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ローラさんは今日もゴリラです  作者: 吠神やじり
第十章 怪人のいない世界
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第六十四話 悪夢の決めゼリフ事件

 渋谷区『東ヒー』本部。時刻は午前七時。ビルダーレッドは目の周りを軽く揉みほぐしながら深く息を吐く。

 秋葉原テロから四日。ビルダーレッドはテロ以来ずっと本部に泊まり込みだった。自宅のある中野はそれほど遠い訳ではない。だが、今は帰宅する時間すら惜しかった。


 メジャーレッドとクジョウが手を組んでいる。それは間違いない。わざわざメジャーレッドのテレビ出演の際に、ボディーガードかなにかのように背後に控えていたのはビルダーレッドすら目にしている。

 クジョウは現時点で『ホワイト』のトップに立ったと見なされている。そして東京拘置所と秋葉原で自爆した怪人は『ホワイト』の所属。


『状況証拠か……。確かに物的証拠なんてものはどこにもない。噂と憶測、メジャーレッドとクジョウのつながりにしても、ハッキリした事はなにも分からない』


 以前、ビルダーレッドが破壊してしまったテレビは、既に片付けられている。誰かが私物を持ってきたらしく、中古のテレビが代わりに置かれていた。

 そのテレビをつけて、ニュースを確認する。さすがにテロから四日となれば、朝のニュースでもあまり取り上げられていない。

 テレビ画面の隅に表示された時刻に目を向ける。


『七時か……。少し早いかな……。いや、彼らもヒーローだ。早朝からトレーニングくらいしていても不思議じゃないな』


 勝手な思い込みで美化されている誰かさんは、現在爆睡中。だが、もちろんビルダーレッドはそれを知らない。

 電話に手を伸ばし、そして電話をかける。秋葉原テロの実行犯を撃破した、あの幼女に。


『…………………………?』


 呼び出し音が延々と続く。そして誰も出ない。もう一度、ビルダーレッドは時計を確認する。午前七時。彼の基準では、既に活動を開始する時刻だった。

 何度か受話器を見つめる。もちろんそんな事をしてもなんの意味もない。何度目かの呼び出し音の途中で、ようやく相手は電話に出た。


『……ふぁあい? もひもひぃ……』


 受話器から聞こえてくるのは、ハセガワの声。だが、言っている内容はほぼ寝言と大差がない。


「ああ、ハセガワさん。悪いな、朝早くに。俺だ。ビルダー……」


『今、何時だと思ってんすか……』


「いや、七時だが……」


『朝の七時っすよ!? 地球上の人口の十三割は寝てる時間っすよ』


 寝ぼけたままデタラメな主張をするハセガワ。どこまで本気かビルダーレッドにも見当がつかない。


「じゅうさん!? ま、まあ、悪いが少し話があってな。ローラさんは起きてるか?」


『寝てるっす。まだ七時っす』


「悪いが『もう』七時だ。人の生活習慣に文句を言うつもりはないが、もう少し規則正しい生活を……」


『規則正しいっすよ。毎日十時まで寝てるっすから』


「なるほど……」


 幼女に速攻で論破されるビルダーレッド。とは言え、ハセガワもそこまで気ままな人間ではない。少しばかりの無駄話で時間を潰しながら、彼女は少しずつ目を覚ましていた。

 ビルダーレッドの持つ受話器から、ハセガワの声に混じって雑音が聞こえる。冷蔵庫を開ける音、なにかを取りだした音、そしてコップに液体を注ぐ音。

 なにかを一息に飲み干した後、ハセガワはようやく覚醒したようだった。


『ぷはっ! ああ、なんか落ち着いたっす。で、こんな朝からなんの用っすか?』


「ああ、実は秋葉原の追悼集会についてな。正確な日時が決まったから、報告をと思ってな」


 秋葉原のテロから四日。既にテロ現場には献花台が置かれ、簡単な追悼式のようなものは行われていた。

 だが現場の復旧を最優先にするため、パフォーマンスとも受け取られかねない大規模な式典は自粛していた。


「明後日だ。まあ、テロからちょうど一週間という事もあってな、そのタイミングで少し派手な式典を行う事になった」


『ずいぶん早いっすね。一週間じゃ節目ってほどの期間でもないっすよ』


「…………ああ、俺もそう思う。だが、上の方で話を進めている連中がいるようでな」


