第五十三話 幼女とヘタレの戦い
千代田区外神田。中央通りと総武・中央線の高架が交差するテロ現場。現場は混乱の中にあったが、それでもその場の全員がパニックになっていた訳ではなかった。
なにより、どう見てもヒーローとしては異質だった幼女のハセガワと、無駄にデカいだけのオッサンが必死に救助作業に当たっているのを見て、テロに巻き込まれた被害者の多くは勇気づけられた。
「なあ、君。僕にも手伝える事はあるかな? 僕は大したケガもしてないし……」
「応急処置で良ければ手伝います。一応、経験があるんで」
「ドラッグストアから医療品を提供してもらえました! 必要な方、いらっしゃいますか」
「おいっ! ケガ人をそっちに運べ! そっとな、気をつけろよ」
「そこのでっかいオッサン。さっきバリケードがどうとか言ってたけど、俺も手伝おうか」
巻き込まれた人たちも戦い始めた。決して殴る蹴るの戦いではないが。その光景を見て、ハセガワは安堵した。ハセガワもまた勇気づけられていた。
それでも事態は更に悪化していく。ローラさんとイエローが仕留め損なった怪人が数人、テロ現場へと近付いていた。
「おいっ! 怪人がコッチに来てるぞ!」
再びテロ現場が恐怖に呑み込まれる。ローラさんとイエローは簡単に片付けているが、それでも一般人にとって怪人は十分な脅威だった。
一般人よりもずっと強い上に、理性の欠片もなく、そして仮に倒せたとしても爆発する。
警官たちが悲痛な顔で装備を調える。
「盾は大丈夫か? 催涙ガスを用意しろ。使用許可は下りていないが、これ以上の犠牲は出せない」
ハセガワとミドリ君はヒーローだった。その事は現場にいる誰もが理解している。それでも明らかに子供の体型をしているハセガワに対して『戦ってくれ』とは誰も言わない。
そしてミドリ君はその言葉をかけられても、聞こえないフリをしている。
「バ、バリケード先に作らないと……。ローラさんに言われてるし……」
警官の一人がその場の人たちに告げる。
「これより怪人との戦闘を開始します。皆さんはこの場を動かないように。それと催涙ガスを使用します。なにか布などで口をおさえ、目を閉じておいてください」
警官はハセガワとミドリ君に声をかける。
「この場は任せていいな。後は頼む」
勝てないと分かっている。ヒーローと怪人の力。それを彼らはよく知っている。それでも彼らは戦わないといけない。
向かってくる怪人は三人。それぞれが徒党を組む訳でもなく、フラフラとテロ現場へと近付いている。
警官隊は一度集まり、そして向かってくる怪人たちと真っ正面から向き合った。
怪人に対して、緑色の缶が放り投げられる。それは怪人の足下に落ちる前から、白煙を噴き出していた。
その白煙は特殊部隊が使用していたスモーク・グレネードと同じ物に見えるが、本質はまるで違う。
怪人の視界を奪い、そして皮膚や粘膜に触れるだけで大きなダメージを与える催涙ガス。本来なら使用するべきではない兵器。屋外ではガスが拡散してしまい、どこまで被害が拡大するか分からない。むしろ風向きによっては、警官隊はもちろん背後の一般人までダメージを受ける。
今はそんな危険な兵器すら使わなければいけない状況だった。しかし警官の決断の甲斐もなく、催涙ガスはそれほど大きな成果を上げられなかった。
三人の怪人の内、一人が動きを止めてうずくまる。そのまま激しく咳き込んでいる。だが、残りの二人は意に介さず近付いてくる。
警官隊は大型の銃器を構える。見た目は普通のマシンガンに見えた。その銃器を構えたまま、警官隊は怪人へと近付いていく。一時的に指揮官を務めていると見られる警官が、発砲を控えるようにハンドサインを送ったまま、ゆっくりと近付いていく。
怪人が至近距離に近付いてくる。それでも発砲はしない。そのまま手のひらを振って、警官を散開させる。そして怪人に対して横に広がってから、一斉射撃のハンドサインを出す。
激しい銃声が立て続けに響く。それでも怪人は倒れない。警官の持つ銃に装填されているのはゴム製の弾丸だった。
暴動鎮圧用のゴム弾。非殺傷兵器と呼ばれているが、至近距離なら致命傷にもなり得る。そのゴム弾を身体中に食らっても怪人は倒れない。だが動きは止めた。
指揮官は迷った。更に距離を詰めるか、それとも実弾が装填されているピストルを使うか。その決断の前に、怪人の動きに変化が現れた。突然呆然と立ち尽くす怪人。その姿は生気がなく、まるで人形のようだった。
離れた場所にある高層ビルから監視していたナナフシが、リモコンのスイッチを押していた。
