第四十話 予想されたトラブル
葛飾区小菅、東京拘置所の前。ゴリレンジャーとビルダーファイブのメンバーがブラブラと歩きながら雑談をしている。
ゴリレンジャーは三人。ローラさんとハセガワ、そしてたった今加わったミドリ君。
「て言うか、なんで逮捕されてたんすか?」
「いや、なんでって言うか……。公然わいせつ罪で……」
「ああ、巨大化じゃなくて全裸の方で捕まったんすか……」
「くそっ、だから簡単に釈放されたのか……」
ローラさんはニヤニヤ笑いながら冗談を言っている。そのローラさんの姿をふてくされてジト目で見つめるミドリ君。
ふてくされてはいるがローラさんが戦隊を始めたと聞いた時は、即座に協力を申し出ていた。ローラさんもあっさりとそれに応じた。
二人の付き合いは長い。ゴリゴリ団設立当初からの付き合いで、まともにローラさんのビンタを受けてなお彼を慕っている珍しい変人だった。
明治神宮の騒乱の後、明治神宮に放置されていたミドリ君は警察に捕まった。当初は市街地での怪人の巨大化を規制する『改造人間規制法』の第十四条に抵触している疑いがかけられていた。
だが改造手術を受けていないミドリ君は規制法にそもそも抵触しない立場だった。現時点で人間の巨大化を規制する法律など無い。
それでも体長二〇メートルの全裸を世に放つ訳にもいかないため、警察は容疑を公然わいせつ罪に切り替えて、彼を勾留していた。しかし警察も彼を持て余していた。
『もう面倒くさいんで、連れて帰ってもらえますか?』
結果、そんなどうしようもない言葉を吐きかけられて、ミドリ君は釈放された。
ミドリ君は身体のサイズを自由に変えられる訳ではない。身体に電流を流す事で巨大化するが、自分の意志で元に戻す方法は無い。自然に小さくなるのを待つしかなかった。
それもあって当初は東京拘置所の外にある広場で野宿させられていたが、身体が小さくなってから地下の怪人向け独居房へと移送されていた。
「でも、面白かったなあ。ミドリ君が豚箱に入ってんの。必死になって鉄格子ガチャガチャやっててさ、笑わないように通り過ぎんの結構大変だったよ」
「まあ、自分はガチで目を合わせないようにしてたっすけどね」
「なんなんですか、もう……。二人とも鬼ですよ……」
「ゴリラだけど?」
「自分、幼女っす」
「そういう事じゃないんですよ……」
そんなゴリレンジャーのやりとりをビルダーファイブのメンバー二人が呆れたように眺めている。
ビルダーイエローとビルダーピンクの二人は、本来ビルダーファイブへの依頼であった東京拘置所のパトロールにゴリレンジャーを参加させた。
東京拘置所のパトロールは、拘置所内の動揺を抑えるためであると共に、周辺住民の不安緩和を目的としている。
そのため、可能な限り有名で実力のあるヒーローを派遣する事が求められた。だがレッドは依頼主でもある『東ヒー』の本部に所用で出向いている。
「で、他の連中はどうした? 他に後二人いるんだよな?」
仲間内でくだらない話をしていたローラさんが、唐突にイエローに尋ねた。
「まあ、依頼自体は楽なもんですしね。今日は兄弟も来てくれるから『俺だけで行ってくるからいいよ』って言ってやったんです」
「私も来なくていいって言われたんだけど、ゴリラ二頭じゃなにしでかすか分からないから来ました」
「ゴリラ二頭にツッコみキャラ二人、それにヘタレが一人っすか……。ちょっとバランスが悪いっすね」
「なんのバランスだよ。……ん? 誰か電話鳴ってない?」
くだらない話はスマホの着信音で打ち切られた。
「ああ、俺だな。あれ? レッドからだ……。ゴメン、ちょっと出るから……。ああ、もしもしレッド? なんか、あったの? …………すぐに変身するから、ヘルメットの方にデータ送ってくれ」
電話に出たイエローは、通話が始まってすぐに真剣な表情に変わった。そして一度電話を切った後、すぐに変身した。
黄色い光が彼を包み、わずか数秒後には強化スーツに身を包んだビルダーイエローがそこにいた。
全身の筋肉をそのまま肥大化させたようなシルエット。金属的な光沢は硬質な印象を与えるが、イエローの身体の動きに合わせて滑らかに動く。
動きを制限する事はなく、むしろ強化スーツは常人ではあり得ない身体能力を発揮させる。
「スーツはカッコいいっすね……。あれ、いくらくらいするんすかね……」
「強化外骨格タイプじゃなくて、人工筋肉モデルかな……。あれ、結構高いよ」
