第七十四話 悪あがきの始まり
秋葉原、追悼集会会場。スマホを片手にビルダーレッドは安堵の表情を浮かべていた。
「そうか。イエローは無事なんだな。分かった。悪いが、そのままイエロー抜きで任務を継続してくれ」
電話の相手はビルダーピンク。東京拘置所からの定時連絡だった。
『まあ、無事と言ってもしばらく動けなさそうです。あのバカかなり無茶したみたいで』
レッドは少しだけ違和感を覚えていた。少なくともイエローは戦闘において、レッドよりも冷静に立ち回る男だったはず。
無茶をするレッドを止める事はあっても、その逆はレッドも記憶に無い。
「一体どうしたんだろうな……。アイツは」
『さあ、普段はともかく戦闘では頼りにできるヤツだと思ってたんですけどね。これからの事を考えると、頭が痛いですよ』
「まだローラさんがいるだろう。それにデカいヤツも」
『いやいや、レッドさん。その話じゃないです。先の話です。なんかあのゴリラ、ヒーローを一人で続けるとか言い出しちゃって。仕方ないからしばらく手伝おうかと。ほら、ゴリラ一頭放し飼いじゃ怪人より先に保健所と戦う羽目になりますし』
「……そうか。これからは二人でビルダーファイブか……。そうだな、すまない。俺は自分の事ばかり考えていたよ……」
『仕方が無いですよ。レッドさんにはレッドさんの使命ができたんですから』
『東ヒー』の幹部。その要職に就き『東ヒー』を立て直し、悪と戦う者たちを支えていく。それがビルダーレッドの新たな使命。
だが今はまだ、彼は支える者ではない。
追悼集会が始まって一時間が経過していた。相変わらずどこの馬の骨かも分からない者が壇上に上がり、どこかで聞いたきれい事を並べている。
これから正午に黙祷を捧げて、集会は終わる予定だった。現状では集会の会場で問題が起こりそうな気配はない。
だが、あえてレッドは問題を起こすために動いた。
「メジャーレッドはどこだ?」
***
追悼集会会場から少し離れた駐車場。黒のワンボックスカーの後部座席でスマホを凝視しているメジャーレッド。
ワンボックスカーの運転席から、彼のタレント活動を支えているマネージャーが心配そうにメジャーレッドの様子を見つめている。
マネージャーは彼の素行に不安を覚えていた。自分がやって来た事が全部ヤラセだったと知った時から、目に見えて生活が荒れた。それが最近になって不自然なほど品行方正に振る舞い始めた。
マネージャーは彼が犯罪組織のトップに立っている事など知りもしない。だが、これまで数多くのタレントを支えてきた経験から、タチの悪い連中と付き合い始めた事を直感していた。
『コイツはもうダメだな……』
ヒーローの活動については、これと言って決まり事があるわけではない。趣味でやっている者もいれば、法人化する者もいる。
メジャーレッドの場合。彼らをスターダムに押し上げた番組製作委員会が母体となる『メジャーマン活動委員会』を通してヒーロー活動をしている。
その委員会は大手広告代理店が中心となった複数の企業で構成されている。だが、彼らはメジャーレッドの暴走を知らない。多少の犯罪行為については知っているが、犯罪組織の頂点に立っているとは予想もしていない。
そもそも委員会の人間にとって、メジャーマンとは一時的な商売道具に過ぎない。人気がなくなれば、次のヒーローを持ち上げるだけ。
既に委員会はゴリレンジャーに目を付けている。その事は、メジャーレッドのマネージャーすら知っていた。
崩壊状態にあるメジャーマン。現在は『地方へ遠征に行っている』とごまかしているが、実際に人前に出るのはメジャーレッド一人。
他の四人は既に見世物を続けられる状態ではなかった。テレビに登場するメジャーマンのメンバーは、同じ強化スーツを着ている偽物。変身前の姿は、過去の映像を再編集したものが使われている。
たった一人でメジャーマンを続けるメジャーレッドは、小さな犯罪行為を何度か委員会によってもみ消してもらっている。だが、数ヶ月前から突然真面目なヒーローを気取るようになっていた。ただしそれが演技だという事は、周囲の人間も分かっていた。
そして現在。ここ数日の間に彼の態度がまた急変してしまった。メジャーレッドの行動は明らかに常軌を逸していた。常に焦りや不安に襲われて感情的になる事が多く、先日も雑誌のインタビューを受けている最中、雑誌記者に殴りかかる暴挙に出ていた。
