第六十七話 大賢者ローラさん
『凄いっすね。魔法使い通り越して、大賢者のレベルっすよ、大賢者』
『いやー、さすがにないわ-。兄弟、ホントにそれは酷い』
『いや、お前は人ごとじゃねえぞ! お前、産まれた時から見た目ゴリラじゃねえか!』
延々と続く雑談。しばらくしてからようやくレッドが切り出した。
「……もう止めようか。とりあえず盗聴されているのが事実だという確認はできた……」
「……そうですね。あんまりくだらない話してるから、一瞬なにやってんのか分からなくなりましたよ」
ピンクの呆れたようなコメントに申し訳なさそうに無言で頭を下げるヨシダさん。
渋谷区の『東ヒー』本部。井の頭通りに面した商業施設の地下。現在は唯一の出入り口が防火シャッターによって封鎖されている。封鎖を解除するには、手動でハンドルを回してシャッターを開けるしかない。そのシャッター脇にあるハンドルも、今は取り外されビルダーイエローが握りしめている。
本部へと戻ってきた初代によって突然封鎖された『東ヒー』。十五人ほどの職員の大部分は混乱の中にいた。
だが、その中にたった一人だけ事態を把握している人間がいた。『東ヒー』のエンジニアの一人。わずか六人しかいない技術開発部の中で、もっとも若い青年は膝から崩れ落ちそうな恐怖の中で震えていた。
かつて同僚だったクジョウに脅されて、『東ヒー』の内部情報を流していた男。東京拘置所のテロ以降、何度もクジョウとの関係を絶とうとした。だが、いまだにクジョウのいいなりになっている。
脅されている理由はなんでもない小さな犯罪行為。クジョウによって掴まれてしまった組織内での横領。
その小さな犯罪行為の隠蔽のために、今は多数の死傷者を出したテロに関与してしまっている。
足は震え、歯は噛み合わずガチガチと音を鳴らす。誰が見ても恐怖におののいていた。
ゆっくりと怯えたエンジニアに近付く初代。ほぼ全員が困惑する中で、一人だけ恐怖に震える者を見抜けない初代ではなかった。
ゆっくりと手を伸ばし、そして優しく肩に手を置く。真摯な目をエンジニアに向けて、初代は言った。
「すべて話してくれるな」
諭すように、それでいて有無を言わせない口調に、エンジニアは震えながらも小さくうなずいた。
***
結果としてクジョウの居場所は判明しなかった。エンジニアがやっていた事は、サーバーへのアクセス権をクジョウに与え続けていた事と、盗聴された音声データの存在を黙認していただけ。その音声データの内容すら知らなかった。
「ああ、ログが見つかりましたよ。ただやっぱりバカじゃないですね。データにアクセスする時は、きっちり串刺してますよ」
ピンクのぼやきを聞いたレッドがわずかに眉をひそめる。
「分かる言葉で言ってくれるか。俺はそっち方面は少し……」
「要するに現時点では、クジョウの居場所を特定できないって事です」
ゴリゴリカレーで盗聴された音声データは、階段下の隠し部屋の中継器からネットを通じて『東ヒー』本部へと送られている。
そのデータは本部サーバー内に記録され、クジョウと思われる何者かは定期的にそこにアクセスしていた。
「結構頻繁にアクセスしてますね。場合によっては一日中。だけど接続する度に、接続元を偽装してるんですよ。ログだけ見れば、世界中からアクセスしてる事になってます」
イエローは素朴な疑問を口にした。
「逆探知とかできねーの?」
「できると思う。ただ時間がかかるし、そこまで正確な場所までは特定できないと思う。こればっかりはどうしようもないから。まず盗聴データにアクセスしたヤツに片っ端からスパイウェアをぶっ込んで……」
初代はレッドに向き合って、ほがらかな笑顔で言った。
「もう少し辛抱が必要なようだな。クジョウの居場所が判明するまで、まだ耐えるしかない」
レッドの肩に手を置いて、そして笑顔のまま力強く言葉を続ける。肩に置いた手に力がこもる。その指先がレッドの肩に食い込むほど。
「だが、クジョウの居場所が判明したら、その時は全力で叩き潰す。いいな、レッド君」
力強い初代の言葉と指先。その内側から力としてあふれ出てしまう正義感を一身に受けて、レッドも高ぶっていた。
そんなレッドと初代のやりとりを見つめ、思わず顔がほころびるイエロー。
『あんま喜んじゃいけねえよな。でもよ、やっぱ、お前は必要だよ』