さすがにミドリ君はヒーローの装備に少し詳しかった。その後、イエローの装備している強化スーツについてドヤ顔で語り始めた。ハセガワは真顔で舌打ちをした。
「だからね、人工筋肉モデルは今の主流なんだけど、やっぱり堅牢性では技術の蓄積がある強化外骨格モデルの方がね……」
ミドリ君の話は誰も聞いていない。ローラさんとハセガワはイエローの説明を待っている。イエローはヘルメットを通して網膜に映し出された情報の確認をしていた。
ピンクも既に変身している。事態こそ把握していないが、イエローの変身が緊急事態を示している事は理解していた。
そしてピンクも自分のヘルメットを通して情報を得ている。一応はベテランのヒーローでもあるイエローは冷静に小さな声でヘルメットを操作しているが、ピンクは動揺を隠せていない。
「ちょっと待ってよ……。なんでそんな事になってんのよ…………。えっと地図を拡大、それから対象をデータベースで検索。順番に表示して!」
その様子を眺めているハセガワも緊張している。
「なーんか大事の気配っすね」
ローラさんはニヤリと笑って答える。
「いいじゃん。面白くなりそうだ」
ミドリ君はまったく状況を理解していなかった。
「僕はね、昔っから全身タイツでやって来たけど、まあ強化スーツも悪くないよね」
事態を把握したイエローがヘルメットを外す。それを小脇に抱えてローラさんと向き合った。
「正直、今日は兄弟がいてくれてよかったよ。ちょっと問題が起きてね」
「らしいな。まあ、面白けりゃいいよ」
ピンクがウンザリした顔でつぶやく。
「全然面白くないから……、真面目に深刻な事態だから」
イエローの元に連絡を入れてきたのは、『東ヒー』本部にいるレッドだった。その内容は『怪人の目撃情報』。
東京拘置所からの大量脱走以来、東京で怪人が目撃される事は少なくない。だが、多くの場合は怪人の単独行動が目撃されるだけだった。
しかしたった今入った情報によると、現在六人の怪人が徒党を組んで行動しているとの事だった。
「怪人が集団で行動するって結構珍しいんだよ。ほら、怪人ってちょっと知能がアレだしね。だけどそのアレな怪人がなんでか知らないけど集団で動いてる。しかも、目的地がどうもここらしい」
イエローが自分の足下を指差す。怪人の進行方向から予測されている目的地は、東京拘置所だった。
それを聞いたミドリ君が速攻でヘタレた。
「じゃあ、早く逃げないと!」
「おい、そこのヒーロー! なに逃げるとか言ってんすか、お前も戦うっす」
「だってその六人で終わりとは限らないじゃないですか!」
怪人は主に単独行動で動く。それだけにミドリ君の言葉にイエローが眉をひそめた。
「終わりとは限らないってどういう意味? 普通は徒党を組んでも二人とか三人程度だと思うけど」
完全にビビりまくっているミドリ君。その様子を見て、ローラさんが気付いた。
「そう言えばミドリ君さ。ここから怪人が脱走した時、ここにいたんだよね。ちょっと聞かせて、なにがあったの?」
ローラさんとイエローがミドリ君を見つめている。ピンクはまだヘルメットを外さず、現在も目撃情報から怪人の足取りを追っている。ハセガワは地面を見つめたまま、昨夜の事を思い出していた。
『やっぱりヨシダさんの予想が当たってるのかも知れないっすね……』
昨夜、面会時間ギリギリまでヨシダさんの病室にいたハセガワは、ヨシダさんから警告を受けていた。
『ローラさんの行動は、これから敵となる人たちに監視されていると思います。もしもその予想が当たってれば、ローラさんの行動に合わせるようにトラブルが頻発するはずです。いいですか? ローラさんには内緒にしてください、まず敵の目的を探りたいので。それからローラさんと行動する時は、十分気をつけて。危ないと思ったらすぐに逃げてくださいね』
それは拠点に仕掛けられた盗聴器の事だった。ヨシダさんはクジョウが拠点を用意した時から、その拠点は監視されていると予想していた。そして先日、見舞いに来たゴトウダからの情報により確信へと変わる。
***
明治神宮の騒乱からゴリレンジャー誕生までの間に、拠点は何度かヒーローの襲撃を受けた。その襲撃の際に破壊された店内を掃除したゴトウダが、そこで壊れた盗聴器を見つけていた。
『あのね……、これ店内で見つけたんだけど、ローラさんに聞いても『知らん、なにそれ』の一言で終わっちゃったのよ。なんだと思う、これ……』
もちろんゴトウダも、それが盗聴器である事は分かっている。問題は誰がいつ仕掛けたのかという事。
