第五十六話 襲撃者たち
大田区平和島。ゴリゴリカレーの二階。ローラさんとハセガワの話は続く。泣いたり笑ったりしながら、二人はまた距離を縮める。
それでもローラさんには少しだけ引っかかるところもあった。ハセガワの口調が戻らない。
「食べる物って俺のスルメだけですか? じゃあ、ちょっとドンキー行ってきますよ。なに食べます?」
多少フランクではあるが、以前のハセガワとは微妙に異なる口調。それが本来のハセガワなのかも知れない。そう思えば仕方が無い事だが、それでもローラさんにはまだハセガワに迷いがあるようにも思えた。
「まあ、食い物の事はいいよ。それより話はいいのか? なんでも聞くぞ」
ハセガワは少しばかり眉をひそめる。そしてハセガワにとって、恐怖ではなく疑問となっている事を語り始めた。
理解の埒外にある、怪人たちの最後の言葉。
「ローラさん。これってローラさんにも分からないかも知れないんですけど、ちょっと疑問に思ってる事があるんです。
俺が怪人に殺されかけた時、突然怪人が動かなくなって爆発したんですよ。だけど、その直前に怪人が妙な事を口走ってたんです」
頭を掻きむしるローラさん。それはローラさんにとっても触れたくなかった事。
「『ありがとう』か?」
「……はい。ちょっと引っかかってるんです。俺は殺されかけたのに、なんでそんなヤツから礼を言われないといけないのか……。どういう意味か分かりますか?」
「正直、なんとなくだけどな、意味は分かるよ。アイツら、死に場所を求めてたんだ。怪人として、派手に死にたいって思いがあったんだよ」
「前に言ってましたね。怪人は時間が経つと知能が低下していくとか……」
「ああ、耐えられないんだろうな。ドンドン自分がバカになっていくのが、死ぬより怖いんだよ。だから死に場所を求めてた。そして見つけた。それだけの話だよ」
「誰に対する感謝なんですか?」
「さあな。死なせてくれる誰かか、もしくは世界そのものに対してかな……」
笑っていたローラさんも若干渋い顔を見せる。ローラさんにとっても怪人たちの最後の言葉は、杭のように胸に深く打ち込まれている。
感謝しながら死んでいく怪人たち。彼らの望みは本当に死ぬ事だったのか。ローラさんもそんな怪人を知っている。かつてゴリゴリ団に所属していた怪人。
知能が低下した上に、肉体の崩壊まで始まっていたかつての仲間。ヨシダさんが泣きながら看病して、最後にはローラさんとヨシダさんの二人で保健所へと連れて行った怪人。
「アイツも最後は『ありがとう』って言ってたな……」
「すいません。話変えましょうか。ローラさんはいつ死ぬんですか?」
「スゲえ方向に変えたな。まあ、俺は死なねえよ。なんでか知らねえけど、知能も低下してねえし」
「それ、気になってたんですよ。ローラさんは普通の改造人間とは違うんですか?」
「知らん。まあ、マジな話でな。俺も今まで色んな秘密結社渡り歩いたけどさ。どこ行ってもとりあえず検査よ。大体はビビってるね、俺に。何年も怪人やってるヤツなんていないから。
だけど、どこの結社に行っても俺の知能が衰えない理由を解明できなかった。最後は『奇跡』なんて呼ばれてたよ。解明もできないし、再現もできないってな」
「他の怪人から見たら、ローラさんって憧れの的かも知れないですね」
「多分そうでもねえよ。俺、今まで好き勝手やって生きてたし。実際、渡り歩いた結社の中には俺が潰しちゃったのもあるし」
食べていたスルメも底をつき、二人の話も雑談が多くなっていく。そんな中、ゴリゴリカレーの店舗から物音が聞こえた。
「誰か来ましたね。ちょっと見てきますよ」
「ん? ああ、いいよ。俺が見てくる。もしかしたらマスコミかも知れないし。テレビ見ろよ、お前もう有名になってんぞ」
ローラさんはドスドスと大きな足音を立てながら店舗スペースへと続く階段を降りていく。
どうしても過敏になっている。ハセガワを守らないといけない、その思いがローラさんの判断に影響を与える。
いつもなら店舗に来た人間の対応はヨシダさんかハセガワがやっている。だが、今はハセガワを一人にする気にもなれない。
「もうちょいかな……。まだ少し元気が無いよな……」
