第五十話 ヨシダさんは恋バナが好き
大田区平和島。ゴリゴリカレーから少し離れた公園。ヨシダさんとビルダーピンクは、缶コーヒーを飲みながら話し合っている。
「繰り返しになりますけど、盗聴器から『ホワイト』の拠点まで辿るのは、かなり難しいです。と言うか、多分無理かと」
退院直前のヨシダさんは、既に自由に外出できるくらい回復していた。そのヨシダさんが最初に手をつけたのは、拠点の盗聴器の調査。
そしてヨシダさんはビルダーピンクという協力者を得た。
その翌日。さっそく二人はゴリゴリカレーの近くで落ち合う事になった。
「さてどう呼び合いますかね……。私もヨシダさんも同じ『ピンク』なんですよね……」
ビルダーピンクはそう言いながら眉をひそめる。まだ『東ヒー』に登録はしていないが、ヨシダさんもヒーロー名は『ゴリピンク』になる予定だった。二人のピンクが顔を見合わせる。
対称的な二人。ヨシダさんは見た目文学少女といった感じの風貌。小柄な身体に、白のブラウスとベージュのロングスカート。良くも悪くも地味な女性だった。
そしてビルダーピンクはヨシダさんよりも二回りは大きい大柄の女性。筋肉質な身体にデニムのツナギを着て、腕組みしながらヨシダさんと話している。
ヨシダさん、二十八歳。ビルダーピンク、二十歳。歳は八つも離れているが、傍目にはヨシダさんの方が年下に見えた。
「あっ、名前でいいですよ。私はまだヒーロー登録してませんし」
簡単に『ヒーロー登録』と口にするが、とても戦えるような女性には見えない。ビルダーピンクもそう思っていた。
しかし一ヶ月前、初めて会った時の彼女は、既に戦いの後でボロボロの身体を引きずりながら明治神宮へとやって来た。
ライダーに殴られ、マダムと戦った後、更にローラさんと合流するために明治神宮に来た彼女。そのボロボロの身体をものともしない精神力には、ビルダーピンクも一目置いていた。
「まあ、年上ですし。とりあえず他の連中と同じで『ヨシダさん』って呼ばせてもらいます。私の方は『ピンク』で。でもその内、なんかいい呼び方考えないとダメですよね」
「そう言えば、戦隊同士の交流ってあるんですか? たとえばビルダーファイブとメジャーマンってお互いをどう呼び合ってるんですか?」
「フルネームって言うか、ヒーロー名のフルネームですね。『よう、ビルダーレッド』、『おう、メジャーレッド』みたいな感じで。まあ、あの二人はそんなに仲良くないですけどね」
そう言いながら、ピンクは空き缶をゴミ箱に捨てて、公園を出ようとした。ヨシダさんに振り返り、そして最後の確認をする。
「手順は覚えましたよね。あとはその場の成り行きって感じですかね。とりあえず雑談はこの辺にしておきましょう。後で話すネタが無くなっても困りますし」
こうして二人はゴリゴリカレーを目指した。現在、ゴリゴリカレーは無人の状態になっている。今日は朝から全員が秋葉原へと向かっていた。
それだけに拠点の中を調査するには絶好の機会。むしろこれを逃してしまったら、しばらくチャンスが無いかも知れない。
二人の歩く先に、ゴリゴリカレーの『完全にアウト』な看板が見える。そこで二人は足を止め、ピンクは胸ポケットから盗聴器探知機を取りだした。
「さすがにこの距離なら、まだ盗聴器の心配は必要ないかな。でも、拠点の周りをどれくらい盗聴器がカバーしてるか分かりませんから。ここからは、重要な話は一切しないでください」
ヨシダさんは無言でうなずく。それを見て、ピンクが更に続けた。
「私もあんまり得意じゃないですけど、いわゆるガールズトーク的な感じでやっていきましょう。盗聴されても問題ないような無駄話で、私はさも拠点に遊びに来たように振る舞います」
そしてヨシダさんはゴリゴリカレーの入り口に立つ。ポケットから鍵を取りだして、鍵穴に差し込む。
その間にピンクは盗聴器探知機を確認する。付近に盗聴器が存在する事を示す赤いランプが点滅していた。
鍵を開け、中に入る。ピンクは咳払いを一つして、雑談を始めた。
「ところでヨシダさん。前から聞きたかったんですけど、ローラさんのどこが好きなんですか?」
