第六十一話 嵐の前の静けさ
文京区根津。メジャーレッドは激高していた。苛立つという言葉では彼の心情を表現しきれていない。怒り狂っているという言葉ならかろうじて近い。
だが、メジャーレッドを心を激しく揺さぶっているのは、怒りだけではなかった。それは絶望と恐怖。
「なんだお前は……、それは僕の役だろうが」
メジャーレッドはテレビのワイドショーに釘付けだった。そこにはゴリターコイズブルーと呼ばれる銀髪の幼女が映っている。
銀髪の幼女はボロボロの強化スーツを身にまとい、壊れてしまったヘルメットを小脇に抱え、そして凄惨なテロ現場を見て涙を流していた。
それは二日前の映像。秋葉原テロの当日、テロの現場で救助作業に当たっていた時のハセガワの姿だった。
二日前の映像をそのまま使っているのは、ハセガワが表舞台に出ようとしないため。だが、マスコミは既にハセガワを祭り上げていた。それも盛大に。
それには理由があった。マスコミが決してハセガワを無視できない理由。そしてハセガワの存在を不快に感じていたとしても、決して叩けない理由。
ワイドショーのコメンテーターが興奮した様子でハセガワを称賛する。
『スゴいですよねー、この子。私ね、『ゴリレンジャー』なんて聞いた事無いですけど、これは来ますよ、これからスッゴい来ます。メジャーマン超えるかも知れない』
破天荒な発言が売りのコメンテーターが、ハセガワとゴリレンジャーを褒めちぎる。その様子を見つめるメジャーレッドは、怒りに震えていた。
メジャーレッドの計画と、そしてその結果を時系列で追っていけば、彼の怒りと恐怖を理解する助けになるかも知れない。
メジャーレッドの計画。それはすべてのヒーローと怪人の戦いを『ヤラセ』にしてしまう事。
自身がすべてのヒーローの頂点に立ち、そして怪人も支配する。だが決して平穏な社会など作らない。ただひたすら戦い続ける。正確には戦っているように見せかける。
最初の仕掛けは、東京拘置所テロ。一度は怪人の大量脱走を許してしまった事もあり、警備はある程度厳重になっていたが、本質的には『ヒーロー頼み』の姿勢だった。
そこで起きた怪人による自爆テロ。『ヒーローと怪人』について、まるで他人事だった政府は対応を余儀なくされる。
その一方、懇意のマスコミに『東ヒー』を糾弾させる。『東ヒー』に属しているヒーローの動きも封じる。
散発的に怪人を出現させて、警察に怪人の対応を学ばせる。ただし怪人は常に弱いヤツから順に出していった。
警察に試行錯誤の猶予を与えた上で、彼らに自信をつけさせる。ここまでは上手く行っていた。
秋葉原テロの目的は、警察の戦力と士気を一気に削ぎ落としつつ、世間に対して『ヒーローの不在』を印象づける事。
秋葉原テロの後、しばらくはマスコミを使って恐怖をあおった上で、次のテロを未然に防ぐという『ヤラセ』を実行する予定だった。
その予定が、ゴリレンジャーのために大きく狂い始めた。秋葉原テロは予想よりもずっと犠牲者の数が少なかった。
もっとも打撃を与えたかった警官隊も、終わってみればわずかな死傷者を出しながらまったく士気が落ちない有様だった。
怪人と真っ向から対抗したローラさんと、救助作業に当たっていたハセガワ。そしてなんかデカいヤツ。
特に見た目は幼女のハセガワはマスコミ受けも良かった。一気に注目されるヒーローとして持ち上げられる存在になった。
そして昨日。多くの人を絶句させる新たなニュースが報じられた。
『ゴリレンジャーのゴリターコイズブルーによって、東京拘置所ならびに秋葉原テロの実行犯の一人であるナナフシ・ライダーが倒された』
テロの実行犯にライダーがいた事は、世間に大きな衝撃を与えた。その上、それを撃破したのが見た目は麗しい幼女だったために、ハセガワの知名度と人気も一気にメジャークラスに跳ね上がった。
テロについて触れるなら、テロの実行犯と言われるナナフシに触れざるを得ない。そしてナナフシについて語るなら、それを撃破したハセガワも話題になる。
例えメジャーレッドの味方をしているマスコミであっても、ハセガワを無視する事はできなかった。
実力のないメジャーレッドにとって、人気こそ彼の力の源泉と言えた。そのため、ハセガワは本人すら知らない内に、犯罪組織の頂点をフルボッコにしている状態だった。
