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ローラさんは今日もゴリラです  作者: 吠神やじり
第七章 グノーシスの影
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第四十三話 無音のまま、動き出す男

 台東区上野、上野駅東西自由通路。通称『パンダ橋』。上野駅を通る十二本の線路を跨ぐ全長二〇〇メートル以上の陸橋。

 上野駅は都心部の繁華街である事に加え、駅としての規模も大きく、乗り換えも含めれば利用客はかなりの数に上る。


 パンダ橋から眼下の人の流れを見つめる男がいる。駅の利用客、上野駅周辺にやってきた買い物客、そして観光客。

 人の流れを見つめるためにパンダ橋の上にいる訳ではない。ただ人を待っているだけ。男はしばらくそうしていた。待ち人がやって来るまでの間、そして待ち人が意を決して声をかけてくるまでの間、男はそうして時間を潰していた。


「ビリオンさん。お久しぶりです……」


 男が待っていた人物、ナナフシ・ライダー。痩せ細った小男は、少しばかり怯えた様子で男に声をかけた。

 同じように痩せ細った男。だがナナフシとは違い、精かんな顔立ちの男はゆっくりとナナフシへと向き直る。

 身長一八〇センチ、体重一〇五キロ。痩せ細った体格からは想像もつかない重量を持つ、異形の肉体を持つ男。


 ビリオン・ライダー


 オールバックの髪型に、黒いシルクのYシャツ。そして鋭い眼光。堅気には見えない危険な空気をまとった男。

 ほんの一週間前までは、男ももう少しだけ温和な雰囲気を持っていた。多少の軽口も叩く、冗談も言う、そんな穏やかな面も持っていた。

 だが、今は違う。


「ナナフシ。お前、こんな街に隠れていたんだな……。こんな場所じゃ擬態の意味もないだろ? どうせなら森の中にでも逃げたらどうだ」


 ナナフシは思った。『どうしてこんな事に……』、唐突にかかっていた呼び出しの電話。なぜビリオンが自分の連絡先を知っていたのかも分からない。


「用件を手短に済ませようか……。調べさせてもらったが、この間のテロはお前の仕業らしいな」


 ヒーローの活動なんてした事のないビリオンが、ナナフシを問い詰める。ナナフシにはその動機が分からない。つい一週間前にビリオンと初代が戦った事はナナフシも知っている。

 そして、その後姿を消した事も。


 ナナフシは理解していた。逆らえば殺されると。それだけの力と殺意がビリオンにはある。だが、彼は言わなくてはならない。一つだけ、ビリオンにハッキリと伝えなければいけない事がある。


「ビリオンさん。俺はもうアンタの仲間じゃない。とっくの昔にライダーを辞めさせられている」


 伝えなければいけない。その事実だけが、この場からナナフシを救う。


「今の俺のボスは、メジャーレッドだ……」


 そう告げれば、ビリオンも手を出せない。ナナフシはそう思っていた。だがビリオンはバカを見るような目でナナフシを見つめる。


「知ってるよ」


 ゆっくりとビリオンは歩き出す。足音はまったく響かない。まるでその場にはいないかのように、静かにナナフシへと歩み寄る。そして言葉を続けた。


「そのメジャーレッドにも伝えてあるがな、ヤツは『部下の行動まで責任はとれん』とぬかしやがった。だからお前を直接呼び出した」


 気が付けばビリオンとナナフシは密着する寸前だった。逃げる事すらできない間合い。ナナフシもライダーには違いない。それが正面から向き合いながら、ビリオンの動きを察知する事すらできなかった。


「いいか。お前らの計画はどうでもいい。ほとんど内容も知らない。だが、一つだけ言っておきたい事がある。お前たちがこれから仕掛けるテロについてだ」


 ナナフシの動揺は、彼の鼓動を止めてしまいそうになるほど激しくなった。射貫くようなビリオンの視線を受けて、彼は自分の終焉すら覚悟した。だがビリオンから告げられた言葉は、彼の予想とはまるで違っていた。


「初代には手を出すな」


 呆然としてビリオンの目を見つめるナナフシ。ビリオンの言葉はシンプルだった。シンプルすぎて、理解が追いつかない。

 変わらずバカを見るような目でナナフシを見つめるビリオン。小さく息を吐いた後、更に告げた。


「お前のようなバカにも分かるように言ってやる。お前たちはこれから、この前のようなテロをいくつか起こすつもりなんだろ。その計画から、初代を標的にしているものを中止しろ」


