第五十七話 迎撃者たち
台東区谷中。ドクター・ディアマンテの拠点。あからさまに異質な雰囲気をかもし出すマンション。
ローラさんとハセガワはそのマンションの正面に堂々とスクーターで乗り付けた。
「さて、どうすっかな……。正面のドアは普通の自動ドアっぽいな。スクーターで突っ込んでみるか?」
「いや、なんの意味があるんですか?」
「意味はないけどさ、なんか憧れない? いきなりバイクで敵の拠点に突っ込んでいくシーンとか」
「一人でやってください。俺は遠くから見てますから」
「ツッコみにキレがねえな……。なんだろう、なんか違うよ」
ローラさんはブツブツ言いながらスクーターから降りた。そして二人はマンションを見上げる。
「五階建てかな……。よく見ると気味の悪いマンションだな……」
「なんですかね、この雰囲気。確かに気味が悪いです」
マンションの外観はごく普通のもの。だがその事に気付く者はあまり多くない。平凡な外観を覆い尽くす不穏な雰囲気、人の気配をまるで感じさせない静寂。それほど古いマンションではないが、心霊スポットと言われれば簡単に納得してしまいそうなたたずまい。
だが、付近の住民がそこに近付く事は無い。たとえ怖い物知らずの若者でも、そのマンションには近付かない。
マンションの正面はごく普通の自動ドア。その両サイドはガラス張りで中をのぞき込む事ができる。
自動ドアの先は、エントランス。見た目は普通のマンションと変わらない。エントランスの奥にはもう一つの自動ドア。そして奥の自動ドアの両サイドには各部屋の郵便受けと、管理人室のドア。
「あの奥の自動ドアをどうやって開けるかだな。頑丈そうには見えないが……」
「正直、ヤバい感じですね。よく見てください、あのドア……」
ハセガワがエントランス奥の自動ドアを指差す。正面が自動ドアになっているようなマンションは、ほとんどがオートロック式になっている。
当然、このマンションもオートロック式になっていると予想できた。そして中に入るためには暗証番号やセキュリティ・キーが必要になるはずだと。
だが、エントランス奥の自動ドアには、それらを使用するような端末が見当たらない。
「外から入ってくる人間のための認証システムが無いみたいですね。要するに内部の人間が鍵を開けてやらないと入れない」
「アナログっちゃアナログだけどよ。堅実な方法だと思うぞ。セキュリティを万全にしたけりゃ、鍵穴なんか作んなって事だよ。多分、あの自動ドアの裏側には常に警備員がいるな。それも複数。めんどくせえセキュリティシステムなんかより武装した警備員の方が役に立つんだよ」
エントランス奥の自動ドアから先は覗き見る事ができない。自動ドア全体がすりガラスになっている。
ローラさんとハセガワは、既に奇襲だの不意打ちといった戦略をとるつもりはなかった。敵の拠点を前に、堂々と仁王立ち。
「それにしても動きがねえな。少しは歓迎してくれると思ってたんだけどな」
「入り口に監視カメラが二つ。ああ、駐輪場の所にも一つありますね。俺たちがここに来てる事は、もう分かってるはずです」
ハセガワの指差す先をローラさんも目で追う。確かに三つの監視カメラはローラさんとハセガワに向いている。わずかにローラさんが動けば、監視カメラも動く。
「中に誘い込もうって作戦でしょうね……。どうします、別の入り口探して……、ああ、そうですか。そうですね、ゴリラですからね」
ハセガワは話の途中だったが、ローラさんは気にも止めずドスドスとマンションの入り口に向かって歩いて行く。
ローラさんがマンションの自動ドアの前まで辿り着くと、ごく普通に自動ドアは開いた。
「確かに『中に入ってこい』って感じだな。まあ、他に手もねえし、行ってみようぜ」
ハセガワはマンションの周りを一回りしてみる事を提案したが、ローラさんはそれを即座に却下した。
秘密結社なら、簡単に見つかるような場所に別の入り口なんて作らない、と言うのがローラさんの主張だった。
しかしローラさんにも多少の不安はあった。ローラさん自身、悪の秘密結社を転々としていた過去がある。それだけに、秘密結社の拠点の備えや仕掛けを熟知しているつもりだった。
自分一人ならどうとでもなる。だがハセガワをどうやって守るか。ローラさんの不安はその一点だったが、今更ハセガワに『外で待ってろ』とは言いづらい。
もっともハセガワも、この状況に不安を感じていない訳では無いが、ハセガワも外で待っているつもりは無い。
一つ目の自動ドアは開いている。周囲に目を配りながら、二人はそのままマンションへと入っていった。
