第七十八話 夢はでっかく、ビッグなヒーロー!
上野動物園表門前。表門ゲートを破壊しながら突破する怪象、それに向かって走り出したミドリ君。
まるで相撲をとるように、真っ正面から組み合おうとするミドリ君だったが、現時点ではまだ身体のサイズに差がありすぎた。
現在のミドリ君は四メートルほどの大きさ。それに対して怪象は七メートル。
怪象の咆哮が響く。巨大な管楽器をデタラメに吹き鳴らしたような咆哮と共に、怪象は向かってくるミドリ君と正面からぶつかった。
そしてアッサリと弾き飛ばされるミドリ君。四メートルの大きさでもまだ足りない。周囲のヒーローに向かって叫ぶ。
「電気ありませんか!? 電気ください! 電気!」
ミドリ君の特殊能力を知らない者にとって、頭がおかしいとしか思えない叫び。だがその場の全員が既にミドリ君の特殊能力を知っていた。ヒーローたちは顔を見合わせて、電撃を使う武器や技の持ち主を探した。
「お願いします!」
そしてもう一度、怪象へと走り出す。だが、ここでミドリ君は一つだけ忘れている事がある。現在はいているパンツは、ゴトウダ特製の『メッチャ伸びるパンツ』だった。
強化スーツの代わりにそのパンツを渡された時、ゴトウダはミドリ君にこう言った。
『あのね。このパンツは普通のゴムとかよりもずっと伸縮性が高いの。だけど当然、限界ってものがあるわ。このパンツが耐えられるのは……そうね、身長六メートルくらいまでね』
ミドリ君は走った。体長七メートルの怪象へと向かって。二足歩行している事をのぞけば、外見は普通のアフリカ象に見える。
最初は前足を無理に上げているような体勢だったが、少しずつ身体を起こすようになっていった。今では前足の付け根辺りの間接が歪み、前に突き出していた前足を身体の脇にブラリと下げるようになった。
まるで二足歩行に適応していくように、怪象の身体は変異を続けている。
姿は象のまま、まるで人のように立つ。芸を仕込まれたサーカスの象にも似た怪象が、今ではインド神話の神ガネーシャを思わせる威容を感じさせた。
ガネーシャが叫ぶ。巨大な管楽器を思わせる咆哮を上げる。ミドリ君を敵と見なし、六トンの超重量級クリーチャーが身構える。
ガネーシャに向かって走るミドリ君の背後に、数人のヒーローが飛びかかる。
「エキセントリック・スタンロッド!」
「サンダーボルト・ネコパンチ!」
「雷公招来! 電光陣!」
様々な電撃系の技や武器がミドリ君に襲いかかる。それを背中で受けながら、ミドリ君は更に勢いをつけて巨大化していく。
そして動物園表門前で待ち構えていたガネーシャに再度激突した。ミドリ君の身長は五メートル。それでもまだガネーシャよりずっと小さい。
まるで子供と大人が相撲をとっているような絵面。誰が見てもミドリ君に勝ち目は無いように思えた。組み合ったまま、ガネーシャはミドリ君を押し潰そうと圧力をかける。
それでもミドリ君は踏ん張った。足がアスファルトを踏み砕き、めり込んでいく。ガネーシャの圧力を身体で受け止める。更に踏み込んでくるガネーシャの圧力に、歯を食いしばりながら耐える。
それでも限界が近かった。気を抜けば、再びガネーシャに弾き飛ばされそうだった。その時、ガネーシャの背後にピンク色の閃光が走った。
「オッサン! 後は任せて!」
ビルダーピンクが舞うように跳び、空中で静止したように滞空したまま、ガネーシャの背後に向かって巨大なライフルを構えた。
ゴトウダ特製EMPライフルは指向性の電磁波によって電子機器を破壊する武器。ただし、その武器にはもう一つの使い方があった。
火薬によって瞬間的に発生した膨大な電流を、電磁波には変換せずに撃ち放つ『雷神モード』。一〇〇〇分の一秒というごくわずかな瞬間だが超高圧電流を発生させる。
その『雷神モード』に切り替えられたEMPライフルの銃口を、ガネーシャの背中に押し当てる。そして引き金を引いた。
超高圧電流の衝撃で身体を直立させるガネーシャ。長い鼻の先から黒い煙を吐き、直立した姿勢のまま身体を震わせ、そのまま前のめりに倒れた。
「……もうちょっと早めに来てくれれば……」
ミドリ君が倒れたガネーシャを見下ろして、ちょっと不満そうに愚痴をこぼす。そのミドリ君を笑顔で諭すビルダーピンク。
「はいはい、ごめんなさいね。でも、デカい図体して細かい事言わないでよ」
動物園に現れた怪物の中で最大級の化け物を倒し、安堵するヒーローたち。だが、ガネーシャがこじ開けた表門のゲートから更なる怪物たちが現れる。
「まだ、一安心とは行かないみたいね……。オッサン、まだ見せ場は残ってるみたいよ」
