第五十二話 ローラさんの悪ふざけ
千代田区外神田。中央通りと総武・中央線の高架が交差するテロ現場。中央通りをまたぐ鉄橋部分は自爆テロによって崩れ落ちた。高架が落下した衝撃でアスファルトの道路は地盤沈下を起こし、更に高架を通過するはずだった電車は線路から外れ中央通りへとなだれ込む。
その衝撃は中央通り沿いの建物を易々と破壊し、あらゆる車両を玩具のように弾き飛ばす。
その中で、巻き込まれた人々はあまりにも容易く命を奪われていった。
その凄惨な光景を、ハセガワは見ないようにしていた。視界には入っている。現状を理解できないほど正気を失っている訳ではない。
だが、まともに直視できない。崩れていく街並みに息を呑む、潰れてしまった自動車に戦慄する。だが、死んでしまった犠牲者たちには、弔いの言葉すら思いつかない。
ただ漫然と肉塊を避ける。目を向けず、手も触れず、話題にもしない。
ハセガワは、凄惨なテロの現場に救助活動に専念していた。しかし、ハセガワの着用している強化スーツは決して身体能力を強化する物ではない。徹底した防御力全振りのスペック。本人を認証するシステムすら音声認識のみになっている。
そんな防御力重視のスーツでは、テロの現場の救助活動の役には立たない。それでもハセガワは自分にできる事を探した。
周囲を見回し、生存者を探す。イエローのようにセンサーを搭載したヘルメットではないため、純粋にハセガワ自身の注意力だけが頼りだった。
「ミドリ君。あの車両持ち上げて! 挟まれて動けない人がいる!」
「……あのさ、もうすぐ警察の人が来るから、それまで待ってた方が……」
「うるせえっ! いいからやれよ!」
ハセガワはヒーローだった。それ以外の何者でもない。ほんの一年前まで、ごく平凡なサラリーマンだったハセガワは、『アルルカン』という組織が開発した『TSウィルス』によって性転換させられた。
そしてハセガワはすべてを失った。仕事も友人も、親族も。決して彼らがハセガワから離れていった訳ではない。ただ、ハセガワの周囲の人たちも変わってしまったハセガワへの対応に困り、どう接するか悩んだ。
しかし最後は、ハセガワの周りには誰もいなくなった。
現在のハセガワはヒーローだった。幼女になってから初めてできた仲間たち。それがヒーローになる事を選んだから、ハセガワもヒーローになった。そうするしかなかった。
だからハセガワは奮闘する。自分にはなにもできないと知りつつも、ハセガワはヒーローであろうとした。
***
そのハセガワが奮闘する高架の上では、二人のヒーローが怪人たちと向き合う。ローラさんとビルダーイエローの二人は、三人の怪人を前に戦闘を始めようとしていた。
「さて、兄弟。どうやって倒す? 俺も自爆覚悟で来る連中とやるのは初めてウホ」
「いや、俺もさすがにそんな経験はねえな……。とりあえずぶっ飛ばしてから、爆発する前に逃げる。そんな感じかな……」
「強すぎるのも問題だウホ……。戦いに戦略とか無いウホ? 本当にそれで今までやって来たウホ?」
「うるせえ! 来たぞ!」
二人の怪人が走り出す。残りの一人は動く事なく戦いを静観しようとしている。ナマコ男は見届けるためにここに来た。仲間たちが幸せな最後に辿り着こうとしているのを。
怪人にとって、最高の死に方。自爆テロと言ってしまえばそれまでの死に様。それでも彼らにとって、それ以上の結末は無い。
ナマコ男は固定型の改造人間だった。理性はまだ残っている。だが、彼の場合は肉体の崩壊が先だった。既に戦闘には適さない、クジョウからそう告げられている。
ナマコ男は、今まさに向き合っている二人のヒーローを見つめる。正確に言えば、その片方を。
紺色の作業着を着たゴリラ。一部の怪人の間で『奇跡』とまで呼ばれる最高傑作。肉体も精神も安定した、完成された改造人間。
ナマコ男はローラさんを見つめる。少しだけ嫉妬する。そして少しだけ憧れる。
ナマコ男はローラさんと仲間の戦いから、大きく距離を取る。ナマコ男の仲間の怪人、彼らは体内に爆弾を抱えている。様々な生物の因子を植え付けられ、常人よりも強化された肉体。それを木っ端微塵にするほどの爆弾を。
彼らの起爆方法は二つ。『死ぬ』か『遠隔操作』するか。遠隔操作のためのリモコンはナナフシが持っている。ナマコ男は、無線でつながっているナナフシに現状を報告した。
「現在、ヒーローと交戦中。恐らく『ビルダーイエロー』と『ゴリラ男』」
ナナフシからの応答。
