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ローラさんは今日もゴリラです  作者: 吠神やじり
第八章 女帝の帰還
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第四十六話 二人の愚痴

 ある晴れた日の午後。ローラさんはいつものように賞金稼ぎに明け暮れていた。ヒーローと言うよりはハンターとでも言うべき仕事っぷり。

 都内で怪人が目撃されたと聞けば、『東ヒー』から借りたスクーターで片付けに行く。

 ローラさんに言わせると、退屈な日常らしい。怪人との戦いに明け暮れる日々が、どうして退屈なのかは分からない。

 周囲の人間に分かるのは、ローラさんの機嫌が徐々に悪くなっているという事だけ。


「はーい。じゃあ『第六回ローラさんマジでどうすっか会議』を始めまーす」


 ゴリゴリカレーの店舗スペースには、ハセガワとビルダーイエローの二人だけ。今日も遊びに来たイエローを相手に、ハセガワが愚痴をこぼす。


「兄弟は相変わらずウホ? 困った兄弟ウホね……」


 イエローは語尾を『ウホ』に変えていた。本人曰く、『キャラを発展させたい』という事らしい。


「マジで『ゴリ』の方が良かったっすよ。今からでも戻さないっすか?」


「俺はいいと思ってるんだけど……。いや、思ってるウホ」


「語尾を付け忘れるくらいなら、マジでやめとけっす。割とウザいっす」


 東京拘置所のテロから二週間。事態はまったく進展していなかった。テロ事件の主犯は『ホワイト』と断定された。

 しかし、その詳細は決して公表されなかった。『ホワイト』の現在の首領がクジョウである事も、そして北側を支配する名も無き犯罪組織と同盟を組んでいる事も。

 そして彼らが自らを『グノーシス』と称し始めた事も。それらは一切公表されなかった。


 『グノーシス』の実態は、『ホワイト』とメジャーレッド率いる犯罪組織の同盟。更にそこにビリオン・ライダーも参加していると推測されている。

 にも関わらず、『東ヒー』はもちろん、その他のヒーローの動きは鈍い。可能な限り、『グノーシス』の話題を避けている節すら見られた。


「まあ、レッドは相当キツいって感じだウホ。アイツも大変らしいウホ」


「会話のテンポがメチャクチャっす。語尾というかゴミっす。完全にジャマくさいっす」


 テロ以前からビルダーレッドは幹部候補として『東ヒー』のために働いている。先日はついに親友でもあるビルダーイエローに対して、戦隊を辞めたいと打ち明けた。


     ***


 二日前。中野のトレーニングジム。このところ姿を見せていなかったビルダーレッドが、久しぶりにビルダーファイブの拠点であるジムへとやって来た。

 似合わないスーツ姿にボストンバッグを持ったレッドは、神妙な顔で顔なじみだったジムの会員たちに挨拶していた。


「よお、久しぶりウホ! なんだよ、そのスーツは!? 格好悪いウホ」


「……お前は変わらないな……。なあ、ちょっと出ないか」


 そして二人はジムを出て、ブラブラと中野の街を歩いた。


「レッドはそんなに暇でもないウホ? 今日はどうしたんだウホ?」


 レッドはうつむきながらボソボソと答える。普段の快活な彼からは想像もできない姿。


「スマンな。しばらく戦隊としての活動ができそうになくてな。これまでは俺のワガママにお前らは黙って待っていてくれていたが……」


「なあ、今度一緒に合コン行くウホよ。ピンクに頼んでおくウホ。お前が来てくれたら女の子も喜ぶウホ」


 レッドの用件を察したイエローは話題を変える、かなり強引に。レッドには交際している恋人がいる。レッド自身が結婚も考えていると言っていた。そんなレッドを合コンに誘っても来る訳がない。

