第四十九話 レッド・ゾーン・グローブ
中野区中野。ビルダーファイブの拠点、トレーニングジムのスタッフルーム。これまでの経緯を聞いたビルダーレッドは、腕組みしながら深く息を吐く。
そしてヨシダさんに目を向けて、もう一度話を確認した。
「それで、クジョウってヤツがローラさんに拠点を貸した。そこが盗聴器だらけだったって話だな。……ああ、そのクジョウってヤツは多分面識があると思うが、どうも印象に残ってないな。顔を見れば思い出すかも知れないが……」
ヨシダさんは、盗聴器を辿ってクジョウの拠点を探し出そうとしている。そのために、専門家の助けが必要だと訴えた。当然、秘密を守れる者でなくてはいけない。
「すまんが、助けになれないかも知れない。知っているとは思うが、今は『東ヒー』も身動きがとれない状態なんだ。テロ以降、『東ヒー』に対する風当たりも強い上に、内部はボロボロだ」
ビルダーレッドの言葉は二人を落胆させるものだったが、それでもビルダーレッドの力強く真摯な目にわずかな期待をしてしまう。
そしてその期待を、彼は裏切らなかった。
「『専門家』とは言えないが、うちのピンクはその辺にかなり詳しいんだ。まあ、助けになるか分からんが。これから会ってみるか?」
『東ヒー』には技術開発部も存在し、そこの職員なら盗聴やその探知にも長けているらしいが、現状では『東ヒー』の職員は使えない。ビルダーレッドはそう判断した。
「クジョウと言えば、元『東ヒー』の職員だ。場合によっては『東ヒー』の本部も盗聴器だらけかも知れない。それ以前に職員の中にクジョウの仲間がいないとも限らない」
ビルダーレッドの言葉に二人は強く同意する。そしてビルダーレッドの思慮深さに安堵のため息をつく。
「ね。レッドちゃんに相談して正解だったでしょ」
ゴトウダのドヤ顔がヨシダさんに迫る。同意しないと頭から喰われそうなほどの威圧感。そんなゴトウダにビルダーレッドが頭を下げる。
「そう言えばゴトウダさん。改めて詫びさせて欲しい。自分から武器を作ってくれと言いながら、結局は受けとる事すらしなかった」
「そうね。でもいいのよ。ダンベルもイエロー君にあげちゃったんでしょ。もう戦わないつもりなの?」
レッドはそれまでの真摯な目から一転して弱気な表情を見せた。しかしその表情とは裏腹に、彼の言葉には怒りすらにじんでいた。
「『立場』というのは厄介なものでね。今までのように、敵が現れたから殴ってやろうって訳にもいかなくなった……。組織を守るなんて考えた事も無かったのにな」
初代に請われて『東ヒー』の幹部候補となったビルダーレッド。候補とは言え、他に適任者も存在しない。彼は唐突に重い責任を背負う羽目になっていた。
そこには『脳筋スピリチュアル野郎』と揶揄された若者はいない。立場が彼を変えていた。重い責任を背負うに相応しい、若きリーダーが誕生していた。
「そうだ。俺の武器なんだが、ローラさんに渡してくれないか? あの人ならどれだけ強力な武器でも使いこなせるだろう。まあ、ゴリセンもあるから必要ないかも知れないが」
「あー、それは無理ね。あの武器、ローラさんじゃ使えないの。多分、私の知る限りアレを使いこなせるのはレッドちゃんだけ」
ゴトウダの言い方に、ヨシダさんもビルダーレッドも興味を抱いてしまう。二人ともゴトウダが作った武器についてはなにも知らなかった。
「そんな言い方をされると、さすがに興味も出てくるな……」
レッドが苦笑する。すかさずゴトウダが追い打ちをかけた。
「とりあえず受け取るだけでもいいのよ?」
そしてゴトウダはテーブルの上に一枚のカードを置いた。見た目はプラスティック製の平凡なカード。それは変身アイテムと同様の機能を持つ、ゴトウダの特製アイテム。
「強化スーツを身につけた後、これを使うと強化スーツに武装が追加されるの」
カードの表面には『レッド・ゾーン・グローブ』と記されている。
「グローブ……、ナックル系の武器か?」
「ああ、それならローラさんは苦手かも知れませんね。ローラさん、基本的にビンタ中心の戦い方ですから」
レッドはカードを手に持って、それを見つめている。
「そうか……。いや、しかし立場上、使う機会があってはいけないんだが……」
