第七話 方向性の違い
今月の目標。ドクター・ディアマンテの捜索、そしてヨシダさんの作戦『シビルウォー・プラン』の実行。
しかし明確な目標を前に、一同はそれ以前の問題に直面していた。
「もう解散しかないっすかねえ……」
ハセガワが愚痴る。もちろん冗談半分ではあるが。
「いえ、ですから優先順位ってものがね……」
目の前の数多くの書類を並べたヨシダさんが真剣に訴える。
「まあ、分かるけど……。ほら、俺たち悪の秘密結社だよ? 『とりあえず法人化しましょう』って言われても……」
ようやく電気が使えるようになった拠点で三人が話し合う。きっかけは電力会社から帰ってきたヨシダさんの提案だった。
拠点であるゴリゴリカレーに電気を通す際、当然電力会社と契約を交わす必要があった。その契約はとりあえずヨシダさんの個人名義で行ってきたが、今後ガスや電話回線を整えたり、カレーショップを開店させるとすれば、また多くの契約を交わさないといけない。
「でも以前のゴリゴリ団ではどうしてたんすか?」
「ほんの半年前の事ですけど、あの当時は結構おおらかな時代だったんですよ。偽名とか盗電とかし放題でしたね。悪の秘密結社っていってもそれだけでいきなり襲撃されたりって事もそんなに多くはなかったですし」
「ああ、襲撃されたりってのはあったんすか……。結構物騒ですね」
「そんな多くなかったよな。年に一回程度だっけ?」
「破綻する以前は三年くらい襲撃がなかったんですよ。襲撃があればそのヒーローから金品を奪ったりってしてたんですけど」
「もしかして主な収入源ってそれっすか?」
「まあ、俺は悪い事嫌いだしな……」
「マジで解散しましょうか?」
以前のゴリゴリ団が活発に活動していたのは、結成からせいぜい五年程度。それ以降はローラさん自身が誘拐や破壊活動といった行為を嫌ったため、ほとんど活動していなかった。
それでも組織が存続できていたのは、勝手に襲撃してくるヒーローのお陰でもあった。
「ほら、アイツらって基本的に金持ってんだよ。普通に企業がスポンサーについてる事もあったし、あとはグッズな。結構キャラクターグッズとか売れてるヤツもいたよな」
「そんな人たちが襲ってきた時は大喜びで返り討ちにしてましたよね。そのあとは口止め料というか、まあ、ローラさんのお説教のあと、金品を少しね……」
「やられた事バラされたくなかったら金払えってな」
「酷えっすね。まず、悪の秘密結社としては消極的過ぎるし、あとその割にはヒーロー相手だと結構えげつないし」
ハセガワの指摘にローラさんは頭をかく。
「でもお前な。結構キツいぞ。俺らが誘拐とかするだろ? そんで身代金とか取るだろ? 子供も親も泣いてんだよ。なんかぶっ壊したりすんだろ? やっぱり被害者の気持ちになるとさ……」
「むしろ十五年間続けていられた事に驚きっす。でもこれからはそうもいかないっすよ。クジョウさんは『悪の秘密結社』を望んでますし。あの人の目的は知らないっすけど、一応あの人の企みに乗っかっておかないと拠点使えなくなるかも知れないっす」
彼らの問題は『方向性の違い』。基本的にローラさんは非道な行為を嫌う。むしろ悪の怪人にはまったく向いていないタイプ。ヨシダさんもそれに近い。ただし彼女の場合は『悪の秘密結社』に属している事を楽しんでいる。
その逆がクジョウ。目的こそ不明だが彼は『悪の秘密結社』を求めている。ローラさんがヒーローたちの『敵』になってくれる事を望んでいる。つまりローラさんの嫌う行為を求めている。
そしてハセガワはそんなローラさんに親近感を持ちつつも、拠点確保のためクジョウに従う事を提案している。
「一番良いのは『ヒーロー狩り』じゃないか? 一応悪役の仕事だし、金にもなるし」
「いえ、それじゃ盗賊みたいなものじゃないですか。一応悪の秘密結社ですし、もうちょっと格好いい悪事も考えないと。それと組織の目標も考えないと、『人類抹殺』とか『世界征服』とか」
「格好いい悪事ってなんすか? まあ、一応は同意しますけど。人類とか世界はともかく、とりあえず悪事を働くのが最優先です。拠点がバレないように、少し離れたトコでなんかやらかしましょうよ」
ローラさんの提案は、ヒーロー狩り。その辺のヒーローを片っ端からビンタして金品を強請るというもの。もちろん二人から反対を受けている。
ヨシダさんの提案は、組織の整備。隠れ蓑として適当な名前の会社を立ち上げて、合法的なビジネスを始める一方で、なんか陰謀を企てるというザックリした計画。最初の作戦は『シビルウォー・プラン』と言っているが、その内容もかなり大雑把にしか決まっていない。
「とにかく今は『表向きの体裁』を整えないと、活動がしづらいんです」
「まあ、なんとなく分かるっす」
