第四十五話 なにもない男
文京区根津。上野恩賜公園を見下ろす高層マンションの一室で、メジャーレッドは瞑想に耽っていた。
取り立てて効果を感じた事もない。単に格好をつけているだけ。それは彼の人生そのものとも言える。
メジャーレッドは現在国内で最も人気のあるヒーローだが、彼は命をかけて戦った経験が無い。メディアによって作られたヒーロー、それがメジャーマン。
彼は元々ファッション誌の読者モデルをやっていた。本格的な芸能活動に向けて、複数のオーディションを受けたのが事の発端だった。
その中の一つがテレビ番組『熱血! ヒーロートライアル!』の出演者オーディション。
そのテレビ番組は複数のヒーロー志望者を集めて、無駄に洒落たマンションで共同生活をさせるリアリティーショー。
もっともリアリティーショーと銘打っていたが、ほぼすべてのやりとりが台本通りに進行するバラエティ番組だった。
ヒーロー志望者の夢へと向かう姿に密着するドキュメンタリー。そんないい加減なキャッチコピーのいかがわしい番組が出演者を募集していた。
メジャーレッドは、その番組の出演者に選ばれる。単に元読者モデルという経歴が番組スタッフの目を惹いただけ。
だが、その番組に出演した事で彼の人生は変わっていく。
他の共演者との友情、対立。そして決闘からの和解。露骨なほど過剰なヤラセは、良くも悪くも話題になった。
『熱血! ヒーロートライアル!』の放送終了後。その番組で特に人気が出た五人を中心に、『メディア戦隊メジャーマン』の放送が開始された。
『東ヒー』の全面協力で、現役のヒーローに密着するドキュメンタリー。以前の番組が深夜だったにもかかわらず、『メジャーマン』の放送枠は日曜日の朝になった。
当初は以前の番組と同様に、くだらない仲間内のいざこざが中心の番組だったが、明らかに視聴者の層が違っていた。
低迷する視聴率。その現状を打開するために番組スタッフはこう考えた。
『悪の秘密結社をでっち上げましょう』
そして宇宙からやって来た侵略者が現れた。どこからやって来たのかも、目的も不明。なぜか流暢に日本語を話す宇宙人。
彼らは必死に戦った。少なくともメジャーマンは真剣だった。そして相手は弱かった。宇宙を旅してきたにしては妙に貧相な装備を持つ、なぜか国家に対しては宣戦布告をしない侵略者。
『我々はどんな手段を使っても、貴様らを倒してみせる』
そう言い放ちながら、正々堂々と戦う怪人たち。むしろ五人がかりで袋だたきにするメジャーマンの方が卑劣だった。
そんな戦いも一年で終わりを迎えた。最初から一年で戦いを終わらせる予定になっていた。必死に戦ったメジャーマンたちが真相を知ったのは、侵略者を倒した時。正確に言えば、その後の打ち上げパーティーの席だった。
『え!? オマエら、マジで侵略者と戦ってるつもりだったの?』
番組ディレクターが、そう言ってバカ笑いをしていた。ヒーローが苦悩する世界、怪人が暴虐の限りを尽くす世界で、もっとも人気のあるヒーローがやっていたのは、ただのヤラセだった。
少なくとも彼らは真剣に戦っていた。だが冷静になって考えてみれば、命がけの戦いと言いながら仲間で負傷した者は一人もいない。
彼らがオフの日に怪人が現れる事はない。ファンのためのイベントでは、必ず前に見た事のある怪人が現れた。そして少し戦ったら、すぐに帰っていく。
それでも彼らは納得した。たとえ一年間、騙され続けて道化を演じていたとしても、その後は芸能人として約束された未来が待っているはずだったから。
だが、彼らは地獄を見る事になる。ヤラセのまま、ヒーローを引退する事は許されなかった。
彼らは人気者だった。グッズは飛ぶように売れた。出演した番組は、ことごとく高視聴率を得た。
『メディア戦隊メジャーマン』は大成功を収めた。結果として、彼らはメジャーマンであり続ける事を求められた。より正確に言えば、メジャーマンである事を『強要』された。
誰かが言った。
『メジャーマン。まだ戦いは終わっていないよ』
ヤラセを続けたヒーローは、本物の悪と戦う事を求められた。ヤラセ抜きのガチンコ勝負。一ヶ月後、メジャーブルーが入院した。
メジャーマンの成功で得た利益が惜しみなく投じられ、彼らは最新の装備を身につけた。それでもメジャーイエローが倒れた。
