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ローラさんは今日もゴリラです  作者: 吠神やじり
第九章 幼女だよ!? ハセガワちゃん祭り!
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第五十八話 幼女、完全復活

 ローラさんとビリオンの戦いは続く。速度で上回るビリオンは、ローラさんを翻弄する。だが、ビリオンも決して余裕でない。

 何度殴りつけようと、一撃で戦況をくつがえしかねないゴリラ。現にたった一発のゴリラビンタで、ビリオンは意識を失いそうになっていた。


 ドクター・ディアマンテの拠点。一階エントランス奥。植物園に擬態しているような空間で、ローラさんとビリオンの戦いは続いている。

 それを苛立ちながら見守るナナフシ。その足下に倒れ、子供のように泣きじゃくるハセガワ。


 ハセガワは泣いていた。しかし、ハセガワ自身もなぜ泣いているのか分からない。それは感情の暴走。涙の訳は決して悲しみや苦しみだけではない。そこには怒りすら含まれる。

 ハセガワの目に、死闘を演じているゴリラが映る。何度も殴られるゴリラ。そのゴリラがハセガワに視線を送る。

 ハセガワと目が合うと、ゴリラは笑顔を見せる。何度も殴られながら。


 ハセガワには分かっている。ローラさんがどうしてエレベータ前から動かないのか。それはナナフシによってハセガワが連れ去られるのを防ぐため。

 言いかえれば、ハセガワさえいなければローラさんは自由に戦える。そして自由に戦えるのなら、ローラさんは決して負けない。ハセガワはそう信じている。

 自分のために不利な戦いを強いられるローラさん。その姿を見つめていると、涙が止まらない。

 そしてハセガワの心は砕かれていく。


     ***


 それは一年前から始まった。ハセガワが目を覚ますと幼女になっていた、そんなバカみたいな話。

 バカバカしい笑い話。突然幼女になった三十男が主人公のコメディ。そんな物語は始まらなかった。

 始まったのは混乱と恐怖。そして周囲の哀れみの目。


『どうしてこんな目にあわないといけないんだ。俺はこれからどうなるんだ』


 ハセガワは何度もそう自問した。もちろん答えなんかある訳がない。警察の捜査、そしてハセガワへの検査を繰り返し、幼女に変わってしまった理由は分かった。

 だが、話はそこで終わった。解決策はなく、そしていつ死が訪れるかも分からない。


 そこでハセガワの心が折れた。それが最初の一回目。自身の変化に耐えきれず、心が折れた。


 最初こそ、ハセガワに起きた異常な現象は奇異の目で見られた。時には笑い話にもされた。だが、周囲の人間はハセガワに同情した。

 友人も、職場の同僚も、そして両親も。だが、同情した者たちはみんな、ハセガワへの接し方に悩んだ。

 そして気付いたらハセガワは一人だった。同情してくれる者は多かった。理解を示してくれる者もいた。だが、誰一人ハセガワと同じ境遇を経験した者はいない。


 ハセガワは孤独だった。そして二度目、周囲の視線に耐えきれず孤独におちいり、そしてまた心が折れた。


 ハセガワの心は何度も折れた。もう本来の自分なんてモノは無かった。千切れた心を繋ぎ合わせて生きている、見た目は幼女の三十男。

 適当に幼女のフリをした。そうやって自分を守っていた。自分を見失ったままのハセガワは、幼女のフリをしてなんとか自分を維持していた。


 そしてローラさんと出会う。元は人間だったのに、自分から望んでゴリラ男になった変人。頭の悪い、粗暴なゴリラ。

 たまにちょっと格好つけたがる、愉快なゴリラ。


 ローラさんと過ごした日々は楽しかった。


 例えるなら、知らない街の夕暮れ時。ハセガワは一人迷子になっていた。道が分からないと言うよりは、自分が分からない。


『早くお家に帰りたい』


 泣きべそかきながら街を歩く。知っている人なんて誰もいない。助けてくれる人もいない。そんな夕暮れの中、なぜか道ばたにゴリラが座ってる。


『ハセガワ。笑えよ』


 バカなゴリラが無茶を言う。そんなゴリラもなぜか笑顔。笑ってる場合じゃないのに。


     ***


 ハセガワはローラさんを見つめる。涙でにじんだ目で、ローラさんを見つめた。ビリオンに殴られたローラさんの口元から、一筋の血が流れていた。

 ローラさんはちらりとハセガワに視線を移す。そしてハセガワと目が合った途端、苦しそうな顔を『心配すんな』と言わんばかりにニヤリと歪ませる。


 知らない街の夕暮れ時。そんなハセガワの心象風景。ハセガワの前には無茶振りゴリラ。ニヤニヤと笑いながら、ハセガワに手を差し伸べる。


『ずっと俺がついててやるから』


 ハセガワも手を伸ばし、笑顔のゴリラと手をつないだ。


 そして『彼女』は復活する。


 自分の中の、バラバラに千切れた心を拾い集める。思い出す、自分が一番強かった時を。あのゴリラと過ごした日々、あの時が一番強かった。

 秋葉原でまた心が砕かれた。迷いの中で、本来の自分なんて見つからない。だからハセガワは、最初の自分を演じていた。幼女になる前の自分を演じていた。

 たった今、それをやめた。もう一度、心をかき集めよう。


 ローラさんは手を差し伸べてくれた。


 ヨシダさんは、マダム・クリマーから自分を守ってくれた。


 ゴトウダは強化スーツをくれた。


 ミドリ君は……、アイツはいいや。


 もう一度、あの頃に戻ろう。今度は負けない。負ける訳がない。


 ハセガワの涙は止まった。そして彼女の反撃が始まる。


『状況を分析しよう』


 ドクター・ディアマンテの拠点。一階エントランス奥。この場にいるのは四人。ローラさんとビリオンは戦闘中。ナナフシはハセガワの腹部を踏みつけている。


『ささやかな抵抗をしよう』


 ハセガワは身体をよじり、ナナフシの足から逃れる。ナナフシは舌打ちをしながら、ハセガワの顔面を蹴っ飛ばした。もう一度倒れたハセガワをナナフシが追う。タイル張りの床を転がって、ナナフシの手から逃れた。


『餌を撒こう』


 もう一度、ハセガワは立ち上がる。そして前髪をしばっていたヘアゴムを引き抜く。震えながらそれを目の前にかざす。ヘアゴムについている二つのターコイズブルーの玉を、一つだけ指でつまむ。