エントランスはやはり普通のマンションに見える。だがやはり不自然な点は多い。入ってすぐの場所には各部屋の郵便受け。そこには一つとして名札が付いていない。
郵便受けの反対側には管理人室の扉と小窓。中には誰もいない。住民向けの掲示板には、黄ばんだ紙の切れっ端が画びょうで留められているだけで、他にはなにも無い。
端的に言えば『人が住んでいる形跡が見当たらない』マンション。しかし電気はついている。エントランスの中は明るく照らされているし、最初の自動ドアも普通に開いていた。
ローラさんは前に進む。そしてエントランス奥の自動ドアへと近付いた。最初の自動ドアは透明なガラス張り、そしてエントランス奥の自動ドアは茶色いすりガラス。その先は見えない。
ローラさんが近付いていくと、茶色いすりガラスの自動ドアも普通に開いてしまった。開いた自動ドアの奥を見つめる。そしてローラさんとハセガワは眉をひそめた。
「なんだ、これ……」
「独特なセンスですね。罠かなんかだと思いますけど、ちょっと予想外ですね」
マンションの外観は平凡なものだった。だが、中に踏み込むとそこは予想外の空間。一階エントランス奥は植物園のように木々が生い茂っている空間だった。
二人が入ってきた自動ドアから、真っ直ぐ前に進むとエレベータが一基。そこまでの床はタイル張り。その両サイドはなぜか植え込みになっていて、木々が生い茂る。だが、その木々を見つめるハセガワが気になった事をつぶやいた。
「ローラさん。これ、多分全部作り物です」
エントランス奥は広い空間になっていたが、その半分くらいは作り物の木々が並ぶ植物園風の展示スペース。
だが、そこは決して憩いのスペースとは呼べない。見た目は木々が生い茂るように見えるが、よく見ればいくつもの木が倒れかけている。
美しい自然をイメージしたというよりは、荒れ果てた樹海を連想させる展示物。
ローラさんは真っ直ぐエレベータまで進む。そして植物園風のスペースの半分まで進んだところで足を止めた。
「歓迎してくれるのは、お前一人か?」
ハセガワにはエレベータ前まで誰もいないように見える。だが作り物の木が動き、そしてその陰から灰色のライダーが姿を見せる。
「お前がナナフシか?」
ローラさんが威嚇する。目の前に表れたライダーを、テロの実行犯ナナフシ・ライダーと判断した。
灰色のライダーはローラさんの問いかけには答えず、ただ静かにたたずんでいる。ローラさんはその姿を見て直感した。
『コイツ、強えな……』
ローラさんの視線が灰色のライダーに向けられる。戦いを予見したローラさんは、灰色のライダーから目を離す事ができない。
それはハセガワも同じだった。二人は灰色のライダーを見つめる。ハセガワにも感じ取れるほどの殺意。それが灰色のライダーからほとばしるようだった。
二人の背後で作り物の木々が動く。くずれて傾いたような丸太が、独りでに動き出す。その丸太には間接があり、四肢があり、そして節穴のようだった黒い穴から狂気に満ちた目がのぞく。
丸太が動き出すと同時に、灰色のライダーが口を開く。
「ナナフシ? 俺がナナフシに見えるのか?」
丸太は静かに二人の背後へと迫る。
「お前がテロの実行犯のナナフシ・ライダーなんだろ? 昨日は秋葉原で世話になったな、借りを返しに来たよ」
ローラさんは灰色のライダーへと近付く。その途中でハセガワを手で制して、一人で前に進む。灰色のライダーは、まるでローラさんを嘲笑うように言った。
「ナナフシならお前の後ろにいるよ」
次の瞬間、ローラさんはハセガワの悲鳴を聞いた。そして即座に後ろを振り返ると、丸太のような生き物がハセガワの髪の毛を掴み、そのまま床に引きずり倒した。
丸太は徐々にその姿を変えていく。木が腐って崩れていくように、丸太は形を変えていき、そして妙に細長いライダーへと姿を変えた。
「俺はビリオンだ」
灰色のライダーの声。ハセガワと丸太に意識が向いていたローラさんは、ビリオンの拳をまともに食らう。
ビリオンの拳は重かった。そして完全に不意を突かれた。生身の人間なら一撃で葬れる拳。それを無防備な状態で食らう。
軽くのけぞるローラさん。そこに更なる追撃を食らう。反射的に反撃を試みるが、ローラさんのビンタは空を切る。
『速い……、いや、コイツの動きが読めねえ……』
ローラさんの前には無音の暗殺者。口元だけ露出したヘルメットのライダーは、静かにローラさんから距離をとる。
背後からハセガワの呻き声。倒れたハセガワの腹部をナナフシが踏みつけている。
「おぉっ、げぇ!」
