第五十九話 結局みんなバカだった
ローラさんは悪ふざけをしながらも、冷静に状況を分析していた。目の前にはビリオン。ナナフシはハセガワによって倒されたが、だからといって戦況が好転した訳でもない。
ビリオンがローラさんではなくハセガワに狙いを定めたら、ローラさんのスピードでは守り切れない。
ローラさんはハセガワを戦闘から遠ざけようと考えていた。できれば安全な場所まで逃がしたい。そう思っていた。
ビリオンは二人の悪ふざけに狼狽していたが、少しずつ落ち着きを取り戻していった。無言のまま、二人を睨みつけるビリオン。
ローラさんはそのビリオンの目に不安を抱く。ハセガワに対しても殺意を放つビリオンは、いつハセガワに狙いを定めても不思議ではない。
しかしハセガワは怯まない。殺意に満ちた目を向けるビリオンに対して、まるで散歩でもするようにスタスタと歩み寄っていく。
身構えるビリオン。ローラさんもハセガワを止めようと考えたが、それよりも早くハセガワが口を開く。
「おい、ビリやん。ちょっと道開けてくんないっすか? 今からドクター殴りに行くんで」
「……ビ、ビリやん? 俺に言ってんのか、クソガキ……」
「そうっすよ。理由は知らないけど、ビリやん、アイツの仲間じゃないっすよね」
ハセガワは床に転がっているナナフシを指差す。ハセガワの言葉を聞いたローラさんが、ビリオンに尋ねる。
「そうなのか? じゃあ、お前、ここでなにしてんの?」
ローラさんはここでビリオンと初めて会った。初代と戦い、その後失踪したライダーがいるとは聞いていた。それが目の前のビリオンだという事は分かっている。
だが、知っている事はそれくらい。グノーシスの幹部という噂も聞いた事はあるが、そもそもグノーシスについて分かっている事はあまり多くない。
「……俺がどうしてナナフシの仲間じゃないって思ったんだ? お前になにが分かる?」
ビリオンは苛立ちながらも、律儀にハセガワの話に乗っている。それを見て、今度はローラさんが狼狽する。
『なにそれ……。じゃあ、俺、なんでコイツにボコられてたの……』
ローラさんは内心の動揺を表に出さないように、ちょっと格好つけてみた。渋めの顔で、ちょっと目ぢからを強調してみたが誰も見ていない。
「昨日、秋葉原で自分の事睨みつけてたっすよね。しっかり覚えてるっす。と言うか、あの時の事は今でも鮮明に思い出せるっすよ。
もしもビリやんが自分の事殺す気でいたら、昨日の時点で殺されてなきゃおかしいっす」
「……なるほどな。クソガキにしては頭が切れるんだな。だが、昨日とは状況が違うぜ。お前はドクターの拠点に踏み込んだ。そしてドクターの使いっ走りを、俺の目の前で倒した。もう見逃す理由はないぜ」
ハセガワはまるでビリオンを見下すようにわざとらしくため息をつく。
「あー、あー、面倒くさいっすね。セリフ一つにどんだけツッコみどころ盛り込むつもりっすか?」
ハセガワは耳くそをほじくりながら、ジト目でビリオンを見る。そしてハセガワは、呆れたようにツッコみを入れる。
「まず一つ目。ここは『ドクターの拠点』なんすね。ハッキリそう言ったっすね。つまり『自分の拠点』じゃないって事っすね」
ビリオンが言葉に詰まる。
「二つ目行くっす。仲間の事を『ドクターの使いっ走り』とは言わねえっす。ぶっちゃけそのセリフだけで、ナナフシと距離があるって予想できるっすね」
「……揚げ足取りにしか聞こえねえぞ。言葉尻とらえて精神分析ごっこか?」
「ほんじゃ三つ目。昨日はやっぱり見逃してくれたんすね?」
ビリオンは小さく舌打ちを一つ。そしてハセガワから目をそらした。
「最後、四つ目っす。クソガキじゃなくて幼女っす! これ大事、これメッチャ大事!」
ドヤ顔のハセガワ。既にハセガワはビリオンを敵と見なしていない。自分を殺さなかった事で、話せば分かる相手だと判断していた。
ビリオンの態度から、ローラさんも同じ判断をした。話に加わろうとするローラさん。
「そうだな。少し話聞かせてもらってもいいか?」
だがビリオンはローラさんをガン無視。