「これが……アタシの変身アイテム。油断したね、バカフシ。さあ、変身するよ!」


 ハセガワはヘアゴムを前に突き出した。それだけではなにも起こらない。

 ナナフシはもう一度ハセガワの顔面に蹴りを入れる。ハセガワは蹴飛ばされる瞬間に、ヘアゴムをナナフシの足下に放り投げた。


『演じよう』


 ナナフシは勝ち誇ったようにヘアゴムを拾い上げる。ターコイズブルーの玉を指でつまんで、ハセガワに見せつけるように振って見せた。


「変身アイテム? これがそうか。ははっ、コイツがあのムカつく強化スーツになる訳か……。まあ、ガキには過ぎた玩具だな」


 ナナフシはヘアゴムを手のひらでもてあそんだ。ハセガワは目に涙を浮かべながら、手をばたつかせて叫ぶ。


「返せよお、アタシのだよ。返せよお」


 舌っ足らずの口調でハセガワは変身アイテムに手を伸ばす。だが、一歩も前には進まない。ナナフシとの間に十分な距離をとる。

 ハセガワの態度に戦闘中のローラさんも表情が強張る。そのローラさんの顔面に、またビリオンの拳がめり込む。

 ナナフシは手のひらの上で、ハセガワのヘアゴムを転がした。そして高笑いしながら、そのヘアゴムを握りしめた。


『食いついた』


 次の瞬間。その場の空気が凍りついた。誰もがハセガワに注目していた。泣きべそをかきながら、ヘアゴムに手を伸ばしていたハセガワの表情の変化に、誰もが言葉を失った。

 ナナフシはもちろん、戦闘中のローラさんも、そしてビリオンすら絶句する。あり得ないモノを見て、誰もがそこから目を離せなくなった。


 ハセガワはドヤ顔だった。あり得ないほどのドヤ顔。ハセガワ史上、最高のドヤ顔がそこにあった。


「お前の負けっす! 変身! ゴリターコイズブルー!」


 ハセガワが叫ぶ。その言葉は変身アイテムを起動させるキーワード。音声認識しか搭載していない変身アイテムは、所持している人間が誰であろうと変身プロセスを開始する。


「おい! お前、なにしやがった!? ちょっと待て! え……」


 ナナフシの握りしめたヘアゴムが、ターコイズブルーの光を放つ。その光の粒子がナナフシを包む。

 本来なら変身プロセスは二秒で終わる。だが、その二秒を経過しても、光の粒子はナナフシを包むだけ。

 ハセガワの背筋に冷たいものが走った。ハセガワは、賭けが失敗に終わった事を想像して膝から崩れ落ちそうになる。

 だが、ハセガワは賭けに勝った。


『ゴキンッ!』


 変身が始まった。ナナフシの肩に、ターコイズブルーの肩当てがめり込む。幼女サイズの強化スーツが、強引に装着されていた。そして骨を砕く音が響き渡る。


『グチャッ!』


 そのまま腕もターコイズブルーのヨロイが食い込んでいく。


『パキン、カラン』


 ボロボロの強化スーツの一部が音を立てて割れていく。最初から割れていたヘルメットは、そのまま床に落ちる。


「止めろっ、コイツを止めろぉおおおおおっ!」


 ナナフシの身体をターコイズブルーの光が包む。そして全身のあらゆる場所で光の粒子がヨロイへと替わっていく。

 身体に食い込んでナナフシの身体を破壊するパーツもあれば、砕けてそのまま落ちていくパーツもある。