そんな事をつぶやきながら、ローラさんは店舗スペースへと向かった。
ローラさんを出迎えたのは六人のヒーローたち。ローラさんも会った事のないヒーローたちだった。
明らかにまとまりの無い六人。三人がライダー。もう三人が戦隊。戦隊に至っては着ているコスチュームから、それぞれ別の戦隊のメンバーだと予想できた。
そんなヒーローたちに、ローラさんは眉をひそめる。
「なに、君ら?」
そんなローラさんの問いかけに、ヒーローたちは動揺を隠せない。
「おい、マジかよ……。思ってたよりデカいぞ……」
「だ、大丈夫だろ。とにかく予定通りに行くぞ……」
少し離れた場所にいるローラさんには聞こえない。ボソボソと話し合うヒーローたちに、ローラさんの眉間のしわも深くなる。
「だからなに? なにしに来たの?」
苛立つローラさんに、リーダー格と思われるライダーが、妙にへつらって挨拶をする。
「は、初めまして。僕、フナムシ・ライダーって言います。実は、今日はゴリレンジャーの新メンバーに立候補したくてやって来たんです」
秋葉原テロの翌日。既にゴリレンジャーの知名度は大きく上昇していた。そして現在は四人しかいない事も世間に知られている。
ローラさんは眉をひそめたまま、それでも少しだけ丁寧な口調で対応を始めた。
「ああ、ゴメンね。今、うち新メンバー募集してないんだ。悪いけど帰ってくれる?」
「いや、話だけでも聞いてくださいよ。ここにいるヒーロー全員が、ゴリラさんに憧れてて……」
そう言いながらローラさんとの距離を詰めるヒーローたち。ローラさんは頭を掻きながら、扱いに困っていた。
そしてヒーローたちはローラさんを取り囲む。そのヒーローたちの行動に不穏なものを感じながらも、ローラさんは丁寧な対応を続ける。
「あのさ、憧れてるって言われりゃ悪い気はしないけどさ、でも新メンバーは俺一人で決められる訳じゃないし、君らの事も俺は知らないかッゴ!」
ローラさんの言葉を中断させたのは、青白い閃光。
ライダーがとりだしたやたらと巨大な棒状のスタンガンが、ローラさんの腹部に押し当てられ、そして閃光を放った。
ミドリ君が愛用しているスタンガンよりも強力なモデル。青白い閃光となった電流がローラさんの体毛すら焦がす。
動きを止めたローラさんの脳天に、もう一人のライダーが鉄製の警棒を振り下ろす。そしてローラさんを取り囲む他のヒーローたちも武器を取り出して、ローラさんを襲おうと身構える。
だが、彼らは動けなかった。
野球のグローブを思わせる大きなゴツい手が、スタンガンを持つライダーの頭部を掴む。そのゴツい手の持ち主は、低く唸るような声で言った。
「ああ、自殺しに来たのか……」
そのままローラさんはライダーの頭を締め上げる。片手で粉砕されるライダーのヘルメット。そのまま頭蓋骨まで握り潰す勢いだった。
別の戦隊ヒーローがなにかを叫ぼうとした。それがローラさんへの怒声だったのか、それとも悲鳴だったのか。それは分からない。
叫ぼうと大きく息を吸った瞬間、ローラさんが掴んでいたライダーを戦隊ヒーローに投げつける。
戦いにはならなかった。不意を突いたつもりのヒーローたちは、全員が油断していた。たとえ秋葉原で大量の怪人を葬ったと聞かされても、自分たちが囲んで更に不意を突けば勝てると思い込んでいた。
その傲慢な思いが、一瞬で恐怖に塗り替えられる。戦意を失い武器を落とすライダー。逃げだそうとする戦隊。
大振りのゴリラビンタが一撃で二人まとめて始末する。そしてローラさんの背後に立つヒーローへと目を向ける。
二人のヒーローの頭部を鷲掴みにして、そのままサルがシンバルを持った玩具のように繰り返しヒーローの頭部を自分の胸の前で叩きつける。
一撃でヘルメットに亀裂が入り、次の一撃で砕ける。それでも止まらない。小さな悲鳴をあげるヒーロー二人を、延々とぶちのめす。
動かなくなったヒーローを床に転がして、辺りを見回す。全部で六人。一応全員意識はあった。
階段の上から様子を見ていたハセガワが、二階からロープを持って降りてくる。
「とりあえず縛っておきましょう。で、コイツら何者ですか?」
「これから聞くよ。ほら、お前ら。正直に話さないと……」