『東ヒー』は見習いのヒーローを貸し出した。彼らを守る『戦闘員』として。それでもメジャーグリーンが逃げ出した。
一部のマスコミが彼らを叩き始めた。メジャーピンクが暴露本の準備を始めた。だが、その本が出版される事はなかった。彼女は日に日に病んでいった。
彼らは勝ち続けた。そして囚われ続けた。テレビ局や広告代理店によって、彼らは縛られていた。
拒む事もできたかも知れない。だが、彼らにも欲があった。メジャーマンを続ける事で得られる人気。元がタレント志望の人間だったために、彼らはメディアから逃れられなかった。
そしてメジャーレッドは自暴自棄におちいる。最初は最新の装備で酔っ払いを半殺しにした。彼らに好意的なメディアは、それを歪曲した。相手は悪で、彼の行為はヒーローとして当然の事だと。
犯罪行為をとがめられる事はなかった。彼がメジャーマンであり続ける限り、彼から利益を得たい者たちは彼を守った。
彼は戦わなくなった。指揮官気取りで見習いヒーローを戦わせた。それでも彼の人気は衰えなかった。
彼の周りには多くの人間が集まった。芸能人、権力者、そして犯罪者。
彼には才能があった。人を使う才能が。そしてその才能は、自暴自棄におちいった道化を犯罪組織のトップへと成長させた。
名も無い犯罪組織。かつてメジャーマンが壊滅させた組織の幹部すら受け入れて、その組織は拡大していった。
絶大な人気を誇るヒーロー。ヤラセで得た人気で成長し、他人の力で地位を築いた男は、ゆっくりと目を開ける。
彼にはなにも無かった。
***
「どうして『東ヒー』は、あんなヤツに手を貸していたんだ……」
ビルダーレッドがつぶやく。彼はメジャーレッドを知っている。彼が紛い物のヒーローだと知っている。そして『東ヒー』が彼を支援していた事も。
現在の『東ヒー』にメジャーマンの担当をしていた者は残っていない。メジャーマンに関わっていた者は全員辞めている。メジャーマンに関する記録すら残っていない。
ビルダーレッドは許せなかった。東京拘置所で多数の死傷者を出したテロの実行犯。『ホワイト』と手を組んだ男を。そしてその男が平然と『正義のために戦う』と言い放った事を。
自己研鑽のために始めたヒーロー活動。最初の動機は『正義のため』ではなかった。それでも彼は正義を学んだ。正義を守ってきた。
その彼が苦悩していた。正義とはなにか、と。
拳を握る。そしてその拳を見つめる。拳を見つめていると思い出す、彼がこれまで歩んできた道程を。積み上げてきた研鑽を。
その拳にはすべてが宿っていた。
***
大田区蒲田。蒲田駅前。ゴリレンジャーの三人はいきなりライダーたちに囲まれていた。
「まあ、話が早くて助かるけどな」
ノンビリと辺りを見回すローラさん。六人ほどのライダーたちを指差しながら数えている。
「いやー、これはもう『緊急事態』ってヤツっすねー」
妙にテンションの高いハセガワ。貰ったばかりのヘアゴムは、前髪を束ねるのに使っている。額の上で束ねた前髪は、ちょこんと立って妙な自己主張をしている。
「お前、なんでそんなに嬉しそうなの? まあ、なんでもいいけど。危ないから下がってろ。ミドリ君、ハセガワの事、また頼むよ」
ミドリ君はヘタレっぱなし。蒲田の駅前でなにか食べようかと思っていた矢先にライダーの襲撃を受け、本気で嫌そうな顔をしている。
「ちょっと待つっす。自分の身は自分で守れるっすから」
ハセガワの唐突な宣言に、ローラさんは目を丸くする。相手はライダー六人。ローラさん一人ならなんの問題もない。だが、ハセガワにはどうしようもない相手。
それでもハセガワはドヤ顔全開だった。
ハセガワはゴトウダから教えてもらった強化スーツの使い方を、もう一度頭に思い浮かべた。
思い出したくもないゴトウダの声が頭をよぎる。
『いい? まず、この変身アイテムは急ごしらえでね。セキュリティがちょっと甘いの。その分、セーフティが二つ付けてあるから、よく聞いてね。まずゴムの部分でなにかを縛っていると作動しないわ』
ハセガワは前髪からヘアゴムを引き抜いた。
『それから、この玉が二つあるんだけど。これを両方握るの。そんなに強く握る必要はないけどね。両方の玉が圧力を検知する必要があるわ』
