第七十五話 決戦の舞台
千代田区外神田。秋葉原駅。午後一時。
追悼集会も無事終わり、スタッフによって組み立て式の舞台も撤去された。厳戒態勢とも言えた警備も解かれ、今は秋葉原の街も平穏を取り戻している。もっともテロ以前のようにとはいかないが。
ヨシダさんとハセガワは、このまま拠点に帰るつもりだった。秋葉原の警備をしていたヒーローや特殊部隊が東京拘置所に戻った時点でローラさんも任務完了、今夜はみんなで鍋パーティーの予定だった。
「でもパーティーの気分でもないですね。イエローさん大丈夫かな……」
ヨシダさんの予想通りに起きた東京拘置所襲撃。万全の態勢で迎え撃ったものの、結果的にはビルダーイエローが重傷を負った。
「まあ、死んだ訳じゃないって話っすから。なんならローラさん迎えに行って、ついでにお見舞いでもしとくっすか?」
二人ののんきな話は、ビルダーレッドの声にさえぎられた。ビルダーレッドは二人に声をかけ、手を振りながら近付いてきた。
「もう帰るのか? そう言えば、来た時は電車だったそうだな。言ってくれれば送迎の車くらい出したんだが」
「いえ、そんな事までしてもらっても……」
遠慮するヨシダさんに、レッドは真摯な表情で感謝の言葉を述べる。
「いや、できる限りの事はさせてほしい。なにしろ、ヨシダさんのお陰でナナフシの口封じを防ぐ事ができたんだ。その上、メジャーレッドの配下もほぼ壊滅状態になった」
「あれ? そうなんすか? ほんじゃ、今日の襲撃はメジャレの最後の悪あがきだったって事っすか」
「まあ、確認は取れていないがな。さっきメジャーレッド本人が、『全滅』だとか言っていたんだ。ところで、その流れで言うと俺は『ビルレ』になるのか? もう少しなんとかならないか、それ……」
レッドは二人に向かってなんとか笑顔を作ろうとしている。だが、それも若干ぎこちない。
「レッドさん。少し不自然ですよ。なにかあったんですか?」
今度は自然な苦笑いを浮かべるレッド。人差し指で頬を掻きながら言い訳を並べる。
「いや、俺も初代さんのように、普段から笑顔を絶やさないようにしてみようと思ってるんだが……。やっぱり不自然か?」
「ちょっと不自然です。なんか不安になってくる笑顔でしたよ。もうちょっと頑張ってください」
ヨシダさんの容赦ないツッコみに、レッドは心からの笑顔を浮かべる。
「手厳しいな。そうだな、まだ俺には難しい。まだまだ鍛錬が足りないようだな」
「作り笑いの鍛錬とか、必要ねえっすよ。努力の方向が見当違いっす……ん? すんません、ちょっと電話が……」
ハセガワの肩からぶら下げたポーチから、妙にノリのいい着信音が響いている。ポーチからスマホをとりだして、少しだけ顔をしかめる。
「はいはい、今でますよ……。もしもし、ハセガワっす。なんかあったんすか?」
電話の相手はゴトウダだった。珍しくどこか弱々しい声で、ゴトウダは自分の身に起きた事を伝えようとしていた。
「ハセガワちゃん? ゴメンね。私、下手うったみたい……」
「今更、生まれてきた事後悔しても意味がねえっす。気にしないで強く生きて欲しいっすよ」
「……あのね、結構真面目な話なの。私、今死にかけてるし」
***
ゴトウダからの電話で、彼らはクジョウの襲撃を知った。そして『ゴリラ・マキシマム』を奪われた事も。
「すいません。私の携帯、マナーモードのままでした。ゴトウダさんから何件も着信が……」
「いや、そんな事はどうでもいいっす。とりあえずローラさんに連絡を取らないと」
「ああ、それなら任せてくれ。向こうはまだ無線封鎖を継続しているはずだ。携帯はつながらないだろう。それで、『ゴリラ・マキシマム』ってなんだ?」
「ローラさん専用の強化スーツっす。ゴトウダの話じゃ、ローラさんを更に強くするアイテムだったらしいっすよ」
「クジョウがそれを手に入れた……。だが、待ってくれ。それはローラさん専用なんだろ? クジョウが手に入れたとして、それを使えるのか?」
ヨシダさんとハセガワは、『ゴリラ・マキシマム』を身につけた時のローラさんを見ている。あのローラさんですら耐えられないほどの激痛を与える強化スーツ。確かにレッドの言う通り、クジョウがそれを使えるとは思えなかった。
