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ローラさんは今日もゴリラです  作者: 吠神やじり
第五章 さらばゴリゴリ団
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第三十話 二人のライダー

 静寂の中、二人のライダーが睨み合う。伝説の男、初代ライダー。いまだ変身はしていない。

 そしてビリオン・ライダー。初代さえいなければライダーの頂点に立っていたはずの男。


「落ち着くんだ、ビリオン! これ以上、罪を重ねるつもりか!?」


 戦隊とライダーの抗争、そしてマンティスの死。ビリオンこそ、その元凶。初代はそう思っていた。だがそれは思い違い。少なくとも戦隊との抗争にビリオンは関わっていない。


「なにを重ねるって? お前……、『人聞きが悪いな』」


 ビリオン・ライダーは変身していた。灰色のコスチュームに、口元だけ露出しているヘルメット。その内に秘めた感情は、口元だけで推し量るしかない。

 歯を食いしばり、耳障りな歯ぎしりの音と唸り声を上げるビリオン。怒り狂ったオオカミがそこにいた。そして音が消える。


 大きく体勢を屈ませて、両手を地面につける。まるで短距離走のスタートのように、前傾姿勢から弾丸のように走り出す。そして一気に間合いを詰めた。

 いきなりトップスピードに達したビリオンの疾走は、恐ろしいほどの静寂を伴っていた。大地を踏みしめる音は聞こえない。風を切る音も無い。

 それはまるで暗殺者のように見えた。音も無く駆け抜ける姿は、獲物を狩るオオカミとも違う。研ぎ澄まされた殺意と鍛え上げた肉体が可能にする、ヒーローとしては異質な戦闘スタイル。


 初代の懐に潜り込み、そして拳を突き上げる。初代は変身していない状態のまま、それを迎え撃つ。殺意に満ちた拳を受け流し、ビリオンの勢いを殺さずに足を払う。

 体勢を崩したビリオンの身体は、初代によって反転し背中から石畳の上に落ちる。激しい衝撃音が響き、そして石畳の一部が砕けた。

 だがビリオンは、倒れた状態からすぐさま跳ねるように身体を起こす。更なる攻撃。無音のまま、拳を放つ。初代はそのすべてを受け流す。

 大地に叩きつける事ができたのは、最初の一度だけ。その投げ技を警戒したビリオンの繰り出す攻撃に、初代は受け流す事しかできない。


「ビリオン! もうやめるんだ!」


 初代は間違いに気が付いた。目の前の若いライダーの憤怒に触れ、自分が間違いを犯した事を理解した。

 かつての自分と同じ苦悩を持つ者。同じ業を背負う者。初代はビリオンだけでなく、この場にいるすべてのヒーローを軽んじていた。

 自分が道を切り開いたと思っていた。彼らはその後を追う者だと思い込んでいた。だが、それぞれの道は違う。

 たとえ初代と同じように誘拐されて改造手術を受けさせられた者でも、そこから進む道は誰一人同じでは無い。

 初代と同じように、洗脳前に逃げ出す事ができた者。あるいは、洗脳されてしまった者。そしてビリオンのように、洗脳から自力で立ち直った者。

 正義の道を進む者。ただ復讐に生きる者。悪の道へと墜ちる者。それらすべてに背を向けて、『金がすべて』とうそぶき自分を慰める者。


「私は……、君たちを導きたい……」


「俺は……、お前の示す道に興味なんて無い!」


 ビリオンが吠える。弓を構え矢を引き絞るように拳を引く。そこから渾身の一撃を放つように見せかける動作。

 初代はそのフェイントを見抜けなかった。ビリオンの咆哮が放つ殺意に騙された。渾身の一撃に備え、身構える初代。

 しかし、初代の備えに対してビリオンの放った拳は酷く遅く緩慢なものだった。初代はその拳を掴む。ビリオンの殺意に反応させられた結果だった。

 そのままビリオンの拳の勢いを利用して、体勢を崩し関節をキメる、そのつもりだった。


 だがそこで二人は動きを止めた。ビリオンの拳には力が入っていない。ビリオンの拳を受け流すはずの力が、逆に受け流される。ビリオンが軽く肘を曲げただけで、初代の両手は行き場を失う。

 ビリオンはお互いの身体が密着するほどに間合いを詰めた。


「ガァアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 咆哮と共に大きく顎を開き、そして殺意と共に初代の腕を噛み砕く。


 小さな呻き声を上げながら、初代は噛みついたままのビリオンをそのまま地面に叩きつけた。ビリオンの後頭部が石畳を砕く。常人なら砕けているのは頭蓋骨の方だが、ビリオンは音もなく立ち上がり、そして再び初代を睨みつける。


