第四話 ヨシダさんのつぶやき ~バッタよりゴリラです~
皆さん、こんにちは。ゴリゴリ団の女幹部のヨシダです。今日は皆さんに最近のヒーロー事情についてご説明させていただきます。
私たちの暮らす街には、ごく当たり前のようにヒーローが徘徊しています。もうGに匹敵するレベルです。
事の起こりは四十年以上前。人知れず活動していた悪の秘密結社が壊滅した事がきっかけとなり、世間にはヒーローが溢れかえる事となります。
そのヒーローは悪の秘密結社に拉致されて、そのまま改造手術を受けバッタ男となってしまった人です。ですがそのバッタは事もあろうに自分に力を与えてくれた秘密結社を潰してしまったのです。バッタのくせに。
バッタは最初のヒーローになりました。バッタの活躍を追うテレビ番組は高視聴率を記録し、バッタのグッズは数え切れない程発売され、なおかつ飛ぶように売れました。バッタのくせに。
ビジネスとして成功してしまったバッタとその関係者は、二匹目のバッタを狙います。そして大量生産されるヒーロー。もう悲哀もクソもありません。とりあえず強くて、なんか悩んでるバッタもどきがたくさん現れました。
そしてそれはことごとく成功します。特に人様に迷惑をかけた事もない秘密結社を探し出しては潰す事を繰り返し、メディアはそれを持ち上げる。
世間は常に新しいヒーローを求めるようになりました。注目されたヒーローが自分たちの宿敵を倒した時、それを応援していた人はみんな『おめでとう』と言いながらも、どこか寂しい思いをしたものです。
ですが新しいヒーローが登場すればみんな大喜びです。去年話題になったヒーローを思い、『今年のヤツらはどうもしっくりこないなー』なんて言いながら、結局その活動を熱心に追いかけたりするものです。
ですがヒーローは辞められません。無駄に強くて、そして変に知名度の高い元ヒーローは、社会復帰できないのです。
結局はヒーローであり続けます。宿敵を倒し、『さあ、平穏な日常に戻ろう』なんて言ったところで、やる事なんてないんです。
だから毎年ヒーローが増えていきます。時々死んだりします。だけどそれ以上のスピードで増えていきます。本当にGみたいな連中です。
注目されないヒーローも出てきます。バッタに続けと出てきたはいいものの、話題にもならなかったヒーローや、最初からそこまで高望みはしていなかったヒーローまで。そしてご当地ヒーローの登場。もうヒーローの増加に歯止めがかかりません。
その結果が『悪役不足』です。強いヒーローが自分とはなんの関係もない怪人まで倒してしまうので、場合によっては悪役の奪い合いすら起こります。
以前、こんな事件がありました。ある若いヒーローが肉親の仇を探していました。メディアもそれを美談のように語り、そして持ち上げます。
ですがそこに空気の読めない先輩ヒーローがしゃしゃり出ました。
『お前はまだ未熟だ。俺が倒してやる』
もう色々と台無しです。空気の読めないヒーローは本当にその怪人を倒してしまいます。微妙な顔でお礼を告げる若いヒーローに対して、空気の読めないヒーローは軽く説教までかましました。
『お前な、人の世話になっておいて、礼もまともに言えないのか?』
そのやりとりは生中継で全国に放送されました。誰もが微妙な気持ちでそれを見つめる中で、必死に美談に仕立て上げようとする司会者の奮闘が忘れられません。
私もその番組を観ていましたが、途中で放送は中断されてしまいます。史上初のヒーロー同士の殴り合いが始まってしまったからです。
その殴り合いの結果は知りません。ですが、それはある意味でヒーローたちの時代が終わった事を告げていたような気がします。
もちろん多くのヒーローは正義を貫き、そして平和を守っています。怪人や宇宙人と言った突拍子もない敵ばかりではなく、ごく普通の犯罪者も倒します。それはそれで、素晴らしい事だとは思います。
でも、それはヒーローの仕事じゃない。変身して万引き犯を取り囲む戦隊ヒーローは少し格好悪いです。走って逃げるひったくりをバイクで追うライダーはちょっと卑怯です。
強い敵がいない今、ヒーローは窮地に立っています。どこかの星から侵略者が来てくれないかと望んでいるヒーローが山ほどいます。
