第三十六話 ローラさんの決意
ゴリゴリ団の拠点、ゴリゴリカレーの一階店舗スペース。いまだに初代はローラさんに手を差し伸べている。それをバカを見るような目で見つめるローラさん。
初代の差し出した手は、ケガをしている右手。それを握手を求めるように動かさず、ジッとしている。
「なあ、兄弟。とりあえず話を聞いてくれないか。こっちにも事情があってさ」
本来なら敵同士のはずだが、それでもローラさんはビルダーファイブの二人を認めていた。それだけに無下にもできないとは思っているが、それでも怪訝そうな目はそのままだった。
「……まあ、とりあえず座れや」
初代に座るようにうながすローラさん。ボロボロの店内に、かろうじて座れる椅子はなんとか人数分あった。
ローラさんと初代はボックス席。他の三人はカウンター席に座っている。
「そんで、事情ってのはなによ? 俺には関係無いと思うけどさ」
「そうだな。まずどこから話したらいいものか……」
笑顔のまま、もったいぶった話し方をする初代に軽くキレかかるローラさん。空気を読んで止めに入るレッド。
「ここは俺から説明させてもらう。まず東京にいたヒーローの大半が引退した。現在も引退を表明するヒーローは増え続けてる」
明治神宮の騒乱とそれ以前の衝突で、多くのヒーローが負傷している。それ以外にも単純にヒーローである事に不安を感じた者、そしてヒーロー同士のいさかいに失望した者。
戦隊とライダーの衝突で、都内のヒーローの数は急激に減少してしまった。
「それって問題か? そもそも敵がいなかったんだから、ヒーローも減った方が良かっただろ?」
「その敵が現れたんだ。まず俺たちが戦った巨大ロボ、あれはやっぱり北側の連中だったよ。乗ってたのは全部下っ端だけどな。一応、ヤツらの目的は聞き出した」
「要するに戦隊とライダーって言うか、正確には『西側』と『南側』の抗争に乗じて、片っ端からヒーローを片付けちまおうって作戦だったんだろ? そんで『北側』が勢力を拡大する、そんなとこじゃないのか?」
「兄弟って、ゴリラなのに意外と頭いいよな……」
「まあ、そんな所だ。乗っていた巨大ロボは全部『西側』の戦隊の物。それをわざと乗り捨てる事で証拠を残す。そうすれば『西側』の戦隊、特に俺たちは立場が無い」
「ライダーとの抗争のために巨大ロボまで持ち出せば、そりゃ大騒ぎだよな。ん!? でもちょっと待てよ。今日も昼間テレビ見てたけどよ、お前らを批判してるヤツはいなかったぞ」
ようやく初代が口を開く。
「その件はな、私たちが抑えてる。まあ、君の仲間にも手伝ってもらっているがね。あの子は有能だな」
ゴリゴリ団のマスコットキャラ。ネット工作とツッコみ担当の幼女、ハセガワ。なぜかドヤ顔でVサインをかましている姿がローラさんの脳裏に浮かぶ。
「彼女にはネット上の噂を誘導してもらっている。そして私がマスコミ関係者の中でも、私たちに協力的な人たちに頭を下げて、少しばかり事実を歪めて伝えてもらっている」
「なんかさ……、お前ら、本当にヒーローなのか? やり方がケチな悪党みたいだぞ」
ローラさんの呆れたようなツッコみに初代もレッドも苦笑いを浮かべる。
「ああ、そうだな。返す言葉も無い。だが説明を続けさせてくれ。現時点では『北側』の関与は表沙汰にはしていない。それ以外にも問題があるしな、それが『ホワイト』の集団失踪だ」
「ああ、それは知ってる。この拠点を襲いに来たヤツらとクジョウが行方不明なんだろ?」
「それだけじゃない。先日、葛飾区小菅にある東京拘置所から、収監されていた怪人がすべて脱走した」
ローラさんは腕を組んで唸り声を上げる。北側の犯罪組織、そして怪人の自警団『ホワイト』。ローラさんはテーブルのなにもない一点を見つめながら、ポツリとつぶやく。
「手を組んだって可能性もあるか……」
ローラさんの推測にレッドも同意する。
「俺もそう思う。だが、そうであって欲しくないとも思うよ。それが事実なら、最悪の事態だ」
ヒーローの急激な減少と、同時期の起きた犯罪組織の策動。そして怪人集団の失踪。
ローラさんはその場に居合わせたヒーローたちに尋ねる。
「なあ、俺がソイツらの方に荷担するとは、考えなかったのか?」
