第三十四話 世界を否定する男たち
明治神宮の騒乱から離れ、ビリオン・ライダーは一人彷徨い歩いていた。自動車すら捨てて、ただ歩いていた。
初代との戦い。それはビリオン自身に『ライダー』という存在の不条理を突きつける。
ビリオン・ライダーはかつて資産家の長男として生まれ、その後なに不自由する事なく生きてきた。その資産家の父は、当時東京を荒らしていた悪の秘密結社に目をつけられる。
ビリオンの父が当時出資していた最先端技術を巡る因縁と聞いているが、ビリオンもそれについては詳しく知らない。そして今となっては興味も無い。
資産家と言えど、ごく平凡な一般人であった父は惨殺された。そしてまだ幼かったビリオンは秘密結社へと誘拐されてしまう。
洗脳を施され、訓練を受けたビリオンは結社内でも高く評価される。そして改造手術を受けさせられた。
当時のビリオンに自分の意志などなかった。ただの操り人形。そうであった期間に多くの罪の無い人を傷つけもした。
しかし洗脳は少しずつ綻んでいた。人を傷つける度に、悪事を働く度に、ビリオンの理性は抵抗を続けた。
そしてある日、彼は自由な意志を取り戻す。
その日から秘密結社は崩壊を始めた。平然と『悪の怪人』のフリをしながら、一人ずつ幹部を始末していくビリオン。
幹部殺しの犯人を捜すフリをしながら、戦闘員も始末していく日々。崩壊は早かった。結社の首領がビリオンの反逆を知った時には、もう手遅れだった。暗闇の中で音も無く襲い来るビリオンに震えていた時に、そんな事に気付いても遅かった。
命乞いの言葉すら聞かず、ビリオンは首領を殴り殺した。
それ以来、彼はビリオン・ライダーと名乗った。仇敵を始末してからライダーと名乗ったのは後にも先にも彼一人だった。
彼はライダーを名乗りながらも、ヒーロー活動は一切しなかった。ただ金儲けに走った。ヒーローの肩書きは大いに役立った。
ライダー・ファウンデーションに所属した彼は、恐れられてはいたものの穏健派で通っていた。少なくとも戦隊との衝突は避けるべきだと主張していた。もちろん本音は戦隊に興味が無いだけだった。
もう一人の穏健派はマンティス・ライダー。彼もまた戦隊との衝突は避けるべきだと主張していた。
だが、二人の間には決定的な違いがあった。それはヒーローとしての誇り。そして付け加えるならビリオンは暴力の恐怖をよく知っていた。マンティスはそれを知らなかった。
現役時代は圧倒的な強さを誇ったマンティス。彼は敵をねじ伏せる度に称賛された。そしてそれに酔っていた。
対してビリオンの強さは、常に弱者へと向けられていた。悪の秘密結社にとって邪魔な存在。それを始末する事がビリオンのかつての使命。洗脳から解放された後も、その事実は常にビリオンを苦しめた。
だからビリオンは戦いを拒む。そしてマンティスは戦いを望む。
ビリオンとマンティスの決裂が決定的になった時。マンティスはビリオンが経営するパチンコ店で待ち構えた。定期的に店の視察にやって来るビリオンに戦いを挑むため。
マンティスからしてみれば、『戦う事で分かりあう』とでも言いたかったのかも知れない。その上で、自分の実力をビリオンに分からせようとしたのかも知れない。
だが結果は無残だった。ビリオンは戦いを拒む。だが一度戦いが始まってしまえば、『手加減』という言葉は無い。
ビリオンは理解していた。自分がすべてを失った事を。そして改めて、自分の存在意義を探す。彼は人間ではない。そしてライダーでもない。
ビリオンは歩き出す。ヒーロー失格の烙印が押された者の集う街へ。
***
クジョウは苦悩していた。『東ヒー』の職員を殺してしまった事は、もうごまかしようがない。そしてゴリゴリ団に『東ヒー』の施設や備品を貸し出していた事も露呈するのは時間の問題だった。
しかしそれ以上に大きな問題は、マダム・クリマーの事。確かにゴリゴリ団の拠点の制圧は、マダムの独断だった。だがそれがマダムの身柄を拘束する理由にはならない。