「……え!? いや、どうして……」


 ビリオンが嗤う。


「簡単な事だ。アイツは俺が殺す」


 上野は東京でも有数の繁華街だった。そして二人がいるのは上野駅。にも関わらず、彼らの周囲には人がいない。まるで彼らを避けるように、パンダ橋には人の気配がなかった。


「ヤツと決着をつけるまでは、俺も暇だ。手を貸して欲しけりゃ連絡しろ」


 ビリオンが動いた。音も無くゆっくりと、それでいて瞬く間に視界から消えた。ナナフシは思わず安堵して大きく息を吐き出した。


「ただし、ヤツを決着の舞台へと引きずり出すのには、お前にも協力してもらう」


 ナナフシの視界にビリオンはいない。声は背後から聞こえた。震える身体が、後ろを振り向く事を拒む。しかし、ビリオンの声はもう聞こえない。数分後、ナナフシは恐る恐る後ろを振り返った。そこには誰もいなかった。


 ナナフシがビリオンの言葉を理解するのに、更に数分を要した。そして彼は気付く。自分が最強の援軍を得た事を。

 歪んだヒーローは手に入れた。凶暴な爆弾である怪人と、最強の暗殺者であるビリオンを。


     ***


 渋谷区『東ヒー』本部。ビルダーレッドが初代を睨みつけている。初代はその猛り狂う視線を穏やかに見つめ返す。


「なぜですか? アレで十分でしょう。メジャーレッドとクジョウはつながっている。その証拠が全国に放送されている! それなのに、なぜ動けないんですか!」


「レッド。今は『東ヒー』を守る事を考えて欲しい。まだ、私たちが動くべき時じゃないんだ」


 ビルダーレッドは歯を食いしばる。そのまますべての歯が砕けてしまいそうなくらいに、食いしばっている。


「なあ、レッド。世界征服を企む連中は、まずどんな手段を使うと思う?」


 話題をそらすためにくだらない話を切り出した。レッドはそう思った。


「レッド。これは真剣な話だ。世界征服を企む秘密結社があったとする。そんな目標を掲げる連中は、まず最初になにを狙う?」


 穏やかな眼差しの初代。レッドは目をそらし、そしてぶっきらぼうに答えた。


「まず? なんですか、政治家でも襲うんですか?」


「分かってるじゃないか。そうだよ。それだ」


 初代の言葉にビルダーレッドは眉をひそめる。


「正確に言えば、武装して襲いかかる訳じゃない。だが、世界征服の手駒として、まず権力を手に入れる。いいか、怪人なんて存在は世界征服の役に立たない。本当に世界を支配しようとするのなら、必要になるのは金と権力だ」


 伝説の男の言葉は、まったく身もふたもなかった。それは悪の秘密結社が世に送り出した怪人たちを全否定する言葉。


「最近の秘密結社や怪人たちは、なぜかその辺を勘違いしている。まるで暴力で世界を支配できるとでも思ってる」


「……まあ、確かにいくら強くても、それだけで世界征服なんて……」


「私を改造した結社は、徹底していたよ。私も含めてね、その結社にさらわれて改造された者はみな、将来を約束された立場だった。まあ、私の場合、自画自賛になってしまうがね」


 初代は快活に笑う。


「改造し、そして洗脳まで済ませた改造人間を、社会に溶け込ませる。そして権力を握らせる。そんな遠大な計画だった。世界征服の第一歩とは、権力を握る事を指す」


「……分かりませんね。それがメジャーレッドとどんな関係があるんです?」


「彼らの組織については不明な点が多い。だが、もしも遠大な計画を模倣していたとすれば、現在の政府は既に『取り込まれている』と見なすべきだ」


 ビルダーレッドと初代の見解の相違。それは明確だった。


 ビルダーレッドはこう考えてる。『法は正義である』


 対して初代はこう考える。『法は必ずしも正義ではない』


「レッド。君の憤りは理解できる。今すぐに飛び出して、メジャーレッドを殴り倒せば、確かに気が晴れるだろう。だが、君は終わりだ。そして『東ヒー』も。その後、彼らを止められる者はいなくなる」