ローラさんの挑発的とも言える発言に、レッドとイエローはニヤリと笑う。その隣ではゴトウダも笑っている。
「そうだな。普通に考えれば、悪の怪人なんだから俺たちの敵に回るって方が自然だよな。でもアンタは『ローラさん』だ、並の怪人じゃない」
初代がその言葉に同調する。
「私もそう思うよ。君と会うのは初めてだが、それでも君は他の怪人とは違う。我々の力になってくれると確信している」
ローラさんは初代が口を開く度にしかめっ面をする。特に今の『君と会うのは初めてだが』の部分では、本気でキレかかっているのが初代にも分かった。
白々しく笑いながら初代は尋ねる。
「もしかして、会った事あるかな?」
「戦闘員の頃な……。四回くらいお前に殺されかけてる……」
レッドがわざとらしく咳払いを一つ。そのタイミングでイエローが口を挟んだ。
「まあまあ、昔の事は置いておこうよ、兄弟」
初代が笑う。
「まあ、あの当時はお互い若かったからなあ」
「いや、お前、絶対覚えてないだろ。て言うか俺、あの当時は『イーッ、イーッ』とか言ってるだけだったしな。それなのにボコられてよ。あの時、俺生身だよ。それを本気のライダーキックだよ、コイツ」
ローラさんの愚痴にレッドが戦慄する。
『ちょっと待て。生身って事は、改造手術を受ける前だよな……。それで初代と戦って生きてるのか、この人は……』
レッドはそう考え、そして椅子から立ち上がりそのままローラさんに深く頭を下げる。
「え!? お前、なにしてんの? ちょっと顔あげろって!」
レッドは頭を下げたまま、大声でローラさんに懇願する。
「頼む! ローラさん! 俺たちに力を貸してくれ! 今は……、ヒーローが必要なんだ! 強いヒーローが!」
うろたえるローラさんと、沈黙する初代。イエローとゴトウダは口を挟まず、成り行きを見守っている。
頭を下げたままのレッドにローラさんも言葉を失っていた。そこで初代が口を開く。
「なあ、ゴリラ男。ヒーローと怪人の違いとは、一体なんだと思う?」
初代の言葉にローラさんが顔をしかめる。頭を下げたレッドに初代は軽くうなずいて見せる。顔を上げたレッドは、まだローラさんを真剣な眼差しで見つめている。
「結局両者はなにも違わない。格好つけた言い方をすれば、『なにを成すか』って事だよ。善を成せばヒーロー、悪を成せば怪人。一応はそんな感じで分けられるのかな」
ローラさんには初代に言っている事がよく分かる。そしてその理屈で言えば、ローラさんは怪人とは呼べない。少なくともここ最近はまともな犯罪行為をしていない。
精々がヒーローを張り倒した程度。そのヒーローの中に、善を成したと言える者などいなかった。つまる所、ヒーローと名乗る者を潰しただけ。
「私は幸運だった。あの組織に囚われて、そのまま改造手術を受けさせられた。それでも洗脳まではされず、逃げ出す事ができたのだから。
だがね、もしも私が逃げ出せなかったら、私はどうなっていただろう。きっと君の先輩として、共に悪を成していただろうな」
初代は一息ついてから、更に続けた。
「だが、こうして私は幸運に恵まれ、そして善を成すために努力する機会を与えられた。そして今、その幸運が君にも訪れている。
ゴリラ男とバッタ男は、幸運にも自分の道を選ぶ機会に恵まれている。さあ、共に歩んでくれないか? 人々のために、そして自分の魂のために」
初代の言葉にローラさんは沈黙する。初代が語っているのは『ヒーローと怪人の存在意義』と言ってもいい。
特殊な存在、それがなにを成すかでヒーローか怪人かで分かれる。改造人間であるかどうかも、そして固定型であるか可変型であるかも関係はない。
あるのは自分の意志一つ。それがヒーローと怪人を分ける。そしてローラさんは悪を嫌う。答えは既に出ている。
だが、ローラさんには一つの疑問があった。その疑問の答えを尋ねようにも、明らかにその空気ではない。それに、その疑問を初代に投げかけるのは、少しばかり情けない。
ローラさんの目は盛大に泳いでいた。傍目にはストレスで死にかけているゴリラに見えた。
だが、ローラさんは意を決してレッドへと視線を移す。そしてレッドと目が合った。ローラさんは小さな声で、疑問を口にした。