そしてもう一つの大きな問題は、ナナフシがまだ生きているという事。
ナナフシがメジャーレッドとの関係を白状してしまえば、メジャーレッドはすべてを失う。
運がよければヒーローを辞めるだけで済むかも知れない。だが、ナナフシとの関係が立証されてしまえば、彼はテロの首謀者として裁かれる事になる。
運がよければ一生刑務所。最悪は死刑。東京で死刑を執行する施設は一つだけ。彼は自分がテロの標的として選んだ場所で、その生涯を終える事になる。
メジャーレッドは東京拘置所の地下にある刑場で、自分が吊されている姿を思い浮かべる。
怒りと恐怖に身体を震わせる。そして遂に抑える事ができなくなり、彼は手元にあった灰皿をテレビに向かって投げつけた。
画面に表示されていたハセガワの映像が一瞬だけ歪んで、その後消えた。そして真っ暗なひび割れた画面を見つめて、メジャーレッドは『打開策』を思いつく。
「そうだ……。消しちまえばいいんだ…………」
***
大田区平和島。ゴリゴリカレーの店舗スペース。あり得ないレベルで有頂天になっているハセガワが、スター気取りで調子に乗っていた。
「まあ、アレっすね。ようやく時代が自分に追いついたって感じっすかね」
「いや、マジでスゲえとは思うけどさ。お前ちょっと調子に乗りすぎじゃね?」
「でもね、ローラさん。グッズとか売れるっすよ。マジで売れるっす。ヨシダさんが言ってたんすけど、人気のあるヒーローって写真一枚でも大金を生み出せるらしいっす。
自分の写真を一枚あったとしますよ。その写真を色んなグッズに使うっす。下敷きからクリアファイル、ストラップにマグカップ。自分は写真一枚提供するだけ、販売は『東ヒー』が受け持ってくれるらしいっす」
「え!? そんな話が進んでんの? 俺、なんにも聞いてないよ!?」
「まあ、その辺の管理はヨシダさんっすから。ゴリレンジャーのリーダーっすからね」
「いや、リーダーは俺……、うん、いいや。なんかもう疲れた……」
「そこのしょんぼりゴリラ! 意気消沈してる場合じゃねえっす。ヨシダさんはもう明日退院っすよ。結局新メンバーの事、なにも決まってねえっすよ」
ゴリレンジャーは現在四人。ローラさん、ヨシダさん、ハセガワ、そしてミドリ君。現時点ではゴトウダはサポート役に徹したいと主張している。
「まあ、その辺がな……。ヨシダさんとも話し合ったんだけどさ、しばらく四人でいいんじゃねえかって事になったんだよ」
「あれ!? そうなんすか?」
「うん。ほら、結局俺たちって一気に知名度が上がっただろ? それでゴリレンジャーに入りたいってヤツが結構『東ヒー』に問い合わせてるらしくてさ」
「じゃあ、ソイツら集めてオーディションでもやるんすか?」
「違うよ。面倒だから『四人でやっていきます』って宣言して、ソイツらをいったん追い返そうって考えてる」
ハセガワは眉をひそめて唸り声を上げていたが、実際はローラさんの意見に賛成だった。
「まあ、確かにそうっすね。変なヤツが入ってきても困るっすね」
「そう思うだろ? でも、やっぱり戦隊って五人だよな……。普通は五人って考えちゃうよな……」
現時点でゴリレンジャー五人目の候補として名前が上がった人間は三人。
エントリーナンバー一番、ゴトウダ。『だからやらないって言ってるでしょ!?』
エントリーナンバー二番、ビルダーイエロー。『いや、俺はまだビルダーファイブだから……』
エントリーナンバー三番、ビリオン・ライダー。『お前、バカか?』
結果、候補として名前の上がった人間にはすべて断られた。
「いや、でもな、ハセガワ。さすがにビリオンはねえよ。お前はなんかアイツの事、気に入ってるみたいだけどさ」
ドクターの拠点へと攻め込んだ時の事を思い出す。拠点の自爆装置が起動して、拠点が火に包まれた。幸い自爆装置と言っても、爆発は内部でしか起こらなかった。
だが周囲の住宅に被害が出なかった反面、内部は徹底的に破壊されていた。そこでドクターがどんな研究をしていたのかも分かっていない。
そもそもドクターの遺体も特定できていない。警察の捜査情報を、ビルダーレッドがコッソリ教えてくれた。
拠点の三階に多数の遺体が発見されていたが、損傷が激しく身元の特定が難しいらしい。現時点ではドクターも生死不明という扱いになっている。