 足首のパーツがナナフシの足を食いちぎる。崩れ落ちたナナフシは、荒れ狂うターコイズブルーの光に喰われながら、のたうち回る。


『ゴキッ、グチャ、ボキ、ゴキン、メキィ』


 思わずハセガワも呻き声を上げる。


「ヤバい、これはやり過ぎっす……」


 全身の骨を砕かれたナナフシが断末魔の叫びをあげる。ターコイズブルーの光は、すべてヨロイへと変化した。ナナフシの身体のアチコチに、ボロボロだった幼女サイズの強化スーツのパーツが食い込んでいる。

 身体に食い込んでいるのは全体の半分くらい。残り半分は砕けて飛び散っていた。

 ナナフシは文字通り『虫の息』だった。


 とりあえずナナフシは生きていた。『死んでなければオッケー』、そう判断したハセガワは、全力で勝ち名乗りを上げる。

 両手で拳を握り、それを高々と突き上げる。そして力の限り叫んだ。


「幼女舐めんなぁあああああああああああああああっ!」


 自称『無敵艦隊』、ゴリターコイズブルー完全復活の瞬間だった。


 それから数秒が経過してから、ようやくローラさんは事態をのみ込んだ。そしてバカ笑いしながら手を叩く。


「お前、やるなあ。マジで凄いぞ、それ!」


 ハセガワはドヤ顔で応じる。ローラさんは相変わらずニヤニヤと笑う。


「いや、これはマズいな。これじゃ俺立場無いよ。守ってやるとか言ったくせに……。じゃあ、あれだな。俺も本気出して、格好いいとこ見せなきゃダメだな」


 笑顔のローラさんがビリオンに凄む。別に手をぬいていた訳ではない、最初からローラさんも本気だった。

 それでもローラさんのテンションは急上昇していた。もっと力が出せる気になっていた。

 頭を大きく振ってゴキゴキと首の関節を鳴らす。右手の拳を左手で包み、指の関節を鳴らす。

 そして満面の笑みで、ビリオンを睨みつけた。


 そのビリオンは瀕死のナナフシを見て、呆然としていた。そしてローラさんより少し遅れて事態をのみ込んだ。ローラさんに背を向けて、ハセガワに血走った目を向ける。


「なんだ、そりゃ!? クソガキがなんで勝てる!? ナナフシのバカだって改造人間だぞ! なんで勝てるんだよ!?」


 ハセガワはドヤ顔のまま、荒ぶる鷹のポーズを決める。そして言い切った。


「知らなかったんすか? 幼女は無敵っす!」


「そんな訳ねえだろっ!」


 ハセガワに気をとられたビリオンは、ローラさんに背を向けたままだった。そのビリオンにゆっくりと近付き、ビリオンのこめかみに全力のゴリラビンタを叩き込んだ。

 ローラさんの豪腕に弾き飛ばされるビリオン。タイル張りの床に何度も身体を打ちつけながら転がっていく。

 だが、それでもビリオンは立ち上がった。意識はもうろうとしている、足もふらついている。それでもビリオンは立ち上がる。


「ふざけるな……。なんだ、お前ら。一体、お前らなんなんだっ!」


 二人は全力の悪ふざけで応じる。


「ゴリラです!」


「幼女っす!」


「二人あわせてゴリレンジャーです!」


 握った拳を振るわせながら、ビリオンはまた呆然としていた。理解の埒外にいるバカ二人。ビリオンはそんな二人に、どう立ち向かったらいいのかまったく分からなかった。

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