「なあ、クソガキ。仮にお前の予想通りだとしてだ、昨日のテロ現場にどうして俺がいた? 仲間じゃなかったとしても、テロに荷担してるのは事実だぜ」
「ああ、俺の話は無視か……」
「お前はイチイチ『悪人にも言い分があるはずだ』とか言い出すバカをどう思う? 面倒くせえよな、そういうヤツ。悪人の言い分なんてイチイチ聞くなよ。どうせ大した理由なんてねえよ。俺もそうだ。大した理由もなく、ここにいる」
「ああ、分かるよ。悪にも理由があるって風潮あるよな。アレってどうなん? 理由があったら話が深くなるとでも思ってんのかね」
「ローラさん、ちょっと黙ってるっす。正直、ウゼえっす」
「なあ、クソガキ。正直なところ、俺はドクターってヤツをよく知らん。今日初めて会ったからな。ゴリラが攻めてくるから、拠点を守ってくれと頼まれたんだ。そこに転がってるバカヤロウにな」
ビリオンはあごでナナフシを指し示す。
「そのバカヤロウも倒された以上、ここでお前らと戦う必要もない。ドクターってヤツが、お前らに殺されたとしても、俺には関係無い。だがな……」
ビリオンはそこで言葉を切り、そして穏やかだが明確な意志を感じる目をハセガワに向ける。
「戦う理由も無いが、戦わない理由も無いんだよ」
ハセガワは深いため息をついた。説得できると思っていた。戦闘を回避する事も可能だと思っていた。
「分かったか、クソガキ。分かったら危ねえからちょっと下がってろ」
ローラさんは頭を掻いて渋い顔。この後に及んでハセガワを巻き込まないようにするビリオンを見て、完全に戦意が萎えていた。
「どうした、ゴリラ。まさかお前までやる気が無くなったとか言うつもりじゃねえよな」
「……なあ、ビリオン。なんかお前、いっぱいいっぱいだな…………」
ビリオンの頭に血が上る。侮辱されたと思った訳じゃない。むしろ見透かされた事に激高していた。
「黙れ……。それ以上しゃべるな……」
再びビリオンの目が殺意を帯びる。拳を握りしめ、戦闘の意志を示す。ローラさんもそれに応えるように身構える。
ローラさんに戦う意思は無い。だが、襲い来る敵を前に逃げるローラさんではない。
ビリオンは大きく身体を屈ませて、前傾姿勢をとる。一撃で相手を仕留める本気の構え。
ハセガワは無言でその二人から距離をとる。戦いは不可避だと、ハセガワもそう判断するしかなかった。
ローラさんとビリオン。二人の間に緊張が走る。だが両者とも動かない。一撃の破壊力ではローラさん、速度ではビリオン。お互いにそれは理解している。
その時、唐突に非常ベルの音が鳴り響いた。思わず周囲を見回すハセガワ。ローラさんとビリオンは、お互いから目を離さないが、それでも表情には戸惑いが見える。
「……これって火災警報っすか?」
「まあ、そんな感じの音だな……」
ローラさんはビリオンから目を離す事なくハセガワの問いに答える。全員が非常ベルの音に戸惑っていたが、その音もすぐに消えた。
そして拠点全体を揺るがす爆発音。三人も足下に大きな振動を感じた。
「ちょっ……、ビリやん。これって何事っすか?」
「俺が知るか! お前らの仲間がなんかやったんじゃねえのか?」
「いや、俺らは二人で来たんだよ。他に連れはいねえ」
三人が言葉を交わす内に、拠点内に間の抜けたチャイムが響く。
『ピンポンパンポーン』
全員が顔を見合わせる。そしてチャイムの後に聞こえてきたのは、合成音声のアナウンス。
『このたびは、パンドラ・ストラテジー社製自爆装置『三分で滅却ちゃん』のご利用、ありがとうございます。これより自爆シークセンスを開始します』
「……………………自爆!?」
「おいおい、なにやってんだよ、ビリオン。いきなり自爆って正気か?」
「待て! 俺に言うな!」
「いや、言わせてもらうっす! 普通は最上階まで行って、ラスボスぶち殺してからの自爆っすよね!? なんで一階でいきなり自爆しちゃうんすか? ドクターなにやってんだよ!?」
「だから俺に言うな! なんなんだよ、お前ら! お前らのせいじゃねえのか!?」