それでも『東ヒー』は動き出していた。彼は『東ヒー』の本部で確認した。マダムに向かって複数のヒーローが移動している事を。
『俺は一体なにをするつもりだ……』
苦悩の終わりは訪れず、クジョウはゴリゴリ団の拠点であるゴリゴリカレーの前に立っていた。
二〇人ほどのヒーローが『ホワイト』の怪人に暴行を加えている。マダムは身柄を拘束され、怪人専用の護送車に乗せられようとしていた。
『ホワイト』の怪人がクジョウの姿を見つける。クジョウに助けを求める。だが、クジョウは動かない。まだ苦悩の中で、足掻いている。
連行されるマダムがクジョウを見つめる。そして小さく苦笑を浮かべ、そのままうつむいて護送車へと乗せられた。
クジョウの元に一人のヒーローがやって来る。そしてヒーローは軽い口調で話しかけてきた。
「『東ヒー』の人ですよね? 確か以前会った事があると思いますけど。任務はほぼ完了です。アイツらも大した抵抗はして来ませんでしたね。つまらないですよ、正直言って」
ヒーローはヘルメットをかぶっていて、その表情を読み取る事はできない。だが声で分かる。明らかに怪人たちを侮辱していると。
「まあ、明治神宮よりはマシですけどね。アッチは酷かったらしいですね、巨大ロボが暴れてたとか。ホント、バカなヤツがいるもんですね」
ヒーローはその手にマダムの指輪を持っていた。そしてそれをクジョウの目の前にかざす。
「まあ、バカって言えば、アイツらも大概ですけどね。怪人の仲間割れらしいですね。大体『ホワイト』なんて連中をどうして『東ヒー』が飼ってるんですか? あんな連中、さっさと始末すればいいのに」
クジョウはヒーローを黙らせた。ヒーローのヘルメットを鷲掴みにして、そのまま握りつぶす。
ヘルメットが砕け、そしてヒーローの悲鳴が後に続く。クジョウの腕に光るブレスレットが唸るような音を立てる。
そしてクジョウは姿を変えていく。その身体は二回りも大きくなっていき、そして肌は黒ずんでいく。
腕だけが異様に伸びていき、その腕で鷲掴みにしたヒーローを持ち上げる。
「ほっ、ほっ、ほっ、ほっ、ほっ、ほぉあぁっ!」
意味不明な奇声。ヒーローの悲鳴とクジョウの奇声が、その場のすべての者から注目を集めた。
クジョウはヒーローから指輪を奪い、そして駆け出す。ただ一心にマダムの姿を思い描きながら。
クジョウを止めるヒーローを片っ端から殴り倒す。だが、クジョウもそこまで強くはない。二人ほどヒーローを仕留めたところで囲まれた。
「クジョウ! アンタ、なにしてんだよ!」
マダムが叫ぶ。そのマダムにクジョウは指輪を投げた。
「マ……、マダ……ム。に、逃げろ……」
マダムは手錠で拘束されたままの両手で指輪を受け取る。それを見たクジョウが叫ぶ。また意味不明な咆哮を上げる。
「あっきゃっぁぁ、きゃっ、きゃっ!」
ヒーローに囲まれたクジョウ。まともな知性があれば抵抗はしないだろう。勝ち目など無いのだから。だが、今のクジョウに知性は無い。
「ほぁあああっ!」
咆哮と共にクジョウが動く。クジョウの突然の変身にヒーローたちは言葉を失ったが、それでも囲んだ時点で勝ったと思い込んでいた。
そのヒーローの顔面をクジョウの手が掴む。そしてまたヘルメットと頭蓋骨が砕ける音が響く。
ヒーローたちが一斉に武器を取り出した。だが、その背後から『ホワイト』の怪人が襲いかかる。
「やるじゃねえか、クジョウ!」
身体の半分が焦げているナマコ男が吠える。あっさりとヒーローの返り討ちにあう。だが他の怪人も襲いかかる。ナマコの後はイソギンチャク、そしてスベスベマンジュウガニ。 唐突に自分の手首を切ったスベスベマンジュウガニ男は自分の血を辺りに撒き散らす。スベスベマンジュウガニ男の血を浴びたヒーローは怒り狂い、丸っこいカニの怪人に狙いを定めた。
怪人たちの抵抗が始まり、クジョウの包囲網は崩壊した。その隙をついて再びクジョウはヒーローに襲いかかる。
「待ちな、クジョウ! 全員で協力するんだよ!」
