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ローラさんは今日もゴリラです  作者: 吠神やじり
第一章 ゴリゴリ団リブート!
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第六話 幼女の名はハセガワ

 ゴリゴリ団再始動の夜。拠点の最寄りにあるディスカウントショップ、ドンキー・ポークからハセガワが戻ってきた。折りたたんであるとはいえ、二人分の毛布は結構な大きさと重さになっていた。それを担いでヨタヨタと歩いて帰ってきたハセガワにローラさんが一言。


「なんか飲み物買ってきた?」


「鬼っすか?」


「ゴリラだけど?」


「毛布重かったっす。これしか持てなかったっす」


「もっぺん行ってきて」


「鬼っすか?」


「ゴリラだけど?」


 カリスマ性の欠片もないゴリラが威嚇する。そして見た目は幼女のハセガワは深夜のドンキーへとまた赴いた。

 ハセガワはちょっと涙目になっていたが、ローラさんは気にしない。と言うよりも、わざと嫌がらせをしていた。


「飲み物買ってきましたっす。これでいいんすよね?」


「あー、ゴメン。酒飲みたい」


「はあ!? すんません、なんで行く時言ってくれなかったんですか?」


「いいから行ってこいや!」


 そして三〇分後、またハセガワは戻ってくる。その幼女に向かってゴリラが吠えた。


「なんでつまみも買ってこないんだ? お前、バカなんじゃないの?」


 ハセガワはもう口答えもしなかった。ただうつむいて、そしてまたカレーショップを出た。そのハセガワの背中に向かってローラさんが怒鳴りつける。


「買い物くらいちゃんとできねえのかよ!」


 普段のローラさんを知らないハセガワは気付かなかった。それが演技だという事に。それから三回にわたってハセガワはドンキーへと買い物に行った。最後は明らかにドンキーには売っていない物まで探してこいと怒鳴られた。


「なんだよ、あのゴリラ。あのねーちゃんが帰ったら態度が豹変しやがった……。チクショウ、こっちには行くとこなんてないのに……」


 実年齢は三十過ぎのハセガワはドンキーへの道すがら泣いていた。涙を拭いてから店内へ。真っ赤な目でまた買い物をして、拠点に戻る。既に何度も繰り返しているうちに、店員すら彼女に心配そうな目を向ける。

 実際、店員の目から見ればハセガワは十才にも満たない幼女だった。しかも銀色の髪、ハセガワはただでさえ人目をひく。それが涙目で深夜に何度も訪れれば、大抵の店員は幼児虐待の類を想像する。


「お嬢ちゃん、どうしたの?」


 店員のそんな問いかけに、ハセガワは気丈に応える。


「あの……、お父ちゃんからお使い頼まれてて……」


 もちろん嘘だ。少なくともハセガワの父親はゴリラではない。

 ハセガワはこれからの生活に希望が見えなくなった。そして今までの生活もそうだった。ハセガワに希望はなかった。ある日の朝、目を覚ました時から『彼』は『彼女』になり、そしてそれまでの生活は崩壊した。


「しんどいな……」


 ハセガワはそうつぶやいた。そしてまた拠点へと戻る。ローラさんから頼まれた物は、確かに売っていなかった。それを店員にも尋ねてから戻ってきた。


「すんません。店員にも聞いたんですけど、ドンキーには置いてないって。明日、探しに行ってきます」


「もう、いいよ。さっさと寝ろ」


 ぶっきらぼうに応えるローラさん。自分はさっさと毛布をかぶって寝ようとしている。それを見ながらハセガワは思った。


『こんなヤツと一緒にいられない』


 買ってきた酒にもつまみにも手をつけていない。ヨシダさんが帰ってから買ってきた物は一つも触れていない。そこでハセガワは気が付いた。単なる嫌がらせだった事に。

 ハセガワはゴリラビンタを覚悟で叫んだ。


「ああ、そうっすか! ただの嫌がらせっすね! 要するに『出て行け』って言いたい訳っすね! でも絶対出て行かねえ、行くとこなんかねえんだよ!」


 ローラさんは一瞬だけ驚いたが、その後ハセガワを見る目が少し変わった。その事にハセガワは気付かずにまた叫ぶ。


「自分だってね、悪の秘密結社とかやってらんないんすよ! どうせ潰されるだけだし! アンタがいくら強くたってね、ヒーロー全部敵に回したら勝てねえよ!」


 ローラさんは毛布を脇にどけて、そのまま足をのばして座る。


「行くとこないってどういう事?」


「はあ!? 今そんな話してねえっすよ! アンタがどんだけ強かろうと……」


「いや、そんな事はどうでもいいよ。行くとこないって話、ちょっと聞かせて」


「いや……、だから行くとこなんかないし、自分いつ死ぬか分からないし……」


 ローラさんは頭をボリボリとかいた。情けない自分をなんとかごまかしたい気分だった。ハセガワの怒声は的を射ていた。確かにローラさんは『出て行け』と言いたかった。ただしそれはハセガワに帰る場所があると思っていたから。