『きな臭いっすね。自分、そういうの苦手なんすよ』


 ビルダーレッドは苦笑いを浮かべながら、短く一言で応える。


「俺もだよ」


 そして二人はお互いの近況と、この数日間で得た情報のやりとりをした。

 秋葉原テロの現場には、ほとんど証拠と呼べる物は残されていなかった。残っていたのは怪人の破片だけ。それだけではなにも分からない。

 この数日、ローラさんとハセガワは拠点に留まっていたが、ナナフシやドクターの仲間からの報復はなかった。

 ローラさんはその辺を警戒していたようだったが、現時点でグノーシスに関わる人間が拠点に近付く事はなかった。


「表向きはまったく動きがないな……。面倒だよ、こうやって裏で動き回られるのが一番気に入らない」


 ビルダーレッドは、声に嫌悪感が出ないように苦心した。彼も気が付いてはいる。裏で動き回っているのは、なにも敵だけではないと言う事を。

 ローラさんとハセガワは、ドクターの拠点で起きた事を正確には話していない。少なくともビルダーレッドはその事に気付いている。

 だが、あえて触れない。彼らの方から話してくれる事を期待して。


『そう言えば、アイツらはどうなったんすか? なんか情報は持ってなかったんすか?』


 ハセガワは言っているのは、ドクターの指示でゴリゴリカレーにやって来た襲撃者たちの事だった。

 ローラさんによって半殺しにされた襲撃者たちは、ゴリゴリカレーに放置されていた。ドクターの拠点から帰った後もゴリゴリカレーの店舗スペースで虫の息だったので、ビルダーレッドに電話して『東ヒー』に引き取らせた経緯があった。


「アイツらは下っ端だったよ。犯罪組織のボスの名前も知らない。ナナフシとつながりがある以上、簡単には釈放されないはずだが大した情報は持っていないようだな」


 ナナフシの部下らしき襲撃者は、必死にナナフシとの関係を否認していた。もっとも、テロの実行犯と言われるナナフシと関係があると分かれば、彼らも重犯罪者として極刑は免れないかも知れない。必死にしらを切るのも当然だった。


「ところで話は変わるんだが……」


 ビルダーレッドは『東ヒー』の幹部候補としてゴリレンジャーに依頼をした。


「地域は好きに決めてもらって構わない。できれば目立つ格好でパトロールをして欲しい。治安維持と言うよりも、まあ、宣伝みたいなもんだな」


『レッドさん、確か『東ヒー』は静観するはずじゃ……』


 ビルダーレッドは少しだけ口角を上げて微笑みを作る。もちろん電話ではそれも伝わらないが。


「俺も少しばかり動いてみようと思ってな」


 ビルダーレッドは裏工作を好むタイプの人間ではない。彼がやっているのは、むしろ正攻法の戦い。

 現在の『東ヒー』で権力を握り、そして彼が信じる正義のために組織の変革をうながす。そのために彼は動き出していた。

 その一環として、彼は協力的なヒーローに対して『街を守る』という意志を示して欲しいと頼んで回っていた。


『悪い人っすね。初代さんは静観しろって言ってんのに』


「俺はあの人を尊敬しているよ。だからと言って、自分の意志まで曲げて忠誠を誓おうとは思っちゃいない。俺は『ヒーローは動くべき』だと思ってる。この事件の黒幕に、戦う意思がある事を見せつけたくってな」


『オッケーっす。その依頼、確かに受けたっす』


     ***


 その日の午後。ローラさんは結構不機嫌だった。


「いや、お前さ。別にいいんだよ。だけど、俺に相談しろよ」


 ローラさんは本当に不機嫌だった。ハセガワが無断で『東ヒー』の依頼を受けた事が気に入らないらしい。


「なんでそんなに怒ってんすか? 別にパトロールくらいいいじゃないっすか」


「いや、俺が言ってるのは、そういう事じゃなくてな。なんて言うか序列ってのかな……。ほら、俺が一応リーダーなんだよ、本当は。だけどさ、まあヨシダさんの言う事を聞くのは構わない。うん。だけど、その上お前まで好き勝手始めちゃったらさ、俺の立場が無いじゃん。俺、ゴリレンジャーの三番目なの? レッドなのに?」


 不機嫌かと思ったら、今度はへこみ始めた。面倒くさそうにハセガワが慰める。


「あー、あー、すいませんっす。今度から気をつけるから機嫌直せっす。あれっすよ、ローラさんがリーダーっす。レッドっすからね。ヨシダさんには頭が上がらないし、人気じゃ自分に勝てないっすけど一応リーダーっすからね」