直球の質問。ヨシダさんは『ふえっ!?』とつぶやいた後、黙り込んでしまった。
「いや、ほら、相手はゴリラじゃないですか。いくら強いって言っても……」
「いえ、あの……、別は私たちはそういう関係では……」
「あれ!? 違うんですか? いや、うちのゴリラがなんかそんな感じの関係だって言ったから……。すいません、あとで殴っておきます」
「いえ、殴るだなんてそんな……。完全に仕留めてください……」
「ホントすいません……。あっ、エアコン入れてもいいですか? まだ暑いですねえ」
ピンクは一階店舗スペースのエアコンをつけた。その後、店舗内を歩き回りながら盗聴器探知機を確認する。探知機は常に赤いランプが点滅していた。
そして二人は上の階へ。入る部屋すべてのエアコンを入れる。リビングのテレビをつける。電気ポットに水を入れて『沸騰ボタン』を押す。
二人は眉をひそめる。『まだ足りないのか……』そう思いながら、今度は電子レンジに買い置きのレトルト食品を放りこんでスイッチを押す。
『バチンッ』
なにかが弾ける音が響き、そして拠点中の電気が消えた。片っ端から電気を使う事で、二人はわざとブレーカーを落とした。
「あー、ヨシダさん。ブレーカー落ちちゃいましたよ」
どこか棒読みでピンクが言った。懐から取りだした探知機を持って、リビングを走り回る。盗聴器の存在を示す赤いランプは点滅していない。
盗聴器の存在を確認できない緑のランプが強い光を発している。ヨシダさんもゴトウダから借りた探知機を持って、拠点内を歩き回る。振動で盗聴器を知らせる改造済みの探知機も、一切反応しない。
「オッケー。多分、大丈夫です。ここまでは予想通り」
拠点にやって来る前に、盗聴器の調査を始めるに当たって、ピンクは簡単な盗聴器の仕組みについて説明していた。
盗聴器と一口に言っても様々なタイプが存在する。だが、広く使用されているのは『盗聴発信器』と呼ばれるタイプ。
周囲の音声を拾い、それを信号として発信する機能を持つ。
「要するに、その音声を受信する機械とワンセットになってるって訳です。ヨシダさんは、その受信する機械が『ホワイト』の拠点にあると思っているみたいですけど、それはあり得ません」
まず盗聴器から発信される信号は、極めて狭い範囲にしか届かない。高性能の物でも精々三〇〇メートル。
「つまり『ホワイト』の拠点は意外とご近所さんだったという事ですか?」
「いえいえ、そうじゃなくて。この拠点の内部、あるいは近くに『中継器』があるはずです」
所在の分からない『ホワイト』の拠点まで、盗聴器の信号は届かない。その代わりに、盗聴器の信号を受け取って『ホワイト』の拠点まで届ける『中継器』が存在するはず。ピンクはそう予想していた。
「電源の確認は済みましたね。だけど、あまり長い時間ブレーカーを落としたままだと、怪しまれます」
盗聴器の電源タイプは大きく分けて二つ。内蔵バッテリータイプと、外部電源タイプ。
「内蔵バッテリーのヤツは、あんまり長い時間使えないんです。長くても一週間以内にバッテリーを交換しないといけないですね」
「拠点から人がいなくなる事はあまり無かったはずです。そうなると交換が必要なタイプじゃないですね」
「だからブレーカーを落としたんです。外部電源の多くは家のコンセントから直接取ったりしてますから。でもこの拠点の場合は、壁の中にも仕込んでありそうですね。結構手間かかってるな……」
ヨシダさんは思わず、一人でせっせと拠点中に盗聴器を仕掛けているクジョウを想像してしまう。
「地味な作業だなあ……」
「なんの話ですか?」
「いえ、なんでもないです。でも、盗聴器って凄いですね。少し勉強しておこうかな」
「ちょいちょい、ヨシダさん。ヒーローがそんなモン使っちゃダメですよ。て言うか、誰を盗聴するつもりですか。もういいや。とりあえずブレーカー戻しますよ。あんまり長い時間、盗聴器が死んでると怪しまれますし」
二人は一階の店舗スペースまで戻って、ブレーカーを探す。