「ゴメン。ちょっと話しよう。俺もお前の事、何にも知らないし」


 悪の秘密結社ゴリゴリ団。誰でもウェルカムとはいかない。ましてやローラさん自身がよく分かっている。今の東京で秘密結社なんて立ち上げれば、ヒーローの的になるだけだと。それはあの神社で寄せ集めヒーロー軍団を見た時から分かっていた。

 敵が現れれば、あんなバカ共が群がってくる。それを理解していたローラさんは、ハセガワ自身から『辞めたい』と言い出すように仕向けた。あまりにも幼稚な手段だったが。


「クジョウがお前を連れてきたって言ってもな、俺はお前の事なんて知らん。正直、信用もしてない。だからと言ってお前がどうなってもいいとも言えん」


 呆然とするハセガワ。その姿は本当に幼女のようだった。


「えっと……、要するにどういう事っすか?」


「悪の秘密結社なんてやりたくないんだろ? じゃあ、なんで来たのか教えてくれ」


 開けてない缶ビールをハセガワに差し出す。ハセガワはそれを手で制する。


「いや。自分、幼女っすから」


 ローラさんは苦笑いを浮かべながら、自分の分だけ缶ビールを開けた。


     ***


 ハセガワ・ヤスオ。当時三十一才。ごく平凡なサラリーマンだった、少なくともこの頃は。

 その朝は天気もよく、暖かい日差しが眩しかった。ハセガワは自分の部屋のベッドで目を覚ます。学生時代には野球をやっていた。それなりに身体は鍛えてあった。それでも最近は体重の増加が気になり始めていた。

 寝起きは腰が痛い。いつも寝起きに考えている事がある。


『もう少し痩せないとダメかな……』


 毎朝同じ事を考えいた。だが、その日の朝は腰の痛みもない。痛みがない事にすら気が付かないほどに体調が良い。

 それでもなにかおかしい。部屋が妙に大きく感じる。来ている寝間着が妙に大きくなっている。

 まだ寝ぼけているのかと、頭をかく。そして何気なくトイレへ。立ち上がった途端に寝間着のズボンがずり落ちる。『あれ?』とつぶやきながらも、その理由までは分からない。

 フラフラとトイレへ。ユニットバスにもなっているトイレは、便器のすぐ脇に洗面台もついている。その使い慣れたはずの洗面台が妙に高い位置にある。怪訝そうに洗面台を見つめていると、洗面台の奥に怪訝そうな目で自分を見つめる幼女がいた。


「はえ!? なんだこれ……」


 それが鏡だと気付くのに数分かかった。


     ***


「まあ、そんな感じっす」


 あっけらかんとハセガワが語る。ローラさんはマジギレ寸前でツッコむ。


「ちょっと待て! それじゃなんにも分かんねえじゃねえか!」


「いや、本当にそうなんすよ。なんも分からないっす」


「お前、ふざけんなよ!」


「怒んないでくださいっす。じゃあ、それからの話もしますから」


 起きたら幼女。一言で言えばそんなイベントが発生していた。しかしそのイベントが発生していたのは、ハセガワ一人ではなかった。ハセガワが当時住んでいたマンションの周辺では、同じようなイベントが起きた人間が数十人いた。


「なんだ、それ?」


「『トランスセクシャル・テロ』、知ってる人はそう呼んでます」


「いや、そんな事件聞いた事ないって! いつの話?」


「ちょうど一年前っすね。自分の住んでた辺りの住民が一斉に性別変わっちゃったんすよ。おまけに若返ったり、一気に老いたり。ニュースにはなってないっすね、確かに」


「ゴメン、ちょっと待って。……うん、分かった。お前、バカだろ」


「真面目に聞いてくださいっす! バカなのは認めますけど、とりあえずクジョウさんにでも聞いたらいいじゃないっすか。ホントっすよ」


 ローラさんはひたすら頭をかく。考えてこんでいる時のクセらしいが、暑さでどうにかなった野生のゴリラにしか見えない。


「そうっすね。まあ、確かに突拍子もない話っすよ。でも笑い話でもないんすよ」


 トランスセクシャル・テロは一人の医師によって引き起こされた。ドクター・ディアマンテ。本名、オオクボ・アキオ。かつて新宿周辺を縄張りにしていた秘密結社アルルカンの幹部。