警官隊が包囲していた怪人は、その場で爆散した。警官隊を巻き込んで。
「さて……、次はどいつを殺るかな……」
ニヤニヤと笑いながらナナフシは手にしたリモコンをいじる。ダイヤルを回し、周波数を調整する。怪人を一人ずつ爆殺できるリモコンは、ダイヤルで爆破する怪人を事前に選択しておく必要があった。
ナナフシは記憶を辿り、残りの怪人の周波数を思い出す。そしてダイヤルを回す。ダイヤルは催涙ガスで苦しんでいる怪人を選択していた。
吹き飛ばされる警官隊。ゴム弾の威力が乏しいために、彼らは怪人に近付きすぎた。宙を舞う指揮官。
まるで放り投げられた人形のように、力なく手足を投げ出して宙を舞う。そのまま頭から落ちて、彼は動かなくなった。
「ミドリ君……。行こう、アイツを止めないと」
ハセガワが歩き出す。ミドリ君がせっせと作っているバリケードの向こう側へと。
「いや、無理だよ。僕らだけじゃどうしようもないよ。このままローラさんを待ってれば……」
「ビビんなっ!」
ハセガワの一喝。ミドリ君は言葉を失う。ハセガワは言葉とは裏腹に、足が震えていた。それでも前に進もうとしている。
『なんでだよ……。なんでこんな事しなくちゃいけないんだ……』
ハセガワは震える足で前に進む。その先には怪人。それよりもずっと先にローラさんとイエロー。その姿にハセガワは思い出す。
ハセガワにはなにもない。幼女となってから、すべてを失った。その後で知り合ったローラさんは、たった一晩で自分を仲間だと受け入れてくれた。
そしてローラさんと共に戦っているイエロー。ハセガワの事情を知り、ハセガワの方が年上だと知ってからも、変わらず気さくに接してくれる。まるで友人のように。
ローラさんがいなくても、二人で一日中遊んでいる事もあった。
そんな連中が戦っている。ずっと先の場所で。彼らを待つのではなく、彼らの元へ行きたい。ハセガワはそう思った。
ハセガワが歩みを進めるもう一つの理由。背後から聞こえる人々の悲鳴やすすり泣き。自分に戦える力なんて無い。それくらい分かっている。周囲もそれを分かっている。
それでも彼らは誰かを頼りたかった。青く光るヨロイに目を向ける。恐怖の中に希望を見るように。
ハセガワはその目を拒めなかった。覚悟なんてできていない。それでも、ハセガワは前に進んだ。
その後を、オドオドとミドリ君が追う。
***
ローラさんは背後から聞こえた銃声と爆発音に、背筋が寒くなった。テロ現場への怪人の接近を許してしまった。
警官隊が吹き飛ばされ、更に別の怪人がテロ現場へと向かう。その怪人を追う事も考えた。だが、思いとどまる。
ここでローラさんが戻れば、目の前の怪人たちも追ってくる。単純に交戦する場所をテロ現場に近づけてしまうだけ。
高速で動けるイエローに視線を送る。だが、イエローにはその余裕がない。迷いが苛立ちを生み、そして隙をつくる。
気が付けば怪人たちはローラさんを囲んでいた。
周囲の怪人に視線を移し、またテロ現場を眺める。視線を彷徨わせている内に、ローラさんはバリケードの向こう側からのっそりとミドリ君が怪人に向かっていく姿を見つける。ミドリ君の足下にいるハセガワまでは見えていない。
「へえ……、アイツも成長してんだな……。頑張れよ、ミドリ君」
ローラさんは満面の笑みを浮かべながらつぶやいて、その笑顔のまま怪人を張り倒した。怪人の数は減っていく。次々と爆発していく。ローラさんが倒した者の他に、ただ歩いているだけで爆発した者もいた。それをローラさんは見逃さない。
『誰だよ……。コイツらの命をもてあそんでるヤツは』
ヒーローと怪人の区別もなく、ローラさんは自分に挑んでくる者には容赦しない。だが、明確な殺意を持って手を下す事はまれだった。そのローラさんは次々に死んでいく怪人たちに怒りと哀れみを覚えていた。
***
即席のバリケードから、ハセガワとミドリ君が歩き出す。テロ現場を目指す残り二人の怪人の元へ。
一人は催涙ガスにやられてうずくまっている。激しく嘔吐き、顔面を妙に細い腕でこすっている。もう一人はよだれを垂らしながらハセガワとミドリ君を睨みつけている。
互いに歩み寄る。怪人に明確な殺意は見えない。ただ正気を失って徘徊しているだけにも見える。だが、怪人が危険である事には変わらない。ただ常人を遙かに上回る身体能力、それだけで十分な脅威。その能力の持ち主が正気を失っている上に、身体に爆弾を埋め込まれている。
「ハセガワ君のスーツはどんな感じ? それ爆発に耐えられるの?」
ミドリ君が不安げに尋ねる。ハセガワの表情はヘルメットで分からないが、声は明らかに震えている。