「ヒーローって、どのくらいお金もらえるの?」
完全な沈黙。
誰も予想していなかった質問。ただゴトウダだけは大きくため息をついた。レッドとイエローは絶句。初代は聞こえなかったフリをしてローラさんから視線を外した。
「いや、俺、お金ないんだ……。今、ちょっと困ってて……」
デカい図体のゴリラが、消え入りそうな声で説明する。今度はレッドの目が泳いでいた。なんとか気を取り直そうとしているが、やはり動揺が大きい。
なにしろお互いの存在意義の話をしていたはずなのに、目の前のゴリラは金の心配しかしていなかった。
数回の咳払いの末に、なんとかレッドは気を取り直す。
「えっと……、そうだな。一応、『東ヒー』の所属って事になれば、助成金みたいなのが出るはずだな。それと『東ヒー』の依頼をこなせば、その分の報酬も出ると聞いてる」
「お前らはそれ、もらってないの?」
「これからはもらう事になるかな……。俺たちも最初は『東ヒー』に登録してヒーローになったが、すぐに所属ではなくフリーの立場になっていたんだ。だが、俺たちもライダーさんに請われて所属に戻る事になってな」
「所属って具体的にはなにすんの?」
「別になにも変わらないって聞いてるよ、兄弟」
「あれ!? イエロー。お前、なんか変じゃないか? 気のせいかな……」
イエローは語尾に『ゴリ』をつけるのを忘れていた。いきなりローラさんと初代の戦闘が始まりそうになった時から、ずっと忘れている。
レッドは気付いていたがスルーしていた。レッドはとりあえず語尾から話をそらすために、また咳払いを一つ。
「あと、細かい比率は忘れたがキャラクターグッズの売り上げも、所属だと『東ヒー』と分け合う必要があるって聞いたな。確かピンクがそんな事を言ってた」
「いや、そんな事はどうでもいいよ。誰が俺のグッズなんて買うんだよ」
「ねえ、ローラさん。本当にどうでもいい事よ、それ。そんな事よりどうするの?」
ゴトウダが話に加わった。だが、聞かれるまでもなくローラさんに選択肢は無い。まずヨシダさんの入院費用。更に言えば、この拠点は本来『東ヒー』がヒーローに貸し出している物件だった。つまり、断れば追い出される可能性がある。と言うか、普通は追い出される。
そしてもう一つ。『東ヒー』に身柄を拘束されているハセガワ。ハセガワがどんな待遇なのかは、まだ分からない。だがハセガワに帰る場所は無い。ハセガワ自身がそう言っていた。そして一度仲間にした以上、ローラさんはハセガワのためにも、この場所を守りたいと思っている。
確かに初代が語った『存在意義』の話も、ローラさんの胸に突き刺さっている。これまでローラさんはいくつもの秘密結社を渡り歩いてきた。多くの『悪』を見て、多くの『善』と戦ってきた。
ローラさんは自分の意志で悪の秘密結社へと入り、そして実力を認められて改造手術を受けた。そのため、洗脳はされていない。
多くの悪と善に関わり、ローラさん自身に迷いが生まれていた。その迷いの末にゴリゴリ団を設立した。
ささやかな『悪』を細々とやっていくために。
自分にはそんな生き方しかできないと思っていた。そんな生き方でしか自分を保てないと思っていた。
そんなローラさんの前に、かつては敵だった『ヒーロー』の世界が広がっていた。
答えは決まっている。だけど、それを口に出すのが気恥ずかしい。そんなゴリラの迷いにゴトウダが助け船を出す。
「ねえ、一応ヨシダさんにも聞いてみないと。それからレッドちゃん、ハセガワちゃんは、こっちに連れてこられないの? みんなで話し合いたいんだけど」
話を振られたレッドが応じる。
「なるほど、確かに仲間の意見も聞かないとな。それにもう一人、仲間がいたよな。アイツも釈放してもらえるように『東ヒー』から手を回してやらないと」
「ゴメン、誰の事?」
ローラさんは本気で忘れていた。
「仲間じゃなかったのか? あのデカいヤツだよ」
ローラさんは小さく『あっ、忘れてた』とつぶやいた。それから何事もなかったように言った。
「じゃあ、一度仲間と話し合わせてくれ。それから決めるよ」
しかし答えは決まっている。ローラさんは既に決意していた。
『ゴリレンジャー』誕生の瞬間だった。