 正確にはテロではなく、ただの事故。かつてアルルカンの研究機関があった場所が、ハセガワの住むマンションの地下だった。

 そこで起きた『TSウィルス』漏洩事故。それが『東ヒー』関係者の間でトランスセクシャル・テロと呼ばれるようになった。


「お前、そんな話、真顔で言ってて恥ずかしくないか?」


「ゴリラさん、ホント、話の腰折るの好きっすね」


 TSテロと略されて呼ばれるようになったその事件は、バカっぽい経緯とは裏腹に深刻な事態を引き起こしていた。


「言っててキッツい話なんですけど、自分以外の被害者はほとんど死にかけてるっす。自分は起きたら幼女でした。寝る前は普通にオッサンだったのに、起きたら幼女。つまり一晩で性別変わった上に、若返ってるんすよ」


 その異常な事態は身体に大きな負担をかけている。ハセガワ以外にも性別が変わってしまった被害者はいる。ただし、ハセガワ以外のすべての被害者は現在も入院中。中には衰弱が酷く、現在も生死の境をさまよっている者もいた。


「つまり、自分もいつ死んじゃうか分からないっす」


 ハセガワはひきつった笑いを浮かべた。


「いやー、大変っすよ。なにしろ自分の事知ってる人に会っても、信じてもらえないっすから、こんな話。なんとか信じてもらえても今度は変な目で見られちゃうんすよ。仕事だって続けらんなかったっす」


 TSテロの後、被害者はすべて病院に搬送された。当然、ハセガワも。ただしハセガワは健康面にまったく支障がなかった。多少の衰弱はあったものの、ハセガワはTSウィルスという性転換を無理矢理引き起こす生物兵器に対して、完全に適応していた。


「あとはアレっすね。検査だの研究だの警護だの取り調べだのってね。病院と警察、それ以外のなんかいかがわしそうなトコ、それから『東ヒー』。色んなトコたらい回しっすよ」


 その後、ドクター・ディアマンテは逮捕された。その事からハセガワ自身には誰も関心を持たなくなった。関係者の関心は、ウィルスを創り上げた医師へと向く。その医師が留置場から逃げ出した後も、それは変わらなかった。


「結局、自分にはなにも残ってないんす。親も自分に対して微妙な目を向けてたっすから。アレは多分、どうしていいか、うちの親も分かんなかったんでしょうね」


「それで帰る場所が無いのか……。よっしゃ! なら初仕事は決まったな。まずそのドクター・ディアマンテとかいうの探そ」


「え!? なに言ってんすか、ゴリラさん」


「あと、そのゴリラさんってのやめろ。一応な、俺の事は『ローラさん』でいいから」


「いや、訳分かんないっすよ。なんでローラ? なんでさん付け?」


「いいから! とりあえず今日からゴリゴリ団の仲間だから! お前だって幼女さんとは呼ばれたくないだろ?」


「まあ、クジョウさんから『お前、今日から怪人幼女男な』って言われた時は殺意しかなかったっすけどね」


「アイツ、なに考えてんだ?」


「なーんか企んでるっすね、アレは」


 こうして会ったばかりの二人はようやく分かり合えた。互いに信用出来るヤツだと認め合う事ができた。

 こうして再始動の夜は更けていく。


「なあ、本当に酒飲めんの?」


「いや、自分見た目って言うか身体そのものが幼女っすから。酒なんか飲んだらぶっ倒れます。いや、一回やってますから、ホントに」


 ローラさんは渋い顔。そしてまだ開けていない缶ビールを見つめる。


「いや、俺もあんまり酒飲めないんだ……」


「なんで買ってこさせたんすか!? せめて自分が飲めるもの買ってこさせましょうよ。あんまり無駄遣いすると、ヨシダさんに怒られるっすよ!」


     ***


 そして翌日。認め合った二人は、揃ってヨシダさんに怒られた。ついでにドクター・ディアマンテの捜索も延期になった。


「なんの手がかりもないですし、それよりも先にやる事があります」


「なに?」


「名付けて『シビルウォー・プラン』、昨日徹夜して考えました」


「パクリっすか?」


「否定はしません」


 そう言ってヨシダさんは怪しく微笑む。


「渋谷区でヒーロー同士の抗争が起きてます。それに介入しましょう、コッソリと」


「ヤバいっす、ローラさん。この人、悪っす!」


 そんなハセガワの動揺もよそに、ローラさんは静かに言った。


「ゴメン。ヨシダさん。それよりも先にやらないといけない事があった。今、思い出した」


 怪訝そうにローラさんを見るヨシダさん。そして同じように眉をひそめていたハセガワだったが、ヨシダさんよりもわずかに早くローラさんの言いたい事に気が付いた。


「そうっすね。そっちが先でしたね」


 ヨシダさんは『あー』と小さくつぶやいた。彼女もそれに気が付いた。


「電力会社と水道局ですね……。今日中に行ってきます……」


 いまだ電気も水道も止まっている拠点の中で、三人はガックリと肩を落とした。

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