第三十九話 東京拘置所の地下
「じゃあ、今日の仕事は結構退屈っすね。ただのパトロールっすか」
「まあ、ヨシダさんが『地道にやれ』って言うしさ……」
「仕方ないっすね……、一応自分は初仕事になるんで、もうちょい派手なのを期待してたんすけど」
台東区の浅草から埼玉県の東武動物公園までを結ぶ鉄道『東武スカイツリーライン』。ローラさんとハセガワの二人はそのスカイツリーラインで移動していた。
揃って電車に揺られる二人、ゴリラと銀髪の幼女。当たり前だが、他の乗客の視線は二人に集中していた。時折、スマホをかざして写真を撮ろうとする者もいる。
ローラさんが首からぶら下げた看板を読んで、ニヤニヤと笑っている者もいる。
「なあ。これ、本当に必要か?」
ローラさんは首からぶら下げた看板を指でつまむ。その看板には、こう書かれている。
『新人ヒーロー、ゴリレンジャーです。名前だけでも覚えて帰ってくださいね』
ヨシダさんの指示通りにハセガワが用意した看板。それはゴリレンジャーの知名度を上げるための宣伝ではなく、単純に街中を歩く時の『野生のゴリラじゃないですよ、もちろん怪人でもないです』という説明をするための物。
首から看板をぶら下げたゴリラ。確かに脅威を感じるより、興味を抱く。あるいは今時は珍しいサンドイッチマンの類と思われるかも知れない。
「これでローラさんが首輪をつけて、自分がそこからのびるリードを握っていれば完璧っす」
「なにがどう完璧なんだよ」
二人はスカイツリーラインで葛飾区にある小菅の駅に向かっていた。今日の仕事は『パトロール』、ただしローラさんとハセガワの二人だけではない。
正確に言えば、今回のパトロールはビルダーファイブへの依頼だった。そのビルダーファイブのサポートとして参加する事になった。言ってみれば『下請け』のようなものだった。
「報酬、安いらしいっす。確か二人で四万円だとか……」
「ヨシダさんに言わせるとさ、そういう積み重ねが大事なんだってよ」
「まあ、小菅の街を歩き回って四万円なら、バイトとしてはかなり割のいい仕事っすからね。今日のところはガマンするっす。そんで帰りは焼き肉でも食いに行くっすよ」
「お前、そんな無駄遣いしたら……」
「ローラさんが調子ぶっこいてライダーまでやっちまったから、こうなったんすよ。ホントなら昨日の報酬だけで、ヨシダさんの入院費用の半分は支払えたっす」
「それは言うなよ……」
ションボリしたゴリラが所在なさげに小さくなっている。
「あっ、次が降りる駅っす。まあ、余裕を持って着いたっすね。さすがに仕事回してくれた人たちを待たせちゃ悪いっす」
こうして二人は『東武スカイツリーライン』の小菅駅に到着した。東京都葛飾区小菅。先日、怪人の大量脱走が起きてしまった東京拘置所が今日の目的地だった。
小菅駅の改札を抜けると、そこは駅前にもかかわらず殺風景な住宅街が目の前をふさぐ。駅前にありがちな大型店舗などは見当たらない。鉄道会社の系列会社が運営するスーパーと数件の飲食店がある程度。
駅にある唯一の改札口の正面には狭い路地があるだけ。バスターミナルやタクシー乗り場も見当たらない。
二人は駅を離れて住宅街を歩く。閑静な住宅街と言えば聞こえはいいが、物静かすぎて気味が悪いと感じる者もいる。
それは偏見にすぎないが、それでも『気味が悪い』という言葉に妙な説得力を与える建物がそこにある。それが小菅の東京拘置所だった。
刑務所とは違い、主に刑が確定するまでの間に収容される場所。他に死刑囚も収容されている。そして東京では唯一怪人向けに強化された牢獄を有する施設だった。
「でも、その強化された牢獄から逃げられたんすよね」
「詳しくは聞いてねえけど、外部からの襲撃を受けたんだとよ。まあ、首謀者はクジョウだろうけど」
「え!? マジっすか、それ? あの人、どうしちゃったんすか?」
「たまにいるんだよ。自分が嫌になってどうしようもなくなるヤツがさ」
「すんません。なんかマジな話してるっぽいっすけど、意味が分かんねえっす」
ハセガワの言葉にローラさんは苦笑いを浮かべる。
