第四十一話 ストリートファイター
葛飾区小菅、東京拘置所前。正面ゲートの前には、ゴリレンジャーとビルダーファイブの混成部隊。とは言え人数は三人しかいない。ローラさんとビルダーイエローとピンク。
三人は東京拘置所の前で仁王立ちしていた。既にイエローとピンクは変身している。そしてローラさんはゴリラのまま。
「なあ、兄弟。兄弟は変身とかしないの? ほら、強化スーツじゃなくてもさ、あるじゃん、それっぽい格好が」
ローラさんは紺色の作業着を着ていた。一応は『ゴリレッド』と名乗っているはずなのに、全身紺色。
「ああ、着替えるのとか面倒くさいしな。お前らみたいにパッと変身できたらいいのにな。俺もそんな感じのスーツ作ってもらおうかな」
ローラさんはゴトウダが装備類の開発なら協力すると言ってくれた事を思い出していた。ただそれにかかる費用についてはまったく考えていない。
「はいはい、雑談はそこまで。お客さん、来たよ」
冗談めかしているがピンクの目は真剣だった。東京拘置所の前を通る『平和橋通り』。さすがにその通りを封鎖するには時間が無かった。それもあって現在も一般車両が走行している。
その一般車両の中に、怪人を満載したライトバンが走行している。もちろん傍目にはそんな事分かりもしない。
「作戦はなんかあるの? まさか『魂が叫ぶままに戦え』とか言わないよね」
ピンクは軽口を叩きながら笑う。『魂がどうたら』はレッドが好んで使う表現だった。
「俺は魂とか信じてないから。まず俺とピンクで先行する。とりあえずライトバンを止めるぞ」
「オーケー」
ピンクが短い返答を口にした途端、二人は轟音を響かせてその場から消えた。二人の装備している強化スーツが、二人の身体能力以上の力を発揮させる。
二人が装備している強化スーツは、人工筋肉モデルと呼ばれる物。スーツ全体が、カーボンナノチューブ製の人工筋肉で構成されている。
防御力という点では旧式の強化外骨格に劣ってしまうが、速度は旧式とは比べものにならない。
彼らが走り出した瞬間にスーツのセンサーは彼らの身体の電気信号を読み取り、そして人工筋肉へとフィードバックする。
わずか三秒でトップスピードに達する加速力、そしてそのトップスピードも自然界の陸上生物には不可能なレベルの速度。
特にビルダーファイブの中でも最速を誇るピンクのトップスピードは、時速一六〇キロに達する。
ピンクは閃光のように駆ける。そして怪人を満載にしたライトバンとすれ違う。一気にライトバンの後ろに回り、そして後続車の前に躍り出る。
唐突に車線に現れたピンクに、無関係な後続車が一斉にブレーキを踏む。激しいブレーキ音とクラクション、そして怒号。
「はーい。すいませーん。ビルダーファイブでーす。現在、戦闘中につきしばらくお待ちくださーい」
ピンクの若干間の抜けた声に止められた車のドライバーたちも怒りを露わにしている。
***
先行のピンクの後に続くのはイエロー。本来の体格や体重に加えて、強化スーツをパワーよりに調整しているため速度はピンクに比べて遅い。それでもトップスピードは時速一二〇キロに達する。
先行のピンクが後続車を止めた事を確認したイエローは、そのままトップスピードでライトバンに突っ込んでいく。そして時速一二〇キロの速度でドロップキックをぶちかます。
自動車の正面衝突を連想させる音が響く。ライトバンはアコーディオンのように潰れていく。勢いの止まらないライトバンはその場で軽く浮き上がった。
フロントガラスを突き破り助手席の怪人が表に放り出される。その後、衝突を連想させる音と同じくらいに大きな音を立ててライトバンがアスファルトの地面に落ちてきた。
後続車でいきり立ってクラクションを鳴らしていた男は、呆然とその光景を見つめた。気付かぬ内に手は止まり、声も出ない。
ほんの数秒前は『ふざけんなよ、テメエら! なにがヒーローだ!』と叫んでやるつもりだった。だが、目の前の衝突事故にも似た戦いは彼の怒りを吹き飛ばしていた。
『こりゃ、ライトバンの中のヤツは死んだな……』