「いや……、もういいよ……。後は他の人に頑張ってもらうから……」
愚痴をこぼしながらもミドリ君は表門へと向かう。ニヤニヤ笑いながらピンクもそれについていく。
その二人の背後から、巨大な管楽器のような咆哮が聞こえた。
「嘘でしょ、勘弁してよ……」
二人はゆっくりと振り返る。そこには再び立ち上がろうとしているガネーシャの姿があった。
六トンの巨体が身体を震わせて立ち上がろうともがいている。ミドリ君はピンクの持つEMPライフルを指差して言った。
「それ……、僕に使ってくれないかな……」
「いやいや、それは無理でしょ。死ぬって、いくらオッサンが頑丈でも」
「でも…………」
ミドリ君はガネーシャに視線を移す。その動きにピンクも追従する。そして顔を歪ませて苦悩する。
ガネーシャがゆっくりと起き上がる。その動きに、ピンクは覚悟できないままライフルをミドリ君に向けた。
「死んでも知らないよ。化けて出るならローラさんとこ行ってね」
そして戸惑いながらも、ミドリ君に向けて超高圧電流を撃ち放つ。周囲が青い電光に照らされ、ミドリ君は手足をピンッと伸ばした姿勢で顔をひきつらせる。
その一瞬の間に、殺人犯として警察に連行される自分を想像してしまったが、直後に更なる巨大化を果たすミドリ君を見て安堵する。
ミドリ君の体躯は更に大きくなっていく。電流で硬直していた身体に自由が戻る。倒れそうになりながらも、足を踏ん張って持ちこたえる。
ミドリ君の巨大化が止まらない。五メートルから六メートルへ。更に巨大化が進み、七メートル。それを見守るピンクの表情も安堵から驚愕に変わっていく。
そしてミドリ君のパンツが破けた。
粗末なモノを見せられたピンクは、驚愕の表情から一転、なんとも言えない表情を浮かべながら視線をそらした。
「じゃあ、後はよろしく」
そしてミドリ君とガネーシャを放置して逃げ出した。
全裸のミドリ君が叫ぶ。両手で拳を握り、それを天に向かって突き上げる。呆然とする周囲のヒーローをよそに、ミドリ君は力の限り叫んだ。
「夢はでっかく、ビッグなヒーロー! ゴリミドリ、参上!」
グリーンじゃねえのかよ。参上ってなんだよ、さっきからいただろ。そんなツッコみは全却下。ミドリ君は顔を紅潮させて決めゼリフを言い切った。
そしてガネーシャとの戦いが再び始まった。
***
その頃、ローラさんは上野に到着していた。だが、現状を把握していない上に、クジョウの居場所が分かっている訳でもない。とりあえず情報をもらおうとビルダーレッドに電話をかけた。
「あっ、レッド? 俺だけど、今上野に着いたよ」
『そうか、俺たちは上野駅の公園口に指揮所を設営した。まずそこに来てくれ』
スクーターを乗り捨てて、歩いて上野駅へと歩き出すローラさん。レッドとの通話を終えた後、そのままヨシダさんに電話をかけた。電話に出たのはなぜかハセガワ。ヨシダさんは運転中らしく、電話口の向こうからエンジン音が聞こえていた。
『ローラさん。ハセガワっす。自分が死んだら部屋のパソコンのデータを全部消しておいて欲しいっす』
「いきなりどうした!?」
『ちょっと待っ……。ヨシダさん、マジでスピード落としてくれっす。あっ、あっ、ぶつか……。うひぃっ』
延々とハセガワが悲鳴を上げている。ヨシダさんとハセガワ、そしてゴトウダの三人は軽トラックに乗って上野を目指していた。
ハンドルを握るのはヨシダさん。軽トラックはゴトウダの家にあった物。そのごく普通の軽トラックの車内で、ヨシダさんはアクセルペダルを思いっきり踏み込んでいた。
『時間がないんです。ハセガワ君が悪いんですよ、強化スーツだってゴトウダさんがすぐに用意してくれたのに、ワガママばかり言って!』
『マジですんません。もうワガママ言わないから、もっとゆっくり……あきゃぁっ!』
ローラさんは電話口から聞こえてくる騒動を、遠い目をしながら聞いていた。そして恐らくは聞こえていないだろうと思いつつも、一言言っておいた。
「ヨシダさん、安全運転でね」
電話を切って、上野駅を目指した。周囲の喧噪を見回しながら、できるだけ情報を得ようと目をこらす。
公園の周囲は警官だらけだった。ミドリ君が来ているはずだが、今のところ姿が見えない。だが、この近くでなにかとてつもなく重い物が動いているような音と地響きを感じる。
『こっからじゃ見えねえけど、もしかしてミドリ君か?』
事前にテレビで得た情報では、動物園の動物が怪物に変わったという話だった。怪人ではなく、怪物。
『クジョウじゃねえのか……。いや、ちょっと待てよ。じゃあ、クジョウはなにやってんだ?』