 再び静寂が支配する。だが、今度はそれも長くは続かなかった。


 初代の右腕からは激しい出血が始まっていた。やはり常人なら即座に意識を失うほどの流血。その流血にも構わず初代はビリオンを迎え撃とうと身構える。


「ベルトは身につけているよな、いつまで変身しないつもりだ?」


 初代はいまだに変身していない。ヒーロー同士の衝突は避けなければいけない。その思いが、変身をためらわせた。

 無音の拳が初代を襲う。右腕が使えない初代には、既に対抗手段が失われていた。

 いつの間にか周囲は騒然としていた。ゴリラーズによって倒された巨大ロボが、明治神宮の森を粉砕する音。そして更なる巨大ロボの出現。

 明治神宮の騒乱は、周囲のヒーローたちに使命を思い出させる。二人を取り囲んでいたヒーローたちは、一斉に二人の死闘を止めに入った。


「もうやめてくれ。二人とも死んじまう!」


「ビリオンさん! 今はそんな事してる場合じゃない!」


 多くのヒーローが二人の死闘を止める。初代は胸をなで下ろす、最悪の事態を回避できたと。しかしビリオンは止まらない。止めに入ったヒーローたちを片っ端から殴り倒す。


「終わらねえぞ! 老いぼれぇ!」


 ビリオンの殺意に満ちた声に誰もが怯んだ。だがそれでもヒーローたちはビリオンを取り囲む。


 悲鳴が聞こえる。巨大ロボが誰かを傷つけたようだった。サイレンが聞こえる。パトカーの拡声器から、巨大ロボに停止をうながす声が響く。

 明治神宮の周辺では、いまだにヒーローたちが暴れている。彼らの大部分はヒーロー気取りの素人だった。悪と戦った経験もなく、ただ格好をつけているだけの素人。


 ほんのわずかに残っていたビリオンの『正義感』が戦いをためらわせた。周囲の騒乱が予想以上に大きく広がっている事に、わずかな動揺もあった。

 ビリオンは無言のまま身をひるがえし、その場を立ち去った。初代も、周囲のヒーローも、誰一人それを止められなかった。

 ビリオンのわずかに残っていた『正義感』は、そこで失われた。そしてビリオンは姿を消した。


 ビリオンが去り、その場に残されたヒーローたちは既に疲弊していた。まだなにも成していないにもかかわらず、彼らの闘争心は根こそぎ刈り取られていた。

 二人の戦闘を止めるだけで、そこまで消耗してしまったヒーローたちを見つめる初代。彼は自分の無力さと愚かさを噛みしめていた。


     ***


 明治神宮、大鳥居前。


「そう言えばさ、お前らの仲間ってなにしてんの? ビルダーファイブだろ? 二人しかいねえじゃん」


「あー、呼び出せば来ると思うゴリ。でも呼んだところで間に合うとも思えないゴリ」


「ピンクは大学か……。ブルーとブラックはジムにいるんじゃないか? 中野なら間に合うだろ」


「あれ!? 俺のヘルメット、どこやったゴリ?」


「お前、さっき自分で外して投げ捨ててただろ!」


「ちょっと拾ってくるゴリ。そしたら電話で二人を呼び出すゴリから、ちょっと待つゴリ」


「ゴリゴリうるせえな!」


 レッドは苦笑いしていた。そのレッドに向かってローラさんがツッコむ。


「アイツ、なんとかしろよ!」


「…………悪い奴じゃないんだ……」


 イエローは怪訝そうな顔をして自分のヘルメットの中を覗き込んでいた。そしてまたヘルメットをかぶる。


「なんか着信が結構入ってるゴリ」


「着信ってなんだ?」


「ああ、あのヘルメットな、スマホと連動できるんだよ。ヘルメットの中でメールを受け取ったりSNSの更新ができたりする。俺はあまり使わないけど」


「スゲえ無駄な機能だな……。怪人と戦いながら『戦ってる、なう』とかつぶやくヒーローいるのか?」


 そんな無駄話をしていると、北参道から三人に向かって一台の自転車がやって来た。スポーティなロードバイクの乗ってやって来たのは一人の女性。

 少し大柄な身体に長い黒髪をなびかせてやって来た女性は、三人の前で自転車を止める。そしてゆっくりとサングラスを外す。その目は驚きに見開かれていた。


「ゴリラが増えてる……」


「おう、ピンク、来たのか。大学はいいのか?」


 レッドがやって来た女性に声をかける。その女性はビルダーピンク。筋肉質で大柄な体型が印象的な女性だが、気の強そうな目つきと厚ぼったい唇に惹かれている男性ファンも多い。