『どうなってる? クジョウの話じゃ『東ヒー』は動かないって……』
「俺に言われても知らんよ。第一『俺ら』も『お前ら』も一枚岩じゃない。コイツらだって、そうなんだろ」
『ビリオンさんはもう指揮官を潰しに行ってる。そのまま戦闘を継続してろ、指揮官が片付き次第、すぐビリオンさんに行ってもらう』
ナマコ男は少しだけ顔を歪ませる。
「必要ない。これは俺たちの戦いだ」
『クソ野郎、黙って従え! お前の仲間の命を握っているのは、俺だって事を忘れるなよ』
ナマコ男は自分の思いを声には出さなかった。ただこう思った。
『俺の仲間を命を握っているのは、コイツらヒーローだ』
戦闘は決して激しくなかった。怪人は一心不乱に暴れようとしていたが、戦闘力が違い過ぎた。
甲殻類の仲間と思われる怪人は、ビルダーイエローのローリングソバットで甲羅を砕かれた。激痛に悲鳴を上げる甲殻類。
柔軟な身体を持つタコの怪人が、ローラさんに迫る。ゴリラビンタの一撃は、ヌメヌメした身体に滑って決定的なダメージにはならなかった。
タコのくせになぜか六本しか無い足をローラさんに絡める。そして締め上げようと、足に力を入れた。
自分自身を締め上げるタコの怪人を、ローラさんは無造作に持ち上げ、そのまま線路の上に叩きつけた。いわゆるパワーボムと呼ばれるプロレス技。それから大きく跳躍して、倒れたタコ男の身体にエルボー・ドロップ。ローラさんは明らかに遊んでいた。
ローラさんの悪ふざけを横目で見ていたイエローが、少しだけ苛立ちながら言った。
「兄弟、さすがに遊んでる余裕は無いぜ。多分、この場に現れた怪人もコイツらだけじゃないはずだし」
「お前、余裕がなくなると訳分かんねえ語尾もやめるんだな。それならいつも余裕が無い方がいいな」
「兄弟、本当に頼むよ……。下にいるハセガワさんやミドリ君だって無事じゃ済まないかも……」
二人の名前を出されて、少しだけばつの悪そうな顔をしているローラさん。
『おいっ! ナマコ野郎、聞いてんのか! その二人はヤバい。ここで片付けないと、後が面倒なんだよ。お前の仲間の自爆に巻き込め。密着させて、そのタイミングを俺に教えろ」
ナマコ男の持つ無線機から、まだナナフシの声が聞こえる。自分と仲間たちの命を、平然と捨て駒のように使っている男への苛立ちを隠す事ができない。
ナマコ男から見て、確かに二人のヒーローは強かった。仲間たちの抵抗もほとんど意味がない。作業着のゴリラに至っては完全にふざけて遊んでいる。
それでも彼らにだって意地があった。誰かにスイッチを押されて死ぬのではなく、戦って死にたかった。その相手が最高傑作と呼ばれる男なら、ナマコ男ですら代わってもらいたいと思うくらいだった。
崩れていく肉体、かすれていく精神。最後にそれを燃やし尽くす事ができるのなら、それは最高の死に方と言える。
そう思い込もうとした。
死ぬために生きてる訳じゃない。マダムの言葉が胸に刺さっている。それでもナマコ男は、他の道を知らない。
自分が壊れていく中で、誇り高い最後を求める事のなにがいけないのか。
自分にそう言い聞かせた。
それでもナマコ男は思った。『もしも俺たちが、あの最高傑作のように安定した身体を持っていたのなら、きっと俺たちだって違う生き方ができたはず』
ナマコ男が静観している間に、彼の仲間は倒された。仲間二人が人形のように静止している。
『ああ、お別れだ。でも、また会おう。きっと俺だってすぐに行くよ』
二人の仲間が爆発した。二人のヒーローは大きく跳躍して、その衝撃から逃れた。
***
ハセガワとミドリ君は、テロの現場で救出作業に当たっていた。そこに警官隊も合流。だが同時に怪人の群れも現れる。秋葉原の街の至るところから現れる怪人たち。ゆっくりと歩きながら中央通りで合流していく。
警官隊は指揮系統が乱れ、統率のとれた動きのできない状態にあった。それでもそれぞれが自分の役割を分かっていた。
ある者は盾を持ち、ある者は救助された被害者への応急処置を始める。そこに高架上から爆発音が響く。
救出された者が、また悲鳴を上げる。辺りはまた混乱が起きそうになっていた。その混乱の中、青く光るヨロイの幼女が高らかに宣言する。
「皆さん。落ち着いてください。私たちがついています。それに警察の皆さんもここに集まってきます。もう大丈夫です。そのままじっとしていてください」
ヘルメットの内側では、まだハセガワは涙を流している。混乱の中で、一番悲鳴を上げたいのは自分だと思っている。