住宅街を抜けると、そこには少しばかり奇異な光景が広がっている。見た目は団地のような建物。それがいくつも立ち並ぶ。だが、その建物と建物の間隔が妙に広い。更に言えば不自然なほど静かだった。
二人は団地のような建物を横目に、そのまま歩き続ける。そして立ち並ぶ建物の終わりが見えてきた頃、その奥に東京拘置所がそびえ立っていた。
建物自体が堅牢にできているのか、拘置所は高い塀に囲まれている訳でもなく、通りから普通にその全景を見渡す事ができた。
「なんか海外のドラマとかで観る刑務所とかとは、作りが違うっすね。現実感がうすいって言うか、ちょっとゴツい学校の校舎に見えるっす」
遠足気分で拘置所を眺める二人。そのまま歩いて近付くうちに、ハセガワの見解とは異なり『ちょっとゴツい』どころでは無い事に気付く。
「見た目は、少し警備が厳重な建物って感じだけどよ。建物自体はハンパじゃねえな。ほれ、屋上なんて完全に檻だよ、あれ」
ローラさんが指差した拘置所の屋上は勾留されている者のための運動場になっている。そして表からは見えないが、地下には死刑を執行するための刑場が存在する。
怪人が収容されているのは、そこから更に下。刑場の地下に、正気を失った怪人たちは収容されている。
そんな東京拘置所の正面ロビーが、ビルダーイエローとの待ち合わせ場所だった。
「あれ!? 姉ちゃんも来てたの?」
ローラさんが驚きと共に声をかけたのはビルダーピンクだった。長い黒髪と気の強そうな顔立ち。女性としては大柄な体格で、服装は迷彩模様のスウェットパンツに、白いノースリーブのシャツ。鍛錬を欠かさない事をうかがわせる鍛え抜いた腕を組んで、ローラさんを待っていた。
隣には奇跡的なレベルでゴリラに似ている男が、黄色地にカレーライスのイラストが描かれたTシャツを着て、ローラさんに手を振っている。
「兄弟。今日はアリガトな、付き合ってくれて」
「いや、俺も昨日ちょっとやらかしちゃってさ。うちのヨシダさんが怒ってんのよ。少し真面目にやらないと、また怒られそうで……」
「姐さん、そんなおっかないタイプには見えなかったけどなあ」
「虚ろな目でスタンガン連射してる姿見たら、そんな事言えねえっす」
「はいはい、そんじゃ仕事の話させてね。まず今日の仕事は『東ヒー』からの依頼ね。内容は東京拘置所地下と施設周辺のパトロール。オーケー?」
「はいよ。ホントはビルダーファイブで受けた依頼なんだけど、レッドは他の用事が入ったんだってな。アイツ、なにやってんだ?」
ローラさんの言葉に、イエローとピンクは揃って渋い顔。気まずそうにピンクが言った。
「実は今、ビルダーファイブも解散危機を迎えてまして……」
「なにやってんだよ、お前ら!?」
「いや、解散危機って言うかね、レッドが『東ヒー』の幹部候補になっちゃってさ」
「あー、そう言えば、毎日のように『東ヒー』に顔出してたっすね。なんの用事か知らないっすけど」
「そうそう。今日も『東ヒー』に行ってる。本人もあんまり乗り気じゃないんだけどさ。レッドのヤツ、昔っからライダーさんに憧れてたから、あの人に頼まれると断れないらしくて」
「ライダーさんって、あのバッタ野郎か? あんなモンに憧れてんのかよ、アイツ」
「まあ、その点はいいとして。問題は私たちみんなレッドがいるからビルダーファイブをやってるんですよ。彼が抜けるようなら、多分みんな辞めちゃうんじゃないかなって」
「それで解散危機っすか……。そっちも結構大変っすね」
***
軽く意気消沈してしまった四人は、気分を変えるためにも仕事を開始する事にした。今日の仕事は、拘置所内部と周辺のパトロール。
脱走に失敗して残った怪人と、この一週間のうちにあらためて捕まった怪人が、拘置所の地下に収容されている。
パトロールの目的の一つは、彼らに対する威嚇だった。
「要するに、今度脱獄なんて企んだら容赦しねえって脅す訳ね」
「まあ、そんなとこですね。一応、怪人が俺らに敵意を持っているって判断したら、ぶん殴っていいんだそうです」
「この国の法律はどうなってるんすか……」
「まあ、ヒーローと怪人はね……。なんて言うか、社会の異物よね、真面目な話。社会はヒーローなんていない事が前提にできてる。本当に私たちが『後付けの異物』みたいに感じる時あるもん」
