第四十二話 宣戦布告
荒れ狂う爆風が周囲を圧倒する。それは一瞬の出来事。エビ男を担架で運んでいた職員たちは、紙くずのように吹き飛ばされた。
周囲にいた職員も破壊的な爆風と業火にさらされ、少数の幸運な者だけが苦しまずに死んだ。そして不運な者は悲鳴すら上げられず苦痛の中で悶えている。
ハセガワを抱きしめていたミドリ君が崩れ落ちる。彼は小さな声でつぶやいた。
「……いたたたた。こっ、腰、腰が痛い」
訳も分からずハセガワは周囲を見渡す。爆発音で鼓膜をやられ、耳は聞こえない。頭も痛い。ただ変わり果てた光景を見て、呆然としている。
「おいっ! 大丈夫か!? おお、ハセガワ! お前、大丈夫か?」
爆発音を聞いたローラさんが走ってやって来た。呆然としているハセガワの肩を揺する。
「おい、ハセガワ! おいって! 聞いてんのか!?」
「あれ……。ローラさん……、耳……聞こえないっす。なんすか、これ? なにがあったんすか……」
腰を押さえながらミドリ君が立ち上がる。彼もまた周囲を見渡して呆然としていた。
「おい、ミドリ君。なにがあった? なんでこんな事になったんだ!?」
***
東京拘置所前。ナナフシ・ライダーは変身を解いた。痩せ細った小男。その変身前の姿すら棒きれに見える。彼はスマホを取りだして、自分のボスへと連絡を入れた。
「終わりました」
簡潔に一言だけ告げてスマホをしまう。そして悠然と歩き去った。混乱の続く拘置所から、不自然なほど何げない様子で歩き去っていった。
ナナフシ・ライダーは拘置所から十分に離れた事を確認してから笑みを浮かべる。
また一人、怪人を始末してやった。生かしておくだけの価値がない怪人を、彼らの目的のために効果的な策で使ってやった。
爆殺できた怪人は一人だけ。エビ男だけが体内に起爆装置を残していた。ほかの五人は既に起爆装置を外科手術で取り除かれていた。
ナナフシ・ライダーはため息をついた。どうせなら六人全員を爆殺してやりたかった、歪んでしまったヒーローはそんな事を考えていた。
公的な施設が、怪人によって破壊された。その事実が必要だった。しかし拘置所の入り口で爆発を一つ起こした程度ではまだ足りない。
***
事件翌日。品川区の病院、ヨシダさんの病室にはゴリレンジャーの全員が揃っていた。現在のゴリレンジャーは四人。ローラさん、ハセガワ、ミドリ君、そしてヨシダさん。
ゴトウダはゴリレンジャーには加わっていない。今も蒲田の工房でビルダーレッドの武器を作っている。
「それでハセガワ君は無事だったんですね……」
「そうっす。このヘタレが自分を守ってくれたっす」
「……いや、命の恩人をヘタレとか言う? 僕だってあの時は必死で……」
「あー、あー、分かってるっす。ありがとうございます、ありがとうございます!」
ほぼ逆ギレでハセガワが叫んだ。
「僕だって腰が痛いのに……。本当に腰が……」
「あの爆発で腰が痛いだけってホントに化け物っすね……」
「いや、腰が痛いのは前からなんだけど……」
「前からかよ! じゃあ、あの爆発でノーダメージっすか!? ガチで人間辞めちゃってんじゃないっすか!?」
ミドリ君に守られたハセガワは、軽い脳しんとうと診断された。一時的に鼓膜もやられていたようだったが、病院に着く頃には聴力は戻っていた。
入院の必要はなし。そう診断されたが、ハセガワとローラさん、そしてミドリ君は帰宅できなかった。そのまま『東ヒー』と警察から事情聴取を受ける羽目になった。
そして事情聴取が終わった後、そのままヨシダさんが入院する病院へとやって来た。
彼らは努めて明るく振る舞っている。あの爆発で多くの死傷者が出ている事には誰も触れない。
「そう言えばヨシダさん、聞いてくださいっす! このヘタレのせいで、また入院費用が用意できなかったっす」
爆発の前にローラさんとビルダーファイブの二人は、六人の怪人を倒している。その報酬は怪人一人につき二〇万円。合計で一二〇万円にもなった。
