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ローラさんは今日もゴリラです  作者: 吠神やじり
第十章 怪人のいない世界
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第七十三話 ハイウェイスター

 首都高速中央環状線。逃走を続けるSUVを追うビルダーイエロー。SUVは限界までスピードを上げていた。周囲の車と何度も接触しながら、首都高を暴走している。

 SUVの後を追うように巻き起こる騒乱。一般道を走行していた時と同様に、周囲の車を混沌に巻き込むように危険な運転を続けている。

 だが、一般道を走行していた時とは違い、SUVも他の車も時速一〇〇キロ近い速度を出している。

 その速度での接触は、周囲の車を簡単に大事故へと導いた。


 SUVとの接触から、運転を誤った車が横転する。あるいは、別の車と衝突する。そんな事故の連鎖が、SUVの暴走の後を追うように続いていく。


『ちくしょう、早めに止めねえとマズいな……』


 イエローは疾走する。だが、SUVの後を一直線に追う事はできなかった。SUV自体が蛇行を繰り返すだけでなく、その周囲の車を巻き込んだ事故のために、イエローもそれらの車を避けながらの追跡になっている。

 そしてまたSUVが軽自動車を追い抜きざまに接触事故を起こす。軽自動車のドライバーは、まるで背後から襲いかかるように追い抜いていったSUVそのものと、接触の衝撃に動転してハンドル操作を誤る。

 急激に進路を変え、そしてトラックと衝突した軽自動車は、ピンボールのように弾き飛ばされて横転した。

 時速九〇キロで横転する軽自動車を、イエローはとっさに避ける。閃光のような動きを可能にする人工筋肉の強化スーツも悲鳴を上げていた。

 既に強化スーツは、限界に近い状態まで酷使されていた。強化スーツが軋み、そして過熱している。


『勘弁してくれ、まだもってくれよ……』


 更に速度を上げるイエロー。限界に近い速度の中で、足技を中心に戦うイエローにはSUVを止める手段がない。

 限界に近い速度を保つためには、走る事に専念しなければならない。天性のバランス感覚を持つイエローであっても、全力疾走の中で足技を使う事は困難だった。


『まずは追い抜いて、それから……』


 SUVとの距離を詰める。だが、SUVを運転する襲撃者も追い抜かれたら終わりだと分かっている。

 大きく蛇行するSUVと、それを追うイエロー。わずかに速度を落としたSUVは、イエローの前方にわざとらしく道を作る。


 即座に好機と判断したイエローは、強化スーツの悲鳴も聞かず更に速度を上げる。そしてSUVと並び、襲撃者と視線を交わす。その目を見て、自分が罠にかかった事を悟った。


 イエローが追い抜くよりも先に、SUVの運転手は大きくハンドルを切る。乗員と燃料を足せば総重量三トンを超えるSUVが、イエローを対向車線との境に立つコンクリート製の防護柵へと追い込む。

 過熱する強化スーツには、そこから脱出できるほどの余裕を持っていなかった。そしてイエロー自身も速度を落としてやり過ごす余裕を持っていなかった。


 時速一〇〇キロの速度の中で、イエローは三トンを超える鉄の塊と、その衝撃にも耐えられるように作られたコンクリート製の防護柵に挟まれる。

 鉄とコンクリートの狭間に追い込まれたイエローは、無駄だと承知でSUVの車体に手をついて押し戻そうと力を込める。

 だが、なんの意味も無かった。車体について手が、押し戻される。身体ごと、壁に押しつけられる。

 そしてイエローは潰された。時速一〇〇キロの速度の中で、イエローの身体は鉄の塊とコンクリート製の防護柵に潰された。

 イエローの身体は、まるですり潰されるかのように車体と壁の間で激しく身体を打ちつける。コンクリート製の防護柵に頭を打ちつけ、ヘルメットが砕け散る。限界に達していた人工筋肉が、スーツの至るところで断裂を始める。


 イエローを潰す事に集中していたSUVは、前方を走るトラックにそのまま追突した。イエローは車体と壁から解放され、道路に投げ出された後、何度も身体をアスファルトに叩きつけられた。


『なにが……、起きた……。身体中が痛え……』


 ほんの数秒意識を失っていたイエローは、血まみれの身体をなんとか起こそうとした。だが、身体の自由が利かない。

 首をわずかに動かして、前方を確認する。SUVはトラックに追突した後、走行不能の状態になっているようだった。

 五人いた襲撃者も無傷ではなかったようで、何人かはおぼつかない足取りで車から降りていた。


『こっちも酷い有様だけど、オマエらも逃げられなくなったみたいだな……』


 もう一度、身体を起こす事を試みる。しかし、立ち上がれない。数カ所の骨折に加え、既に強化スーツも機能を停止していた。

 ただの重りと化したスーツでは、もう跳ぶ事もできない。もはや、イエローには戦う手段が無い。それでもアスファルトに手をつき、自分の身体を支えようともがく。


「チクショウッ! あの野郎、まだ生きてやがる!」


 襲撃者の声が聞こえる。イエローに怒りをむき出しにして、トドメを刺そうと歩み寄ってくる。


『ああ、身体が動かねえ……』


 ローラさんは言っていた。『迷ってると、死ぬぞ』と。その言葉を理解した。確かに迷っていた。そして答えが出そうになっていた。だが、答えが出る前にイエローは終わりを迎えようとしていた。