マダムは再び変身していた。シロヘビの怪人へと姿を変えている。そのマダムの叫びもクジョウには届かない。既にクジョウにはそれを理解するだけの知性が無い。
クジョウの元へと向かった怪人すら殴り倒す。それを見たマダムは思い出す。
「そうだね……、アンタ言ってたね。自分は『失敗作』だって……」
クジョウは自分を囲むヒーローたちをなぎ倒す。自分がどうして戦っているのかも、もう分かっていない。ただ本能のままに戦う。
叫びながら殴り、吠えながら握りつぶす。周囲のヒーローたちは正気を失った怪人に恐怖を抱いた。
そしてスベスベマンジュウガニ男の毒性を持った血を浴びた者は、その場に崩れ落ちていく。ナマコ男が立ち上がり、再びヒーローに襲いかかる。恐怖に怯えるヒーローは、ナマコ男にも勝てなかった。
次々と倒れていくヒーロー。誰もがクジョウから逃げだそうとした。ヒーローだけでなく、怪人たちも。
その混乱の中をマダムが這い寄っていく。クジョウの元へ。そして再び手を差し伸べる。
「でもね、クジョウ。本当は『失敗作』なんて存在しないんだよ」
クジョウはマダムを張り倒す。マダムは地面に叩きつけられながら、もう一度立ち上がり、そして手を差し伸べる。
呆然とする怪人たちにも構わず、マダムは叫ぶ。
「アンタは『怪人』だ。さあ、一緒に行こう!」
再びクジョウはマダムに手を振りかざす。だがその手が動かない。マダムはクジョウを抱きしめて、そしてもう一度言った。
「クジョウ、『失敗作』なんて存在しない。アンタは『怪人』なんだ」
マダムが怪人の女王と呼ばれる理由。怪人に対する深い愛情。その愛情を一身に受けたクジョウは、本能的に悟る。目の前の女性が、自分の主だと。
服従の意を示そうとしたクジョウを、マダムは制する。そして少しだけ大きく膨らんでいたクジョウの頬を優しく撫でた。
「誰にも従わなくていいよ。アンタは怪人『オランウータン男』、アタシたちの仲間だよ!」
クジョウが吠える。それまで敵味方の区別なく殴り倒したクジョウが、ヒーローだけに狙いを定める。
「まったく世話の焼ける新入りだな」
ナマコ男がつぶやいた。イソギンチャク男がそれを聞いて笑う。足下では自分で手首を切ったスベスベマンジュウガニ男が死にかけていた。
そして怪人たちは逃げ出した。ヒーローたちも追ってこられない場所へ。ヒーロー失格の烙印が押された者の集う街へ。
***
台東区上野。東京の北側に属するこの街には、ヒーローによる犯罪組織の頂点に立つ男がいた。
この国でもっとも知られたヒーローでありながら、犯罪組織を率いている男。
メディア戦隊メジャーマン。そのリーダーであるメジャーレッドは、会員制のレストランで食事をしていた。
「失敗したらしいな。まあ、準備に時間がかかりすぎたんだな。思ったよりも早くアイツら衝突しやがった」
テーブルを挟んでメジャーレッドと向き合う老人は、呆れたように尋ねた。
「大した問題じゃないって感じだな。だがどうする、聞いた話じゃ巨大ロボを片付けたのは、ビルダーファイブだという話だ。若造らしく、恐ろしい速度で力をつけてる。このままじゃ、お前さんも……」
「分かってるよ。その前に潰す。ヒーローなんてモンはどこにも存在しないんだ。アイツらにもそれを分からせてやる」
老人は静かにうなずいた。ドクター・ディアマンテと名乗る老人は、悪意に満ちた笑顔でメジャーレッドに微笑んだ。
明治神宮の騒乱。それが幕を下ろした後、ヒーロー失格の烙印が押された者の集う街で、彼らは出会う事になる。
最初からヒーローではなかった男。
苦悩する怪人。
そして堕ちたヒーロー。
この街を拠点に、『世界』を否定する秘密結社が誕生する。彼らはヒーローではなく、『正義』という概念そのものを拒絶する。それは偽りに過ぎないと言い放つ。
秘密結社『グノーシス』
正義と名乗るウソ、悪に甘んじる怠惰、そのすべてを彼らは駆逐する。
『ヒーローと怪人が存在する世界』
彼らはそれを否定する。




