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ローラさんは今日もゴリラです  作者: 吠神やじり
第十章 怪人のいない世界
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第七十六話 最後の夜

 追悼集会の最中に逃げ出したメジャーレッドは、夜の上野動物園で正気を失っていた。彼は逃げ出した時点で既にすべてを失っていた。逃走の中でそれに気づき、そして理性も失った。

 部下は全滅していた。確かにビルダーレッドの言う通り、部下とは一切連絡がつかない。部下はナナフシとメジャーレッドの関係を話してしまうだろう。テロの実行犯であるナナフシが、メジャーレッドの腹心の部下だった事を。


 その後の事は簡単に予想がつく。メジャーレッドはマスコミの餌食になり、そしてすべてを暴かれる。恐らく彼に手を貸していた者たちも数名は断罪されるだろうが、目端が利く者は自分に火の粉がかかる前にメジャーレッドを叩くだろう。

 これまで彼の力になった者たちが、すべて手のひらを返す。彼の味方はもういない。


 メジャーレッドは追悼集会から逃げ出した後、そのまま自宅へと向かった。彼は理性を失う中で、最悪の策を思いついていた。

 人間を怪人へと変える『エンデミタス』の開発途中に作られたウィルス。『アルファ』と呼ばれるそのウィルスは、完全な失敗作だった。

 感染力が強く、一度散布してしまえばどこまで感染が広がるか分からない。その上、人間だけでなく、様々な動物にも感染してしまう。

 感染した生き物は一晩で変異する。理性のない化け物に。そして数日で死んでしまう。


『敵がいればいいんだ……。そうだ、よくある話だ。ヒーロー同士がぶつかり、そこにノコノコと新しい敵が現れる。ぶつかっていたヒーローは協力して敵を倒す。それで大団円だ。そうだ……。そうすりゃいいんだ。僕とビルダーが協力して、新しい敵を倒す。それで全部丸く収まる』


 身勝手な妄想の中で、彼は新しい敵を生み出す準備をする。かつてナナフシがドクターから盗み出した『アルファ』が入った容器を手に、新しい敵を無尽蔵に生み出す惨劇を起こそうとしていた。

 自宅に隠してあった『アルファ』を回収してから、彼は惨劇の舞台を選び始めた。彼の自宅からもっとも近い繁華街は上野。『ホワイト』の拠点もある上野で、彼は『アルファ』を散布する事を決めた。


『そうだな……。ついでにクジョウも始末するか……。アイツが生きてると厄介だ。僕が主役でいるためには、邪魔なヤツは全員始末しないと……』


 そして上野を歩く。惨劇は静かに起きるはずだった。『アルファ』に感染しても、その場で変異が始まる訳ではない。上野の雑踏がそれぞれ帰路についた後、あらゆる場所で悲劇が起きる。


『それで僕の出番だ。そうだ。いいシナリオだ。感謝してくれ、ビルダーレッド。僕は新しい敵を創り出す。そして僕はヒーローとして、またスターに戻れるんだ。お前にもおこぼれにあずかる程度は許してやる』


 メジャーレッドは嗤う。そして繁華街を歩き、惨劇の元凶となるウィルスをばらまく場所を選ぶ。

 辺りを見回して、通行人を眺める。彼の目にはすべての人間が自分のために死ぬ怪人に見えた。その通行人の中に、何度も警官の姿を見つける。

 最初は彼も気付かない。身勝手な妄想に溺れていたから。だが、次第に彼も不安を覚える。


『なんだ、コイツら……。なんで上野にこんな集まってんだよ……』


 既に上野恩賜公園に『ホワイト』の拠点がある事は判明していた。だが、彼はそれを知らない。彼の妄想に変化が生まれる。身勝手な妄想は、やがて彼を追い詰める強迫観念と移り変わる。

