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ローラさんは今日もゴリラです  作者: 吠神やじり
第十章 怪人のいない世界
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第六十三話 グノーシスの亀裂

 台東区上野。上野恩賜公園。上野駅公園口と上野動物園表門の中間にある動物園前交番。そこから目と鼻の先とも言える秋葉原で起きたテロ以来、交番の前に立つ警官の顔も心なしか緊張しているように見える。

 実行犯と言われる男は逮捕された。だが、自爆した怪人とのつながりも、テロの目的も不明。東京拘置所のテロとは違い、秋葉原テロにおいては『ホワイト』からの犯行声明もなかった。

 なに一つ分からない状況下では、警戒を解く訳にもいかない。繰り返しテロが起きる可能性は決して否定できない。

 交番の前には警官が一人。そして建物内に三人。交番の前に立つ警官は、周囲に目を配り警戒する。

 その警官の眼前を、メジャーレッドが通り過ぎる。まるで警官を嘲笑うように、自然に通り過ぎる。


 サングラスで顔を隠しただけのメジャーレッド。古着屋で買ったヨレヨレのパーカーを着こなしているつもりでいたが、見た目は貧乏そうな若者にしか見えない。

 それはオカルト的な例えだが、今のメジャーレッドには『オーラ』が無かった。かつては国内でもっとも人気のあったヒーローが、今では話題にもならない。

 本来なら、彼はヒーローの頂点に立つ予定だった。少なくとも彼はそう計画していた。

 その計画も大きく狂い、彼は破滅を目前にして怯えていた。


 平日の昼間と言っても上野恩賜公園には人が多い。その中で、メジャーレッドに気付く者はいない。かつてはどこを歩いても声をかけられていたヒーローが、今では一般人の中に紛れていてもまるで分からない。

 だが、今はそれでよかった。誰からも注目されないヒーローは、動物園前交番を通り過ぎ、そのまま国立博物館前にある竹の台広場へと向かう。


 広大なスペースの竹の台広場では、休日になると様々なイベントも開かれる。その広場も、現在は閑散としている。特にイベントもない現在は、公園にやって来た人たちも竹の台広場に留まる事なく、そのまま動物園や博物館へと入っていく。

 恐らく広場よりもその両サイドにあるオープンカフェの方が人が多いくらいだろう。そんな閑散とした広場を歩く。視線の先には広場の大噴水を背に待ち構えるクジョウ。


 メジャーレッドはゆっくりとクジョウに近付き、そして小声でボソボソとつぶやいた。


「ドクターがやられた」


 クジョウは笑いを堪えた。その結果、酷く苦々しい表情を浮かべる羽目になった。その表情の意味を読み違えたメジャーレッドは、そのまま話を続けた。


「もう知ってるんだろ? あのゴリラとその仲間がドクターとナナフシを潰しやがった。その上、ビリオンとも連絡がつかない」


「なにがあった?」


 白々しい質問。なにがあったのかを誰よりも知っているのはクジョウ自身だった。


「僕も詳しい事は知らない。ドクターはなぜか自分からゴリラにケンカを売ったらしい。ナナフシが僕の部下を勝手に使って、勝手に潰された」


 クジョウは白々しい演技を続ける。


「なあ、その前に一度確認させてくれ。ドクターってのは、ドクター・ディアマンテか? 俺とソイツに因縁があったのを知ってるか?」


「…………ドクターから聞いてはいた。だけど、今はそんな事どうでもいいだろ。もうドクターだって死んだんだ」


「そのドクターがしていた研究について、なにか知ってるか?」


「クジョウ! 今はそんな事どうでもいいんだ! ナナフシとターコイズブルーだ! ヤツらを殺したい!」


 メジャーレッドの目が異様な光を帯びる。空っぽの男が、その空洞と向き合う事を恐れている。

 ナナフシが口を割れば終わり。そしてハセガワを放置しても力を失う。メジャーレッドにとって、二人を殺す事だけが生き残る手段になっていた。

 クジョウは正気を失いつつあるメジャーレッドに冷めた視線を浴びせる。


「殺すのは結構だが、一体どんな手を使う? かたや拘置所に収容されていて、かたやゴリラが側にいる。どちらも力でなんとかなる状況じゃないぞ」


「ああ、僕もバカじゃない。まずはナナフシだ。アイツを殺す。アイツがいるのは拘置所の中にある病院だ。警備が厳重な区画にいる訳じゃない。それに警備の大部分はただの警官だ。『ホワイト』が手を貸せば押しつぶせる」


「大部分? 全員が警官という訳じゃないって事か?」


「交替でヒーローも警備に協力している。だけど、それは問題ない。まだ正確な日時は決まっていないが、秋葉原で追悼集会が開かれる。その場に都内の実力あるヒーローは全員出席する事になってる。まあ、僕も呼ばれてる。そのタイミングなら、警備は警官しかいないはずだ」