「ヒーローなんていなくても、世の中は回るんだよ」
ローラさんは時折、達観したように遠い目で話をする事がある。この東京拘置所がそうさせるのか、今日のローラさんは少しばかりシリアスな雰囲気を漂わせていた。
イエローも気を使ってあまり無駄口を叩かない。少しばかり暗い面持ちで彼らは東京拘置所の地下を目指した。
荒れ果てた地下三階。正気を失った怪人たちの叫びが響く。その中を悠然と歩くゴリラ。面白くなさそうな顔で、周囲を威圧する。
知性の無い怪人たちの絶叫。それがローラさんの威圧に対する行為なのか、それとも別の理由なのかも分からない。ただ地下に響き渡る怪人の叫びの中で、ローラさんは悠然と歩いていた。
「ローラさん! 来てくれたんですか! 待ってたんですよ、僕もう、どうしたらいいのか分からなくって……」
ローラさんの後にはハセガワが続く。いつもの軽口も無く、少し怯えた様子でローラさんの影に隠れている。
檻に入れられたとは言え、一般人のハセガワにとって怪人に囲まれている状態は恐怖しか感じない。
「え!? ローラさん、僕ですよ! ミドリです。ちょっと、ローラさん!?」
怯えたハセガワのすぐ後ろにはピンクがついている。なだめるようにハセガワの肩に手を置いて、ハセガワの後ろを離れない。だが、そのピンクも表情は硬い。
「えぇぇ……、なんで無視してんの……」
一番後ろを歩いているのはイエロー。さすがに怯えは無い。だが油断無く辺りを警戒している。すべての怪人は牢に閉じ込められている。だから、怯える必要なんて無い。
むしろ怯えていてはいけない。彼らの目的は、怪人の暴走をあらかじめ制するための威嚇なのだから。
「あのー、すんません。ミドリですけどー。僕の事、迎えに来てくれたんじゃないんですか? あのー、ローラさん? 聞いてます?」
ミドリ君はなぜか怪人と共に東京拘置所の地下の収容されていた。一応は独居房と呼ばれる一人部屋の牢に入っていたが、今はその独居房の正面にある鉄格子を必死に揺すっている。もちろん鉄格子はビクともしない。
「なあ、これって歩くだけでいいの?」
「まあ、目的は威嚇ですし。コイツらが暴れでもしたら殴りますけど、叫んでるだけじゃな……」
「いや、自分はこの状態キツいっす。怪人に囲まれるなんて、一生経験したくなかったっす」
「まあ、大丈夫よ。全員、檻の中だし。ローラさんもいるしね。大丈夫ですよね、ローラさん」
「そうだね。なんかあったら、俺に任せてよ」
「じゃあ、僕の事、ここから出してもらえないですかね……」
「よし、帰るか」
「ローラさん!? ローラさん! ローラさんってば!」
「ちっ。……あれ、ミドリ君じゃないかあ、こんなところでどうしたんだい」
「メッチャ棒読みじゃないですか……、しかも舌打ちしてたし」
***
東京拘置所、一階ロビー。ガン無視でやり過ごそうとしたローラさんだったが、さすがに折れた。怪人の檻の中に閉じ込められたミドリ君を放置しようかと思ったが、そもそもの逮捕された原因が一週間前の明治神宮の騒乱だったので無視もできなかった。
「いや、無視してましたよね。マジで帰ろうとしてましたよね」
「うっさいな、お前。本気でしばくぞ、オイ」
「ムチャクチャじゃないですか……。僕はローラさんに言われて巨大化したのに……」
「そんなモン、お前がすぐにパッと元に戻れたら、問題無かったろ!」
「そんなん、できないですもん。それ、ローラさんも知ってるじゃないですか……」
拘置所近くのコンビニにあるATMで金をおろしに行ったイエローが帰ってきた。ミドリ君を釈放させるために必要だった保釈保証金を、イエローに立て替えてもらう事になった。
「まあ、いつでもいいよ。兄弟も大変そうだし」
「ゴメン、マジでゴメン。できるだけ早めに返すから。お前も礼くらい言えよ、ボケッ!」
「えぇぇぇ……、僕が悪いんですか……」
「お前、これからしばらくただ働きな。マジで金返すまで死ぬ気で働けよ!」
「ムチャクチャだよ、この人…………」
こうしてゴリレンジャーに新しい仲間が加わった。彼の名は『ゴリミドリ』、なぜグリーンではなくミドリと名乗るのか、それは誰にも分からない。




