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ローラさんは今日もゴリラです  作者: 吠神やじり
第十章 怪人のいない世界
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第七十二話 拘置所の戦い

 葛飾区小菅、東京拘置所。午前十時半。拘置所に収監されている者との面会を受け付ける面会所入り口。建物の南側に位置するその出入り口から、二〇名の襲撃者たちが侵入していた。

 わずかな警備を制圧し、強化ガラスに守られた窓口も破壊され、襲撃者たちは本来面会者が通る経路を無視して、未決囚が収監されている南収容棟まで入り込んでいた。

 南収容棟から、まっすぐ拘置所の中央に位置する中央管理棟へと向かう襲撃者たち。


「おい、このまま進めば中央管理棟だろ。ナナフシはそこの医務部にいるんだよな?」


 警備を殴り倒しながら進む襲撃者。ヒーロー崩れの一団は、生身の人間である拘置所の職員をものともせずに突き進む。


「急げ! 先遣隊が潰された。なんでだか知らねえけど、俺たちが来るのを知ってやがった」


 通路を突き進む襲撃者の一団。彼らは通路の先の中央管理棟を目指す。だが、その中央管理棟を目前にした時、彼らはその通路の先に黄色い閃光を見る。


 立ち止まる事すらできなかった。互いの顔を見合わせて声をかける時間すら無かった。眼前の閃光は瞬くように彼らの眼前に迫る。

 彼らがその閃光の正体を知る前に、閃光は彼らの先頭を走る者にドロップキックを食らわせた。

 時速一二〇キロのドロップキック。一撃で自家用車をスクラップに変えてしまう攻撃を受け、先頭の男は血反吐を撒き散らして吹っ飛んだ。その後ろを走る者たちを、容赦なく巻き込んで。


 彼らは黄色い閃光の正体を見る。マッチョ戦隊ビルダーファイブの一人。ビルダーイエロー。

 ゴリラのようなゴツい体躯。明らかにアンバランスな体型、妙に長い手と不自然なほど短い足。奇跡的と言えるレベルでゴリラに激似の男。


「よう、クズども。コッチは面会者向けの入り口だぜ。お前らはここに閉じ込められる側だろ?」


 イエローは既に半数以上が動かなくなった襲撃者の一団を挑発する。


「おい、なんでビルダーファイブがここにいんだよ!? 秋葉原にいるんじゃなかったのかよ」


 イエローは短い足で素早く、そして華麗にステップを踏む。その場でリズミカルに身体を揺するイエロー。そして激しいコンクリートの床を激しく踏みしめて跳躍する。

 天井すれすれまで飛び上がり、そのまま天井に手をつけて重力を無視したかのように滞空する。


「マジか……」


 襲撃者のつぶやきは途中で途切れた。頭上のイエローが、獲物を狩る鷲のように襲いかかる。

 襲撃者を頭上から踏みつぶすイエロー。着地するや、舞うように身体を回転させて短い足を振るう。

 足技にはおよそ向いていない体型。だが、天性のバランス感覚と最新の強化スーツが黄色いゴリラを舞い踊る破壊神へと変える。

 ビルダーイエローは決して弱くはない。むしろヒーローの中では間違いなく上位に入る男。だが、彼の周囲には規格外の化け物が多すぎた。


『こんなんじゃダメだ……。こんなヤツらをいくら倒せたって……』


 ローラさんは言った、『迷ってると、死ぬぞ』と。だが、イエローは迷いながらも襲撃者を圧倒する。

 圧倒的な力を前に、怖じ気づき逃げだそうとする襲撃者。イエローに背を向けて走り出そうとした瞬間、襲撃者の眼前に黄色い閃光が走る。


「逃がさねえよ!」


 襲撃者は眼前に浮かぶゴリラの背中を呆然と見つめる。次の瞬間、襲撃者の顔面にイエローのローリングソバットが炸裂した。


 二〇名の襲撃者を、イエローは三分ほどで壊滅させてしまった。


「さて……他の場所はどうなったかな……。無線が使えないってのは厄介だな……」


 電子機器を破壊するEMPグレネードは、彼らの装備にもダメージを与える。そのため、無線機や携帯電話はもちろん、移動可能な電子機器はすべて電磁波を遮断する防護室に片付けられている。

 今は外部との連絡も、その電磁波を遮断する防護室からしか行えない。


     ***


 東側から侵入した襲撃者は五名。だが、力量としてはこの五名が主力部隊と言えた。庁舎エントランスから直行した特殊部隊は、既に壊滅状態に陥っている。

 そして五名はそのまま拘置所の中央管理棟へと到達してしまう。


「ここの四階か……。他の連中とは連絡もつかねえ……。ナナフシを始末して、さっさと逃げるぞ」


 既に襲撃者は敗北していた。主力の五名はまだその事に気付いていない。襲撃のために集められたヒーロー崩れは全部で四十五名。その内、四十名は既に確保されている。問題は、その四十名が全員『自分たちのボスはメジャーレッドである』と知っている事だった。