「いや、でもビジネスってなあ……。なんかしっくりこないな。やっぱりカレー屋か? なんか調理師免許とか必要って言ってなかったっけ?」
「免許持ってる人から名前だけ借りるって手もあるっす。でもうちらに手を貸してくれる人を探すのって結構骨っすよ」
「別にカレー屋でなくてもいいんです。とにかく活動を継続していくためには、まず表向きの体裁をですね……」
「つまらん。なんかそれ、つまらん。悪の秘密結社らしくないよなあ」
「いや、悪の怪人らしくないローラさんが言っちゃダメっす」
「でも、お前な。俺が昔いた結社でそんな事やってるとこ、一つもなかったぞ。一番格好よかった組織はアレだな、人里離れた山奥でよ……」
「ローラさんが人里離れたら完全にゴリラじゃないっすか。猟友会が飛んでくるっすよ」
「お前ちょっと黙っとけよ!」
「人里離れなくてもゴリラですよ。飛んでくるのがヒーローってだけで」
「ヨシダさんもちょっと黙っといて! とにかくな、秘密結社なんてモンは大雑把でいいんだよ! それよりまずは存在感。なんか凄い、なんかゴツい。そう思わせたら勝ちなんだよ」
「頭ん中もゴリラっすね。あと勝ち負けの基準が分かんねっす」
そうは言っても、ハセガワの提案は『とにかく行動あるのみ』。大雑把という点では大差がない。いきなり街に出て人を襲えと提案した。
「別に通り魔やれとか言ってる訳じゃないっす。とにかく暴れとくんです。まあ、宣伝みたいなもんっすね。『ゴリラみたいな怪人が現れた』と世間に知らしめるっす」
「いや、いきなり街中で暴れ出したら頭おかしいとか思われないか?」
「問題はそこですか? と言うか、むしろ宣伝ってところが問題です。今は『ゴリゴリ団』の名前が有名になりすぎても面倒が多いんですよ。それに秘密結社って意味分かってますか? 秘密なんですよ、秘密。宣伝してどうするんですか」
ゴリゴリ団の方向性はいまだに定まらない。今後の計画もなければ、組織として決まった規範もない。とりわけ知名度に関してはヨシダさんとハセガワの意見は真っ向から対立していた。
「ゴリゴリ団の存在を世間に知らしめるっす。もちろん拠点とかバレたらヤバいっすけど。そのためにはとにかく暴れるしかないっす」
「うん、まあ、理解はできる。存在感だな、確かにそれは大事だな」
「いえ、秘密結社ですから、世間に対する知名度とか要りません。むしろ一般人からは知られていない組織である事こそ、『悪の秘密結社』らしい姿です」
「ああ、分かる。それも大事だな」
ヨシダさんとハセガワが二人揃ってローラさんを見つめる。どっちともとれない発言を繰り返した優柔不断なゴリラを軽く睨みつけるように。
「どっちがいいと思いますか? ローラさんはゴリゴリ団が有名になった方がいいと思いますか? それとも影でうごめく組織としてやっていきたいですか?」
どっちでもいい。ローラさんはそう思った。だが、それを口に出したら二人から怒られると思い、必死に話をそらす手段を考えた。
そんな時、救いの神が訪れた。カレーショップの入り口に人影。そしてガラス製のドアを叩くノックの音。
「すいません、電力会社の者ですけど。今、通電作業終わりましたんで確認の方お願いします」
「おっ、いいタイミング! ヨシダさん、ブレーカーあげて。ほら、あの配電盤のスイッチ。ハセガワ、冷蔵庫に飲み物入れとこ。いやあ、これでエアコンも使えるようになるし、拠点としては一歩前進だな」
ヨシダさんは拠点に電気が来た事を確認してから、表へ出て作業員に挨拶。ハセガワは昨日買ってきたスッカリぬるくなっていた飲み物を冷蔵庫にしまいに行った。
「じゃあ、これからこの建物の中、探検しよか。なあ、まだ電気がないから二階とか見に行ってないんだよ」
ローラさんは話をそらす事に成功した。この問題はまたすぐに話し合う事になるのだが。
カレーショップ『ゴリゴリカレー』の建物は鉄筋コンクリートの二階建て。ただし電気がついていなかった昨日の夜から、まだ一同は一階の店舗部分しか見ていない。
拠点で寝泊まりしていた二人も、店舗部分から動いていなかった。
「え!? 夜はともかく昼間はなにしてたんですか? 私が電力会社とか水道局に行ってる間……」
「寝てた」
「寝てたっす」
「夜はなにしてたんですか?」
「寝てた」
「寝てたっす」
実際にそうだった。昨日の夜、ローラさんとハセガワはこれからの事について話し合った。ドクター・ディアマンテの捜索について。
ローラさんはディアマンテを捕まえる事で、ハセガワを元に戻す事も可能になると考えた。それが無理だったとしても少なくとも、性転換からの衰弱については詳しく知る必要がある。それがこれから起こるのか、それともハセガワは完全に例外だったのか。