「すいません、レッドさん。なんかゴリラが増えてるんですけど……。あれ!? ちょっと待って! もしかしてコイツがイエローの偽物ですか?」


「コイツって誰に言ってんの?」


 唐突に凄むゴリラ。それをなだめるゴリラ。


「まあまあ、ピンクもちょっと落ち着くゴリ。偽物って言うか、たまたま似てただけって感じゴリ。どうもこの人、俺の事知らないみたいだし」


「一体なにがあったんですか……」


 困惑するピンクに、レッドが事情を説明する。レッドの話に耳を傾けながらも、倒れている巨大ロボに驚愕の目を向けるピンク。


「まあ、事情は分かりました。悪の怪人と手を組むのも悪くはないと思います、状況も状況ですしね」


 あっさりと納得するピンク。実を言えば、現在の状況はレッドが以前から熱望していたシチュエーションである事はイエローもピンクも分かっていた。


 怪人との共闘。あるいは悪の秘密結社からの寝返り。死闘だの仇敵だのと言っても、ヒーローと悪の秘密結社は接点が多い。敵の幹部ともなれば意外と顔見知りになってしまう。

 そんな敵の幹部が、ヒーロー側に寝返る事も意外と多い。酷い者になると、初登場の時点で『あっ、コイツ後半仲間になるな』と予想できてしまったりする。

 だが、現在の東京にはゴリゴリ団以外の秘密結社が存在しない。つまりビルダーファイブにも敵がいなかった。

 レッドは密かに憧れていた。互いの力をぶつけ合える強敵を、そしてそんな強敵と共に更なる悪と戦う事を。

 だが、それがゴリラだとは思っていなかった。


「ゴリラは一頭で十分だっての……」


 ピンクが愚痴る。イエローはその隣でブツブツ言っている。ヘルメットの中で、メールやSNSのチェックをしているようだが、それを声で操作しているのでやたらと鬱陶しい。


「もうヘルメットとってスマホでやれや!」


 そんなローラさんのツッコみに、少しだけピンクの気が晴れる。


『あっ、コイツ、話の分かるゴリラだ』


 今度はピンクが状況を説明する。ピンクはお茶の水にいたが、ニュースを聞き駆けつけた事。現在は明治神宮周辺が封鎖されつつあり、ギリギリで封鎖前に到着したピンクは中に入れたが、ブルーとブラックは来たところで中には入れないであろうという事。


「それで周囲には巨大ロボが四体ですか……。結構厳しいですね……。それにほとんど暴徒になってるヒーロー連中も厄介ですよ。本気でボコったら死んじゃう程度のレベルですし」


 ローラさんが腕組みをしながら唸る。そしてビルダーファイブの三人に尋ねた。


「あのさ、ちょっと聞いていい? お前らはなんでヒーローになったの? 別に無理矢理改造手術を受けたとかって話じゃないんだろ?」


「改造手術を受けた事はないな……。まあ、俺の場合はガキの頃からヒーローに憧れててな。それで自分を試すためにヒーローになった」


「ヒーローになったって、どうやって?」


「俺とレッドの二人で『東ヒー』に行って登録したゴリよ。最初は『マッチョブラザーズ』って名前でやってたゴリ」


「つまり、ある日突然『ヒーロー始めました』って言い出しただけか……。ところで最初の名前、ダセえな」


「すいません。えっと……、ローラさんでしたっけ。それって問題なんですか? いや、最初の名前は私もダサいと思いますけど」


「うん、まあ、なんて言うかな。別にどんな動機でヒーロー始めようと構わないよ、俺はね。ただ実力のないヤツも簡単にヒーローって名乗れる構造に問題があるんだなって思ってな」


「なるほど……。確かに俺も人の事を言えた立場じゃないが、確かにハンパなヤツが多すぎる。特にここ最近はな……。敵がいないからヒーローになる、そんなヤツが多いって聞いてる」


「平和ってのは良い事だよ。でもな、下手に力を持て余したりするヤツも問題だけど、それ以上に力のないヤツの承認欲求ってのは厄介でな。結局のところ、この騒ぎもそんな連中に火がついた結果だろ?」


 ローラさんが火をつけた張本人だとは誰もツッコまない。そもそも戦隊とライダーの衝突は時間の問題だったから。

 ローラさんは声に出さずに問いかける。この場にはいないクジョウに。


『満足か? 雑魚を根こそぎ始末できるお祭り騒ぎをどっかで笑いながら見てんのか? でもな、クジョウ。雑魚をどれだけ片付けても、ヒーローも怪人もいない世界にはならないよ』


     ***


 その頃、クジョウは無人となっていた『東ヒー』の本部にいた。本部に設置された大型スクリーンには、都内のヒーローや白怪人の現在地が映し出されている。

 多くのヒーローが明治神宮に集結している。だが、もうクジョウはそこに興味が無かった。もう一つの白怪人たちが集まって動かない地点を見つめる。


 ゴリゴリ団の拠点、ゴリゴリカレー。


 クジョウは笑ってなどいなかった。苦悩の中で、自分の道を見失っていた。彼の脳裏にあるのは『差し伸べられた手』、そしてマダムの微笑みだった。

 クジョウは自身の変身アイテムであるブレスレットを装着し、苦渋に満ちた顔で本部を後にした。

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