でも、そんな事は起こらない。だからみんな窮地のまま。その実情を公表したとしても誰も喜びません。ヒーローの苦境が大好きな人たちも、彼らの生活苦を見て手に汗握ったりはしないんです。
だからみんな見栄を張って、くだらないヒーローごっこを続けているんです。
***
薄暗い神社の境内で、ゴリラがしかめっ面で辺りを見回す。そこには二十人ほどの倒れたヒーローたち。
「なあ、ヨシダさん。コイツらなんだったの? なんかメチャクチャな連中なんだけど」
ローラさんは不機嫌なまま、事の詳細をヨシダさんに尋ねる。彼女なら知っているだろうという信頼がある。ヨシダさんは苦笑いを浮かべながら、その信頼に応えた。
「食べていけないヒーローの方たちみたいですね。最初に名乗った人、確かグンマー戦隊って言ってましたよね」
「知らん」
「言ってたんです。別に群馬県のご当地ヒーローって訳じゃないんです。ネットで話題になったグンマーネタを面白がってる素人の集まりなんですけど、そこそこの実績はあったみたいなんです」
ヨシダさんはカバンから取り出したタブレットで彼らの情報を検索していた。
「でも、解散寸前みたいですね。だから別の戦隊の人たちと組んだりしてるみたいです」
「要するにコイツら、ヒーローの出来損ないみたいなもんか……。でもなんで俺、襲われたの? 別になにもしてないし」
「『白怪人』に登録されてないからですね」
「ゴメン、分かる言葉で言って。なにそれ?」
「要するに悪い事をしないと誓った怪人をそう呼ぶんです。倒されたり、捕まったり、あるいは自首したり。そんな怪人は政府の管理下に置かれます。それが通称『白怪人』です」
ローラさんはかつてゴリゴリ団の首領だった。ただし彼を知っている者は少ない。たとえ弱小の組織だったゴリゴリ団と言えど、首領であるローラさんはほとんど人前には出ていない。
組織の破綻から半年。ほとんど人前に姿を見せる事のなかったローラさんは、自分で稼ぐためにバイトを始めた。結果としてゴリラの姿をした怪人の噂が街に流れていた。
たった今、彼を襲ったヒーローたちも、警察からの要請を受けて集められた者たちだった。
駅前でローラさんを見た警官によって上司に報告され、上司が更に上の者へ。ゴリラの姿をした『白怪人』はいないと確認された結果、周辺にいたヒーローたちが集められた。
『ニシローランドゴリラ男』は無類の強さを持つ怪人として知られていた。だが、それも昔の話。現在はその強さを知らない若いヒーローが増えている。
そのなにも知らないヒーローたちは二十人という圧倒的多数に過信していたが、ローラさんの豪腕によって壊滅的な被害を受ける事となった。
「ヨシダさん、どうしよう……」
事態を把握したローラさんがつぶやく。元からゴリゴリ団は悪の秘密結社だが、地味な活動に終始していたため、あまり目立つ存在ではなかった。
だが、今は違う。彼は寄せ集めとは言え、二十人のヒーローを一蹴してしまった。わずかに遅れてミドリ君も事態を理解する。
「すいません。僕、帰ってもいいですか……」
ミドリ君は『ローラさんを尊敬している』と言っていた。それは嘘じゃない。だが、彼がローラさんを探していた理由はもっとゲスな事情。
既にヒーローとして終わっていた自分が這い上がるために、ローラさんの強さを利用しようとしただけ。
そして二十人のヒーローを倒してしまったローラさんは、彼らが待ち望んでいた『敵』として認定される。
ミドリ君はヒーローでいたかった。ヒーローとして上を目指していた。その願望は捨てられなかった。
自分がこれからとる行動の意味を理解していた。ローラさんから逃げる、そして彼の情報を売る。それは尊敬する『兄貴』を裏切る行為。
彼のゲスな事情と、これからの行動も予想していたヨシダさんは相変わらず彼に冷たい視線を送る。
それから遅れる事、数秒後。ローラさんもミドリ君の事情を察した。
「いいよ。もう行きな。俺は元々ゴリゴリ団を再始動させるつもりだったから」
迷いはあった。だが事態は動いてしまった。ローラさんは舌打ちをした後、神社の境内で一際暗い一角に向かって声をかけた。