***
上野恩賜公園地下。博物館動物園駅跡。クジョウもまたテレビとネットから情報を得ていた。
だが報道されている以上の事は分からない。今も拠点を揺るがしている振動の正体も分からない。それはミドリ君とガネーシャの戦いが起こしている地響きだったが、地下に閉じ籠もっている彼らには知る術がない。
「ねえ、ナオト。一体なにが起きてんのさ。ここの拠点がバレたんじゃなくて、動物園で騒動が起きてるだけみたいじゃない」
「そうだな……。テレビじゃ動物園の動物が一晩で怪物に変わったと言ってたよ。多分メジャーレッドの仕業だろうな。『エンデミタス』の古いヤツを使ったんだろう」
「ああ、確かメジャーレッドのバカがまだ隠し持ってたんだっけ……。追い詰められたバカほど厄介なモンはないね……。それでどうする?」
「厄介なのはメジャーレッドでも怪物でもない。ウィルスだ。ドクターは怪人には感染しないと言っていたが、メジャーレッドの持っていたヤツも同じとは限らない」
そこにナマコ男が割って入る。
「クジョウは心配性だな。この状況でウィルスがどうとか言ってても仕方がないだろ。下手すりゃ今日死ぬんだぜ。一晩で身体がどうにかなるって言われてもな」
ナマコ男の言葉に苦笑いを浮かべるしかなかった。クジョウはナマコ男に向き直り、そして小さな無線機を手渡す。
「とりあえず偵察だな。周囲のヒーローの数や状況を確認してきてくれ」
ナマコ男は数人の部下を引き連れて拠点の出口へ向かった。拠点の出口は二つ。彼らはメジャーレッドが入ってきた上野動物園旧正門前にある出口から地上へと出ようとしていた。
出口の閉ざされた扉を小さく開ける。そこには数人のヒーローたち。動物園の周囲を取り囲むヒーローが、動物園から逃げ出すモノがいないか目を光らせている。
「ぱっと見、出口の側に三人。それと遠くに二人だな……。よしっ、あの二人が目を離した隙に、近くにいる三人を襲うぞ」
そして外をうかがいながら、奇襲のチャンスを待った。
***
上野駅、公園口。上野駅には複数の改札口がある。その中の一つである公園口は、その名の通り上野恩賜公園入り口の真正面にあった。
ビルダーレッドと初代は、その上野恩賜公園の入り口に陣取った指揮所で情報を集めていた。
「それじゃあ、動物園の中で怪物が出たのは東園だけなのか?」
上野動物園は東園と西園に分かれている。そして『アルファ』の影響が出ているのは東園のみ。周囲の民家や商業施設でも『アルファ』の影響は見られなかった。
「それだけが救いだな。それなら東園を制圧すれば終わりという事だ」
初代はほがらかに言った。だが、東園を制圧してもクジョウが残る。彼らはまだクジョウの居場所を知らない。そもそも『制圧すれば』と簡単に言うが、それも決して楽な仕事ではない。
「じゃあ、行くか。レッド君」
ビルダーレッドと初代。二人のヒーローが動物園制圧に動く。だが、その動きを指揮所に到着したローラさんが止めた。
「お前らさあ。人呼んどいてどこ行こうってんだよ」
「ああ、ゴリラ男。来たのか。よし、じゃあこれから共に戦おう」
ほがらかな笑顔の初代は、握手を求めて手を差し出した。その手をガン見するローラさん。そして面白くなさそうに顔を背ける。
「どうも私は嫌われているようだな」
初代はほがらかに笑う。そこには握手を拒まれた事に対する苛立ちはまったく見られない。
「あのな、基本的な事を言うぞ。まず俺はクジョウと決着をつけに来た。後の事はぶっちゃけどうでもいい。それと、お前。お前だよ、バッタ野郎。お前はこの場で一番偉いんじゃねえのか?」
ほがらかな笑顔が少しだけ強張る。
「偉い……と言うのは少し違うかな。そんな風に見ていたのか?」
「ちょっと待ってくれ。ローラさん、なにが言いたいんだ?」
ビルダーレッドが怪訝そうにローラさんを見つめる。レッドの疑問に対して、ローラさんは簡潔に答えた。
「一番偉いヤツが前線に出るなよ」
ローラさんの発言は、完全に正論だった。恐らくは実力ではトップクラスの初代は、本来主力と言ってもいい戦力だったが、同時にヒーローを束ねる立場でもある。
腕組みしながらレッドは唸る。そしてローラさんの発言に、控えめながら同意した。
「確かに……、それはそうだな……」
投げかけられた言葉に初代は目を丸くする。ほがらかな笑顔が凍りつく。その凍りついた笑顔に対して、ローラさんは満面の笑みで言った。
「お前は戦力外な。ここ動くな」
ニコニコ笑いながら、ローラさんは親指で首をかっ切るジェスチャーをしてみせた。




