第六十八話 それぞれの一日
追悼集会前日、午前十時。
昨晩、遅くまで説教されていたローラさんはふてくされていた。その上、妙に鋭いローラさんは周囲の人間がなにかを隠している事にも気付いている。それが余計にゴリラを不機嫌にした。
「追悼集会ってなに? 俺も行かないといけないの?」
秋葉原で行われる追悼集会。ヨシダさんやビルダーファイブは、その追悼集会の裏でナナフシの口封じが画策されていると予想している。
だが、その件に関してはローラさんには一切話していない。今日は午後からハセガワの洋服を買いに行く事になっている。
「いや、当たり前っすよ。自分ばっか注目されてるっすけど、実際にはローラさんも大活躍だったじゃないっすか」
ハセガワの言葉に鼻を膨らませて喜ぶゴリラ。ちょっとだけ機嫌がよくなったが、それでも追悼集会には興味が無い様子だった。
「あれ、ヨシダさん。やっぱりスーツとか着ないとダメかな……。でも俺のスーツってどこやったけ? でも、アレ着るの嫌いなんだよな……」
「スーツってもしかして背広の事っすか? むしろそんなモン持ってる事に驚きっす。どんな時に着るんすか?」
「最後に着たのは、あの時ですね……。ゴリゴリ団が破綻した時に裁判所行くために……」
「それ、大変だったとは思うんすけど、スゲえ笑える絵面っすね」
裁判所まで行って破綻の手続きをするスーツ姿のゴリラ、それを想像して半笑いになっているハセガワ。
ゴリゴリカレーでは明日の追悼集会について話し合っている。さも全員が出席するつもりでいるように。だが実際には盗聴しているクジョウに向けてのお芝居でしかない。
自分の知らないところでなにかが進行している。ローラさんもそのくらいは気付いている。ヨシダさんを信頼しているが、それでも置いてけぼりの状況にやっぱり不機嫌なローラさんだった。
「やっぱり人前に出る以上、ハセガワ君にも新しいお洋服くらい買ってあげないと」
そう言ってヨシダさんは出かける準備を始めている。ハセガワも人と会う約束があったので、そのついでにヨシダさんの買い物に付き合う事にした。
「でも、自分はドンキーとかで買った服で十分なんすけどね……。やっぱ可愛い服とか、イマイチ良さが分かんねえっす。中身のオッサン成分は簡単に抜けねえっすよ」
「そういう訳にもいきませんよ。だって追悼集会にはマスコミとかもたくさん来るんですよ。やっぱり可愛い服を着ないと」
「いや、マジで面倒くせえっす……」
ローラさんはヨシダさんとハセガワの普段通りのやりとりをボンヤリと眺めていた。ローラさんにはちょっと退屈に感じる平穏な日常だった。
***
同日、正午。
渋谷区『東ヒー』本部。本部の混乱は一応沈静化していた。初代による突然の本部閉鎖から、身内の裏切り発覚。それは『東ヒー』本部に混乱を巻き起こしていた。
だが、初代は一睡もせず本部に留まり、そしてクジョウと内通していたエンジニアから事情を聞いた。
念のため、他の職員も本部に留まってもらっていたが、その事に不満を漏らす者はいなかった。なにより『東ヒー』の内部から内通者が出た事を恥じているようだった。
一夜明け、朝を迎えても職員は帰宅しなかった。誰ともなしに言い出していた。
「他の内通者がいないとも限りません。せめて追悼集会が終わるまではお互いに見張っていた方が……」
初代はそのお互いを監視するような行為に少しばかり心が痛んでいた。だが、その一方でこれ以上の過ちを見過ごさないという職員たちの姿勢に頼もしさも感じていた。
「今までは私も外ばかり見ていて、組織を見ようとはしなかった。それが腐敗を生んでいたんだろうな。だが、見てみろ、レッド君。これからの『東ヒー』は、きっと正義を守るヒーローを支えるに相応しい組織になっていくだろうな」
「そうですね。以前の『東ヒー』とは違います。こうやって支えてくれる人たちが一丸になってくれるのなら、俺たちも心置きなく戦えます」
「……その事なんだが、レッド君。正式に幹部になるつもりはないか? 戦う者ではなく、支える者になって欲しい。もちろんこの戦いが終わってからの話だが」