「確かにそうね。使う機会が無い方がいいのかも知れない。ただね、レッドちゃん。貴方はヒーローなの。使う機会じゃなくて、使う『必要』がきっと貴方の前に訪れるわ」
ゴトウダが真剣な眼差しでビルダーレッドと見つめる。クジョウ、メジャーレッド、そしてビリオン。うごめく三人の敵。彼らとの最終決戦にはビルダーレッドの力が必要だ、ゴトウダの目はそう告げていた。
「分かった。受け取らせてもらうよ。ありがとう、ゴトウダさん」
ヨシダさんとゴトウダは改めてビルダーレッドに礼を言って、トレーニングジムを後にした。
ビルダーピンクとは一時間後、御茶ノ水駅で落ち合う事になった。
「レッドちゃん、変わったわね……。ほんの少しの間に、本当にいい男になったわ」
「そうなんですか? 私、初めて会った時の記憶が少し曖昧で……。でもさすがに実力ナンバーワンと言われる人ですね。ローラさんにもちょっと見習って欲しいかも」
「あら!? ローラさんはローラさんで、いい男だと思うけど」
「うーん。まあ……、うん。……そうですね……」
***
大田区平和島。ゴリゴリカレーの店舗スペース。ちょっとだけ大きくなっているミドリ君にローラさんが逆ギレしていた。
「だから、お前がでっかくなりたいとか言ったからだろうが!」
「だから戦隊の目標の話じゃないですか……。これじゃ電車乗れないですよ……」
「そのくらいなら、なんとかなるっす。とりあえずさっさと帰るっす」
ミドリ君が大きくなったのは少しだけだが、着ていた服は破けている。ふてくされたミドリ君はローラさんに洋服代を要求したが、そこでローラさんが逆ギレ。そして現在に至る。
「せめて洋服代くらいくださいよ。もうお金無いんですから……」
「はあ!? バイトでもしてこいよ! て言うかお前、拘置所のバイトどうした? 辞めたのか?」
以前やっていた拘置所の怪人収容施設のバイトは、明治神宮での公然わいせつを理由に解雇されていた。
そしてそのまま解雇されたバイト先に、犯罪者として収容される羽目になっていた。
「……だって、戦隊やるって言うから……、バイトもしないで呼ばれるの待ってたんですよ」
「呼ばれんの待ってたのか? お前な、本気で戦隊やるなら自分から来いよ。なんかやりましょうか、ってよ。あと、こっちも金なんかねえよ! 全部、ヨシダさんに預けてんだから」
そこで眉をひそめたイエローが割って入る。
「うん? 兄弟、姐さんってまだ入院中ウホ? 姐さんに金預けてるウホ? 銀行とかじゃなくて」
「あ!? ああ、まあね。とりあえずヨシダさんがお金の管理とかしてるからさ」
「いや、それにしたってお金が無いのはキツいウホ。ビシッと言ってさ、もうちょいいい生活したらいいウホ。実際、ゴリレンジャー始めてから相当な数の怪人倒してるウホ。もうお金もだいぶ貯まってるウホ」
「いや、それは……。まあ、そうだな……。でも、ほら、将来の事とかあるしよ。やっぱ貯金はしておいた方が……」
ヨシダさんの話には弱いローラさん。思わずイエローとミドリ君から目をそらす、その先にはハセガワがいた。ハセガワはしれっとした態度でイカの燻製をつまんでいる。
ハセガワの態度は自然なものだったが、その自然さを装う小芝居をローラさんはあっさりと見抜く。
ハセガワを凝視するローラさん。軽く口元がひきつり始めたハセガワ。なんの事かは分からないが、微妙な態度のハセガワにイエローとミドリ君も注目し始めた。
無言の一同。しばらくの沈黙の後、ローラさんが口を開く。
「ハセガワ。お前、なんか隠してないか?」
「隠シ事ナンテ、ナイヨ……」
「ハセガワ君、メッチャ片言ですよ」
「ハセガワ君、なんの事か知らないけど、仲間内で隠し事はやめようウホ」
「オ前ハ仲間ジャナイヨ……」
「ほほう。その状態でもツッコみはすんのか? いい根性してんな」
ローラさんはハセガワに詰め寄って威嚇する。それに続いてミドリ君もドサクサ紛れにハセガワを睨みつける。イエローはハセガワの背後に回って、逃げないように肩を掴む。
「アウ、アウ……。自分、幼女ッス。イジメ、イクナイ……」
「なんか知らんけど、全部話せ」