「コッチの事は心配すんな……」
ハセガワの強化スーツは防御力に全振りのステータスと言われている。だが、今までにその限界を試した事はない。一度だけ、ふざけたローラさんに手加減したゴリラビンタを食らった事があったが、その時はスーツは無事だったがハセガワ自身は脳しんとうを起こしていた。
スーツがいくら頑丈にできていても、その衝撃がすべて殺せる訳ではない。怪人の爆発を至近距離で食らったらどうなるのか、それはハセガワにも分からない。
「カァアアアアッ!」
怪人が奇声を発した。初めて見せた威嚇。巨大なミドリ君に対して、身の危険を感じた様子だった。
「おっ、大人しくしてれば、なにもしないから……。だからさ、もうやめよ。ねっ」
オドオドと説得を試みるミドリ君だったが、既に怪人は人の言葉も分からない。
「キィイイッ! カッカッ!」
人間とは異なる声帯。それが発する奇妙な叫び。怪人はミドリ君の足下に飛びかかった。そしてミドリ君の足にかじりつく。
「ちょっ、痛い。あの、ホント痛いから放して。いや、マジで」
その怪人に対してハセガワが飛びかかる。ただの体当たり。ミドリ君から怪人が離れた。その怪人に対してミドリ君が手を伸ばす。
今度はその指に怪人が噛みついた。慌てて手を引くミドリ君だが、その噛みつかれた指をさすりながら徐々にキレていく。
「なんだよ、もう……。話し合いで解決すればいいじゃん! なんだよ、お前。なんだよ、もう! なんだよ、もーっ!なんだよ、なんなんだよ!」
怪人を両手で掴み、そして高々と持ち上げる。そのまま無造作にアスファルトの道路へと叩きつけた。
地味に見えたが、実際にはえげつない必殺技。ビルの四階ほどの高さから叩きつけられた怪人はその場で身体をけいれんさせている。
もう一度怪人を引きずり起こし、そのまま遠くに投げ捨てる。ローラさんとミドリ君のちょうど間くらいに落ちた怪人は、その数秒後に爆発した。
「イギィイイイッ!」
唐突に響いた奇声。催涙ガスにやられていた怪人が身を起こし、そのまま倒れている警官に襲いかかる。
奇声を聞いた警官が、もがきながらも身体を立て直そうとする。そして銃を探す。爆発に巻き込まれた時に、どこかへと飛んでいった銃を。
怪人が迫る。爆発で恐らく重傷を負ってしまった警官は、逃げる事もできなかった。このままでは殺される。また犠牲者が増える。それもハセガワの目の前で。
考えなどなかった。ただ身体が動いていた。ハセガワは警官へと襲いかかる怪人に体当たりを決めた。
戦い方なんて知らない。武器すら持った事がない。それは幼女になる前から変わらない。どうして自分が戦っているのかも分からない。
体当たりで動きを止められた怪人が、激高してハセガワに狙いを変えた。ハセガワの首を細い腕で締め上げる。昆虫のような腕が、異常な力でハセガワを締め上げる。
強化スーツの首の部分は柔軟性に優れ衝撃にも強かったが、それでも『締め上げる』という単純な攻撃は、スーツの内側のハセガワの喉を圧迫する。
もっとも生身の人間なら、既に首の骨を折られているはずだが。
ハセガワの首を絞めている細い昆虫の腕から突然力が消えた。そして怪人は人形のように無機質な存在を思わせる姿に変わる。
恐怖を感じた瞬間、ハセガワの視界が真っ白に染まる。そして激しい衝撃。手加減したゴリラビンタとは比較にならない衝撃。
ハセガワの身体は吹き飛ばされた。そのままバリケードに突っ込んでいく。バリケードとして並べられた中央線の車両が、ハセガワが突っ込んだ衝撃で形を更にいびつに歪ませる。車両自体も大きくテロ現場へとずれる。
激しい衝撃にハセガワは意識を失いかけた。ボンヤリとした思考で、ハセガワは自分の状況を推し量る。
『ああ……。俺、死んだのかな……。なんでだよ……、なんでこんな目に……』
「……セガワ君! ハセガワ君! 大丈夫!? しっかりしてよ!」
『うるせえな、ヘタレ野郎……。あれ……、お前も死んだの?』
「今ね、お医者さん呼ぶから、だから待ってて! 死なないで!」
『なんだ……、死んでねえのか………………。良かった……』
ハセガワはゆっくりと身体を起こす。その様子を観察していたナナフシは舌打ちをする。テロ現場からは、大きく離れている高層ビル。そこから人の域を超えた視力で見つめていたナナフシは、苛立ちも隠さずに吐き捨てる。
「なんだよ、あのスーツは。ガキにあんなモン与えやがったのは、どこのバカだ」
ナナフシはリモコンをしまい、代わりに無線機を手に取る。
「ビリオンさん。ガキとデカいのだけでも始末してください」