「でも耐えるって言っても、そのクジョウってヤツはコッチの都合に合わせて大人しくしててくれますかね?」
ピンクの言葉に初代が応える。
「まあ、大人しくはしていないだろうな。とりあえず警戒が必要なのは、明後日の追悼集会だな……」
「明後日? 明後日になにがあるんですか?」
「今日の朝、ハセガワさんには伝えたんだが、明後日の午後に秋葉原でテロ犠牲者の追悼集会が開かれるんだ。まだ聞いてなかったのか」
現在、ハセガワは大田区の警察署で取調中。涙ながらにローラさんとゴトウダを逮捕しろと訴えていた。
「ローラさんとハセガワさんには、追悼集会への出席も頼んであるはずなんだが……」
ハセガワからなにも聞いていないヨシダさんはわずかに顔をしかめる。
「どんな事をするんですか? いえ、なんというか……、ローラさんたちを表舞台に出すのは危険と言うか……」
大賢者ローラさんは今日も公園の爆発騒動で警察に連行されている。現時点でそれを知っているのはヨシダさんだけだったが。
それでも初代以外の全員はなんとなく理解していた。あのゴリラは危険すぎると。そんな思いも知らずに初代がほがらかな笑顔をそのままに告げる。
「まあ、秋葉原のテロを防ぐ事こそできなかったが、それでも被害を最小限に抑えた立役者とも言える。追悼集会に呼ばれるのも当たり前だとは思うな……。まあ、なにより上が強硬に出席を要請しているからな……」
「レッドさん、上ってなんの話ですか?」
レッドの説明は少しばかり苛立ち混じりのものだった。
「まあ、政府関係者ってヤツだよ。俺たちは原則として独立した組織だが、やはりヒーローの活動を完全に治外法権にできる訳じゃない。多少の違法行為を見逃してもらったりな、少しばかり面倒なやりとりをしないといけない事もあるんだ」
「その上の人たちがローラさんの出席を要請……」
ヨシダさんは眉をひそめる。確かにローラさんは秋葉原テロの現場で何人もの怪人を葬った。だが、その事はあまり話題になっていない。むしろ世間の注目はテロ自体とハセガワに集中している。
「あっ、姐さん。俺も一応呼ばれてるよ。て言うか、都内のヒーローはほとんど呼ばれてるみたい」
「ああ、そう言えば私も呼ばれてます。まあ、私は大学の近くだからふらっと行ってさっさと帰るつもりでしたけど。ただヒーローのほとんどが来るんですか? ヒーローが一カ所に集まるなんて、滅多にないですよね」
初代は自信に満ちたほがらかな笑顔を一転して真剣な表情に変えた。普段からほがらかな笑みを浮かべる初代だったが、心から笑う事はあまりない。
彼はただ周囲の空気を明るくするために笑っている。自信に満ちた自分を見せる事で、周囲を安心させようとしている。
だが、今はその笑顔も時折曇っている。無理に笑うようにしているが、それでも苦悩を隠せない。重々しい口調で自分の持つ懸念を口にする。
「なぜ一カ所にヒーローを集めるのか、そしてその指示が誰から出ているのか。それが分からない。ある者はどこかの官僚だと答え、ある者は政治家の誰々だと答える。
正直、なにか嫌な予感がするよ。政界にコネを持つ誰かが、巧妙に事を動かそうとしているような気がする」
ヒーローを一カ所に集める目的はなにか。レッドと初代はその疑問に対して、脳筋としか言えない予想をしている。
「俺たちを一カ所に集めて、そのまま潰す。そんな計画なんじゃないかと思うんだ」
「ああ、その線はありそうだな。じゃあ、秋葉原でいきなり最終決戦か?」
イエローが同意するように話に加わってきたが、それを聞いたヨシダさんは脳筋三人組の予想を否定する。
「それはちょっと考えづらいですね。ヒーローが一堂に会したら、それはもう軍隊並の戦力ですよ。それを真っ向から潰すような事ができるなら、最初から盗聴なんて小細工を使ったりはしません」
「なるほど。じゃあ、ヒーローを一カ所に集める目的はなんだと思う? 私たちが一カ所に集まるなんてそうそう無い。ヒーローを一網打尽にするような好機をみすみす見逃す悪人がいるかな?」
初代の言葉にヨシダさんは少し笑ってしまう。
「バッタさんは相手が必ず真っ向から来ると思ってませんか? むしろ逆だと思います。一カ所にヒーローを集める事で、他に隙を作らせるつもりじゃないかと」