 自分の意図を察しているイエローを見て、思わずレッドは苦笑した。いつもイエローはそうだった。空気を読まないフリをしながら、誰よりも周囲を気にしている。

 レッドはボストンバッグをイエローに差し出した。真剣な眼差しでイエローを見つめながら。


「これを……、受け取ってくれないか」


「ん? なにウホ? 食い物ウホか?」


 レッドの真剣な眼差しに戸惑いながら、それでも冗談を言い続けるイエロー。そしてボストンバッグに手を伸ばす。

 ボストンバッグの持ち手を握るレッドの拳が、妙に力んでいた。それだけでボストンバッグの重量がかなりのものだとうかがえた。

 ズッシリと重いボストンバッグを受け取って、イエローはチャックを開けて中を覗き込む。


「なあ、待てよ。レッド……。お前、これって……」


 バッグの中に入っていたのは、レッドが武器として使用していた真っ赤なダンベル。


「マジで要らねえんだけど」


 イエローの言葉は半分本気で、半分冗談だった。本当にダンベルは要らない。と言うか、トレーニングなら普通にジムへ行く。

 しかし、戦闘で使用していた武器を渡すという行為に、自分の不安が現実になった事を知らされる。


「まだ辞めると決めた訳じゃない。だけど、お前に受け取って欲しいんだ。できればその武器を使って、お前にはこれからもヒーローとして活躍して欲しい。俺の分まで」


「なんでだよ……。『東ヒー』の幹部ってのは、そんなに居心地がいいのか?」


「逆だよ。最悪だ。だから、ヒーローと掛け持ちでやっていく事に限界を感じてる。俺は自分を磨くためにヒーローを続けてきた。だけどこれからは……」


 レッドは少しの間をあけて、ハッキリと言った。


「正義を取り戻したい」


 呆然とレッドを見つめる。既に語尾の事なんて忘れている。


「ヒーローとして過ごした時間が、俺に鍛錬よりも大事な事を教えてくれた。正義だよ。腐りきった『東ヒー』は、初代のお陰で立ち直ろうとしてる。だけど、まだ足りない。過去の不正や過ちから目をそらしてる。組織を維持する事しか考えてない。それじゃダメなんだよ」


「なあ、レッド。お前がそこまでしなきゃいけない理由ってなんだ?」


 レッドは苦笑いを浮かべる。


「ないよな。分かってる。だけど、背を向けられないんだ」


「初代はなんて?」


「俺に『力を貸して欲しい』と言ってる」


 二人は見つめ合い。そしてイエローはボストンバッグを肩からさげる。そして彼にとってできる限りの明るさでレッドを送り出そうとした。


「早めに片付けて、さっさと戻ってこい。それまで預かってるから」


「なあ、イエロー。俺は……」


「預かるだけだ。お前の跡なんて継がない。俺に継げる訳がないだろ? お前がいなくなったらみんな辞めちゃうよ。ブルーなんて最近ジムにも来ないんだぜ」


 レッドの肩に手を置いて、自分の複雑な心境を悟られないように言った。


「だから、さっさと済ませて帰ってこいよ」


     ***


 そして現在。レッド不在のため、案の定ビルダーファイブはヒーロー活動を停止していた。


「て言うか、元々レッドが『東ヒー』に行っちゃってから、ほとんど活動してないっすよね」


「まあね……。あっ、ウホ……」


「うるせえっす。言い忘れたんなら、そのままでいいっす」


 イエローはこのところ、ゴリゴリカレーによく遊びに来ていた。しかしローラさんが不在の事が多く、留守番しているハセガワと妙に仲良くなっていた。


「まあ、うちもボスが不在なのは一緒っすね。ヨシダさんが帰ってくれば、もうちょいシャキッとするんすけどねえ」


「そう言えば、兄弟はなんで機嫌が悪いんだ?」


「まあ、事態がまったく変わらないのが、かなりお気に召さないらしいっす」


 ローラさんの苛立ち。それは事態が完全に停滞してしまった事にある。二週間前のテロ以来、人々の怒りはテロの実行犯ではなく、それを止められなかったヒーローや政府へと移っていた。

 そしてヒーローは更に減っていく。批判の中で活動を続けるような無神経なヒーローはゴリラくらいしかいなかった。


「そうだよな……。せめて敵が現れてくれればな……」


 ヒーローは活動を自粛した。そして『東ヒー』も世間の批判から逃れるように息をひそめている。

 政府は行動を開始していた。この二週間のうちに、警察や機動隊の権限を拡大した。そして新たな装備類に予算を割いた。


「そのグノーなんちゃらが現れたとしても、ヒーローの出番はないんじゃないっすか?」


「警察がマジギレらしいウホ。テロの実行犯を許さないって」


「まあ、それは普通っす。むしろ『あっ、ヒーロー案件ですか? じゃあ、そっちで勝手にやっててください』なんて言ったら、軽く偉い人の首が飛ぶっす」


 ヒーローは鳴りをひそめ、政府が秘密結社に挑もうとしている。それは健全な姿にも見える。だが、なにかが違う。ヒーローが存在する世界において、警察が怪人を追いかける事はなにかが間違っているように思えた。


「なんつーか……、もうヒーローなんて要らないんじゃないっすかね……」


「そういう時代なんかねえ……、世知辛えな……」


「そう言えば、レッドから受け取ったっていうダンベルはどうしたんすか?」


「ああ、一応持ってるウホよ。強化スーツの中に収納してるウホ」


「自分のスーツにもその機能欲しいっすね。四次元ポケット的なヤツ」


「ああ、ハセガワ君のスーツ、ちょっと古いヤツだったウホね。あのゴトウダって人に頼めば……」


「アイツともしばらく会ってねえっす。それに会うと愚痴が酷いんで、自分もあんまり会いたくねえっす」


 ゴトウダはビルダーレッドに武器を作っていた。本人にとってもかなりの自信作に仕上がったと言っていたが、結局レッドは受け取らなかった。

 レッド自身も新しい武器に期待をしていたらしいが、ビルダーファイブを離れてしまい武器を使う機会も無くなってしまったせいだった。


「ああ、そっちにも迷惑かけてるウホねえ。ホント、なんとかなんねえかな……」


 お互いの戦隊が空中分解寸前の状況で、二人はため息をついた。最大の敵がうごめいているにも関わらず、なにもできない事に不安も感じていた。


     ***


 都内某所。ローラさんの乗るスクーターはやたらと甲高い排気音を響かせていた。以前、ヨシダさんが借りてきて、そのまま拠点に置きっ放しだったスクーター。それが今のローラさんの足代わりになっていた。

