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ローラさんは今日もゴリラです  作者: 吠神やじり
第七章 グノーシスの影
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第四十四話 『天国』に恋い焦がれる男

 大田区平和島。ゴリゴリカレーの二階。ゴトウダの持ち込んだ依頼に、ローラさんとハセガワは眉をひそめる。


「不良ヒーローってなんだ?」


「そのままよ。ヒーローなんだけど、悪さばかりしている連中。ただ、北側の連中ほど悪くないって感じかしら」


「別にそんなの狩らなくてもいいんじゃないっすか?」


「そりゃ世間的にはテロとかやらかす連中の方を優先しないといけないわね。だけど、地元の商店会にしてみれば死活問題になりかねないの」


 ゴトウダの持ち込んだ依頼。その依頼主はゴトウダの住む地元商店会の人間だった。


「私のとこに相談に来た人がいてね。とにかく地元で好き勝手してる連中がいるのよ。調べてみたら変身アイテムを不法所持してる疑いがあってね。それでローラさんにお願いしようかなって」


「面倒くせえな……。まあ、金になるんなら、今はワガママ言ってる場合じゃないしな」


「でしょ。あと一応、付け加えておくわね。ソイツらの中の一人が、ヨシダさんを拉致った犯人」


「うん、ソイツは殺す。もうちょっと詳しく教えて」


 手際よく持ってきた資料をちゃぶ台の上に並べるゴトウダ。その手際の良さに、なにか不自然なものを感じたハセガワ。それでも口を挟まずゴトウダの話を聞いた。

 事の経緯は単純だった。明治神宮の騒乱以来、ヒーローを辞めた者、あるいは辞めてはいないものの活動を停止している者が急増している。

 だが、そんなヒーロー崩れが大人しく普通の職を探すはずも無く、力を持て余した挙げ句に愚連隊のような組織を作り、一般人を相手に暴れる者すら出始めた。


「そんな輩は前からいたけどね、最近はかなり増えたみたい。でも私が住んでる蒲田は最悪よ。ライダー・ファウンデーションがボロボロだからね、好き勝手やり始めるヤツがやたらと増えちゃったって訳」


