第三十八話 初仕事
渋谷区『東ヒー』本部。既にローラさんは怪人サバ男を倒しに行った。ハセガワはローラさんの書いたヒーロー登録の申請書類を眺めてつぶやく。
「きったねえ字っすね。まあ、これで自由の身っすけど」
申請書類を指でつまんでヒラヒラとなびかせる。ハセガワを監視していた『東ヒー』職員に向かって、見せつけるように。
ハセガワを見つめていた職員は、なにも言わずハセガワから視線を外した。
渋谷区『東ヒー』本部は、複合商業施設の地下にある。割と広いスペースがあるはずだが、本部の大部分が幹部クラスの職員の個室になっている。正確には、なっていた。
現在は複数の内装業者が入り、幹部の個室を取り壊している。騒々しく動き回る職人と、破壊されていく個室。それを職員の多くは喜びを持って見つめている。
かつて『東ヒー』の前身であったヒーローの互助会、そして現在の『東ヒー』を設立した人物。『初代』の帰還は『東ヒー』を大きく変えた。
初代が最初に着手したのは、腐敗の一掃。ヒーローを支援するための組織で行われていた不正行為、それはおびただしい数に上った。
若かりし頃の初代が、もっさりしたヘアースタイルでドヤ顔を決めた『東ヒー』の宣伝用ポスター。そこに書かれている言葉が虚しい。
『ヒーローのための組織。そして正義のための組織。私たちは、彼らを支えるために存在する』
『東ヒー』が支えていたのは、一部の幹部だけ。そんな陰口すら叩かれる始末。それを初代は変えようとしている。
だが、不満も大きい。明治神宮の騒乱以来、『東ヒー』に対する風当たりも強い。だが、それを口実に改革を見送らせようとする幹部を、初代は睨みつけるだけで黙らせた。
初代の改革がスタートした直後から、数名の幹部が辞職した。もちろん退職金を山ほど受け取って。その幹部に従っていたと見られる職員も多数辞めていった。
そして『東ヒー』に残った職員は、慌ただしい毎日を過ごしている。単純に人手が足りなすぎた。
気が付けば監視対象だったハセガワにさえ、事務員の仕事を任せなければいけないほどに。
ハセガワは慌ただしく働く。自分のデスクで書類をまとめたと思えば、本部入り口にあるカウンターで来客の相手をする。
本部を訪ねてくる者の多くはヒーローか、その関係者だったが、カウンターでニッコリと接客する幼女には誰もがうろたえた。
唯一、平然と接してきたのはビルダーレッド。彼は今日もやって来た。
「おう、やってるな。昨日はローラさんに会ってきたんだが、一度ゴリレンジャー全員で話がしたいって言ってたぞ」
そんなレッドに向かって、ハセガワは真新しいカードをかざす。新品のヒーロー登録証。
***
ヒーロー名:ゴリレッド
所属組織 :ゴリレンジャー
本名 :ゴリ山ゴリ造
ランク :新人
武装 :金属製ハリセン
備考 :改造人間
***
「あのゴリラ、登録証が出来上がるのも待たずに『賞金稼ぎ』に行ったっす」
「ああ、金に困ってるらしいな。まあ、色々とあるだろうけど……。なあ、ゴリ山って……」
「多分、偽名っすね。こんな名前のヤツはいないっす」
「……なあ、言いにくいなら無理には言わなくていいが、どうしてローラさんは金に困ってるんだ? あの人くらいの強さなら、金なんかどうとでも……」
「レッドさん。強さを金に換える方法は二つしか無いっす。『犯罪』と『見世物』っすね。あのゴリラはどっちも嫌いなんすよ。それと金に困ってる理由は、ヨシダさんの入院費用っすね、主に」
レッドは自分の拳を見つめる。ハセガワの言葉が胸に突き刺さる。レッドよりも年上の幼女。ハセガワの言葉に、レッドは言葉を失う。
自己鍛錬の果てにあるのはなんだろう? 常にレッドは自問していた。そして答えなど思い浮かばなかった。
自分より強い男の人生。悪を名乗りながら犯罪を嫌っていた男は、今になってヒーローの道を進み始めた。そして仲間のために戦おうとしている。