ハセガワも自分の身体に起きた事を知りたかった。そして戻れるのなら、戻りたいと願っていた。
その願いを第一に考えてくれたローラさんに感謝すらした。そのハセガワの感謝にローラさんも喜んだ。二人がお互いに認め合った瞬間、二人は軽く高揚した。そして慣れない酒を飲んだ。
結果、二人は倒れた。
そして今朝。ヨシダさんがやって来て、ディアマンテの捜索は即却下。なんの手がかりもない事から、捜索は後回しとなった。もちろん実際に捜索を始めたとしても、すぐに手詰まりになる事は二人にも分かっている。それでもアッサリと却下された事で、そのままふて寝。ヨシダさんが出かけている間、ずっとゴロゴロしていた。
「あのねーちゃん、ノリ悪いっすね……」
「根が真面目過ぎるんだよな……」
そんな事を愚痴りながら。
ヨシダさんはため息をつきながらそんな二人を眺めた。昼間っからゴロゴロしている悪の秘密結社の首領もどうかと思っているが、それ以上に二人の様子を微笑ましいとも思っていた。
元より今朝の時点でローラさんとハセガワの関係が微妙に変化している事は、ヨシダさんにも分かっていた。その事に少しばかりの寂しさも感じていた。
だが新たに再始動したゴリゴリ団の中で、ローラさんとヨシダさんは旧知の間柄。その二人に加わったハセガワは新参者でしかない。実際、ハセガワとの距離感がヨシダさんには上手く掴めていなかった。
しかし今はローラさんとハセガワの間に絆のようなものが芽生えている。それは喜ぶべき変化だった。
だからヨシダさんはそれ以上の小言をやめた。ため息をついた後、考えを改めた。
『まあ、なんとかなるかな……』
そしてゴリゴリ団で唯一の常識人が陥落した。これ以降、ゴリゴリ団の迷走を止められる者はいない。
「じゃあ、まずはお店の奥から見てみましょうか」
三人は意気揚々とお店の奥へ。そして一五分後、ガックリとうなだれて店舗部分に戻ってくる。
「なんにもねえな……」
「まあ、普通の店舗ですしね。隠し部屋とか期待してたんですけど……」
「一階はほとんど店舗っすね。奥は厨房と休憩室みたいになってましたけど。上は普通に2DKってトコっすね」
ごく普通のカレーショップ。そして二階部分はごく普通の住居。なんの面白みもない物件を見て回り、三人は軽くうなだれる。
「まあ、部屋が二つあるのはよかったっすよ。自分とローラさんで一部屋ずつ使えますし」
「俺は風呂と便所が別になってるところが気に入った」
なんとか良い所をあげようとする二人。実際にはこれだけの物件を自由に使える事だけでもありがたい事だったが、それでも正義のヒーローが拠点として使う予定の場所だっただけに、全員が妙な期待をしていた。
「あっ、そう言えばローラさん。冷蔵庫壊れてるっす。さっき飲み物しまいに行ったんすけどね。開かないんすよ、冷蔵庫の扉が」
「使ってないから硬くなってるとかじゃないの? ちょっと待って、俺が開けてみるから」
三人は再び厨房へ。率直に言って無駄に広い厨房だった。店舗スペースと同じくらいの妙に広い空間。
中央にはアルミ製のテーブル。片側の壁には家庭用とは大きさの違うコンロが並ぶ。そして反対側の壁には業務用の大型冷蔵庫が一台。
アルミ製のテーブルの上には、さっきローラさんがしまうように指示した飲み物が置かれている。
「ほら、開かないんすよ」
そう言いながら、ハセガワは冷蔵庫の扉についた取っ手を何度も引っ張っている。ガチャガチャと音が鳴るだけで扉は開かない。
「いや、その音って鍵とかかかってるんじゃないですか。なんか引っかかってるような音ですよね」
「じゃあ、無理に引っ張ったら壊れるか……。あれ? これなんか変じゃない? 普通、こんな置き方する?」
その業務用冷蔵庫は壁にピッタリと密着していた。普通、冷蔵庫の裏側は熱を持つ事もあってスペースを空ける事が普通だった。しかしこの冷蔵庫にはそれがない。
その冷蔵庫をローラさんが抱えようとしている。そして何度か冷蔵庫そのものを揺すってみる。
「あれ!? これ、ホントに変だよ。なんか動かん。もうちょい力入れてもいいけど、壊れたらマズいよな……」
そんな事を言っている内に、冷蔵庫から『ゴキンッ』となにかが砕ける音が響いた。顔を見合わせる三人。気まずい表情のローラさんと、驚いたまま硬直しているヨシダさんとハセガワ。
その三人の目の前で、業務用の冷蔵庫の扉が外れてしまった。慌てて扉を押さえるローラさん。そして二人にぶつけないように扉を脇にどける。
「ローラさん、これって……」
冷蔵庫の中を見て、三人は絶句した。それは冷蔵庫に偽装された隠し通路の入り口。冷蔵庫の中には短い通路があり、その奥には金属製の扉。
秘密結社の拠点に相応しい仕掛けを前に、三人は思わず笑みを浮かべていた。