 かつてはライダーを束ねる集団だったライダー・ファウンデーション。組織の実力者だったマンティスが死に、その犯人と言われるビリオンが消えた。

 他の実力者がいなかった訳ではない。だが、その中の一人は明治神宮でローラさんに半殺しにされていた。ローラさんはもちろん覚えていない。


「じゃあ、今から蒲田行って、そいつらぶち殺してくればいいんだな?」


「ちょっと待って。ミドリ君も連れて行きなさいよ。ちゃんと戦隊で行動しなさいって」


「いや、とりあえずさ。今は自由行動って感じなんだよ。用事が無い時は、好きにしていいって言ってあってさ」


「だから、これがその用事でしょ? とにかく戦隊がバラバラじゃしょうがないじゃない。今、どこにいるの?」


 ハセガワがブツブツと文句を言いながらスマホをいじり始めた。そしてミドリ君を呼び出す。


「元からこっちに向かってたらしいっす。なんか金が無いからメシごちそうして欲しいって」


 ゴトウダが安堵したように大きく息を吐く。それを横目に見ながら、すぐに視線をそらしたハセガワ。


「じゃあ、ミドリ君が来たら出発ね。とりあえずさくっと殺っちゃって、さくっと」


 二〇分後、ミドリ君がゴリゴリカレーに到着。しかし全員で蒲田へと向かおうとした時、ゴトウダが若干棒読み気味で妙な事を言い出した。


「あらー、そう言えばすっかり忘れてたわー。私ね、この間、ここでお化粧ポーチ無くしちゃったのよー」


「なんだ、それ? お化粧ポーチ? なにに使うの、それ」


「なんだってアレよ。お化粧道具入れとく小さなバッグみたいな……」


「ローラさん、そこはツッコんじゃダメなとこっす。お前は化粧とかしてんなよ、とか言ったら負けっす」


「ここで無くしたと思うのよね。だからちょっと探させてくれない?」


「ん? そんなモン、後で俺らが探しとくよ。見つけたら呼んでやるから」


「そうっすね、見つけたら燃やしておくっす」


「いや、燃やすことないでしょ! とにかくみんなは先に行ってて、私も後から行くから」


 明らかに不審な態度。だがローラさんもハセガワもツッコまない。一人だけ空気が読めていないミドリ君だけが、『ご飯食べたい』とつぶやいていた。


 ゴリゴリカレーの外。拠点で捜し物がしたいと言うゴトウダだけを留守番に、ローラさんとハセガワそしてミドリ君の三人が出発しようとしていた。

 そこでまたゴトウダが声をかける。


「ゴメン、ちょっと待って。ハセガワちゃん。ちょっとコッチいらっしゃい」


 ハセガワよりも先にローラさんがキレた。


「お前、いい加減にしろよ。なんか今日おかしいぞ」


 ゴトウダの呼び出しに、ハセガワは顔の筋肉が断裂しそうなほどのしかめっ面を見せた。


「そこまで嫌がる事ないじゃない。とにかくちょっとコッチに来て」


 ゴツい手で手招きするゴトウダ。ゴリゴリカレーの外で、ローラさんたちと十分に距離を取ってから、ゴトウダはポケットの中からヘアゴムを取りだした。


「なんすか、これ?」


 怪訝そうな目でヘアゴムを見つめるハセガワ。それは髪を束ねる輪っか状のゴム紐。小さな女の子向けなのか、ターコイズブルーの小さな玉が二つ付いている。


「みんなには内緒ね。あなたのお守り」


 目を丸くして『はえ!?』と妙な奇声を発するハセガワ。そしてもう一度ヘアゴムを凝視する。見た目にはなんの変哲もないヘアゴム。


「もう一回聞きますけど。なんすか、これ?」


「ゴリターコイズブルーの変身アイテムよ」


「……………………えっ!?」


 ゴツい手のひらに乗せられたヘアゴムを見つめる。そして手に取って見た。見た目も持った感じも、ただのヘアゴムとしか思えなかった。


「ヨシダさんにお願いされたのよ。ハセガワちゃんに強化スーツを作ってあげて欲しいって。とりあえずは急ごしらえの中古品って感じだけどね」


 ゴトウダの説明によれば、東京拘置所のテロ以前からヨシダさんはゴリレンジャーの強化スーツについてゴトウダに相談していたと言う。


「でもね、強化スーツって最新モデルだと、バカみたいに高いの。たとえばビルダーファイブが使ってるようなヤツね。アレなんかバカ高いわよ。レッドちゃんの話だと、ヒーローとしての稼ぎを全部スーツにつぎ込んでるって話だけど」


 ハセガワは延々とヘアゴムを引っ張ったり、ターコイズブルーの玉をいじっている。


「あのテロの後ね、とりあえず私の工房にある中古品で良ければ一着用意できるって言ったら『じゃあハセガワ君に』だって」


 話を理解しつつあるのか、徐々に顔が上気していくハセガワ。なんどもヘアゴムとゴトウダの顔を交互に見る。


「…………マジっすか!? これで自分、変身できるっすか?」


 口を開いた時、既にハセガワのテンションは頂点に達していた。小さな声で『うひょー』とか『おー』とつぶやいている。


「でも、注意して。それは中古品の上に、ハセガワちゃんの体型に合わせて調整してあるの。ハッキリ言えば怪人やヒーローには太刀打ちできないわね。だからお守り。最悪の場合に自分の身を守る手段でしかないわ」


 ちょっとテンションの落ちたハセガワ。小声で『うーん』と唸っている。


「これじゃ戦えないっすか?」


「一般人相手だったら勝てるわね。だけど怪人とかヒーローは無理。よほど相手が弱くないと。単純に身体が小さいでしょ、だから強化スーツのパーツもいくつか取り除いているし、出力も弱いの。だけど元が防御力重視の設計だったから、身を守るだけなら十分なスペックを持ってるわ」


 少しばかり悩むような素振りを見せながらも、やはりハセガワのテンションは高い。最後は珍しくゴトウダに対して笑顔で礼を言った。


「ありがとうっす、ゴトウダ。あと、演技が下手っす。マジ、あれは無いっす」


 礼の後にもツッコみは忘れなかった。そのツッコみに恥ずかしそうにモジモジし始めたゴトウダ。その光景に軽く吐き気を催していたが、なんとかスルーした。


「やっぱり分かっちゃう? だから言ったのよ、私は演技が下手って……」


「じゃあ、これから『お化粧ポーチ』と言う名の『盗聴器』を探すんすね」


「当たり。まだ取り除かないから、もう少しだけガマンしてね。とりあえず今日は数と場所の確認だけのつもりなの」


「ご苦労様っす。マジで頭が下がるっす」


「なんか調子いいわね。まあ、いいけど。だけど本当に変身アイテムの事はみんなに内緒ね。ハセガワちゃんにしか用意してないし、変身アイテムって認可制だから勝手に持ってちゃいけないから」