ドライバーはそう思った。だが、そんな予想を簡単に裏切って、潰れたライトバンから怪人がゾロゾロと姿を現す。
「はーい。すいませーん。ご迷惑おかけしまーす」
ピンクがもう一度後続車に声をかけた。ドライバーは黙って手を振って応じた。
***
「まっ、そんなに甘くはねえよな……」
イエローの渾身のドロップキックは、一撃でライトバンを廃車にした。だがそれで終わりにはならなかった。
廃車の中からゾロゾロと姿を見せる怪人たち。フロントガラスを突き破って飛び出していった怪人も、イエローの背後でのっそりと起き上がる。
小さく息を吐き、そして跳躍。ライトバンから出てきた怪人にローリングソバット。道路からはじき飛ばされガードレールに激突する怪人。見た目はブサイクな深海魚に見える。
わずかに身体を震わせた後、歪んだガードレールに手をついて起き上がってくる深海魚。
「ボォォエェェッ! ボォエェ!」
奇声を発する深海魚はまだ向かってこようとしている。ピンクはその瞬間を見逃さなかった。
深海魚が走り出そうと身体を大きく前に傾けた時、ピンクはそのまま怪人の走り出す勢いを利用して道路に叩きつけた。
顔面からアスファルトの地面に叩きつけられた怪人は、ようやくそこで動きを止めた。
廃車となったライトバンの運転席では、スベスベマンジュウガニ男がエアバッグを引き千切ろうともがいていた。
そしてフロントガラスを突き破って投げ出されたエビ男は、深海魚と向かい合い自分には背を向けていたイエローに狙いを定める。
その背後からもう一頭のゴリラが迫っている事に気付いていなかった。
「はいよっ! ちょっくら死んどけ!」
ローラさんのゴリラビンタには、いくつかのバリエーションがある。普通のビンタで大体終わってしまうため、あまり使う機会はなかったが。
そのゴリラビンタの別バージョン、ゴリラプレスが久しぶりに炸裂した。十分に勢いをつけて、エビ男の後頭部にゴリラビンタ。普段ならスナップを効かせてはじき飛ばすが、ゴリラプレスではそのまま『掴む』。
助走をつけたビンタの勢いをそのままに、後頭部を鷲掴みにしたローラさんはそのままエビ男を廃車と化したライトバンに叩きつける。
更に潰れてしまったライトバンは、もはや元が自動車だと判別するのが難しいほどのスクラップに変わり果ててしまった。
スクラップに叩きつけられたエビ男は一撃で悶絶。更にスクラップの中で潰されたスベスベマンジュウガニ男も意識を失った。
怪人は残り三人。既に数の上での優位性も失った。それでも彼らは戦う事をやめなかった。
全身真っ白な怪人。出来損ないの粘土細工のような不自然に歪んだ顔と、耳に当たる部分から突き出た複数の触覚が不気味な印象を与えるスケールワーム男。
ピンクが腕を取り、そのまま投げる。空中で綺麗に一回転をした瞬間に、宙に浮いたままの無防備なスケールワーム男にイエローの回し蹴りが炸裂。
身体から青とオレンジの光を点滅させるクラゲ男。無造作に繰り出されたゴリラビンタで轟沈。ローラさんは鼻くそをほじくりながら最後の一人を睨みつけた。
ほぼ瞬殺で倒された仲間たちを前にしても、最後の一人であるピンポンパール男は決して退かなかった。
「ポポポポーンッ! ポーンッ! ポーンッ!」
やはり意味不明な奇声を発している。彼は状況を正しく理解していない。理解できるだけの知性が残っていない。
金魚の仲間で、丸っこい姿が特徴的なピンポンパールの因子を植え付けられた男は、その丸っこい姿で三人のヒーローに威嚇し続けている。自分に勝ち目が無い事も分かっていない。
イエローが大きく跳躍した。そしてローリングソバット。
「ポゲェッ!」
よく分からない悲鳴を上げながら、転がっていくピンポンパール男。ピンクはその怪人の腕を掴み、ねじり上げながら転がっていく方向を変える。
その転がっていく先には、ほじくり出した鼻くそを見つめているローラさん。鼻くそが付いたままの手でゴリラビンタ。その一撃で戦いは終わった。
***
「今回はこの集団だけなんすかね?」
東京拘置所内に運び込まれてくる怪人を眺めながらハセガワが聞いた。