 レッドが拳を握る。その手に初代が触れる。そしてゆっくりと握りこんだ拳を開かせる。


「今は待て。反撃の機会は必ずやって来る。彼らの背後を調べ、彼らに協力する者たちを洗い出す。それまで耐えるんだ」


 これまでの初代の戦いの中で、権力を敵に回した事も数回あった。その経験が彼を成長させた。

 現在のビルダーレッドと同じくらいの年齢だった頃、初代は敵の拠点を一人で襲撃したくらい無鉄砲な男だった。

 だが、今は違う。数多くの戦いを経て、彼は学んできた。本当の悪は、拳だけでは砕けないと。


     ***


「動かないか……。まんざらバカでもないんだな」


 メジャーレッドはつまらなそうに言った。


「どうなってるんだ、レッド君。初代も『東ヒー』も片付けられると言っただろう」


 ハゲ頭の小男が騒いでいる。この戦いの中では、名も無い小男。世間では次期総理とも言われているが、メジャーレッドの前ではなんの価値も無い男。


「いいですか、先生。僕らはヒーローなんて存在を抹消したい。そのための『同盟』です。『グノーシス』は、世界を人の手に還す」


 小男は納得したように首を縦に振る。だが、納得などしていない。ただ自分を大物みたいに見せたいだけ。


「その目的は、一朝一夕で実現できるものではありません。まだ始まったばかりです。待っていてください、そしてこれからもどうかご協力をお願いします」


 心の中ではお互いが無能と罵り合っている。だが、それを決して相手に悟らせない。


 小男は声高に主張している。怪人を討伐するべきだと。東京拘置所の悲劇を二度と繰り返してはいけないと。

 そして小男は知っている。目の前の男が、その首謀者である事を。


「マスコミの方はなんとか押さえ込めそうだ。やはり死傷者が出てるのがデカいな。怪人への武力行使を反対する声は、ドンドン小さくなっていくよ。これで自衛隊の出動も視野に入れられる」


「ヒーロー対軍隊か……。面白そうですね。まったく見物だ」


「ヒーローではなく、怪人だ。まあ、同じようなものか。ところで、世界を人の手に還す、本当にその言葉を信じていいんだな」


「ええ、叩き潰してやりましょう。ヒーローも、それを祭り上げる卑怯者たちも」


     ***


 大田区平和島。ゴリゴリカレーの二階。


「ローラさん。相手になってやるとか、なんか格好いい事言ってるっすけど、実際なにをするつもりなんすか?」


「いや、分かんないな……。とりあえずヨシダさんの退院を待とうか……」


「おい、ゴリラ。アンタ、ヨシダさんがいないとなんもできないんすか? それでもヒーローっすか?」


「じゃあ、聞くけどよ。お前ならどうする? なんかアイデアあるのか?」


「…………地道にヒーロー活動するしかないっすね…………」


「だろ? 多分、ヨシダさんだってそう言うよ。俺、分かってるもん」


 ゴリラと幼女はお互いに愛想笑いを浮かべている。とりあえずお互いに大したアイデアは持っていない事だけ分かった。


「じゃあ、自分明日にでも『東ヒー』に言って仕事もらってくるっす」


「ああ、頼むわ。とりあえずヨシダさんの入院費用なんとかしないとな……。残りいくらくらいだっけ?」


 スマホの着信音が、二人の会話を打ち切らせる。ハセガワがスマホを取りだして、画面を見る。そして無言でスマホをローラさんに渡す。

 液晶画面には発信者の名前。『ゴトウダ』

 ローラさんも無言でスマホをハセガワに返す。


『いえいえ』『どうぞ、どうぞ』『いえ、遠慮なさらずに』


 そんなジェスチャーの応酬。なぜか二人はゴトウダに対して苦手意識があった。結局二人は電話に出るのをやめた。


 そして三〇分後。二人はゴトウダの襲撃を受けた。


「もー、なんなのよ、アンタたちは。電話くらい出なさいよ。まったくこっちは忙しいのに……」


 ゴトウダの猛攻。と言っても、ただのお説教だが。面倒くさくなったハセガワがゴトウダのお説教をさえぎる。


「それで、なんの用っすか?」


「ああ、そうね。用件は……、ねえ、ミドリ君は?」


「死んだっす。惜しい人を亡くしたっす」


「死んでないし、惜しくもないでしょ! まあ、いいわ。それじゃあ仕事の話をしましょう。今日は依頼を持ってきたの」


「依頼? 金でんの?」


「もちろんよ。ただ働きなんてさせたら、ヨシダさんに怒られちゃうわ」


「なんなんすかね、この戦隊のパワーバランスは……」


「俺、レッドだよな? レッドってリーダーだよな?」


「多分、ゴリレンジャーで一番偉いのはヨシダさんっす。これはガチっす」


「マジか……。いや、なんとなく気付いてたけどさ」


「ねえ、仕事の話してもいい? ゴリレンジャーに依頼したいのは『不良ヒーロー狩り』なの」


 ゴトウダの言葉に、ローラさんとハセガワは眉をひそめた。

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