面と向かってバッタ呼ばわりされた初代は、軽くうろたえる。だが、すぐに気を取り直して彼女の言葉に耳を傾ける。
「たとえばヒーローを集めて爆弾で殺そうとしたとします。多分、ほとんどのヒーローは死にますけど、全滅とはいきませんね。むしろローラさんみたいに厄介な人ほど生き残ります。
他の手段でも同様です。最近のヒーローの強化スーツは、化学兵器なんかにも短時間なら対応できますから。一カ所に集めてからヒーローを壊滅させる事はちょっと難しいです」
ピンクもヨシダさんの予想に同意する。
「私もそう思いますね。敵の視点で考えれば、レッドさんや初代さんがいるって言うのは、結構脅威ですよ。そこにわざわざ仕掛けようなんてバカは、そういないと思います」
敵の視点という言葉に、初代はわずかな時間考え込んでいた。そしてヨシダさんに向き直り、もう一度彼女の予想を尋ねた。
「お嬢さん。敵の視点というなら、君たちは以前悪の秘密結社だったね。もしも君たちだったらどうする? 私たちを一カ所に集めて、どんな策を弄する? たとえばの話だよ、あまり深くは考えないで欲しいが……」
初代の言葉の途中だが、ヨシダさんは食い気味で答えた。
「別の場所でテロりますね。絶対邪魔が入らないって分かってますから」
「…………なるほど。確かにそれは言えてるかもな。実際、秋葉原テロもゴリラ男やイエロー君がいなければ、もっと悲惨な事になっていただろうな。だが、どこを狙う?」
その言葉にヨシダさんは考え込んでしまう。ヨシダさんもグノーシスの次の動きには見当がついている。だが、それが明後日なのかまでは分からない。
「もう一度言うが……。あまり深くは考えないで欲しい。あくまで予想でいいんだ」
初代の言葉にヨシダさんは小さくうなずく。そして、あくまで予想だと前置きした上で、彼女は自分の考えを告げた。
「ナナフシの口封じに動くと思います。彼の意識が戻る前に、東京拘置所に襲撃をかけるんじゃないかって思ってます」
全員が押し黙る。ナナフシは今も意識不明の重体だが、それでも彼はグノーシスに関する情報を持っているはず。恐らくはグノーシスの全貌すら知っている。
もちろんその事はレッドや初代も承知していたが、意識が戻らない事には話が進展しない。そう思っていた。
「また拘置所か……。アイツらも好きだね、あの場所。だったらとっ捕まえて一生出られなくしてやろうか。なあ、レッド」
イエローが指の関節を鳴らす。どうして今それをやるのかは分からない。ただ熱意だけは伝わってくる。
だがレッドはイエローには目もくれず、書類の束を取り出してなにかを確認している。そして苦々しい表情を浮かべ、吐き捨てるように言った。
「ああ、なるほど。狙いはそこか……。これを見てくれ、これは東京拘置所の警備に関する連絡事項の書類だ。明後日の追悼集会の日、拘置所に警備として派遣しているヒーローたちにも集会への出席が命じられてる。命令だよ、命令。拘置所の警備はするなと」
秋葉原テロで半壊状態だった対怪人の特殊部隊も、既に人員の補充を済ませて再編成されていた。その特殊部隊も現在は東京拘置所の警備に参加している。
その特殊部隊すら、追悼集会の警備に人員を割くように命じられていた。
「資料を見た限りでは、追悼集会の当日は拘置所の警備が平時の状態に戻るな。とてもじゃないがテロの実行犯を勾留している状態とは思えない」
初代は深刻な表情を消して、そしてまた自信に満ちたほがらかな笑みを浮かべる。まるで若いヒーローたちを鼓舞するように。
「では、迎撃の準備をしようか」
レッドは拳を握る。そしてかつてはその拳に収まっていたダンベルを思い出す。そしてダンベルの件を切り出そうとした時、本部の電話が鳴り響いた。
職員が対応したが、間もなく対処に困った職員はレッドに助けを求める。
「……あの、大田区の警察署からなんですが……。ゴリラ男の身元引受人になれと連絡が……」
事情を聞き、その顔に青筋を立てるレッド。この状況でもふざけているゴリラに本気で腹を立てていた。
本部に来る前に警察に連行されているローラさんを見ていたヨシダさんは、本気で怒っているレッドを見て、なにも知らないフリをしてやり過ごした。
「なにをやってんだ、あのゴリラ……」
その後、レッドは大田区の警察署に出向き、そして大賢者ローラさんをガチで説教した。