「五日前の時は、この後もう一つの集団が襲ってきたんだよね……」
オドオドしながらミドリ君が答える。そのミドリ君は執拗に拘置所の外を見回している。
***
拘置所の外では現場検証が始まっている。道路を封鎖したままにはできないので、スクラップと化したライトバンを、ローラさんとイエローがせっせと運んでいた。
「なんかクレーン車とか無いのかよ……」
「いや、あるにはあるだろうけど俺らが運んだ方が早いよ、兄弟」
ピンクは辺りに目を配り、そして後続の怪人集団の姿を探した。
「今日はこれで終わりかな……。でも分かんないね。目的はなんだろう?」
スクラップを道路の脇にどけたローラさんが、ノンビリした口調で答える。
「やっぱ残りの怪人を解放しようってんじゃねえかな。て言うか、それしか無いだろ」
ローラさんも周囲に目を配る。イエローも同様だった。彼らは他の怪人の姿を探している。拘置所から離れた場所を探している。彼らは拘置所にはまったく意識が向いていなかった。
拘置所の正面ゲート前。その周囲は犯罪者や死刑囚、それに怪人を収容しているとは思えないほど警備が緩く見えた。
高い塀もなく、武装した歩哨が立つ訳でも無い。周辺には木々が植えられ、無骨な拘置所の持つ物々しい雰囲気を少しだけ和らげていた。
その木々の中に、不自然な木切れが放置されていた。木切れと言っても、その大きさは人間くらいに大きい。不格好な丸太が木にもたれかかってるようにも見える。
それは見る人が見れば違和感を覚える光景だったが、一目見ただけでは、その違和感に気付かない。
その木切れがゆっくりと動き出す。
ナナフシ・ライダー。木の枝に擬態する以外にこれと言った特徴の無いヒーロー。正しくはヒーローだった男。
その姿は木の化け物が動いているようにしか見えない。ナナフシ・ライダーは手のひらに隠していた小さなリモコンをもてあそぶ。小さなリモコンには、ボタンが一つ。
そのボタンに指をかけ、そしてタイミングを待った。
***
東京拘置所内、正面ロビー。ハセガワとミドリ君は運び込まれてくる怪人を眺めている。終わってみれば瞬殺。そして後続の襲撃者も現れない。
とりあえずは無事に解決した、そう思っていた。
「お前は結局なんもしなかったっすね」
「…………いや、僕だってね……」
ハセガワも別に責めている訳ではなかった。単に口が悪いだけ。それでもミドリ君はハセガワから目をそらした。見た目は幼女の毒舌に、ビビり倒すオッサン。傍目にはそうとしか見えない。
怪人を運ぶ職員たちも苦笑いを浮かべる。そんな職員の態度にすら目を向けられないミドリ君。彼の目は泳ぎ、様々な方向へと視線を動かしてしまう。
どこを見ても自分を笑っているように見えた。最後に目を向けたのは、ローラさんに倒されてグッタリしている怪人だった。
担架に乗せられて四人がかりで運ばれるエビ男。その姿を無表情で眺めるミドリ君。
その時、ナナフシ・ライダーの指がリモコンのボタンを押した。
一瞬の事だった。力尽きてグッタリしているエビ男に変化が現れた。その場にいた者の中で、ミドリ君だけが気付いた変化。
力尽きていたものの、その姿には生気があった。グッタリしていたが、それでもエビ男は生きていた。
しかしエビ男に異変が起こる。それは完全な静止。手足をピンと伸ばし、正面を向く目には生気が見えない。
それまで力尽きようとしていたエビ男が、突然人形のように変わってしまった。
ミドリ君はそれを知っていた。怪人が人形のように変化した後、なにが起こるのかを知っていた。
とっさにポケットの中のスタンガンに手を伸ばす。だが、間に合わないと悟る。巨大化する暇もない。巨大化しても意味がない。
ミドリ君は身をひるがえし、ハセガワを抱きしめた。エビ男に背を向けて。
「ちょっ……、お前、なに考えてんすか!?」
次の瞬間、エビ男が爆発した。
怪人の最後。誰もいない場所で、仲間すら近寄らず一人で爆殺されるのが怪人。だが、その時は違った。
東京拘置所の中で、多くの職員の前で、そしてハセガワとミドリ君の前で、エビ男はその姿を破壊的な爆風と業火に変えた。