「ゴトウダの話じゃ、まだ生体認証はつけてなかったらしいっす。つまり所有者が誰であろうと着用はできるっす。ただ痛みに耐えられるかって言うと、話は別っすね」
「……なるほど。だが最悪の事態を想定しておくべきだな……なんだ、今度は俺か?」
ビルダーレッドのスマホが鳴る。電話に出たレッドは短く相づちをうっている。時折唸るような声を上げ考え込んでいる。
「拘置所にはまだ戻ってないな。すぐに引き返させろ。封鎖の許可が下り次第、一気に閉じ込める。いいか、迅速に動け!」
電話の相手に、怒号とも受け取れるほど声を荒げるレッド。電話を切った後、ヨシダさんとハセガワに、歪んだ笑顔を向ける。
「良いニュースと悪いニュース。どっちを先に聞きたい?」
精一杯の虚勢。深刻な事態を笑い飛ばそうとするレッドの努力は、まるで実っていない。口元を必死に歪めているが、目が殺気立っている。
「何事っすか? 自分がもしもガチ幼女だったら、トラウマになるような顔してるっすよ」
「クジョウの拠点の場所が特定できそうだ。だが、そうなると『ゴリラ・マキシマム』への対策もできずに決戦という事になる。早ければ今夜だ」
「クジョウさんの居場所が分かったんですか?」
「正確な位置はまだ特定できてない。だが、かなり絞り込めたそうだ。今朝から盗聴データを漁っているヤツを追い続けていた成果が出た」
「早いっすね。それでどこなんすか?」
もう作り笑いを浮かべる余裕も無くなったレッド。最後の戦いに向けて、彼も荒ぶっている。ハセガワの問いに対して、ハッキリとした口調で告げる。
「舐めた話だ。ヤツはこのすぐ近くにいた。上野恩賜公園だ」
そして決着の時は近付く。秋葉原の追悼集会を警護していたヒーローと特殊部隊は、東京拘置所へと戻る道中で呼び戻された。そのまま上野周辺で待機を命じられ、レッドと初代は上野恩賜公園を封鎖するために、警察関係者を中心に政府への根回しを始めた。
***
午後六時。渋谷区『東ヒー』本部。レッドと初代は憤っていた。夕方まで政府関係者への根回しを進めたが、現状ではまだ封鎖の許可が下りていない。
上野恩賜公園周辺にヒーローと特殊部隊を待機させているが、その行為すらとがめられようとしていた。
『東ヒー』本部では職員も重苦しい沈黙の中で耐えていた。今のところ、『東ヒー』にできる事はなにもない。クジョウらしきアクセスの追跡を継続している技術開発部の職員も、上野恩賜公園の周辺にクジョウがいる事を確信しているが、それ以上の情報は得られていない。
重い空気の中で、一人だけ平然とほがらかな笑顔を浮かべている初代が言った。
「しかし、こうしてゴリラ男と共に戦う事になるとはな」
言葉だけ聞けばまるで空気を読まない発言。だが、実際には空気を読んだ上での軽口。東京拘置所からやって来たローラさんは、その発言になんの反応もせず初代を睨みつける。
しばらくの沈黙の後、ローラさんはレッドに尋ねた。
「それで、俺たちの敵はクジョウとメジャーレッドって事でいいのか? クジョウは分かった。もう一人はどこ行ったんだ?」
数時間前。レッドはメジャーレッドに不意を突かれ、彼の逃走を許してしまう。ローラさんはその事を責めている訳ではないが、それでも自責の念は拭えない。
「すまん。それは俺のミスだ。だが、上野恩賜公園の近くで待機している特殊部隊から報告があった。アイツも公園付近で目撃されている」
「ほんじゃ、最後の戦いは上野公園って訳か。そこで全部決着がつくって事だな?」
「……正直、断言はできないが……。そうだな、今夜にでも決着がつく。だが、その前に上野恩賜公園の封鎖ができないと……」
レッドは言葉を濁す。このまま都内でも有数の繁華街で最終決戦になれば、民間人に途方もない数の死傷者が出る。
せめて決戦の舞台に、無関係な人間が入り込まないようにしなければいけない。
「それができなきゃ戦いも始められないって事か……。ヒーローってのも面倒くせえな」
「そうだな。返す言葉もないよ。だが、今は辛抱してこのまま待機していてくれ。事態が動き出した時、俺たちもすぐ動けるようにしておかないと……」
レッドの言葉をさえぎって、ローラさんはあっけらかんと答える。
「ゴメン。俺、帰って寝るわ。なんか飽きたし」