ハセガワとビリオンは、もはやパニック寸前だった。お互いに怒鳴りあうように言葉を交わす。
その横でローラさんはスマホをとりだして、ゴトウダに電話をかけた。
「あっ、もしもしゴトウダ? あのさ、ちょっと聞きたいんだけど、パンストの自爆装置ってどうやって止めるの? えっとね、『三分で滅却ちゃん』とかいうモデル」
ローラさんが手に持っているスマホから、ゴトウダのヒステリックな叫びが聞こえた。
『アンタラ、一体なにやってんよ! 今すぐ逃げなさい!』
三人は顔を見合わせて、そして無言でうなずいた。三人は一斉に走り出し、出口を目指す。
『当自爆装置は三分後に拠点内のすべてを焼却いたします。信頼と実績のパンドラ・ストラテジー社。新たな拠点の設計および建設のご用命は、ぜひ信頼と実績のパンドラ・ストラテジー社へ』
「なんすか、この放送は!? これから自爆しようってヤツになんの宣伝してんすか!?」
「いや、結構有名な会社だぜ。前に俺も利用した事あるし」
「いいから逃げろ! バカか、お前ら!」
ローラさんはボロボロの強化スーツをまとったナナフシを掴む。そのまま無造作に肩に担いで走り出した。
ナナフシはローラさんの肩の上で、死にそうな呻き声を上げていた。
三人はマンションの外へ。大した距離を走った訳ではないが、三人とも疲れ切っていた。その時、マンション内に設置されていたすべてのスプリンクラーが作動していた。
ただしスプリンクラーが吐き出しているのは、水でも消化剤でもなくガソリンだった。
肩で息をするビリオン。ローラさんとハセガワに改めて問い詰める。
「本当になにしでかしやがったんだ、お前ら。なにもしてなきゃ誰も自爆なんかしねえよ」
「いや、自分に言われても困るっす。て言うか、マジでなにがあったんすか!?」
ローラさんは無言でマンションの上層階を見上げた。言い争いをしていたハセガワとビリオンも、ローラさんの姿を見てそれに倣う。
三人でマンションを見上げる。そうしている内に、マンションのすべての窓から一斉に炎が噴き出した。
あっと言う間にマンションは火に包まれた。三人はそれを呆然と見守るだけ。そこにローラさんのポケットにしまわれていたスマホから、ゴトウダの声が聞こえる。
『ちょっと、聞いてるの? 逃げられたの? だったらアンタら、そこ動いちゃダメよ。それから周辺の住民も近寄らせないで』
「ああ、まだ電話切ってなかったんすか。ちょっとローラさん、スマホ貸してくださいっす。…………あっ、もしもしゴトウダ? 自分、ハセガワっす。動いちゃダメって……、いや、今はそんな事どうでもいいっす。え!? はあ……、へえ……、ほお……」
ハセガワは適当に相づちを打ってゴトウダの話を聞いた。ゴトウダの説明を聞き終えた後、ハセガワは電話を切ってスマホをローラさんに返した。
「ゴトウダなんだって?」
「この滅却ちゃんって自爆装置は、ヤバいウィルスとか薬品使ってる拠点向けの製品だそうで……。すぐに病院で検査を受けろって」
「マジかよ……」
「もしかしたらローラさんにも『起きたら幼女』イベントが起こるかも知れないっす」
「それだけはマジで勘弁して欲しいな……」
『起きたら幼女』というフレーズに眉をひそめたビリオンに、ハセガワは自分に起きた事とドクターとの因縁を説明した。
「TSウィルス……。ん!? ちょっと待て、クソガキ、お前歳いくつだ?」
「夢見る三十二歳っす」
「ふざけんな、テメエ! 俺と同い年じゃねえか!?」
「マジっすか!? ビリやん、老け過ぎっす! 四十代かと思ってたっすよ!」
騒々しいハセガワとビリオンの二人を眺めながら、ローラさんは思った。
『コイツら仲いいな……』
火に包まれたマンションの前で、ハセガワとビリオンが罵りあっている。それを頭を掻きながら眺めているローラさん。
足下に転がしていたナナフシの存在を思い出し、もう一度ナナフシに目を向ける。まだ息があるのを確認してから、しゃがみ込んで襟首を掴み、そして凄む。
「とりあえずお前には、知ってる事全部しゃべってもらおうかな」