『まあ、スターの座から転落したヤツは、決まって生活も破綻させるよな……。なんでこんな暮らしが一生続くとか思い込んでたんだよ。いつか終わるに決まってんだろ』
数多くのタレントを支えてきたマネージャーは、呆れたように冷めた視線を送る。ワンボックスカーの後部座席で訳の分からない事をつぶやく、自らが担当するタレントを。
「クソッ! どうしてゴリラがアッチに行ってんだよ……。なんで連絡してこねえ……、もう片付いてるはずだろ……」
マネージャーは眉をひそめる。
『ゴリラがアッチに行ってる? なに言ってんだ、コイツ……』
メジャーレッドが裏でやっている事に興味はない。だが、これ以上問題を起こされては堪らない。そう思って事情を尋ねようとした時、ワンボックスカーの窓ガラスがノックされた。
穏やかな笑顔を浮かべながらも異様な威圧感を放つビルダーレッドがそこにいた。
車外に飛び出し、ビルダーレッドに事情を説明するマネージャー。彼はビルダーレッドがそこに来た理由をまだ知らない。
「すいません。ウチのレッド、どうも体調を崩したみたいで……。今日の追悼集会では、スピーチをさせてもらう予定だったのに。ですが、一応主催者側には説明を……」
「いや、俺の用事はそれじゃない。集会の事はどうでもいいんだ。おい、メジャーレッド。表に出ろ、仲間からの連絡がないんだろ? 代わりに俺が教えてやる」
スマホを凝視していたメジャーレッドが、真っ青な顔をビルダーレッドに向ける。そのメジャーレッドに対して、『表に出ろ』のジェスチャーを繰り返すビルダーレッド。
だが、メジャーレッドは動かない。怯えたように動かない。
笑顔のまま拳を振り上げるビルダーレッド。制止するマネージャーの声を無視して、ワンボックスカーの窓ガラスを叩き割った。
ガラスの破片を浴びながら悲鳴を上げるメジャーレッド。頭を抱えながら、ワンボックスカーの車内で怯えている。そのメジャーレッドに、ピンクから受けた報告の内容を告げるビルダーレッド。
「お前の仲間はどのくらいいる? ウチのイエローとピンクが四十五人ほど仕留めたらしいよ。その内の何人かが、ボスはお前だと証言した。さて、お前からも詳しい話を聞かせてもらおうかな」
マネージャーは制止する事をやめた。話の内容はもちろん理解できていない。だが、メジャーマンがたった今終わった事は悟っていた。
メジャーレッドは絶望していた。ビルダーレッドは『四十五人』と言った。あえてビルダーレッドはその数をハッキリと言った。
「……全滅してたのか……。そうか……、連絡がねえはずだな……」
怯えながら小さな声でつぶやくメジャーレッド。見つめていた自分のスマホを車内に落とし、懐からもう一つのスマホ状の端末を手にする。
その動きをビルダーレッドは声で制する。
「やめておけ」
メジャーレッドが手にしているのは、彼の変身アイテム。最新型の強化スーツ。それはビルダーレッドと同じモデルだった。
ビルダーレッドの言葉を無視して、彼は変身アイテムを操作する。身体が赤い光に包まれ、ワンボックスカーの車内を明るく照らす。
即座にビルダーレッドも変身した。車外に生まれた赤い光、その変身プロセスが終わる前にメジャーレッドは攻撃を仕掛けた。スライドドアを開け、変身途中のビルダーレッドに蹴りを入れる。
赤い閃光と化した蹴りは、同じく赤く光る塊にぶつかり、そして静止した。
赤い二つの光が消え、二人のレッドが姿を現す。同系統のスーツでありながら、その姿は対称的だった。派手な装飾で飾り立てる男と、一切の飾りを付けずただ深紅に染められた男。
派手な男が蹴りを入れ、深紅の男がそれを両手で受け止めている。
二人のレッドは睨み合う。だが、両者とも分かっている。実力差は明白だと。
同じ性能の強化スーツを身につけていると言っても、メジャーレッドには勝てる要素が一つもなかった。
生まれ持った才能でも、積み重ねた努力でも、ビルダーレッドと肩を並べられる者はそういない。
「もう一度言う。やめておけ」
その言葉の直後、ビルダーレッドは相手の予想外の動きに面を食らう。メジャーレッドは自分のマネージャーに殴りかかった。
素人丸出しの殴り方でマネージャーへと襲いかかる姿に、ビルダーレッドは困惑する。
『なにやってんだ!? 仲間じゃないのか』
強化スーツの一撃を食らい、倒れようとするマネージャーの胸ぐらを掴む。そしてそのままビルダーレッドへと投げつける。
戦い方は素人だったが、強化スーツの性能だけは高い。一撃で失神しているマネージャーは、一直線にビルダーレッドへと飛んでいく。