果たして自分にもそんな生き方ができるだろうか、自分は強さに溺れる事なく生きていけるだろうか。そんな事を拳に向かって問いかけた。
しかしハセガワの言葉を聞いて、ローラさんの行動に疑問も生じた。
「待ってくれ、ハセガワさん。それなら『シビルウォー・プラン』って一体なんだったんだ? なんのためにローラさんは戦隊とライダーの衝突に介入したんだ?」
ゴリラの考えなんぞ知らん。ハセガワはそう答えたかった。だが、ハセガワも同じ疑問を持っていた。ヨシダさんの提案した『シビルウォー・プラン』、あの作戦を実行したローラさんの真意は、いまだに分からない。
『仲間のため? 立案者であるヨシダさんのため? いや、なにか違う。自分はなにか見落としてる』
そう考えたハセガワは、それ以上この件を考える事はやめた。誰にだって話したくない事くらいある。ハセガワにだってある。
「まあ、ゴリラの考えなんて自分らに分かる訳がねえっす。なんか理由があったんじゃねえっすか」
きっといつか話してくれる。そう思いながら、ハセガワは話を変えた。ハセガワがレッドに見せつけたのは、もう一枚のヒーロー登録証。
***
ヒーロー名:ゴリターコイズブルー
所属組織 :ゴリレンジャー
本名 :ハセガワ ヤスオ
ランク :新人
武装 :無し
***
「自分もヒーローっす!」
レッドは苦笑いを浮かべる。この連中は止められない。レッドはそう確信した。だが一言だけ言わずにいられなかった。
「ゴリブルーじゃダメなのか?」
ハセガワは胸を張って答える。
「ゴリ『ターコイズブルー』っす! これだけは譲れないっす!」
***
品川区東五反田。ほんの一週間前まではライダー・ファンデーションの縄張りだった南側の街。
現在は縄張りという概念自体が否定されている。
『ヒーローが縄張り争い? 他のヒーローとくだらない争いに明け暮れるのが、君たちの理想なのか?』
初代の言葉に、すべてのヒーローが沈黙した。ただでさえヒーローが減っている現状では、元より縄張りどころではない。
ヒーローを続ける者は、誰もが自分たちの理想に立ち返ろうとしていた。
なんのためにヒーローになったのか? 誰のためにヒーローでありたいのか?
サバオカ・ソウイチ。彼も自分の理想であるヒーロー像を見つめ直した一人だった。
彼はサバ・ライダーと呼ばれているヒーロー。かつてはライダー・ファンデーションで強硬派と呼ばれた男。戦隊との直接対決も辞せずと主張し続けたライダー。
彼は明治神宮でローラさんと出会った。そして倒された。大鳥居の前で。
苦悶の中で彼は見ていた。ローラさんが巨大ロボにも怯まず戦う姿を。そして勝つ姿を。それからの彼は変わった。
彼は自身がヒーローであろうとする理由を思い出した。
『生き別れの弟を探し出したい』
それがサバ・ライダーの戦う理由。彼の弟は名も無い悪の秘密結社にさらわれた。そしていまだに帰らない。
風の噂で、その秘密結社が崩壊したと聞いた。それでも彼の弟は見つからなかった。
『ソウジ……。お前は今……、どこにいるんだ……。兄ちゃんは、必ずお前を探し出してみせるからな……』
サバ・ライダーの弟は、悪の秘密結社にさらわれ、そして姿を消した。弟を探し出すためには、悪の秘密結社の足取りを追うしかない。それがライダーであり続ける理由だった。
そのサバ・ライダーの前に、一人の怪人が現れる。怪人サバ男。五反田の駅前で、彼らは再び巡り会う。
兄であるサバ・ライダーと、弟であるサバ男。運命のイタズラは、血を分けた兄弟の血みどろの戦いを望んでいるようだった。
秘密結社によって改造手術を受けさせられたサバ男。その知性は既に幼児レベルまで退行していた。そして彼は東京拘置所にいた。死ぬまでそこから出られないはずだった。
だが『ホワイト』と共に彼は自由を得る。それでも彼は『ホワイト』を離れ、自分が暮らしていた街へと舞い戻った。温かい家族との思い出を頼りに、彼はおぼろげな記憶に残る街へと帰ってきた。