「そうっすね。分かったっす。緊急事態のみ使用可って事っすね!」


 ハセガワのテンションは高い。やたらと高い。その様子を見ながらゴトウダは思った。


『ああ、これは使うな。速攻で使う。多分、今日中に使う』


 ため息交じりにゴトウダはハセガワを送り出した。ハセガワはスキップしながら『ひゃっほー』と叫んでローラさんの元に駆け寄った。


 そしてゴトウダは拠点内の盗聴器探しへ。そしてローラさん率いるゴリレンジャー一行は蒲田へと向かった。


     ***


 台東区上野。地下に存在する駅のホーム。そこでクジョウは通過していく電車を眺めていた。誰もいない駅のホーム、そこはクジョウにとって居心地のいい空間になっていた。

 通過していった電車の音が、まだ地下のトンネル内に響き渡っている。およそ静寂とは無縁な空間。それでもクジョウは心が安まる思いだった。

 その安らぎも、あからさまに怒気を含む声にかき消されてしまう。


「ねえ、ナオト。もう一度話がしたいんだけど」


 背後からやって来たマダムは、苛立ちを抑えきれずにいた。仲間が死んだ。それも自爆させられた。


「どうしてエビを殺したの? なんでアイツが死なないといけなかったの?」


 マダムすらテロの計画は聞かされていなかった。事前に知っていたのはクジョウとメジャーレッド。そしてリモコンで起爆させたナナフシ。


「何度も言っただろう……。エビはもう限界だった。知能だけでなく、身体まで崩壊し始めていた」


「だから死なないといけなかったの? 最後の時までアタシたちの元で、安らかに逝かせてやってもよかったじゃない!」


「なあ、マダム。俺たちは一体なんだ? 介護施設の職員か?」


 マダムの苛立ちは収まらない。彼女の苛立ちはクジョウに向けたものではない。そして実行犯であるナナフシに対するものでもない。

 それはマダムと仲間たちの間に生まれた、わずかな差違からの苛立ち。


 死んだエビ男は英雄に祭り上げられていた。知能が衰えていき、わずかではあるが身体まで衰え始めた時、エビ男は最後の『花火』を打ち上げた。

 それは怪人にとって最高の死に方。『ホワイト』にはそう断言する者すらいた。それがマダムには許せなかった。


「アタシたちは自爆するために生きてる訳じゃないよ。自爆テロなんて最悪な死に方だよ! 怪人だってもっとマシな生き方ができるはずだろ!」


 そんな生き方はなかった。放っておいても知能が衰えていき、最後は狂ってしまう怪人。そして体細胞が崩壊していき、生きたまま肉体が壊れていく。


 現時点で治療法は無い。


「俺は死にたくないと言うヤツを、死地に赴かせたりはしない。だが知性を失ったヤツや、死に場所を求めるヤツには『救済』を与えてやるつもりだ。これからもな」


 すべての怪人を愛するマダムは、すべての怪人から愛されている。それは慈愛の象徴。そしてクジョウはすべての怪人を憎んでいる。

 その憎しみはクジョウを、真の怪人へと変えていた。畏怖の象徴、それが現在のクジョウ。

 冷徹な殺意は、すべての怪人から敬われた。


 今もクジョウとマダムの元には、自爆テロを志願する者がやって来る。怪人として、最高の死に方を求めて。


 現在は使われていない廃駅。上野恩賜公園の地下にある『博物館動物園駅』、そこが新たな『ホワイト』の拠点。

 クジョウはマダムを見つめる。すべての怪人を愛する女性は、クジョウに対して特別な想いを抱いていた。そしてクジョウもそれは分かっていた。

 もっとマシな生き方。マダムが口にした言葉はクジョウの心を傷つける。それが叶わない事も分かっているから。


「なあ、マダム。俺たちはすべてを終わらせるべきだ、そう思わないか?」


 クジョウは『天国』に恋い焦がれている。ヒーローも怪人もいない世界、それがクジョウの『天国』。

 すべてのヒーローと怪人に死をもたらし、そして世界を『天国』に変える。最後はクジョウ自身が地獄に落ちる事で、クジョウの『天国』は完成する。


 闇の中から一人の怪人が現れた。その怪人はクジョウへと駆け寄っていき、たどたどしい口調で報告を始めた。


「蒲田……。いや、今はいい。アイツはしばらく放っておけ」


 テレビを通じて放ったクジョウの挑発。それに対してローラさんはなんの動きも見せなかった。


『そうだろうな……。あの程度の安い挑発じゃ動かないか……』


 クジョウは予見していた。最後の敵は、最強のヒーロー。『天国』のために、クジョウは『奇跡』と呼ばれる存在に挑もうとしていた。

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