 彼らはナナフシの口封じにやって来た。だが、既に新たな『証言者』を四十名も確保されている現状を正しく認識していなかった。


「ナナフシを始末できりゃ、もしかして幹部になれんのか?」


 襲撃者たちは現実からかけ離れた願望に心を躍らせている。既にメジャーレッドの組織は崩壊寸前である事に、彼らはまだ気付いていない。


 だが彼らを止められる者はいない。怯える医療関係者を尻目に、彼らは拘置所の医務部を駆け抜ける。既に目的地は分かっている。事前にメジャーレッドから聞いている。

 彼らはその扉を蹴破って、ナナフシの病室へと辿り着く。


 病室にはベッドが一つ。意識不明の重体であるにも関わらず、ベッドの周囲には医療機器の類が一つも置かれていない。

 だが、彼らは嗤いながらベッドの上の『膨らみ』に目を向ける。頭からシーツを被ったように、こんもりと盛り上がる膨らみに。


 襲撃者の一人が武器を取り出す。高周波ブレードと呼ばれる、超高速で振動する刀身がうなりを上げる。


「悪いな、ナナフシ……」


 その言葉と共に、襲撃者はベッドの上のシーツを掴む。そして嗤いながらシーツを投げ捨てた。

 だが、襲撃者はベッドに横たわる人物を見て絶句する。そのまま呆然と、その男を見つめてしまう。

 ベッドの上には、小汚い格好のオッサンがいた。小汚いオッサンは頭を抱えて震えている。その頭を抱える腕の間から、襲撃者に視線を向け一言つぶやいた。


「あの……、人違いです……」


 ゴリレンジャーの一人。無駄に頑丈な男、ミドリ君がそこにいた。


「なんだっ、テメエはぁあああっ!」


 ベッドに横になったまま、ミドリ君はボソボソと決めゼリフを口にする。


「えっと、夢はでっかく……」


「うるせえええええええっ! ナナフシはどこだっ!?」


 質問しておきながら、高周波ブレードを振り回す襲撃者。普通なら一撃で致命傷となりうる武器。その超高速振動する刀身がまともにミドリ君の顔面にヒットした。


「熱っ」


 それで終わりだった。鋼鉄すら切り裂く高周波ブレードの一撃を食らって『熱い』の一言で終わらせる男。チート集団ゴリレンジャーの中で、もっとも異常な男。


「なにそれ!? メッチャ熱い……。やめて、それ……。ホントに熱かったから」


 襲撃者は呆然としながらミドリ君の顔と、うなりを上げる高周波ブレードの刀身を交互に見つめる。そしてもう一撃。


「っだから、熱いって!?」


 ミドリ君は襲撃者を突き飛ばす。だが、襲撃者はその場で踏みとどまる。残りの襲撃者四人がミドリ君を囲む。ミドリ君はまるで諦めたようにうすら笑いを浮かべながら、彼らに言い放つ。


「ああ、はいはい。僕、やられるんですね。またですか。僕、そんな役ばっかりなんですよ……」


 襲撃者の一人が、ミドリ君の小汚い服を掴む。首筋に高周波ブレードの刀身を近づけて、脅すように詰問する。


「ナナフシはどこだ?」


 その脅しを鼻で笑うミドリ君。


「ふふっ。なんかもう、笑えますよ。もうね、僕、ローラさんと関わってからこんな事ばっかりなんですよ。ホント、昔アヘンジャーっていうのやってた時はね、こんな事一回もなかったのに……」