「おい、出てこい。クジョウ、そこにいるんだろ!」
暗闇からはなんの反応も返ってこない。
「お前の思惑通りに進んでるぞ。どうだ、気分いいか?」
ローラさんは繰り返し声をかけた。しかし暗闇は静まりかえったまま。ヨシダさんはそっとローラさんに近付いた。そしてローラさんが声をかけている暗闇とは反対の方向に向かって申し訳なさそうに指を指した。
眉をひそめてローラさんは振り返る。そこに苦笑いを浮かべたクジョウが立っていた。
「思惑通りという訳でもないんですよ。むしろ私にとっても展開が速すぎると思ってます」
「ふーん。ああ、そう。ところで気配消すの上手いな」
必死にごまかすローラさん。ヨシダさんはそっと目を伏せた。
クジョウは口元に笑みを浮かべながら辺りを見回す。その笑みは醜く歪んでいる。周囲に倒れているヒーローたちを見つめて歪んだ笑みを浮かべている。そして小さくつぶやいた。誰にも聞かれない程度の小さな声。堪えきれず吐き出してしまった心の声。
「これが奇跡か……」
その声は誰にも聞かれなかった。聞かれたところで誰にも意味は分からないが。クジョウはローラさんとその周囲にいる仲間に目を向けた。
「で、その二人がニシローランドゴリラ男さんの側近という訳ですか? ん……、君は確かチンカス戦隊の……」
「いえ、ポンコツ戦隊です。ポンコツ戦隊のゴミグリーンです。あの、僕はもう帰らせてもらうつもりなんで……」
ミドリ君の言葉にクジョウが異様な反応を見せた。辺りの空気が歪む。少なくともローラさんにはそう見えた。明確な殺意。それがクジョウの身体からほとばしる。
「なあ、クジョウ。お前が俺とこうして話してんのがバレたらマズいのは分かる。だけど、コイツは大丈夫だから、もう帰らしてやってくれ」
明らかにクジョウは『口封じ』をしようとした。この場にいる者の中で、ローラさんだけがそれに気付いた。
「まあ、いいでしょう。だがね、ゴミ野郎。おかしな真似をしたら……、ん!? なんだお前……」
クジョウはゆっくりとミドリ君に近付いた。そして脅し文句の最中に眉をしかめる。その光景にローラさんも眉をしかめた。
「なに? なんか知らんけど、もういいだろ。帰らせてやれよ。そんで俺らも行こ。どっか場所変えて話しよっか」
「まあ、いいです。行きましょう。『幼女男』も下で待ってます」
高台にある神社から少しばかり長い階段を降りる。その間もクジョウはミドリ君を何度も見る。
「なあ、もういいだろ、クジョウ。コイツはなにもしないから。だからあんま睨んでやるなよ」
「いえ、思い出したんです。確か薬物戦隊ですよね。『人間』のくせにバカな真似をした連中だと聞いています」
クジョウの言葉に全員が眉をひそめた。クジョウはそれを無視した。彼自身、失言をした自覚はあった。そしてそれ以上はその事についてはなにも言わなかった。
階段を降りきった頃になって、クジョウはそれまでの話がまるで無かった事のように態度を変えた。そして夜の街にたたずむ、その場には不釣り合いとも思える幼女を指し示す。
「紹介します。怪人『幼女男』、ハセガワ君です」
そこにいたのは少しばかり現実離れした幼女。銀色の長い髪。そして大きな目。快活そうな笑顔。髪の色だけは日本人離れしているが、特に顔立ちは外国人には見えない。
真っ白なワンピースにピンク色のポーチ。あざといとも言えるが、一見すれば人目を惹く可愛らしい女の子だった。しかしクジョウの言葉を信じれば、中身はオッサンらしい。
幼女はクジョウの言葉を受けて、ローラさんへと近付いてきた。そして彼とも彼女とも言い難い幼女もどきは肩からさげているポーチから名刺を取り出して、ペコリと頭を下げながら差し出す。
「ども、ハセガワです。クジョウさんに紹介されて、御社でお世話になる事になりました。よろしくお願いします」
ヨシダさんがつぶやいた。
「うわぁ、可愛い……。でもなんか……、変。なんか変」
そんなつぶやきに、少しばかりムッとした表情で幼女は言葉を返す。
「すいません。自分も好きで幼女をやってる訳じゃないんです。そういう言い方はやめてもらえませんか」
「か、可愛くない……」
ヨシダさんが唸る。そしてローラさんはため息をついた。