報酬はゴリレンジャーとビルダーファイブで折半。結果的にローラさんが六〇万円受け取る事になった。
それでも三〇万円はミドリ君の保釈金で飛んでいった。イエローに立て替えてもらった分をその場で返済して、残ったのは三〇万円。
「一応、前払い金として二〇万円は病院に払っておいたっす」
残りはしばらくの間の食費になる予定だった。タダ飯ぐらいが一人増えてしまったので、あまり長い期間は持ちそうにない。
病室の中でもっとも明るく振る舞っているのはハセガワだった。場の空気を盛り上げようと必死さすらうかがえる。
それも病室のすみで真剣な顔で考え込んでいるローラさんのせいだった。あからさまに場の空気を悪くするゴリラ。
時折、全員がローラさんをチラ見するが、誰もローラさんには触れない。小さな声でハセガワがヨシダさんに相談する。
「なんすかね、あの態度は……。いや、深刻な状況だって事くらいは自分だって分かってますけどね。なんとかなんないっすか、あれ……」
「まあ、確かに今回の事件は少し変ですからね……。やり口がなんて言うか、悪の秘密結社じゃなくて完全にテロリストの手口ですから」
事件の夜。マスコミに対して『ホワイト』の犯行声明が送りつけられた。大層な名分を掲げてはいたが、結論から言えば単純極まりない動機。
『我々怪人は、不当な弾圧を受けている。たとえ政府に恭順を誓っても、彼らは我々を蔑み、支配しようと目論む。
我々はそれに反旗をひるがえす。怪人の自由と独立を得る為に、我々『ホワイト』は決死の覚悟で戦い抜く』
彼らの声明に具体的な目的や要求はまったく含まれていなかった。その意図はまったく分からない。
知名度の高いヒーローは、マスコミから追い回されコメントを求められた。ビルダーレッドもその一人。
『現在調査中です。今後の方針は今のところ申し上げる事ができません』
カンペをガン見、アンド棒読み。ただその表情からは苦悩が垣間見えた。彼は既に『ホワイト』の内情を知っていた。だが、それを公表する事はできなかった。
***
ローラさんたちがヨシダさんの病室に集まっていた頃。渋谷区の『東ヒー』本部では、ビルダーレッドが慣れない駆け引きに苦悩していた。
『東ヒー』は、東京拘置所の襲撃犯の一人であるスベスベマンジュウガニ男の身柄を拘束していた。
事件当日の夜からずっとレッドは本部に泊まり込みで対応に当たっている。彼が抱えている問題は二つ。
一つ目に、スベスベマンジュウガニ男はすべてを白状した。なにもかもすべて。それは彼らにとって公表できない事実だった。
「おっ……、俺は知らなかったんだ……。まさか、エビ男が爆破されるなんて。あんな事するなんて信じられない……。でも、俺だって分かるよ。俺たちは捨て駒だったんだ」
彼らに下された命令は『東京拘置所への襲撃』、現在も拘置所に勾留されている怪人の解放が目的だった。
だが、彼らに与えられた本来の目的は『自爆テロ』、それを彼ら自身も知らされていなかった。
「めっ、命令をしたのはクジョウだ。アンタらと同じ『東ヒー』の人間だったクジョウだよ。アイツは怪人だった。しかも、あっと言う間に『ホワイト』のトップに立っちまった」
クジョウはマダム・クリマーに忠誠を誓うつもりだった。だが、当のマダムがそれを拒んだ。マダムはクジョウに対して『対等でいい』と告げる。
「マ、マダムと対等って事は、俺らのボスだ。それは俺たちにとって絶対だったんだ」
そして『東ヒー』にとって、最も深刻で、最も知られてはいけない事も白状した。
「クジョウはメジャーレッドと手を組んだ。ア、アイツは北側の支配者だったんだ」
その言葉にビルダーレッドは頭を抱えた。それはその瞬間まで、疑惑にすぎない、と言われていた。それが目の前の怪人の口から、真実として告げられてしまった。
『東ヒー』の職員たちは口々に言い合った。
『こんな事、公表できるか!』
『いや待て。あの怪人が本当の事を言っているとなんで分かる』