 クジョウは冷めた目でメジャーレッドの値踏みをしていた。まだ役に立つのか、それとも用済みか。


「お前の部下だけに任せるつもりはない。僕の部下も総動員させる。総力戦だ。どちらにせよ、ナナフシの口を封じなければ組織も終わりだからな」


 クジョウは嗤う。北側を支配するヒーローたちの犯罪組織。メジャーレッドと同盟を組みながらも、その犯罪組織はクジョウの標的の一つだった。


『放置して地下に潜られるのも面倒だしな。拘置所の襲撃に荷担するフリをして、その場で潰してやるか……。いや、まだ確かめないといけない事がある』


 クジョウは大きく息を吐き出して、タップリと間をあけてから口を開く。


「話は分かった。だが、お前のプランは無策すぎる。『ホワイト』の指揮はナマコにやらせる。それが条件だ」


「…………あのナマコ男か。まあ、秋葉原でもアイツが監視役についてたんだったな」


「それともう一度さっきの質問を繰り返すぞ。少し気にかかってるんでな。ドクターの研究をどこまで知ってる?」


 あの時、ドクターの拠点にある研究の成果はすべて灰になった。だが、まだ確認はしていない。本当に『エンデミタス』は消えてなくなったのか。クジョウは妙な胸騒ぎを覚えていた。目の前の狂人はなにか情報を持っているかも知れない。


「ああ、またその話か……。ドクターはウィルスを使った人体改造を研究してた。ナナフシを使って研究の内容を調べさせていたが、手に入れられたのは古いウィルスのサンプルと、その資料だけだ」


 クジョウは小さく舌打ちをした。まだ『エンデミタス』は生きている。怪人を創り出す忌々しいウィルスはまだメジャーレッドの手の中にあった。


「だが、使い物にならない。『エンデミタス』と名付ける以前のサンプルだからな」


「どういう意味だ?」


 ナナフシがドクターの元から盗み出したのは、怪人を創り出すウィルスの研究途中にできたモノ。名前は単純に『アルファ』と呼ばれていた。

 ハセガワを変えたTSウィルスより更に古い『アルファ』は、感染力が強すぎた。そして人間だけでなく、動物にも感染する。

 感染力が強すぎる場合、それを制御しきれなくなってしまう恐れがある。そのためにドクターは感染力を弱めた。そしてウィルスは風土病、あるいは狭い地域での感染を意味する『エンデミック』を語源にした『エンデミタス』と名付けられる事になった。