 誰もが彼を追っているように思い始めた。街にいる警官が、すべて自分を探していると思い込み始めた。

 警官たちが彼を見て、なにか話し合っている。そして彼に近付いてきた。


「すいません。メジャーレッドさんですよね。少しよろしいですか?」


 メジャーレッドの脳裏に、失墜した自分の姿がよぎる。そして叫び出す。


「やめろぉぉぉっ! 僕に近寄るなぁっ! お前らごときがあああああっ!」


 警官たちはメジャーレッドの発狂したような有様を呆然と見つめる。警官たちは、まだメジャーレッドがテロに関与している疑いがある事を知らされていない。

 だが、彼は逃げ出した。気が付けば上野恩賜公園の中。彼は『ホワイト』の拠点を目指す。

 頼れる者はいない。だが、まだクジョウは利用できるはず。自分が逃げ出すために、『ホワイト』の力を利用できるはず。

 それもまた身勝手な妄想。混乱の中で彼は『ホワイト』の拠点入り口を目指す。上野動物園の旧正門前、人通りは決して少なくない通り。

 静かにたたずむ石造りの建物から、彼は『ホワイト』の拠点へと入り込む。だが、その奥までは進めない。彼の動きを制する声が響く。


「どうした、ヒーロー。文句でも言いに来たのか?」


 ナマコ男が数人の怪人を引き連れて彼を出迎えた。


「お前らか……。お、表にいる警官たちを殺してこい……。いいか、今すぐだ!」


 ナマコ男とその部下たちは顔を見合わせる。そして少し拍子抜けしたように尋ねた。


「お前、なにしに来たんだ?」


 狼狽するメジャーレッド。ナマコ男は東京拘置所襲撃の際に予定よりずっと早く撤収している。それは襲撃失敗の一因でもある。だが、メジャーレッドはそれすら知らない。

 思い違いが不吉な妄想を加速させる。彼には事態が呑み込めず怪訝そうな顔をしているナマコ男すら地獄の悪鬼に見えた。

 そしてまた逃げ出した。すべてを失った男は、誰よりも弱く、そして怯えきっていた。上野恩賜公園を離れようと走り出すが、その出口でまた警官を見つける。

 足を止め、そして引き返す。いくつもある公園の出口を回る。その度に警官を見つけては、引き返す。

 まだメジャーレッドを追っている警官などいない。だが、怯えきった彼はそれに気付かない。自分が上野恩賜公園に追い詰められた妄想に囚われた。


 そして現在。怯えきった彼は閉園した上野動物園へと逃げ込んだ。残っている来園者がいないか巡回する警備員や、掃除を始めた清掃会社の職員。それに飼育係の目を盗み、彼は暗くなるまで隠れていた。


『もういい……。ここでいい……』


 彼は銃弾のような形の容器を取りだした。『アルファ』が密封されている容器。強引にねじり、こじ開ける。開けた拍子に彼の指先にかかる緑色の液体。


『もうお前らでいい。お前らが、新しい敵だ……』


 彼は夜の上野動物園を歩き回り、わずかな『アルファ』を自分の手でばらまいていく。


 それは酷く効率の悪い散布方法。だが風に乗り、『アルファ』は動物園に拡散していく。


 それは酷く危険な散布方法。彼自身も既に『アルファ』に感染している。


「さあ! お前たちが新しい敵だ。悪の秘密結社『上野動物園』、僕の敵になれ! 僕をスターに戻せ!」


 既に理性も失った男は、静かに怪人へと変異していた。


     ***


 大田区平和島。ゴリゴリカレー二階。『東ヒー』本部から帰宅したローラさんは、リビングでボンヤリとしていた。なにをする訳でもなく、ただ天井を見上げる。

 ヨシダさんとハセガワはいない。ゴトウダの工房でゴリセンの改良を手伝っている。ミドリ君はまだ東京拘置所に残っている。念のため、現在も他のヒーローと共にナナフシの警備に当たっていた。

 一人きりの拠点で、ローラさんは静かにたたずむ。そして深く息を吐いた後、ローラさんはハッキリとした口調で声をかける。


「クジョウ。聞いてるか?」


 少しの間をあけてから、ローラさんはまるでそこにクジョウがいるかのように語り始める。


「お前と最初に会った時さ、なんか胡散臭いヤツだなって思ってたんだよ。だって、そうだろ? ヒーローを支援する立場の人間がさ、悪の秘密結社も支援しますとか言ってきたんだから。でもさ、最初はその胡散臭さのせいで気付かなかったよ。

 二度目に会った時、初めてお前の正体を疑い始めた。覚えてるか? ミドリ君に向かって、『人間のくせに』って言ったの。あれで『あれ? コイツなんか変だぞ』って思い始めた」


 ローラさんは笑う。少し寂しそうな目をして笑う。


「それ以来、お前とは会ってなかったな。本当はもう一度会って腹割って話してみればよかったな。でも、もう遅えか……。

 明治神宮でお前にさ、『怪人だろ』って言ってやった時、お前驚いてたな。無線でも分かったよ。お前がビビってるって。ゴメンな、あれハッタリだったんだよ。

 ホントは確信はなかったんだ。ただ言ってみただけ。そしたらお前があんまりビビってたからさ、なんかスゲえ面白かったよ」


 誰もいないリビングで、ローラさんは一人で笑ってる。


「あのな……。お前が怪人じゃないかなって疑ってた時から、お前の目的には見当がついてたんだ。俺も似たような事を考えた事があったからさ。

 憎いんだろ、なにもかもが。自分自身も、仲間も、敵だったヒーローたちも、なにもかもが憎い。そんな風に自分を追い詰めるヤツ、たまにいるんだよ。

 『怪人のいない世界』、そんな事を考えるヤツなら結構いるんだよ。だけど、その先には進めない。結局は自分を否定しないといけないからな。

 お前はその先に行っちまったんだ。でもな、クジョウ。その先は何にもねえぞ。お前は目的を果たせない」


 ローラさんはもう笑う事もできなかった。これまでの人生で出会ってきた仲間、敵、そんな連中を思い浮かべる。


「怪人のいない世界なら、ヒーローだって要らねえよな。でも、そんな世界にはならねえよ。たとえ俺が死んでも、世界中のヒーローが死んじまっても、そんな世界にはならねえ。