「え!? いや、ちょっと待ってくれ! ローラさん、アンタ状況が分かってるのか?」
「ああ、分かってるよ。クジョウの居場所も正確には分からねえし、まだ戦う事もできねえって話だろ。ちゃんと聞いているよ。だから、今日は帰って寝るって言ってんだよ」
ドスドスと出口に向かって歩き始めるローラさん。初代がほがらかな笑顔を捨て、真剣な表情でローラさんを制止した。
「なあ、ゴリラ男。お前は正義のためには戦えないとでも言うつもりか? このまま、私たちが決戦に向かおうという時に、お前は家で震えているだけか?」
「ローラさん。アンタは『ホワイト』とも因縁があるはずだろ? なのにどうして……」
レッドの言葉に、ローラさんは相変わらずのんきに構えている。ポケットの中に手を突っ込んで、ゴツい指先で歪んだメモリーカードをつまみ上げた。そしてそれをレッドに手渡す。
「これさ、ナナフシが持ってたヤツなんだけど、ウチじゃデータが読み出せなかったんだ。お前にやるから、好きに使え」
そのままローラさんは『東ヒー』本部を出て行った。そして本当に拠点へと帰っていった。
***
大田区蒲田。ゴトウダの工房。
「さすがにマジで死んでたら自分も気分が悪いっすけど、そうやって元気モリモリだとやっぱ気分が悪いっすね」
「どっちにしても気分が悪いってどういう事? まあ、一応は私の心配もしてくれてたみたいだけど」
ゴトウダの工房にはヨシダさんとハセガワ、そしてゴトウダの三人がいた。昼間、秋葉原でゴトウダから連絡を受けた後、ヨシダさんとハセガワは一度拠点に戻ってから、ゴトウダの工房にやって来た。
「下手すりゃ、今夜中に最終決戦っすよ。今更、こんな事しても意味ないんじゃないっすか?」
ヨシダさんとハセガワが工房にやって来た理由は、ゴトウダに頼まれた物を届けるため。昼間の電話で、ゴトウダはゴリセンを工房に持ってきてくれとハセガワに頼んでいた。
「そうね。でも、まだ戦いが始まった訳じゃないわ。それまでできる事はなんでもしておかないといけないの」
ゴトウダはゴリセンの改良を最優先と判断した。『ゴリラ・マキシマム』が奪われた事は確かに深刻な事態を引き起こしかねないが、現状の問題はそれだけではない。
「残り時間がどのくらいかなんて考えちゃダメ。身体が動く限り、なんでもやってみるのよ」
よく見れば、ゴトウダは足下がふらついている。指先も若干震えている。怯えている訳ではない。ただ、彼は本当に死にかけと言っていい状態だった。改造人間であるクジョウの襲撃を受け、ゴトウダは即入院というレベルの重傷を負っている。
視界が歪み、指先も自由に動かせない。それでも彼は戦おうとしている。自分なりに、ローラさんと共に戦おうとしていた。
そんなゴトウダを見て、ハセガワはため息を一つ。
「自分、徹夜は苦手なんすけどねえ。まあ、少しは手伝ってやるっすよ」
ドヤ顔でそう言ったハセガワに、ゴトウダはわざとらしく驚いてみせる。
「あら、珍しい。たまには死にかけてみるもんね」
そして彼らはゴリセンの改良に取り掛かった。細かい作業はハセガワが受け持ち、ヨシダさんもそれを手伝う。
戦いはすぐにでも始まるかも知れない。今更手遅れかも知れない。そう思いながらも、彼らは彼らなりの方法で動き始めていた。
***
午後八時。『東ヒー』本部では初代とレッドが揃って戦慄していた。ローラさんが残していったメモリーカード。そのデータの読み込みに成功していたが、そのデータから得られた情報が彼らを戦慄させていた。
「なんだ……これ……」
「『エンデミタス』……。こんなものを開発していたのか……」
戦慄していたのは二人だけではなく、そのデータの復元を成功させた職員も震えている。だが、彼は更なる情報を得るために、過去の記録を洗い出していた。
「レッドさん。見てください。ドクターの拠点から見つかった研究機材のリストです。確かにこれだけの設備があれば、このウィルスを作る事が可能だったかも知れません」
「しかし、すべて自爆装置で吹き飛んでいたんだよな……。それで終わっているのか……。本当にこれは消滅しているのか…………」
モニターに映し出された『エンデミタス』のデータ。それがもう存在しない事を、彼らは心から祈った。