「使い物にならないよ。使えばどこまで感染が広まるか分からない上に、ドクターのいない今となっては改良する事も培養して増やす事もできない」


 クジョウはそのサンプルの場所を吐かせたかった。なんとしても、それを消滅させなければいけない。

 だが、執拗な追求をすればメジャーレッドを警戒させる。クジョウはこの場は耐えるべきだと判断した。


 そして会合は終わった。メジャーレッドはゆっくりとクジョウから離れて動物園へと向かう人混みに紛れた。

 クジョウは胸元につけた小型の通信機に触れる。


「聞いての通りだ。まだ同盟は継続する事になったよ」


 通信機からマダムの声が聞こえる。


『それはいいけど、また拘置所の襲撃? これで三度目だよ。いい加減、相手もバカじゃないんだから対策をとられちまうよ』


「ああ、対策がとられる前提で考えるよ。まず自爆を期待している連中は使うな。引き際を心得ているヤツだけ行かせる」


『ああ、それでナマコが指揮官って訳ね。ナオトはどうするの?』


「面白い事を言ってた。秋葉原で追悼集会があるらしい、襲撃はその日だと言っていた」


『だから?』


「秋葉原の現場にいたゴリラとハセガワも、その日は集会に呼び出されてるだろうな」


『待って。ゴリラとやり合うのはまだ早いって、アンタ言ってたじゃん! アイツは強すぎるって』


「ああ、だからゴリラが秋葉原にいると分かっている時に……」


 クジョウは嗤う。ゴリラに挑むために必要な物を、ゴリラは自分から用意してくれた。


「『ゴリラ・マキシマム』を奪いに行く」


     ***


 ゴリゴリカレーの二階。『ゴリラ・マキシマム』を脱ぎ捨てたローラさんが、ゴトウダ相手に説教をしている。


「だからな、なんでこんなに痛えんだよ。おかしいだろ!? こんなんじゃ動けねえって」


 買ってきたホールケーキの大部分を食べきった後、怒りの収まらないローラさんは『ゴリラ・マキシマム』が与える激痛の原因を問いただした。


「あのね。普通の人間用の強化スーツじゃ、ローラさんの力に耐えられないの。ハッキリ言っちゃえば、すぐにぶっ壊れちゃうのよ。

 改造人間用の強化スーツはね、まず改造人間の力に耐えられないといけないの。その上で、その力を増強させるのってかなり緻密な計算とバランスが必要になるのよ」


 その緻密な計算が面倒くさくなって、ローラさんにすべての負担を背負わせる構造にした事にはあえて触れない。


「確かに『ゴリラ・マキシマム』は装着者への負担が大きいわね。でも私はローラさんなら耐えられると思ってたのよ」


 ゴトウダは真剣な眼差しでローラさんを見る。よく見るとかなりキツい。ゴトウダは自分の年齢を隠していたが、これまでの付き合いで四十代後半だという事が分かっていた。

 四十代のオカマが、真剣な眼差しでゴリラを見つめている。既にヨシダさんとハセガワは目をそらしている。


「ゴメン。なんか、本当にゴメン」


 最初こそ威勢のよかったローラさんだが、ゴトウダの言葉となんか腹の立つナチュラルメイクに勢いを削がれ、とりあえず謝ってしまった。


「まあ、いいわよ。とりあえずいったん持ち帰って再調整するから。もうちょっと時間ちょうだい」


「いやあ、急がなくてもいいかなあ」


 妙に間延びしたローラさんの返事。『ゴリラ・マキシマム』装着時の負担はかなり厳しかったのか、内心『もういいよ』と思っていた。

 そんな中、それまで黙っていたミドリ君が口を開く。


「あの……。僕にも強化スーツもらえませんかね。ほら、ハセガワ君も持ってるし、ローラさんだって持ってるのに……」


 ローラさんはにこやかに『ゴリラ・マキシマム』の変身アイテムである首輪を差し出す。


「いや、それはいいです。一応、僕人間なんで」


「まあ、打たれ強さだったらミドリ君っすからね。一度装着してみんのもいいかも知んないっす」


 ハセガワの言葉にゴトウダは渋い顔。


「いや、それはマズいわね。ほら、ミドリ君の売りって『巨大化』でしょ。『ゴリラ・マキシマム』は結構サイズはフレキシブルに作ってあるけど、限界もあるから……」


 ローラさんとハセガワの脳裏に、ゴリターコイズブルーの強化スーツで全身の骨を砕かれたナナフシの姿がよぎる。


「よし、ちょっと装着してみよう」


「いいっすね。ついでに装着したまま巨大化も試してみるっす」


「…………完全に殺る気じゃないですか…………」


「待ちなさいって。ハセガワちゃんのスーツは防御力重視だって言ったでしょ。だからナナフシも倒せたの。こっちのスーツで同じ事したら、スーツが壊れるわよ。多分だけど」


「多分か……。じゃあ、やってみよう」


「要するにスーツかミドリ君のどっちかが壊れるって事っすね。ちょっとスタンガン持ってくるっす」


 ミドリ君が泣きそうな表情で顔を必死に横に振っている。それを見ながら妙にはしゃいでいるローラさんとハセガワ。

 ローラさんの残したケーキを食べながら、ヨシダさんが悪ふざけを止めにかかる。


「はい。じゃあ、そこまでにしてください。話を戻しましょう。確かにローラさん以外の強化スーツも必要ですよね。できればハセガワ君に新しい物、それとやっぱりミドリ君にも」


 ミドリ君がまるで天使を見るような目でヨシダさんを見つめる。


「でも、難しいわね。ほら、巨大化って結構面倒な能力なのよ。たとえば武器を持たせたとするじゃない? その武器も巨大化できないと、役に立たないのよ。最初から大きな武器にすると、持ち運びに不便でしょ。

 武器もそうだけど、服もそうね。いくらでも伸びるような材質か、もしくはすぐに破れるような材質じゃなきゃダメ。普通に防御力があるようなスーツは着られないわね」


「うわあ、巨大化ってクソの役にも立たないっすね」


「それは言い過ぎだろ。いや、でも役には立たねえな」


「巨大化ってなんかロマンがありますけどね……」


「もう一つ付け加えるとね。ミドリ君って巨大化のサイズが決まってないのよ。電流を流した分だけ大きくなるから、武器とか強化スーツもどれくらいのサイズにしたらいいのか決められないの」


 実はミドリ君のためにも武器や強化スーツの開発を予定していたゴトウダ。だが、巨大化能力を活かせるようなアイテムは難しいという結論に達していた。

 眉をひそめ、口をへの字にしていたヨシダさんは、ミドリ君に非情な決断を迫る。


「ミドリ君、全身タイツでいいですか?」


 ミドリ君はまるで悪魔を見るような目でヨシダさんを見つめた。

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