踏みつけられた力で、肺の空気を残らず絞り出すような呻き声をあげるハセガワ。そこに気をとられた隙に、再びビリオンの襲撃が始まる。
彼らの戦略は単純だった。ハセガワを確保して、ローラさんの気をそらす。その隙を突いてビリオンが襲う。
ナナフシはハセガワのまたハセガワの髪を掴んで、強引に立たせる。そして髪の毛を掴んだまま顔をローラさんに向けさせて、嘲笑うように言った。
「使いっ走りどもと連絡がとれなくなってな。どうせコッチに来るんだろうと思ったよ。だが、それにしてもお前バカだな。どうしてこの小娘をわざわざ連れてきた?」
ナナフシに気をとられた瞬間に、また殴られる。しかし今度は殴ったビリオンが戸惑う。
『どんだけ頑丈にできてんだ、このゴリラ……』
ビリオンは拳を振るう。生身の人間なら一撃で済む。たとえ改造人間であっても、まともにビリオンの一撃を食らって立っていた者はいない。少なくとも今までは。
『ナナフシのバカが……。理解してないのか、コイツは長引かせるとヤバい』
しかしナナフシは既に得意になっていた。勝負あったと思い込んだ。そして余計な事を口走る。
「この小娘は『生かしておけ』と言われてるが、お前は別だ」
脅し文句のつもりだった。だが、『生かしておけ』は失言だった。ローラさんは豪腕を振るい、ビリオンを遠ざける。その隙に辺りに目を向ける。
出入り口は二つ。ローラさんが入ってきた自動ドア、そして奥のエレベータ。
再び襲いかかってきたビリオンの拳をまともに食らいながら、それでもローラさんは前に進む。そしてビリオンと身体の位置を入れ替えるようにエレベータ前へ。
「どうした、ゴリラ。そっちは逃げ道じゃねえぞ」
ナナフシは嘲笑う。しかしビリオンは戦慄する。ナナフシはそれに気付かず、勝ち誇ったまま冗舌に罵る。
「エレベータに乗って逃げるか? バカだな、お前は。それに乗ったところでこのアジトからは出られねえぞ。単細胞のゴリラが。第一、そのエレベータは鍵が無きゃ動かねえよ」
そのナナフシをビリオンがとがめる。
「少し黙れ、ナナフシ」
ローラさんはエレベータを背にして、仁王立ちでビリオンと睨み合う。
『生かしておけ、か……。そう命令したのはドクターだな。少なくともハセガワがこの場で殺される心配はない。だったら、この場から連れ去られるのだけ防げばチャンスもあるかな……』
ローラさんがエレベータをふさいだ訳。それはナナフシによってハセガワが連れ去られるのを回避するためだった。
『エレベータを動かすには鍵が必要か。どちらにせよ、二人とも倒さねえとドクターのとこには行けねえな……』
ビリオンはナナフシを殴りそうになった。ナナフシの発言がローラさんに情報を与えている。ナナフシはどこまでも無能だった。枯れ果てた丸太のようなナナフシ。その姿で擬態する以外、なんの取り柄もない男。
その男に髪を掴まれたままのハセガワは、怯えながら泣きじゃくる。
エレベータ前ではローラさんとビリオンの戦闘が続く。しかし、実際には戦闘とも言い難い。ビリオンが圧倒的に優勢だった。
速度で勝るビリオンを、ローラさんは捉える事ができない。ローラさんも決して愚鈍ではない。だが、無音の暗殺者に対しては分が悪かった。
繰り返し豪腕を振るうビリオン。その拳がローラさんの急所に当たる度に、戦慄する。
『化け物かよ、まだ倒れねえのか』
焦りが生まれる。そして焦りが隙を生む。更なる攻撃を加えようと踏み込む。そして殴りつける。その直後、ビリオンの身体が急激に重くなった。
ローラさんの指先が、ビリオンの変身ベルトを掴んでいた。振りほどく時間はない。それよりも先にローラさんの豪腕が迫る。
爆発音にも似た打撃音が響く。分厚いタイヤが破裂するような音。それがビリオンの顔面から響き渡る。
『なんだ、このビンタは。まともじゃねえ』
ビリオンは意識を失いそうになった。踏みとどまり、倒れる事だけは回避したものの、目の前の景色は歪んで見える。
『強えな。ああ、コイツか……バッタ野郎とケンカしたってヤツは』
初代と一対一で戦った男。ビリオン・ライダーの話はローラさんも聞いていた。それを思い出した途端、ローラさんの身体が熱くなる。
『簡単に倒せる相手じゃねえな。ゴメンな、ハセガワ。もうちょい待っててくれ』
ローラさんはハセガワに目を向ける。ナナフシに髪を掴まれて泣きじゃくるハセガワは、鼻と口から血を流していた。殺されてはいない。だが、既にナナフシから暴行を受けていた。
ローラさんの全身が熱くなる。猛り狂う野生のゴリラのように叫びたい衝動を抑えて、ローラさんはビリオンを睨みつけた。