『いっそ、あの怪人を始末してしまうか……』
ローラさんがかつてビルダーレッドと初代に投げかけた言葉。
『お前ら、本当にヒーローなのか? やり方がケチな悪党みたいだぞ』
今となっては笑えないセリフになってしまった。本当の悪党が誰なのかも分からない。
そしてもう一つの問題は、『政府の対応』だった。
公的機関、それも治安維持に関する施設への攻撃は、ヒーローや怪人に対する政府の対応を大きく変えてしまう事になった。
『関わりたくない』という消極的な姿勢は批判され、怪人は明確に『テロリスト』のレッテルを貼られる事になった。
当然政府は治安維持のために、怪人への武力行使すら検討し始めた。
レッドも個人的にはそれに賛同したい気持ちだった。怪人が無関係な市民に危害を加えるのならば、誰かがそれを止めるべきだ。だが、それがヒーローである必要はない。
国が治安維持のために怪人を討伐するのであれば、レッドはそれに協力する事はあって反対する事はない。
だが、今は立場が違う。一人のヒーローではなく、ヒーローを支援する組織の一員。その立場がレッドを苦しめる。
国が怪人を討伐するのであれば、ヒーローは必要ない。それは誰もが理解している。しかし『東ヒー』はそれを受け入れられない。
初代の帰還から、多少は腐敗を排除する事ができた。だが、今は組織自体が排除されようとしている。
『東ヒー』は組織を守る事を選択した。それには初代も同意した。
レッドは苦悩する。一線を越えてしまった怪人たちと、その怪人と手を組んだヒーロー。それに対処するために動き出した政府。そして自らを守る事を優先し始めた『東ヒー』。
『正義とはなんだ……』
拳では解決できない苦悩。それがレッドを縛り上げる。テレビでは多くのヒーローがコメントを求められ、そして自分勝手な考えを並べている。
***
『それでは最後に、メディア戦隊メジャーマンのリーダー、メジャーレッドさんからお話をうかがいたいと思います』
テレビでは司会者が神妙な顔で番組を進行させている。
『メジャーレッドさん。今回の事件について、どのようにお考えですか?』
二〇代後半の若者。今風の若者らしく、整えたあごひげとピアス。少し悪ぶったファッションに身を包んだ男は、気取った態度で一礼する。
『まずは今回の事件で犠牲になった方々のご冥福をお祈りします』
一見すれば軽薄そうにも見えるファッションとは裏腹に、神妙な面持ちで語り始める。
『僕らは正義を守るために、これまで全力で戦ってきました。ですが、今は自分の無力さを噛みしめています』
メジャーレッドの背後には、一人の男が立っていた。まるでメジャーレッドの付き人のように立っている。
そのスーツ姿の陰気な男は、すべてを憎むような目つきでカメラを睨みつけていた。
『このような事を二度と繰り返さないためにも、僕らは戦います』
メジャーレッドの背後に立つ男が口を開く。声は出さずに口だけを動かす。薄ら嗤いを浮かべながら、その男はこう言った。
『かかってこい』
メジャーレッドの背後では、クジョウ・ナオトが嗤っている。メジャーレッドは最後に声を大にして宣言した。
『僕らは正義のために戦います』
***
ビルダーレッドは歯を食いしばって耐えた。叫びそうになる自分を抑えていた。拳を握る手に感覚がない。キツく握りすぎた拳が痺れ始めていた。
ビルダーレッドは肺の空気を絞り出すように声を出した。
「このクソ野郎……」
テレビに映る二人の男を睨みつける。もう怒りを抑える事はできなかった。彼は怒りに身を任せて、拳をテレビに叩きつけた。
***
ゴリゴリカレーの二階。病院から帰ってきたローラさんはリビングでテレビを見ていた。いつも通りゴロゴロと横になって、たまに尻を掻きながら。
ハセガワも隣でテレビを凝視している。無言のままで、メジャーレッドの背後の男を見つめている。
「上等だ、相手になってやる」
ローラさんは小さな声でつぶやいた。