その言葉を予想していなかった訳ではない。そしてレッドはそれまで何度も迷っていた。一度は使い慣れた武器であるダンベルすら、イエローに託した。だが、それでもヒーローを辞める決意は揺らいでいた。
事実、昨日は高ぶるままにそのダンベルを取り戻そうとすらしてしまった。
初代はレッドの肩に手を置いて、そしていつものほがらかな笑顔を浮かべた。
「分かるよ。私も同じだ。戦い続ける事を心では望んでいる。だが、それだけではダメなんだ。戦いに赴く者には、戦いを知る者の支えがいる。彼らは熱心にやってくれているよ、それは私にも分かる。だが、それでもヒーローには、ヒーローの苦悩を理解する者が必要なんだ」
ほがらかな笑顔は崩れていき、少しだけ苦悩する男の本音が見えていた。
「私もそうなんだ。いまだに苦悩する。そして間違いも犯す。だからこそ理解してやれる、これからのヒーローを。そして支えてやれる。
完全無欠のヒーローでいられれば、それは格好いいだろうな。だが、そんなヒーローを私は知らない。それにそんなヒーローはきっと弱い者や若いヒーローを理解できない」
そしてまた笑顔が戻る。レッドを励ますように、そして自分を鼓舞するように。
「やってくれるな、レッド君」
レッドは初代の目を見て、迷いを捨ててハッキリと答えた。
「俺に務まるか分かりませんが、精一杯やらせてもらいます」
ビルダーレッドは決意した。グノーシスとの戦いが終わった時、彼はヒーローを引退する。そして支える者として悪と戦っていく事になる。
***
同日、午後二時。
大田区蒲田。ゴトウダの工房では、毎日ゴトウダが武器の制作に励んでいる。だが今日は珍しい客が二人。ビルダーイエローとピンクが訪れていた。
「へえ。凄いですね、ゴトウダさんの家。うわっ! この武器見た事ある、メチャクチャヤバいヤツじゃないですか!?」
「ああ、大丈夫よ。もう壊れちゃってるから。それは部品取り用なの」
ピンクはゴトウダの工房の並べられている武器を眺めて感嘆の声を上げている。ゴトウダに断ってから武器を手に取るピンク。
高性能な武器や珍しいアイテムを手にしてテンションが上がっているピンク。それに対して身体中からどんよりとした雰囲気を発散しているイエロー。
「まだ落ち込んでるの? いい加減シャキッとしなさいよ。そんな事じゃレッドちゃんにも笑われるわよ」
一時間前、イエローの元にレッドから連絡が入った。内容は翌日に控えた追悼集会の備えについて。
イエローはレッドと共に戦う事を期待していた。だが、レッドから告げられた計画はイエローの期待を裏切るものだった。
「いや、分かってるよ。ただなんて言うかさ、やっぱりビルダーファイブは終わったんだなって思っちゃってさ」
ピンクが呆れながらイエローをとがめる。
「だから何度も言ったけど、しょうがないでしょ! むしろレッドさんはアンタを信頼してるから大事な役目を任せるんだよ! ほら、しっかりしてよ!」
二人は明日の準備のため、ゴトウダの工房に来ていた。ゴトウダが考案した怪人対策の武器を受け取るために。
武器を受け取り、その使用方法の説明を聞いている時もイエローは完全にふてくされていた。
「アンタね。ちゃんと説明聞かないで本番でトチったらただじゃおかないからね!」
ピンクがイエローに向かって凄んで見せる。だが、イエローは動じない。普段ならピンクが怒ればあっさりとひくイエローだったが、今日の落ち込みようはこれまでにないレベルの面倒くささだった。
「お願いだから、真面目にやってよ…………」
「わかってるよ。みっともないとこは見せられないしな。でもよ、やっぱり最後は全員で戦いたかったよな……」
「まあ、それは分かるけどさ」
本音ではビルダーファイブの最後の戦いを華々しく決めたいと思っていたピンクも、イエローの思いを理解している。
一時間前の連絡で、レッドはイエローに引退の決意を告げた。初代との話し合いの結果、この戦いを最後にヒーローを辞めると。
そしてこの戦いでも、レッドは後方支援に徹するつもりだと。
『信頼してるから、この役目をお前に任せるんだ』
レッドから告げられた言葉に複雑な感情が巻き起こる。レッドからの信頼は嬉しかった、だが同時に、もう共に戦う事はない。それも確かな事だった。