そしてナナフシは現在東京拘置所に収監されている。怪人用の収容施設ではなく、一般の未決囚も利用している拘置所の医務部に収容されていた。
「そういや、ナナフシはまだ話せないのか?」
「まあ、意識すら戻ってないって話っすから。正直自分もやり過ぎたとは思ってるっす」
ナナフシは全身の骨が砕かれ重体だった。かろうじて生きているが、まともに証言ができるようになるまで少し時間が必要だと言われていた。
ナナフシを警察に引き渡す前に、ローラさんはナナフシの所持品を調べていた。そして見つかったメモリーカードは現在もローラさんが所持している。
「それ、中身なんだったんすか?」
「わかんね。ちょっと曲がっちゃったせいかな、中のデータが読み込めないんだよ」
「ちょっくら詳しい人に修復頼まないといけないっすね」
結局のところ、話は堂々巡りになっている。現時点で解決した問題は一つもない。いくつもの問題を一つずつ解決していこうと考えてはいるが、そう上手くも行かないので結局は次の話題に移る。
そしてまた次の話題。最後は話が一周してまた元に戻る。
「でも五人目にビリオンはねえよ。アイツだって一応テロの実行犯の一人なんだぜ」
ハセガワは深くため息をつく。ローラさんの意見は全面的に正しい。『ヒーロー対怪人』という次元で言えば、寝返って敵対勢力に荷担する者は珍しくもない。そして意外とあっさりそれは受け入れられている。
だがビリオンに限って言えば民間人の死傷者まで出したテロに関与している。さすがに重犯罪者を仲間に引き入れる訳にはいかない。
だが、ハセガワは少しだけビリオンに同情もしていた。ハセガワが『東ヒー』の事務員の仕事を手伝っていた頃、明治神宮の一件に関わっていた者のすべての資料に目を通している。
一言で言えば不遇の男。ビリオンに対するハセガワの印象はそんな感じだった。子供の頃に悪の秘密結社によって両親を殺されて、自身は強制的に改造手術と洗脳を受ける羽目になった。
その地獄からなんとか逃れた後、ライダーと名乗りながら金儲けに精を出した。そしてまとまりのないライダーたちを金でまとめようとしたら、マンティスにケンカを売られる。そしてぶち殺してしまう。
当時は警察もヒーローや怪人に関わるのを嫌がっていた。それもあって死人が出ていながらまともな捜査もされず、事件はうやむやになりそうになっていた。
だが、そこに来て今度は無能な部下がヨシダさんを拉致してしまう。ヨシダさんは勝手に逃げ出していたが、それを知らなかったビリオンは戦隊との衝突を覚悟して、明治神宮に赴く。
そして唐突に表れた初代と戦闘。警察がうやむやにしようとしていたマンティス殺しもとがめられる事となった。
その後、すべてを失い逃亡生活のスタート。細かい経緯は不明だが、そこでナナフシと組む事になった。しかし、そのナナフシはガチのクズ野郎。
挙げ句の果てにはテロの片棒を担ぐ羽目になった。
「ビリオン……。基本的に巻き込まれキャラなんすよね……」
「まあ、本人も東京拘置所の方は関わってないって言ってたしな……。でも秋葉原の方では警官隊の指揮官だかを殺っちまったんだろ? さすがに警官殺しはヤバいだろ」
「まあ、そうっすね。でもビリオンみたいなヤツは、他人と思えないんすよ。ああいう根は善人のくせに短気で粗暴で運の悪いバカ」
「お前自身に似てるって言いたいのか?」
呆れたようにハセガワを見つめるローラさん。だが、そんな目で見つめられているハセガワも、ローラさんを呆れたように見つめる。
「お前の事だよ、クソゴリラ」
一度は反論しようとしたローラさんだったが、少し思い直し黙り込む。ただ腹いせにハセガワの食べていたサラミを奪い取った。
ローラさんの子供っぽい態度に、ハセガワは肩をすくめる。そしてまた話題を変えた。
「そう言えばさっきゴトウダから電話があったっすよ。『ゴリラ・マキシマム』の調整をしたいから試作品を持ってくるって」
「なんだよ、そういうのは早く言えよ。で、いつ来るって?」
「明日っす」
「今日じゃねえのかよ……」
そしてまたローラさんはふてくされる。珍しく平穏な一日。ゴリラと幼女はなんでもない日常をダラダラと過ごしていた。