サバ・ライダーの眼前には怪人サバ男。お互いに敵である事は理解している。だが、戦えない。
長い歳月の果てに、お互いの姿が成長し変わり果てたとしても、彼らには分かった。お互いに支え合った幼い日々の思い出が、彼らに真実を悟らせた。
「ま、まさか……、ソウジなのか……。そんなバカな…………」
「サッ、サバ!? サババッ! ニ……ニイチャン?」
「おっ、いたいた。お前がサバ男か? やっと見つけたよ」
いきなり割り込んだローラさん。既に殺る気まんまんだった。ローラさんを見て震え上がったサバ・ライダーを放置して、ローラさんはゴリセンをフルスイング。
サバ男は二〇メートルほどすっ飛んだ。恐怖に怯えるサバ・ライダーだったが、弟に対して更なる追撃を仕掛けようとするローラさんを止めずにはいられなかった。
「待ってくれ! あれは、俺の弟なんだ!」
そんなサバ・ライダーに対してもゴリセンのフルスイング。そして生臭いサバ男を抱えて、ローラさんは意気揚々と引き揚げていった。
***
渋谷区『東ヒー』本部。所用を済ませたビルダーレッドは、ハセガワに挨拶をして帰宅しようとしていた。
そこに生臭いサバ男を小脇に抱えたローラさんがやって来る。
「うおっ、早いっすね。もう狩ってきたんすか!?」
「まあ、チョロいもんだな。あれ!? レッドじゃん、なにしてんの?」
「ははっ、まあヤボ用ってヤツだな。それよりもうヒーローになったんだってな。その上やる事が早い。ヒーロー初日にいきなり怪人狩りとはな」
「大した事ねえよ。大体コイツ、スゲえ弱かったし。ついでだから近くにいたライダーもぶっ飛ばしてやったよ」
ハセガワとレッドが凍りつく。
「ん? どうした? 俺の武勇伝聞きたい? 一発ずつで終わりだよ。怪人もライダーも」
レッドは咳払いを一つ。そして小声でハセガワに言った。
「怪人はともかく……、ライダーに対する攻撃は一応『犯罪』なんだが……」
「なにかの間違いっす…………」
ゴリラはやたらと上機嫌だった。凍りつく二人を尻目にバカみたいな夢を語る。
「俺、テレビの取材とか受けようかな。人気出るぜ、多分。ほら、俺強いしよ。なんか決めポーズ考えようぜ、ハセガワ」
「『見世物』になる気まんまんだな……」
「きっと気のせいっす…………」
「なんだよ、お前ら。ノリ悪いな。いいよ、もう。とりあえず金くれ!」
生臭いサバ男をカウンターの上に放り投げ、ゴリラは幼女に片手を突き出した。手のひらを上にして、軽く上下させながらゴリラが吠える。
「なあ、ハセガワ。金だよ、金」
「最低っす……」
「酷えな……」
二人は上機嫌のゴリラから目をそらした。カウンターの上でサバがか細い声でつぶやいていた。
「……ニ、ニイチャン、タスケテ……」
***
『今日のゴリレンジャー』
活動メンバー :ゴリレッド
怪人一名撃破 :報酬二〇万円
ライダー一名撃破:罰金二〇万円
備考:サバ男は再び東京拘置所へ。近日中に親族であるサバ・ライダーが身元引受人となり、品川区の医療機関に移送予定。
知能の後退は深刻であるものの、回復の兆し有り。
***
「どうしてライダーまで倒しちゃったんですか?」
ヨシダさんのお説教タイム。病室の床であぐらをかいているゴリラに、ヨシダさんは延々とお説教を続ける。
申し訳なさそうな顔をしながら頭を掻いているゴリラにも、一応反省の色は見える。だがヨシダさんは止まらない。
時折苦痛で顔を歪ませながらもお説教を続けるヨシダさん。
「次は絶対に上手くやってくださいね! 絶対ですよ!」
お説教の最後にヨシダさんは小さな声で付け加えた。
「……じゃあ、私はゴリピンクで」
上目遣いでヨシダさんを見るゴリラはニヤニヤと笑っている。そんなゴリラをジト目で見つめるヨシダさん。
深いため息の後、彼女は次の行動を指示した。
「ちょっと先輩ヒーローの助けを借りてください。まずは新人として勉強が必要です」
こうしてゴリラーズの再結成が決定した。