 襲撃者が倒れたままのイエローの顔面を蹴り飛ばす。イエローは呻き声すら上げられない。ただ激しく咳き込むように息を吐くだけ。

 別の襲撃者がイエローの身体を掴んで、引き起こす。そのボロボロのイエローを眺めて勝ち誇ったように嗤う。


「よくもやってくれたな。どうやって俺たちの襲撃が分かったのか知らねえけど、関わらねえ方が幸せだったな。なあ、ビルダーイエロー」


 イエローは、答えに辿り着いた。


 彼はもう跳ぶ事ができない。引き起こされた今は、なんとか自分の足で立っている。だが、ほんの数分前のように閃光のように走る事はできない。彼らの仲間を始末した時のように、軽やかに跳ぶ事はできない。

 自分の状況を理解した上で、イエローはこの場を切り抜ける方法を探した。そして、彼は思い出す。親友であり、彼が心から尊敬している男の戦いを。


 襲撃者の一人は、超高速で振動する刀身をもつ高周波ブレードをとりだした。うなりを上げる刀身をかざし、イエローを嘲笑う。


「お前の仲間も、全員殺してやるからな……」


 その言葉に思わず笑ってしまうイエロー。その唐突に現れた笑顔に、全員の視線が集中する。誰もイエローの手元には目を向けていない。

 笑いながら、イエローは手首に装着されている強化スーツの端末を操作する。彼はほとんどその機能を使った事がなかったが、今はその機能を使用して親友から預かった物を格納していた。

 その原理なんてイエローは知らない。ハセガワ曰く、『四次元ポケット的ななにか』。

 どこからともなく武器を取り出す、ヒーローのお約束を可能にする機能。その端末を操作して、彼は親友の武器を取り出した。


 イエローの両手が光に包まれる。その光の中に浮かぶのは真っ赤なダンベル。単純に言ってしまえばハンドルの着いた鉄の塊。その表面に真っ赤なラバーコーティングがしてあるだけのトレーニング器具。それを武器に使うバカは二人といない。そのはずだった。


 イエローの身体が悲鳴を上げる。もはや強化スーツは役に立たない。ボロボロの肉体とダンベルだけが彼の武器。

 ダンベルを握りしめる。これまでずっと親友の側で、彼の戦い方を見てきた。だから知っている。


 両手を大きく広げる。まるで翼を広げるように。両手に持ったダンベルで、イエローは自分を挟むように立っている二人の襲撃者に対して、アッパーカットを食らわせる。

 二人の襲撃者が同時にあごを砕かれ悶絶する。崩れ落ちる襲撃者、呆然とそれを見つめる次の犠牲者。

 イエローは再び跳躍してみせるかのように身をひるがえす。だが、身体は一ミリも浮き上がりはしない。ただほんの少しだけ重心を前に傾ける事に成功しただけ。

 倒れ込むように身体を大きく傾けて、その勢いでダンベルを振り回す。呆然としている襲撃者の胸部に二〇キロのダンベルがめり込む。襲撃者の身につけていたプロテクターを易々と破壊した上で、胸骨まで砕く。


「ふざけるな、テメエ!」


 高周波ブレードを持つ襲撃者の怒号が響く。鋼鉄も容易く切り裂く刀身をイエローに向かって振り下ろす。

 イエローはそれをダンベルで受ける。だが、受け止められたのは一瞬だけ。ダンベルの表面を覆うラバーコーティングが溶け、その後滑るようにダンベルに高周波ブレードが食い込んでいく。だが、刀身の勢いは落ちた。イエローにはそれで十分だった。