ビルダーレッドはヒーローだった。ただ障害物を投げつけてくるのなら、それを豪腕で払いのけただろう。だが、彼の元に飛んでくるのは生身の人間。彼にはマネージャーの身体を受け止めるしかなかった。
マネージャーを受け止めた後、追撃が来る。ビルダーレッドはそう予想した。そしてマネージャーの身体を受け止めながら歯を食いしばった。
だが、追撃は来なかった。ビルダーレッドがマネージャーを受け止めている隙に、メジャーレッドはその場から逃げ出していた。
赤い閃光が離れていく。追いかければまだ間に合う。だが、同時に自分の腕の中に巻き込まれた被害者がいる。被害者と言ってもメジャーレッドの関係者であって、無関係な一般人ではないが。
「クソッ!」
迷っている間に、赤い閃光はもう見えなくなっていた。
***
大田区蒲田。ゴトウダの工房。今日もゴトウダは工房で武器の製作に取り掛かっていた。やる事は多い。まず『ゴリラ・マキシマム』の調整。それからゴリレンジャーの他のメンバーにも装備を用意しないといけない。
「はあ、やる事が多すぎて、どれから手をつけたものやらって感じね……」
作業の合間にチラリと時計を見る。時刻は正午。
「襲われるのを期待しちゃいけないけど、EMPはどうだったかしら。役に立ったのならいいけど……。そろそろ連絡くらい欲しいわね」
そんな独り言の途中、ゴトウダの工房のシャッターが大きな音を立て、激しく揺れる。ノックをしている程度ではなく、誰かがいきなりこじ開けようとしている。
ゴトウダは息を呑み、そして手近な武器を手に取る。その間にシャッターが軋む音を立ててこじ開けられた。
大人の腰程度の高さまでこじ開けられたシャッターから、根暗そうなスーツ姿の男がのぞき込む。
「よう。『失敗作』を引き取りに来た」
うす笑いを浮かべたクジョウが、工房へと入ってくる。そしてまるで買い物客のように工房内を物色する。
「ねえ、ちょっと、貴方。どこの誰だか知らないけど、いきなり……」
ゴトウダの言葉はそこでいったん途切れてしまった。クジョウの後から、数人の怪人が工房へとやって来る。
「ああ、これで二度目よ。自分の工房で袋だたきに遭うの……。抵抗しなければ危害は加えないって思っていい? それなら話くらい聞くけど」
うす笑いを浮かべたクジョウはゴトウダに向き直り、そして手にした武器を仲間に放り投げる。
「悪いが抵抗しなくても危害は加える。あのゴリラを本気にさせたいんでね」
「ゴリラ? ローラさんの事? あの人を本気にさせるとか、アンタ正気?」
「正気だよ。だが、そのために『失敗作』を貰っておこうと思ってな」
そこまで聞いてゴトウダは相手がクジョウだと気が付いた。『ホワイト』の首領、クジョウ・ナオト。それまで話で聞いていただけで、ゴトウダが彼と会うのは初めてだった。
ゴリゴリカレーを盗聴していた事が事実なら、彼の言っている『失敗作』も見当がつく。だが、その『失敗作』を簡単に渡す訳にはいかない。
現時点では『失敗作』に過ぎないが、調整が済めば間違いなく『最高傑作』と呼べる代物。
「やっぱり正気とは思えないわね。あれは私じゃなきゃ調整できないわよ」
「別に調整する必要は無い。ただ身体が激痛にさらされるだけなんだろ? これから奇跡に挑むんだ、その程度の事は問題にならない」
この男は正気じゃない。ゴトウダはそう思った。だが狂気が真理に到達してしまう事もある。
改造人間の力に耐えられる上に、それを更に強化する『ゴリラ・マキシマム』。
もしもローラさん以外の改造人間がそれを身につけた場合、そいつはローラさんとも互角に渡り合える力を得る。
「渡せないわね……」
ゴトウダはそう答えるしかなかった。そのゴトウダの言葉に、クジョウは満足そうにうなずく。そして自分の変身アイテムであるブレスレットに手をかけた。
「それでいい。さすがにアッサリと渡してもらっちゃ襲いづらいからな……」
クジョウは変わっていく。理性の無い『失敗作』へと。
怪人オランウータン男の咆哮が響く。そして『ゴリラ・マキシマム』は持ち去られた。工房は荒らされ、いくつかの武器も持ち去られ、その場には血だるまのゴトウダが一人残された。
「チクショウ……、これってかなりマズいわね……」
『失敗作』が『失敗作』を手に入れた。世界を否定する男は、自分に相応しい法衣をまとい、奇跡に挑もうとしていた。