 たとえお前が死んでも、改造手術できる医者が全員死んでも、怪人はきっと生まれてくる。そういう世界なんだよ。この世界の『お約束』なんだよ。

 ヒーローのカードを目ぇ輝かせて集めてるガキがいる。酔っ払いが上機嫌でバッタ野郎の変身ポーズを道端で真似してる。

 みんなヒーローが好きなんだ。だから、ヒーローは消えたりしない。その敵もいなくならない。みんながそれを望んでいるから」


 ローラさんのかつての仲間たち。もう全員死んでしまった仲間たちは、すべて悪の怪人として活躍していた。中にはローラさん以上にだらしないヤツもいたが、それでも最後は怪人らしく華々しく散っていった。

 ローラさんに挑んできたヒーローたち。ほぼ全員ローラさんに潰されている。だが、それでも彼らは格好良かった。特にローラさんがまだゴリゴリ団を設立する以前、イヤイヤながら悪事を働いていた頃の敵は、本当に格好良かった。

 ローラさんの心には、そんな連中の思い出が詰まっている。そして、そんな思い出はローラさん一人のものじゃなかった。

 同じようにヒーローや怪人を記憶する人たちがいる。その人たちの心には、みんな格好良いヒーローや怪人として思い出に残っている。

 そんな思い出を持つ人たちは、決してヒーローや怪人を忘れたりしない。決して彼らがいなくなる事なんて望まない。

 ローラさんは天井を見上げ、そして弱々しくつぶやいた。


「なあ、クジョウ。人の心には勝てねえよ……」


 たとえすべてのヒーローが死んでも、すべての怪人が滅びても、きっと人々の心に彼らの記憶が刻まれる。

 そして新たなヒーローが待ち望まれ、その期待に応える者が必ず現れる。


「それにな、クジョウ。お前、仲間を殺せるのか? 多分、お前は自分が死ぬ事は覚悟してんだろ。でも、本当に仲間を殺せるのか? もしも殺せるなら、もうなにも言わねえよ。お前がそこまでの覚悟ができてんならな。

 でも、もしも仲間を殺せないなら……。戦う理由を変えようぜ」


 もう一度、ローラさんは笑う。今度は満面の笑みを浮かべて、クジョウに戦いを挑む。


「世界なんか変えんな。そんなモンに挑むな。ただ怪人らしく、俺と戦え。格好良いヒーローの俺に、全力でかかってこいよ」


 静まりかえったリビングで、ローラさんは宣戦布告する。


「明日、決着をつけよう」


 のっそりと立ち上がり、そしてドスドスと寝室へと向かう。


「じゃあ、俺もう寝るから。お前も早く寝とけよ」


     ***


 それから数分後。盗聴を続けていたクジョウの部下は、慌ててクジョウを呼び出す。盗聴がバレていた事、そしてローラさんの宣戦布告を報告する。

 盗聴データを再生して、その言葉を確認するクジョウ。腕組みしたまま、無言でローラさんの言葉を聞く。

 最初に口を開いたのはマダムだった。


「凄いね。あのゴリラ。アンタが警戒してたのも分かるよ。で、どうすんの? 明日だって。多分、この拠点もバレてんだよ。どうも昼くらいから警官がウジャウジャ集まってきてるし」


 深く息を吐いてから、クジョウは『ホワイト』の仲間と向き合い、そして告げる。


「聞いた通りだ。あのゴリラが明日ここにやって来る。ハッキリ言おうか? 勝てるかどうか、俺にも分からない。だが、俺に付き合う必要は無い。お前たちは逃げろ」


 クジョウの言葉に言葉を失う仲間たち。マダムですら無言でクジョウを見つめている。だが、その沈黙も数秒間しか続かなかった。

 最初はマダムが吹き出した。ケラケラと笑い始める。その後、仲間たちがみんな笑った。ナマコ男が言った。


「おい、クジョウ。お前、バカじゃないのか? ヒーローが悪の秘密結社の拠点に殴り込んでくるんだぞ。こんな燃える展開があるか? ねえよ! 俺たちはこの日のために怪人やってたんだ!」


「ナオトはやっぱり怪人ってモンが分かってないね。さあ、お前たちっ! 明日は戦争だよっ!」


 怪人たちが歓声を上げる。まるでそれを待ち望んでいたように。


「よっし! 今夜は呑むか! おい、クジョウ。今夜は付き合えよ。とことん呑むぞ! そういや、この間もお前一人だけ酒に付き合わなかったよな」


 クジョウに仲間は殺せない。クジョウ自身がたった今、それを自覚した。苦笑いを浮かべてナマコ男に言った。


「俺は結構呑むぞ。酒が足りなくなったら、お前買いに行ってこいよ」


「バカッ! 外は警官だらけだぞ。お前が行ってこいよ。夜遅くにナマコが歩いてたら大騒ぎだよ」


「ナマコも結構バカだね……。夜じゃなくても大騒ぎだよ。アタシが行ってくるから、アンタらはもう呑み始めな」


 クジョウは呑んだ。仲間たちと同じように。そして陽気に歌って、騒いで、彼らは『ホワイト』最後の夜を過ごした。


 そして夜が明ける。日が昇り、街を照らす。上野恩賜公園を照らす。


 最後の戦い。その始まりを告げる朝がやってきた。

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