ハセガワの小さな手が、ターコイズブルーの小さな玉二つを握りしめた。
『それで声紋認証システムが動き出すの。そしたらハセガワちゃんは、こう叫べばいいの』
ハセガワは大きく息を吸った。そして力の限り、叫んだ。
「へんしんっ! ゴリッ! ターコイズッ! ブルゥウウウッ!!」
ハセガワの手から緑がかった青い閃光が広がる。透き通る青がハセガワを包む。そしてわずか二秒後に、強化スーツを身につけたハセガワが姿を現した。
金属的な光沢を持つ、ターコイズブルーの鎧。一世代前の主流だった強化外骨格モデルの強化スーツ。胸元にはゴトウダ手書きのゴリラマーク。
呆然とするローラさんとミドリ君。そしてライダーたちをよそに、ハセガワは更に叫ぶ。
「なんの因果か、起きたら幼女! それでもやります、正義の味方! 世界最強、最軽量! 無敵艦隊、ゴリターコイズブルー参上!」
数秒の静寂。その場の誰もが目を点にしていた。
最初に反応したのはローラさん。大はしゃぎで手を叩いて騒ぎ出した。
「なにそれ!? メチャクチャカッコいいな。どうしたんだよ、そんなの」
「うわぁ、メッチャカッコいい……」
ミドリ君も小さな声でつぶやいた。気をよくしたハセガワは、大きく手を広げて『荒ぶる鷹のポーズ』を決める。そして『とうっ!』と叫んでその場から跳躍した。
五〇センチほど垂直に飛び上がり、そのまま着地。ターコイズブルーに輝くヘルメットから『あれ?』というつぶやきが聞こえた。
『何度も言うけど、ヒーローや怪人と戦うほどの力は無いわよ。防御力に全振りのスペックだと思ってね』
ハセガワは落ち着いて深呼吸をした。そしてローラさんにビシッと人差し指を突きつけて言った。
「後は任せたっす!」
「戦わねえのかよ! なんだよ、それ。メチャクチャカッコいいのに、使えねえな! あと、無敵艦隊ってなんだよ!」
そしていつも通りにゴリラビンタの連発。六人のライダーはあっと言う間に倒された。全員の変身アイテムを回収してから昼ご飯。
「なんだよ、ゴトウダのヤツ。俺にはくれねえのかな、それ」
「あの……、僕はそういう戦隊内の差別とかいけないと思うんですよ。やっぱり全員が同じ装備を身につけて……。だから僕にも……」
蒲田駅前の牛丼屋。三人は強化スーツの話題で盛り上がる。
「なあ、ハセガワ。後でそれちょっと貸して」
「ダメっすよ。自分のサイズに合わせてあるんすから。ローラさんが着たらさすがに壊れるっす」
「二年前に流行ったモデルだよね……。強化外骨格の定番って言われてるヤツで……」
ハセガワの隣ではミドリ君が延々とうんちくを並べている。
結局ハセガワのスーツは役に立たなかった。戦ったのはローラさん一人。ゴトウダは防御力には自信があると言っていたが、それを試す機会も無かった。
身体能力の強化はほんの少しだけ。検証の結果、『ぶっちゃけ戦えない』という結論が出た。
それでもハセガワは強化スーツを気に入っていた。今も牛丼屋の中で強化スーツを着たままでいる。足下にヘルメットを置いて、幸せそうに牛丼を頬張っていた。
牛丼屋のカウンターには、三人の戦隊がいる。ゴリラと強化スーツを着た幼女。そして貧乏くさい格好のオッサン。
店内のすべての人間が、彼らに怪訝そうな目を向けていた。
***
大田区平和島。ゴリゴリカレーの二階。
『酷いわね……。なんなのよ、これ……』
ゴトウダは驚きを通り越して呆れかえっていた。声には出さないが、愚痴の一つも言いたい気分だった。
ゴトウダの着ているシャツの胸ポケットには、『盗聴器探知機』。本来なら音で盗聴器の存在を知らせるモデルだが、ゴトウダはそれを振動で知らせるように改造していた。
それを身につけて拠点の中を歩き回るゴトウダ。一応は『捜し物をしている』という小芝居も続けている。
『そこら中、盗聴器だらけじゃない……』
ゴトウダは武器には詳しいが、盗聴器にはそれほど詳しくもない。今回の調査も、事前にネットで盗聴器について多少調べてから来たのだが、それでもゴトウダには対応が分からない。
『こりゃ、専門家の助けが要るわね……』
この拠点に隠された盗聴器から、彼らはクジョウを追う事ができるようになる。だが、今の時点ではそれを可能にする手段が無かった。