「もういいや。俺、今日は家で寝てるよ」


「ほら、パトロールっす。このまま帰ったらヨシダさんにも怒られるっすよ」


 ローラさんはすっかりふてくされている。それをなだめるハセガワ。そしてそれを見守る二人。ミドリ君とゴトウダ。

 四人がいるのはゴリゴリカレーから歩いて五分の公園。一応はパトロールという名目だが、面倒くさがっているローラさんは公園から動こうとしない。

 そんなローラさんにゴトウダがプレゼントを用意していた。


「そう言えばローラさん。アレ、用意してあるわよ。せっかくだからこの公園で試してみる?」


「……ん? アレってなに? ……アレ……、ああ! アレか! マジか!? よし、ちょっとやってみようぜ」


 突然元気になったローラさん。それを見てハセガワとミドリ君が顔をしかめる。


「なんすか? またくだらない事、考えてんすか?」


 ミドリ君がボソボソと口を開く。


「ああ……、嫌だな……。ローラさんがテンション高い時って、ろくな事しないし……」


「自分も同感っす。珍しく意見があったっすね……」


「おい、お前ら! ここにちょっと並べ! なっ、一列に並ぶんだよ」


 いきなりハイテンションになったローラさんがハセガワとミドリ君を手招きする。そのローラさんの後ろでは、ゴトウダがどこから取りだしたのか、三つの黒い箱を持っていた。

 それぞれの箱の大きさは、サッカーボール一つ分程度。黒い箱には、それぞれ赤、青、緑のテープが貼られている。


「なんか聞きたくねえっすけど、一応聞いとくっす。なんすか、その黒い箱」


 ゴトウダは笑顔で答える。


「爆薬よ。ほら、見た事あるでしょ。戦隊が名乗りを上げた時に、背後で『ちゅどーん!』って……」


 ゴトウダの話は途中だったが、ハセガワはその先を聞くのをやめた。


「さて、ミドリ君。ドンキーで買い物して帰るっすよ。荷物持ち頼むっす」


「う、うん。分かった。あ、そうだ。僕も全身タイツ買わないと……」


 笑顔のゴリラが逃げだそうとした二人の肩を掴む。


「やっぱ戦隊ならこれだろ!」


 ハセガワの顔が強張っている。嫌な予感しかしないと全細胞が訴えている。

 しかしハイテンションのゴリラには逆らえない。渋々三人は横に並ぶ。その後ろでゴトウダがいそいそと三人の背後に黒い箱を並べる。

 ローラさんの後ろには赤いテープが貼られた箱。ハセガワの背後には青いテープが貼られた箱。そしてミドリ君の背後には緑のテープが貼られた箱。


「じゃあ、行くわよ。とりあえず適当になんか叫んでみて」


 上機嫌のローラさんがポーズを決めながら言った。


「俺がこう構えて、それから『五人揃って!』って叫ぶから、そうしたらお前らも一緒になって『ゴリレンジャー!』って叫ぶんだよ。分かった?」


「分からねえっす」


「……分かりたくないです」


「お前ら、バカだな。いや、お前らバカだな。戦隊だぜ!? こういうのお前らだって好きだろ?」


「いや、好きかどうかって聞かれたら、そりゃ好きっすよ。だけど、なんか嫌な予感しかしねえっす。確認なんすけど、安全性のチェックとかはしっかりやってるんすよね?」


 真顔のゴトウダが、妙にハッキリと言い切る。


「してないわよ」


 ハセガワはダッシュで逃げた。だが公園の出口まで到達できずローラさんに捕まった。

 引きずられて元の場所まで戻されるハセガワ。ミドリ君はゴトウダに胸ぐらを掴まれ逃げられなかった。


「よし、じゃあやるぞ。いいか? 五人揃って!」


 諦めた二人は、背後の黒い箱に警戒しながらローラさんの叫びに応える。


「ゴリレンジャー!」


 そして爆音が響く。ローラさんの後頭部の毛に火がついた。体重の軽いハセガワは前方に吹っ飛んだ。そしてミドリ君の背後の箱は不発だった。

 後頭部が燃えだして狂ったように暴れるローラさん。箱から数メートル吹き飛ばされ動かないハセガワ。そして不発に安堵しつつも、不安げに箱をのぞき込むミドリ君。


「あれ!? それ点火してないわね」


 そう言いながらミドリ君の箱に向かって石を投げるゴトウダ。ゴトウダの投げた石が箱にヒットした瞬間、箱はのぞき込んでいたミドリ君を巻き込んで爆発した。


 公園で起きた爆発騒ぎは警察に通報され、四人は警察に連行された。警察に呼び出されたビルダーレッドは、四人にマジギレで説教した。

 四人が拠点に戻れたのは午後八時。そこから更に二時間にわたってヨシダさんのお説教タイムが続いた。


 そしてゴリレンジャーには『ちゅどん禁止』という謎ルールが誕生した。

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