その話を聞いたゴトウダのも少しばかり落ち込んでいる。ゴトウダがレッドに渡した武器は、結局使われる事がないまま終わりそうだったから。
「仕方がないわよ。貴方たちにできる事は一つだけ。この戦いに勝利して、レッドちゃんを気持ちよく次のステージに送り出してあげる事よ」
「そうだな……。うん、俺にできるのはそれくらいだな……」
イエローが運転してきたワンボックスカーに、ゴトウダの武器を積み込む二人。ペール缶と呼ばれる直径三〇センチ、高さ四〇センチほどの金属でできた円筒が五つ。そして大型のライフルに似た武器が一つ。
「正直なところ、実戦では一度も使ってないの。だから、効果があるか分からないわ」
「大丈夫です、いざとなったらゴリラどもがなんとかするでしょうし」
ピンクの軽口にゴトウダも笑う。
「そうね、なんだかんだでゴリラ二人は役に立つものね」
ピンクとゴトウダの会話もどこか覇気が無い。レッドの引退は、彼らの士気に少しだけ影を落としていた。
***
同日、午後四時。
メジャーレッドは恐怖に震えていた。自分の力が少しずつ剥ぎ取られていく恐怖。彼の力とは、人気と知名度。それが彼の力であり、彼が持つ権力の源泉。
それが奪われていく。いきなり現れた幼女とその仲間に、なにもかも奪われていく。
秋葉原テロで、警官隊は全滅するはずだった。それが市民に絶望を与えるはずだった。絶望の中に、颯爽と現れるメジャーレッド。万雷の拍手を持って迎えられる真のヒーロー。そうなるはずだった。
だが、現実は違った。幼女一人とゴリラが二人。それにデカいオッサン。たった四人がすべてぶち壊した。
ゴリラは『ホワイト』の怪人をことごとく倒してのけた。幼女は市民を救った。一応、デカいオッサンも手伝った。
終わってみれば、幼女がスターになっていた。自分が本来収まるはずだった地位に、当たり前のように割って入った。
人気があれば、誰もがすり寄ってくる。その多くを彼は利用した。政治家も資産家もタレントも、彼はすり寄ってくる者の中で利用価値がある者を徹底的に利用した。
政治家をたきつけて政府主導の怪人対策を進めさせた。その政治家も今は失脚寸前だった。資産家はメジャーレッドとの関わりにメリットを見いださなくなった。タレントは手のひらを返して幼女をもてはやした。
力が失われていく。失われていく力で足掻く。最後の抵抗を試みる。
ナナフシの生存は、彼にリスクしかもたらさない。ナナフシの持つ情報は、彼のすべてを破壊しかねない。
ナナフシは、メジャーレッドが犯罪組織のトップである事を知る数少ない側近だった。彼が堕ちたヒーローを利用する時は、必ずナナフシに自分の代理を務めさせた。
そのナナフシが倒された。そして身柄を拘束されてしまった。いっそ死んでくれればよかった。それなら彼の地位が脅かされる事もなかった。
今、メジャーレッドは新たなリスクを背負う羽目になった。これまでナナフシを通して利用してきたヒーローたちを、今度は自分が直接操らなければいけなくなった。
それはメジャーレッドの裏の顔を知る者を増やしてしまう事につながる。恐らく拘置所の襲撃を任せた連中の中には、不用意に情報を漏らしてしまう者も出るだろう。得意げに、彼の秘密を打ち明けたがる者もいるだろう。
すべて暴かれていく。暴かれていく過程で狂乱におちいる。自分の最後が眼前に迫る。
メジャーレッドは追い詰められている。彼の狂乱におちいった脳裏には、解決策とはほど遠いプランしか残っていない。
『すべて消してしまえばいい』
ナナフシを殺す。幼女を殺す。邪魔をするなら誰でも殺す。それだけが自分を救う。
わずかに残る自分の力を行使する。それまですり寄ってきた者たちに頭も下げた。残った力で、人を操った。
ナナフシを始末するために、拘置所の警備を甘くした。その過程で、彼から離れていく者は更に増えた。それでも目的は達成した。明日、ナナフシを守る者はいない。
『僕はまだ主役を降りた訳じゃない』
ナナフシの次はゴリターコイズブルー。一人ずつ始末する。どんな手を使っても。