「バカみたいな数の盗聴器の信号を受信して、それをまとめる中継器か……。そんなに小さい物じゃないだろうな……。それに多分、大量の音声データを送信するのにネット回線とか使ってんじゃないかな……」
ブレーカーを戻して、電力を回復する。そして二人は小芝居を始めた。
「あー、この拠点ダメだねー。この程度で停電しちゃうなんてさー」
「そうですね。今度電気屋さんに相談してしますね」
怪しまれていない事を祈りつつ、二人は拠点で雑談を始める。
「そう言えば私もピンクさんに聞きたい事があったんですよ」
「なんですか?」
「イエローさんとはどんな関係なんですか?」
「はあ!?」
ヨシダさんはニヤニヤと笑いながら詰め寄る。
「いえ、ずいぶんと親しいみたいなので。先日も拘置所では一緒に行動していたとか」
「いえいえ、私はゴリラの飼育係ですから。いや、マジで!」
しかしピンクは怯えていた。恋バナが始まった途端、ヨシダさんの目が猛禽の目に変わっていたのを見てしまったから。
ピンクが解放されたのは、それから三〇分後の事だった。
拠点の外で缶コーヒーを飲む二人。ピンクはすっかり疲れ切っていた。
「まあ、アレですね。今度来る時は、もうちょい装備を調えてきますよ。それから中継器を探します。それと恋バナはもう勘弁してください。マジであのゴリラとは、なんの関係もないですから」
疲れ切ったピンクは最後の抵抗を試みた。その抵抗も虚しく、ヨシダさんのニヤニヤ笑いは止まらない。
「でも健気ですね……。イエローさんのために合コンまでセッティングして……」
「だから違いますって! なんですか、その行動原理は」
***
千代田区外神田。秋葉原駅前。ゴリレンジャーの三人とビルダーイエローは秋葉原の街へとやって来ていた。
「それで、この街に怪人が現れるって噂がある訳な。まあ、信憑性はともかく不穏な気配はビンビンするな」
秋葉原の街にやって来て、最初に目に付いたのは多数の警官だった。駅の近くに万世橋警察署があるとはいえ、少しばかり街を歩いている警官の数が多すぎた。
「歩いてる警官だけじゃないっすね。ほら、あの車。多分あの中にもいるっすよ」
ハセガワが指差した先は、機動隊の人員輸送車。それが秋葉原の駅から少し離れた場所に駐められている。
「警官だらけだな……。この状況で怪人が出てくると思えないよ、兄弟」
ビルダーイエローは怪訝そうな顔でローラさんを見つめる。イエローにとって、厳戒態勢の一歩手前にしか見えない秋葉原の街に、ノコノコと怪人がやって来るとはとても思えなかった。
だがローラさんは逆の考えだった。ほとんど勘でしかない。だが街を覆う不穏な気配から、ローラさんは最悪の事態を想定し始めていた。
「ミドリ君、分かってると思うけど、今日はヘタレるなよ。ハセガワはなんかあったらすぐに変身しとけよ」
ローラさんは真顔で警戒をうながす。そして四人は秋葉原の街を歩き始めた。情報によれば『秋葉原に複数の怪人が現れる』という事だったが、詳細な場所までは分からない。
結局四人はパトロールするように、秋葉原の街を歩き回るしかなかった。途中で何度も職務質問を受ける羽目になったが。
「なあ、俺らヒーローだよな。なんで職質とかされないといけないの?」
「まあまあ、兄弟落ち着こうよ。レッドも言ってたけど、今はヒーローに対する風当たりが強いんだよ」
遠くから四人を見ている警官の目は、明らかに警戒の色が濃い。まるで四人を怪人扱いしているような態度だった。
「まあ、一匹は確かに元怪人っすけどね」
「一匹って誰の事? ミドリ君かな?」
ローラさんがおどけた口調ですっとぼける。だが、ふざけているようでも周囲への警戒はまったく緩めていなかった。
***
秋葉原駅前の中央通り。大型の店舗が建ち並ぶその街並みを、一際高いビルの屋上から眺めている二人の男がいた。
双眼鏡を片手に街を眺めているのは、細い棒きれのような体躯の男。ナナフシ・ライダー。
そしてもう一人は、ポケットに両手を突っ込んだまま、街全体を見渡している男。ビリオン・ライダー。
ナナフシが無線機を手に取る。そして短く一言だけ発した。
「始めろ」