逃れられないと悟ったハセガワは、白状してしまう。ローラさん専用強化スーツの事を。ヨシダさんに預けたお金の話題になった時から、ハセガワは話に加わらないようにしていた。
ヨシダさんに預けたお金は、そのままゴトウダへと支払っている。強化スーツの開発費として、これまでローラさんが稼いだお金の大部分が消えていた。
その事を知っていたハセガワは話に加わらないでやり過ごすつもりだったが、妙に勘の鋭いゴリラをやり過ごす事はできなかった。
「ふーん。『ゴリラ・マキシマム』ねえ。いや、俺はね、別に強化スーツとか要らねえけどさ。でもヨシダさんが用意してくれるって言うなら……」
『要らねえ』と言いながら、満面の笑みを浮かべるローラさん。
「そっかあ。いや、でもな、ハセガワ。そういう事はハッキリ言えよ。よし、明日も頑張って稼ぐぞ。なんか情報無いのか?」
「えっと、ネットじゃ秋葉原でなんか起こりそうだって噂があるっす」
「へえ、兄弟。俺も行っていいかな。最近、暴れてなくてさ」
「よしっ、明日は秋葉原に行くぞ。怪人ボッコボコにしてガッツリ稼いで、ヨシダさんを驚かせちゃおうかな」
盗聴器の件とは違い、強化スーツの件ならローラさんに隠す理由が無い。ハセガワはそう思っていた。
しかし、拠点は盗聴されている。クジョウによって、現在も。
ローラさんが『切り札』を手に入れようとしている事を、クジョウもすぐに知る事となった。
「あの……、僕は強化スーツ、もらえないんですか……」
ミドリ君のつぶやきは、誰も聞いていなかった。
***
千代田区神田駿河台。御茶ノ水駅。ビルダーピンクの通っている大学の最寄り駅。駅前から延々と立ち並ぶ楽器店を眺めながら、ヨシダさんが小声で言った。
「なんかシャレオツな街ですね……」
眉をひそめるゴトウダに、通行人の視線が集中している。
「シャレオツってなに? あら、あの子じゃない? ほら、向こうからコッチ見てる子……」
ゴトウダの指差す先には、ビルダーピンク。ゴトウダとも面識はあるはずだが、他の通行人と同様にゴトウダに対して怪訝そうな目を向けていた。
ゴトウダから指差され、諦めたように二人へと近付いてくるピンク。そして周囲の目を気にしながらも二人に頭を下げる。
「あ……、どうも。先日はお世話になりました……」
「ねえ、ピンクちゃん。どうしてそんなドン引きしてんの?」
「ピンクちゃん? いや、もの凄くあっさりと距離詰めてきますね……。いえ、いいんですけど。ただこの間はなんて言うか、しっちゃかめっちゃかだったから私も気にしてなかったんですけど、なんか凄いですね」
ピンクはゴトウダのゴツい体躯と厳めしい顔、そして意外と上品なナチュラルメイクを見て言った。その表情には戸惑いしかない。
そんなピンクに助け船を出すように、ヨシダさんは本題に入った。
「レッドさんから聞いてるとは思うんですけど。実はご相談がありまして……」
「あっ、どうも。ヨシダさんですか? 以前会った時は、マダムとやり合った直後だったんですよね。あの後、入院したって聞きましたけど、今はもう大丈夫なんですか?」
「まだ入院中なんですけど、外出許可が下りるくらいには回復してます」
ヨシダさんとピンクは一ヶ月前に一度会っただけのため、まずは挨拶と雑談から入った。自己紹介ついでにお互いの話をしながら三人は街中を歩く。
ピンクは周囲に目を配り、そして自分たちに注目している人間が多すぎる事に小さく舌打ちをした。
「この状況じゃ、誰が私たちの話を盗み聞きしてても不思議じゃないですね。ちょっと場所変えましょうか」
そして人気の無い路地裏で、ヨシダさんは事情を説明する。少しずつ、場所を変えながら。
「拠点に盗聴器ですか……。ある程度はレッドさんから聞いてましたけど、それも凄い話ですね……。とりあえず戦略としては、盗聴器の存在に気付いていないフリをしつつ、逆探知で相手の拠点を探すって事ですか?」
「できますか?」
ヨシダさんの質問に、ピンクは考え込んでいる。そして言葉を選びながら答えた。
「正直、難しいです。だけど協力させてください。レッドさんからも頼まれましたから」
そしてビルダーピンクのミッションが始まった。