 今日もハセガワがネットで拾った怪人の目撃情報を元に、賞金稼ぎに励んでいる。既にヨシダさんの入院費用は払い終わっているが、それでもローラさんは賞金稼ぎを続けている。


「今日は一歩遅かったか……。ちっ、しょうがねえな……」


 目撃情報から怪人の捜索を続けていたローラさんだったが、今日は警察に先を越されていた。数台のパトカーが小さなパン屋を包囲している。

 パン屋で立て籠もっている怪人カニパン男を逮捕するために、警察は対怪人の特殊部隊を出動させていた。それが今、ローラさんの目の前にいる。


「おいっ! なんだ、お前! お前も怪人か? そんなところでなにをしている!?」


 現場を閉鎖していた警官がローラさんに声かける。どう見てもゴリラだったローラさんは、懐からヒーロー登録証を取りだして見せる。


「ああ、ヒーローか……。面倒だな……。お前ら邪魔だからアッチ行ってろ!」


 ローラさんを見つめる周囲の目は冷めていた。怪人が現れて、その現場にヒーローもやって来た。以前なら熱狂的な声援に包まれるところだが、今はまるで違っている。


「ああ、ゴメンね。怪人が出たって聞いたから来たんだけどさ。結構大事になってんだね」


 ローラさんは警官と揉める理由もないので、できるだけフレンドリーに接していた。だが、目がマジだった。苛立っている事は隠せていない。

 ローラさんと話をしている警官に向かって、年配の警官が声をかける。


「おい、そのゴリラ……『ローラさん』じゃないか? ほら、最近怪人狩りに精を出してるって言う……」


「ああ、あの『ローラさん』か……。でも今は警察が動いているから、君はもう帰って。なんなら公務執行妨害で引っ張ってもいいんだよ」


 ローラさんは頭を掻きながら苛立ちを抑えようとしている。


「いや、邪魔だってんなら帰るよ。ただ一ついいかな。『ローラさん』じゃなくて『ゴリレッド』な。一応、今はその名前でやってるから」


 ローラさんは親しい人間以外に『ローラさん』と呼ばれる事をあまり好まない。それまでは知名度が低かった事もあり、彼はただの『ゴリラ男』だった。それがヒーローとして活躍している内に『ローラさん』の愛称が広まり始めていた。


「なんでもいいから早く帰れ」


 ローラさんはスクーターにまたがりキーを回そうとした。その時、パン屋に立て籠もっていた怪人が動いた。

 パン屋の中で暴れ出したカニパン男。そもそもどうしてカニパンなのか。カニパン男と呼ばれる以上、その怪人にはカニパン的ななにかがあるはずだが、それは容姿にしか現れていない。

 単純に頭部がカニパン。アンパ○マン的な怪人のようだが、どうやって人間とカニパンを掛け合わせたのかが分からない。


 パン屋を包囲する警官の一人が、店内に緑色の缶を投げ入れた。その直後、店内に白い煙が発生した。白煙を放出するスモークグレネードを警察は使用していた。

 数秒後には店内を満たす白煙。それから逃れるためにカニパン男は店から飛び出した。

 包囲していた警官隊の中から、重武装の特殊部隊が姿を見せる。透明なポリカーボネイト製の盾を装備した部隊が怪人に迫る。

 盾を装備した特殊部隊の隊員の後ろには、それを支える別の隊員が二人。一つの盾を三人で支える構成になっていた。

 その三人一組の盾部隊が六つ。店から飛び出した怪人を、その六つの盾部隊が包囲する。

 包囲を突き破ろうとした怪人は、盾に体当たりを食らわす。しかし鍛え抜いた特殊部隊の隊員が三人がかりでそれに抵抗する。怪人は別の盾に狙いを定める。それも押し切れない。徐々に盾の包囲網が狭まっていく。


「へえ、一応は殺さないようにしてんだ……。確かに装備が整ってりゃ、後は数で押し切れるか。意外と警察もバカにできないな」


 盾部隊の後衛が武器を取り出した。どれも非殺傷兵器と呼ばれる類の武器だった。その使い方や威力を見ておこうと、ローラさんは注意深く特殊部隊の包囲作戦を眺めていた。

 だが時間の無駄だった。包囲網を突破できないと悟った怪人は、あっさりと警察に投降した。だが、投降したにもかかわらずカニパン男はフルボッコにされ始めた。

 多くの市民の目の前で、延々と暴行を受けるカニパン男。市民はそれに熱狂しているようにすら見える。


『ヒーローなんて、もう必要ない』


 ローラさんはそんな声が聞こえたような気がした。

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