 うなりを上げる高周波ブレードを前に、延々と愚痴を言い始める。脅したつもりの襲撃者は苛立ちを通り越して焦り始める。


「お前、なに言ってんだよっ! コイツで、お前を殺すぞ、ああ!? お前、状況が分かってんのか!?」


 襲撃者の言葉の途中、ミドリ君は懐からスタンガンをとりだした。だが、襲撃者の反応は早かった。ミドリ君の腕を掴み、もう一人の男がスタンガンを奪い取る。

 スタンガンをもてあそび、そしてミドリ君の目の前で電光を放ってみせる。


「こんなモンでヒーローを相手にできると思ったのか? ん? お前が食らってみるか?」


 その言葉に、ミドリ君は自分からスタンガンに顔面から突っ込んだ。


 顔面に電撃を受ける。何度も繰り返しやってきた事。五万ボルトの電流が、彼の身体を駆け抜ける。そして、彼の身体にデタラメでデマカセじみた変異が起こる。

 膨れあがる肉体。その変化に目を奪われる襲撃者。その隙に、ミドリ君はスタンガンを奪い返す。そして、注射を打つように自分の右腕にスタンガンを撃つ。


「なっ……、なんだ、お前……」


 まだミドリ君はベッドの上で横たわっているが、なぜか全開のドヤ顔。そして言い放つ。


「夢はでっかくビッグなヒーロー! ゴリ……、熱っ! ちょっ、熱いって!?」


 どうしても決めゼリフを言い切れないミドリ君。襲撃者は一心不乱に高周波ブレードを振り回す。


「おいっ! もう時間がねえ。ナナフシの居場所を吐かねえと……」


 襲撃者の脅しも最後まで言い切れない。ミドリ君がキレた。


「最後まで言わせてよぉおおおおっ! なんで、そうなの!? なんで君らみんなそうなの!?」


 暴れ出すミドリ君に、うろたえる襲撃者たち。既にミドリ君の体長は二メートル以上になっていた。

 身体がデカく、無駄に打たれ強いミドリ君。だが、彼は攻撃する方法をほとんど知らない。体重を活かす戦い方も知らない、頑丈な身体を利用する事も知らない。

 子供のように腕を振り回すか、相手の身体を掴んで引っ張るだけ。たまに豪快な投げ技を使う事もあるが、いつも無我夢中でやっている。どんな風に相手を投げたのかなんて、覚えていた事がない。

 今も五人の襲撃者に対して、ただ腕を振り回すだけ。


 倒す事も倒される事もない不毛な争い。だが、そんな戦いも長くは続かなかった。

拘置所の職員が、病室へと殺到する。暴れるミドリ君だけでも対応しきれていなかった襲撃者たちは、作戦の失敗を悟る。


「くそっ! ちくしょぉおおっ!」


 絶叫にも似た捨てゼリフを吐いて、襲撃者たちは逃げ出した。病室の入り口を固める職員をなぎ倒し、そのまま敗走した。

 中央管理棟の医務部から、庁舎エントランスへ。内部から襲撃者が逃げ出すとは思っていなかったビルダーピンクの反応は遅れてしまった。そして手に持っていたライフルも、本来の彼女の戦い方を妨げた。

 意味も無くライフルを撃ち放つが、電磁波が命中したのかも分からない。そして命中していたとしても、彼らの所持している電子機器が壊れた程度で、彼らにダメージは無い。

 そのまま襲撃者たちは拘置所から飛び出していった。


「おいっ! なんだよ、今のヤツら!?」


 舌打ちしながら襲撃者を目で追っていたピンクは、背後からやって来たイエローの声に振り向く。


「アンタが逃がしたんじゃないの?」


「俺が? 俺は全部片付けたよ。じゃあ、東側から侵入してたヤツらか」


 イエローはまだ目に見えるところを敗走している襲撃者たちを目で追う。そして決断する。


「ちょっと追ってくる。アイツらも確保しといた方がいいだろ」


「はあ!? 待ってよ、アンタ任務分かってる? 逃げるヤツは放置していいの! ナナフシさえ守り切れれば私たちの勝ち!」


 イエローは激高して声を荒げる。


「そうじゃねえよ! アイツらを逃がせば、また襲撃に来る! ここで終わらせんだよ!」


 そしてイエローは駆けだした。人工筋肉の強化スーツをフル稼働させて、閃光のように襲撃者を追いかけた。


「ちょっ……、マジなの? あのバカ……」


 五人の襲撃者は拘置所の駐車場に駐められていた大型のSUVに乗り込んだ。逃走用の車両として、あらかじめ駐車させていた頑丈なオフロード車。

 アメリカの軍用車両から派生した車種であるその大型の車体が、辺りに低いエンジン音を響かせる。

 急発進したSUVは東京拘置所の敷地を飛び出して、そのまま北西へ。平和橋通りを走り去ろうとしていた。


「おい……、なんだよ、あれ……」


 SUVを運転する襲撃者が、バックミラーに映る黄色い閃光を見て戦慄した。焦りのまま、アクセルを踏み込む。路肩に乗り上げ、そのまま対向車線へと乗り入れる。

 クラクション、ブレーキ音、そして衝突音。逆走するSUVを避けた対向車が事故を起こす。

 ブレーキと共にハンドルを切り、四つのタイヤが激しく悲鳴を上げる。SUVは大きく旋回して、そのまま首都高速中央環状線へと進路を変えた。


「逃がさねえよ! お前らは、ここで潰す!」


 イエローが吠える。迷いの中で、彼は生き方を探していた。幼い頃からの親友。ビルダーレッドは、彼から去っていこうとしていた。

 彼は今でも親友だった。だが、イエローは分かっている。レッドは尊敬に値する、自分よりもずっと優れた人間だと。

 その彼が、実力に見合う地位に上り詰めようとしている。それを彼は心から祝福する気になれなかった。


 嫉妬と羨望、そして取り残されたという孤独感。


 その思いが更に自分を小さな男だと悟らせる。


 自分自身を突き動かすのはなにか。それはイエロー本人にも分からない。ただ駆ける、そうすれば迷いが晴れると確信している。

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