タップリと間をあけて、唸るような声で言った。
「……頭、もぐよ」
震え上がる者もいれば、意味を理解できなかった者もいる。ローラさんは淡々と話を続ける。
「意味分かんない? 『もぐ』って言ったんだよ。こうやってな……」
無造作にライダーの頭部を掴み、そして胴体から引っこ抜くように力を込める。もちろん多少の手加減はしている。だが、やられている方は地獄だった。
本当に頭をもぎ取られそうな力を感じ、必死に抵抗するライダー。だが意味がない。ただ手足をばたつかせるだけ。六人の悲鳴が店舗スペースに響き渡る。
***
その後、死にかけたライダーを転がしたまま、ローラさんは残りの五人から話を聞いた。
「グノーシス。それがお前らの組織か……」
厳密に言えば五人の襲撃者はメジャーレッドの傘下にある犯罪組織の所属である。グノーシスは名前の無い犯罪組織と『ホワイト』、そしてビリオンによる同盟を指す言葉。
グノーシスの実態を知る者は少ない。その一員だと思い込んでいる者ですら、その実態を知らされていない。
「で、ドクター・ディアマンテからハセガワを拉致って来いって言われた訳だ」
襲撃者の口からドクターの名前が出た時から、ハセガワの表情は強張っている。自分の人生を破壊した男。そのドクターが、ハセガワを狙っている。
「でもハセガワを拉致る理由は聞かされてない訳か? お前らただの使いっ走りか……」
ローラさんが呆れたような口調で襲撃者を見下す。そこにハセガワが口を挟んだ。
「で、俺をどこに連れて行くつもりだったんだ? それすら聞いてないって訳じゃないよな」
襲撃者たちは困惑した。それを話せば殺される。彼らはそう考えた。だが、話さなくても殺される。二人目の頭がもぎ取られそうになってから、彼らはそれに気が付いた。
「行きましょう、ローラさん。お留守番ってのは無しにしてください。なにもできないのは承知してますけど、黙って家で待ってる事もできませんよ」
「だな。俺もずっとついててやるって言っちゃったし。これで『家で待ってろ』なんて言ったら大嘘つきになっちまうからな」
ローラさんはニヤリと笑う。もちろんドクターの拠点にハセガワを連れて行くのは危険だと理解している。
それでも今は、ハセガワの意志を優先したかった。ハセガワの人生を破壊した男を、ハセガワの前でぶちのめしてやりたかった。
ゴリゴリカレーに置いていく襲撃者が妙な事をしないように、一人ずつ全力のビンタをお見舞いする。最後の一人が必死に命乞いを始め、そして一縷の望みを託し、彼の知る最も危険な情報を口にした。
「なんでも話す。なんでも話すから勘弁してくれ。ナナフシの事も話すから……」
ナナフシ・ライダー。その名前をローラさんが聞くのは初めてだった。そしてその男の素性を聞かされて、ローラさんは怒りを抑えられなかった。
「そうですよね。そのグノーシスを追っていけば、いつかは辿り着くはずですよ。いきなり出てくるとは思わなかったですけど」
ハセガワでさえ怒りに顔を歪めている。ローラさんは最後のライダーを徹底的に痛めつけた。
別に彼に責任がある訳ではない。むしろ情報提供者として、ある程度は手加減してもよかったかも知れない。
だが、ローラさんにもそれはできなかった。怒りのまま、豪腕を振るう。ナナフシという男に対する怒りを襲撃者へと叩きつけた。
ローラさんとハセガワは知ってしまった。ナナフシ・ライダーこそ、東京拘置所と秋葉原のテロの実行犯だと。
哀れな怪人を利用して、無関係な人々を犠牲にした男。襲撃者は、ナナフシに関する事で自分が知っている事をすべて話した。
メジャーレッドの配下ではあるが、襲撃者よりも上の地位にいる事。そして二件のテロに関して主導的な役割を果たしていた事。
そしてこれから二人が向かう、ドクター・ディアマンテの拠点にナナフシがいる事を。
二人の脳裏に、怪人たちの最後の言葉が響く。
その言葉が二人の胸を締めつける。
***
スクーターが甲高い排気音を響かせて走る。運転するローラさんの後ろにはハセガワ。二人は無言のまま、ドクターの拠点を目指す。ハセガワの決着をつけるために、そしてテロの借りを返すために。