それでもヒーローであり続けようとした。そこにゴリラが降ってくる。
「おう、ご苦労さん。大丈夫か?」
「…………あっ、いや……。はい、大丈夫です」
「……そうか。じゃあ、もうひと踏ん張り頼むわ。俺らは残りの連中を片付けてくる」
ローラさんは中央通りをゆっくりと歩いてくる怪人の群れに目を向けた。
「イエロー。アイツらも同じな。多分、最初から自爆するつもりで来てる」
「……兄弟、なんでそんな事、分かるんだ?」
「なんとなくだよ。じゃあ、行くぞ。ああ、ミドリ君。そこら辺の空いた車両使ってバリケード作っとけ。コッチまで来させないつもりだけど、まあ念の為な」
二人のゴリラが悠然と歩く。一人は少しばかり緊張の色が見えるが、もう一人のゴリラはまるで公園を散歩するかのような気軽さが見える。
作業着のゴリラが振り返り、そしておどけた口調で言った。
「ヨシダさんにお土産買って帰ろうか。なにがいいかな?」
「兄弟、真面目にやってくれよ……」
「分かってるよ。ああ、お前はもう先行するな。怪人の群れに飛び込んだら逃げ場がねえぞ。俺と一緒に動け」
そしてローラさんとイエローは動き出す。本来ならスピードではローラさんを上回るイエローも、ローラさんの指示で速度を抑える。
南北にのびる中央通り。テロ現場から北へ向かえば上野。南に向かえば神田。そして怪人の群れはすべて上野方面からやって来ていた。
何度もローラさんは後ろを振り返っているが、テロ現場から南には怪人の姿は無い。
「次から次へと、暇な連中だな。人数いるんだから、野球でもやれよ」
そんな軽口を叩きながらのゴリラビンタ。一撃で怪人は吹き飛んだ。それが人形のように静止したまま飛んでいく姿を見て、ローラさんは爆風に備える。
あまりにも派手に、そしてあまりにも簡単に死んでいく怪人。そして時折聞こえてくる、『ありがとう』の言葉。
「あれか? 今はサッカーの方が流行ってんのか?」
ローラさんは前蹴りを入れる。そして怪人の顔面を鷲掴みにして、そのまま地面に叩きつける。
また爆発が起きる。
「カバディとか知ってる? 俺、知らないけど」
怪人の首を掴んで、そのまま道路脇に駐車してある自動車に投げつけた。怪人を投げた瞬間、首の骨が砕ける感触があった。ローラさんはそのまま思いっきり投げた。
自動車に激突した怪人は、ローラさんに向かって小さくつぶやく。その言葉は聞き取れなかったが、ローラさんにはもう見当がついていた。
「なあ、兄弟。どうしてヤツらは『ありがとう』って言ってんだ?」
ローリング・ソバットで怪人を吹き飛ばしたイエローが尋ねてきた。
「知ってるけど、お前の態度が気に入らない」
イエローもさすがに気付いた。ローラさんの悪ふざけは悪化する一方だった。だが、それがなにを意味しているのかまでは分からない。
駆けてくる怪人に、再びイエローはローリング・ソバットを叩き込む。しかし、今度は怪人も倒れない。
態勢を崩しているイエローに密着して、そのまま羽交い締めにした。そのまま人形のように静止する怪人。
戦慄するイエロー。彼の脳裏は『死』のイメージで満たされた。そのイエローの眼前にローラさんが現れた。ローラさんは決して遅くはない。だが、全力で走る事はあまりない。そのローラさんが、全速力でイエローの元へとやって来た。
硬直するイエローとローラさんが、ほんの一瞬だけ見つめ合う。怯えきったイエローの視線を、真剣な表情で受け止めるローラさん。
だが口から出た言葉は、とことんふざけていた。
「よしっ、二人とも死ね!」
怪人に羽交い締めされたイエローの身体を掴み、そのまま背負い投げのようにアスファルトに叩きつけた。怪人とイエローを二人とも。
背後から羽交い締めしていた怪人がアスファルトとイエローに挟まれて潰された。即座に立ち上がったイエローはローラさんの身体を掴む。そしてローラさんを抱えて跳躍した。
飛び上がった二人の足下でまた爆発が起こる。そして爆風にあおられ、空中で態勢を崩す二人。
見た目は愚鈍に見えるローラさんだが、すばやく空中で回転し態勢を立て直す。そして易々とアスファルトの地面に着地する。
その背後では、イエローが態勢を崩したまま背中から地面に落ちていた。
単体ではローラさんが最強だった。それでも圧倒されている。死を覚悟した爆弾の群れに。
そしてローラさんも、そしてイエローも気付いていなかった。数人の怪人が、フラフラとテロ現場へと向かっていくのを。




