶店を出た。
『上野駅の公園口か……。それにしても騒々しい連中だな……』
ビリオンは自分自身を探している。そのために、本物の『ライダー』に挑もうとしている。
気持ちは高ぶっている。そして少しだけ後悔もしている。どうして明治神宮で初代に挑んだ時、なにも学べなかったのだろうか。
あの時、初代からなにか一つでも学べていれば、彼はかろうじて人の道を踏み外す事もなかっただろう。
だが、今となってはもう遅い。ビリオンは雑踏の中を歩く。封鎖された公園と、それを包囲する警官が街を物々しい雰囲気で包む。その不穏な空気の中で、不安げな通行人たちの中をビリオンは歩いている。
***
上野動物園表門前。ミドリ君とガネーシャの決戦を、周囲にヒーローは固唾を呑んで見守っていた。と言うよりも、誰も手が出せなかった。
両者共に七メートルの巨体。体重で言えばミドリ君はガネーシャの半分もない。それもあって、ミドリ君は押されていた。
体重差で圧倒するガネーシャは、時間が経つごとに戦闘を学んでいく。当初は体当たりくらいしか使わなかったガネーシャが、今は長い鼻を使ってミドリ君をぶちのめしている。
ガネーシャの『鼻パンチ』を食らいながらも、倒れないミドリ君。勝負は白熱しているように見えたが、実際には泥仕合へと変化しようとしていた。
ミドリ君は無類の打たれ強さを誇るが、彼には攻撃方法がない。それもあって、決戦ははたから見ても同じ事を延々繰り返しているだけに見えた。
そのミドリ君とガネーシャの戦う広場を、赤い閃光が走り抜けた。そして閃光はそのまま上野動物園へ。
閃光を見たピンクは無線で連絡を入れる。
「レッドさんですか。ピンクです。今、表門の前にいます。私も中に行きましょうか?」
『いや、メジャーレッドは俺が倒す。ピンクはそのまま包囲網を維持していてくれ』
レッドの応答を聞き、ピンクはチラリとミドリ君に目を向ける。相変わらず全裸。もちろん替えの服を持っているとは思えないし、今は戦闘中だ。仮に持っていたとしても、『すいません。パンツはきたいんでちょっと待っててください』とは言えない。
「うえぇぇ……。私、あの戦いにクビ突っ込みたくないなぁ……」
レッドの指示は『包囲網の維持』。当然、包囲網を突き破ったガネーシャの退治も指示に含まれているのだろう。
巨大な管楽器を思わせる咆哮。そしてガネーシャが大地を踏みしめるたびに起こる地響き。
関わりたくないピンクは辺りに目を向ける。とにかくなにかおかしな点を見つけたら、そっちに行ってしまおうと。
そして彼女は見つける。石棺のような建築物から出てきたナマコ男が、数名の部下と共にヒーローへと襲いかかる姿を。
「よし。私はアッチに行こっと」
EMPライフルを構えて、彼女は意気揚々と走り出す。ナマコ男と、その部下に向かって。