ヨシダさんは即座に理解した。クジョウによって拠点が監視されていたと。そして盗聴器が店内の一つだけという事はあり得ないと。
『この事はローラさんには秘密にしておいてください。あの人、お芝居とか苦手ですから』
ゴトウダはヨシダさんの考えを理解した。盗聴しているのがクジョウである事こそ知らなかったが、ヨシダさんは盗聴されている事を利用しようとしている事は分かった。
『じゃあ、私は発信されている信号を追って盗み聞きしてるヤツを探すわ。ソイツを探し出して、それから罠にかける。そういう事ね?』
ヨシダさんはニッコリと微笑む。
『ヒーローを敵に回すとどうなるか、徹底的に分からせようと思います』
その笑顔を見てゴトウダは思った。
『ヒーローってなんだっけ……』
ほんの数日前まで悪の秘密結社の女幹部だったヨシダさんの微笑みに、ゴトウダは思わず哲学もどきの疑問を思い浮かべた。
ゴトウダは敵の事はあえて聞かなかった。ゴトウダ自身も芝居が上手い方ではないと自覚していたから。自分も余計な事は知らない方がいい、そう判断した。
***
葛飾区小菅、東京拘置所前。既に三人のヒーローが戦闘の準備を始めている。
「怪人なんて一人でも厄介なのに……。何人出てくるか分からないってマジ……」
ピンクはウンザリしたような顔で辺りを見回した。ミドリ君から聞いた話を思い出し、背筋が寒くなる思いだった。
それは五日前の事。まだ建物内に収容できない大きさだったミドリ君は、新聞紙をガムテープでつなげただけのゴミを布団代わりにして眠っていた。
時刻は深夜二時。最初は犬の鳴き声から始まった。遠くから聞こえてくる犬の鳴き声。それは酷く激しく、まるで叫ぶような鳴き声だった。
それから人の悲鳴が加わり、拘置所の職員が慌てて走り回り始めた。そして緊急事態である事をあからさまに主張するサイレンが鳴り響き、最後は拘置所の正面ゲートが破壊される音が続く。
そこにいたのは六〇人の怪人の群れ。一斉に咆哮を上げて拘置所に攻め込んできた。圧倒的な力、それに踏みにじられていく拘置所の職員。
だが倒されていくのは怪人を止めようとした職員だけ。怪人たちから逃げ出した者はもちろん、その場でもっとも目立つ存在だったミドリ君も襲われる事はなかった。
怪人の群れが拘置所の内部へとなだれ込んでから数分後、拘置所地下から解放された怪人と共に、一〇〇を超える集団と化した怪人たちが拘置所から出てきた。
怪人が拘置所を出て最初に目にしたのは、彼らを包囲する機動隊。そして次に目にしたのは、機動隊の背後から襲いかかる彼らの仲間。
マダム・クリマー率いる『ホワイト』本隊。それは単純な波状攻撃だった。最初の先遣部隊に相手の戦力が集中したところを見計らって背後から奇襲。
拘置所を包囲していた機動隊の一角が崩れ、そのまま怪人たちは逃走した。
***
「東京中の怪人をまとめ上げたのか……。結構やるなあ、アイツ」
「はいっ、そこのゴリラ! ボケッとしない! 現状を確認するよ、怪人の集団は平和橋通りをライトバンで移動中。道なりに真っ直ぐ来れば東京拘置所。スピードを落とさなきゃ到着まで後一〇分。オーケー?」
「補足すると、ライトバンは盗難車。武装はしてない、ノーマルな一般車。怪人はすべて『東ヒー』の記録に残ってるヤツらだった。まともに会話ができるくらい知能を保ってるのは一人だけ。スベスベマンジュウガニ男、身体に毒を持ってるヤツだから、下手に出血させたりするとマズい」
ピンクの説明に加えて、イエローが怪人の情報を告げる。作戦など無い。ローラさんとイエロー、ピンクの三人で正面から迎え撃つ。
不安げな拘置所の職員には、正面ロビーにバリケードを作らせている。ハセガワとミドリ君は拘置所から少し離れた場所に避難していた。
「て言うか、お前は戦わないんすか?」
「いや、僕はちょっと……」
そう言いながらミドリ君はポケットの中のスタンガンを握りしめた。本音では逃げ出したい。だけどそれができない。ローラさんがコッソリとミドリ君に告げた言葉。
『お前は戦わなくていいよ。だけど俺がいらん事気にしなくていいように、ハセガワの事頼むわ』
深呼吸を一つ。ミドリ君は覚悟を決めた。自分のできる事をやろうと。今はローラさんから頼まれた事に全力を尽くそうと。
ミドリ君はハセガワの目を見つめて彼女の手を握った。そして妙に腹の立つイケメン気取りでささやいた。
「怖いんだね。でも大丈夫、僕がついてるから」
「頭大丈夫っすか?」