 まだダンベルはもう一つある。左手のダンベルで高周波ブレードを受け、その勢いを削ぎ落とした一瞬の隙を狙って、右手のダンベルを振りかざす。

 イエローの残された力のすべてを乗せて、親友から預かったダンベルを振るう。まるで全身を叩きつけるように、その右手のダンベルにすべてを込めて撃ち放つ。


 本当に追い詰められた事なんてあっただろうか……。ビルダーイエローは自問する。多分、そんな事は一度も無かった。

 ビルダーファイブで戦っていた頃には一度も経験した事のないピンチ。それが今の彼には心地いい。

 死んでもいいなんて思わない。だが、死にかけるくらいでなければ自分はきっと理解できなかった。

 真っ赤なダンベルが襲撃者の顔面にめり込む。口と鼻から鮮血を噴き出す。そして頭蓋骨が割れる。顔の形が歪んでいく。


『どうだ、レッド。これがヒーローだよ。お前くらい強いと、いつも弱い者イジメにしかならねえ。一度だってピンチなんか経験してねえ。だけどヒーローなら、こうだろ! 追い詰められてから逆転だよ! これがヒーローだ!』


 ダンベルを食らった襲撃者が崩れ落ちる。最後に残った襲撃者に目を向ける。身体中が痛い。その激痛に耐えながら、イエローは前に進む。

 苦痛に歪んだ顔が、まるで憤怒の形相に見える。怒れるゴリラがダンベルを握りしめ、一歩一歩ゆっくりと歩く。


『俺は続けるよ、たった一人でも。バカで格好良くて、面白くて強い。そんなヒーローになってやるよ。お前が自慢できるような、最高のヒーローになってみせるよ』


 最後に残った襲撃者は、恐怖に怯えている。勝てると思っていた、イエローは死にかけているとすら思っていた。だが、彼にも理解できた。目の前にいる男は、紛れもなく桁違いの強さを誇るヒーローだと。

 不運にも彼を上回る化け物が側にいただけで、ビルダーイエローというヒーローは決して弱くない。そして今、迷いも断ち切った。


 彼の迷い。ヒーローを続けるか否か。続けるとして、どんな形でヒーロー活動を継続していくのか。自分が中心になってビルダーファイブを再結成していくのか、それとも別の形を模索するのか。

 ヒーローを辞めるのか否か。辞めるとして、これからどうやって生きていくのか。トレーニングジムのインストラクターか。それとも別の仕事か。

 迷いと呼ぶにはあまりにもくだらない悩みもあった。果たして自分は結婚できるだろうか。二十六にして恋人がいた試しもない自分に、これから春は訪れるのか。どうやったら笑いをとれるのか。語尾にどんな言葉を付け足せばウケがいいのか。


 色々な悩みを抱えている。それは誰でも同じ事。深刻な悩み、人生を左右する迷い。人が聞いたら呆れるような事だが、自分にとっては命題とも言える苦悩。

 そんな誰にでもありそうな悩みの中にあって、彼は幸運だった。親友がいて、仲間がいて、そして敵がいる。

 憧れている男がいて、支えてくれる仲間がいる。そして決して許す事のできない悪が、彼の目の前にいる。

 だから彼に、悩んでいる暇なんてない。


『さて……、始める前に、キッチリ終わらせるか。俺たちの戦隊を』


 両手に持ったダンベルを、自分の胸の前で打ち鳴らす。襲撃者を睨みつけ、そしてビルダーイエローとしては最後の口上を言い放つ。


「マッチョ戦隊ビルダーファイブ! 悪はまとめて蹴り殺す! 踊る獣王、ビルダーイエロー!」


「ひぃいいいいいいいいっ!」


 イエローの咆哮が轟く。その咆哮の中に、襲撃者の小さな悲鳴が混じる。イエローの咆哮と眼光を目の当たりにした襲撃者は、一目散に逃げ出した。


「…………えっ!? ちょっと待って、逃げるのは卑怯だろ……」


 足はもう動かない。両手にはクソ重いダンベル。追いかけようにも身体がついていかない。

 バタバタと走って逃げていく襲撃者を呆然と見つめてしまうイエロー。だが逃げていく襲撃者に向かって、ピンク色の閃光がほとばしる。それを見たイエローは思わず愚痴をこぼした。


「あーあー、また美味しいとこ持ってかれたよ……」


 ピンク色の閃光は、逃げ出した襲撃者を捉えた。閃光は襲撃者の横をすり抜けるように走り抜けようとしていた。だが、すれ違う瞬間に閃光は襲撃者の腕を掴む。そのまま身をひるがえし、自らの回転に巻き込むように襲撃者をアスファルトに叩きつける。

 傍目にはピンク色の閃光が重力でも操ったかのように見えるビルダーピンクの技が炸裂した。


 最後の一人を片付けたピンクは、満身創痍のイエローに目を見開きながらも、普段通りに軽口を叩く。


「アンタ、格好つけて追いかけておいてボロボロにやられちゃうとか、ホント情けないよね」


 普段ならこの後イエローとピンクの間で漫才のようなやりとりが始まる。だが、今のイエローにはその余裕がなかった。


「悪いな、助かったよ」


 イエローの珍しく素直な一言。そしてその言葉の後、イエローは膝から崩れ落ちた。

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